【完結】★泥の華(作品250729)

菊池昭仁

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第15話

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 正直に言えば彼に会うのがイヤだった。
 自分には重すぎる男だと思ったからだ。
 たかが女に振られたくらいで死のうとする男に、微かにくすぶっていた恋心は完全に消えた。

 キリスト教徒は自殺と離婚は認めないというではないか? それなのに敬虔なクリスチャンである壮一は死を選んだ。
 彼は本物のクリスチャンではなかったのである。

 「病院はどちらの病院ですか?」
 「ありがとう静江さん、壮一も喜ぶと思うわ。どうか励ましてあげて頂戴ね?」

 静江はそれには答えなかった。
 

 容態がわからないので取り敢えずお見舞いの花だけを用意した。

 
 病室は4人部屋だったが、他の3人は不在だった。
 窓際に虚ろな目をした壮一が静江を見ていた。
 壮一の母が言った。

 「静江さん、忙しいのにごめんなさいね?」
 「これ、お花をお持ちしました。花瓶はありますか?」
 「ありがとう、お花は私がやりますから静江さんは息子の傍にいてあげて」

 点滴はしていたが外傷はない様子だった。

 (睡眠薬でも飲んだのかしら?)

 静江はベッドの脇にある椅子に座った。

 「どうしてこんなことをしたの?」
 「わからない。気づいたら病院にいたんだ」
 「何か食べたい物はある?」
 「何もいらない」
 「そう」

 しばし会話が途切れた。静江は無理して会話をすることを辞めた。
 救急車のサイレンの音が聞こえていた。また急患が運ばれて来たらしい。

 「退院はいつ?」
 「精神科の先生の判断によるらしい」
 「そう」
 「また会いに来て欲しい」
 「もうこんな馬鹿な真似はしないならいいわよ。でも約束出来ないならもう二度とあなたとは会わないわ」
 「もうやらないよ、約束する」
 「なら三日後にまた来るわね? それまでに笑っていないと許さないから」
 「待ってるよ」
 「ちゃんと食べなきゃダメよ」
 「わかった」
 「それじゃあね?」
 「もう帰っちゃうの?」
 「これでも色々忙しいのよ」
 「この僕よりも大切な事なの?」
 「そんな駄々をこねるならもうお見舞いに来ないわよ」
 「ごめんなさい」


 廊下で壮一の母と会った。

 「もう帰ってしまうの?」
 「母のこともあるので」
 「壮一から聞いたわ、クリスチャンにはなれないって」
 「すみません、私にも信仰があるので」
 「だったらもう洗礼は受けなくてもいい、だからあの子を捨てないで」

 どうかしていると思った。
 自分と歳があまり変わらない静江に、かわいい息子と付き合って欲しいというこの母親に嫌悪を感じた。

 「私はもう誰とも結婚する気はありまっせん。失礼します」

 壮一の母は花瓶に生けた花を抱いて泣いた。

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