【完結】★けんかをやめて(作品251013)

菊池昭仁

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第15話

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 原稿を書いていると急にのざえた。

 ゲボッ

 慌てて手で口を抑えたが間に合わなかった。
 どす黒い血が原稿用紙を赤く染めた。


 「あはははは あはははは ついに来たか。 あはははは」

 俺は泣きながら笑った。
 そして救急車を呼んだ。



 救急車が来るまで俺は原稿を書き続けた。

 「書ける。書けるんだ俺は! 俺は今、美を書いているんだ!」

 血を吐く度に原稿用紙に血が滴る。
 それはまるで黒いバラの花びらのように文字を飾った。


 
 すぐに救急隊が到着した。

 「何をしているんですか! こんなに吐血しているのに!」
 「俺は今、美の中にいるんだ! 天から言葉が降り注いで来るんだ! 見ろ! この美しさを!」
 「精神科のある病院の方がいいな? 歩けますか?」

 俺は立ち上がったがすぐに気を失った。




 気がつくと腕に何本かの点滴が流され、電子音が聞こえた。
 俺は病院のベッドで寝かされていた。
 真里が泣きながら俺の手を握っていた。

 「どうして、どうして黙っていたの? こんなになるまで。 具合が悪いってことを」
 「原稿用紙とペンを取ってくれ」
 「バカなこと言わないの、先生が絶対安静だって言っていたわよ!」
 「医者がなんだ? 医者に文学の何がわかる? いいからペンと原稿用紙を寄越せ。はああ」
 「死んじゃうところだったのよ!」
 「でも死んじゃいない、俺はまだ生きている。無性に書きたいんだ! 早くペンと原稿用紙を持って来い!」
 「ううううう」

 真里は両手で顔を覆って泣いた。


 清次郎は寺西のいる大学病院に運び込まれていた。
 寺西はずっと清次郎に付き添っていてくれた。


 「どうですか? 黒木先生」
 「肝臓ガンのステージ4、手術は不可能だ」
 「そうですか・・・」
 「患者さん、ご家族は?」
 「今、彼女さんがこちらへ向かっています」
 「そうか、辛い宣告をしなければならんなあ」



 真里が血相を変えてやって来た。

 「あっ寺西君、あの人は?」
 「今、鎮静剤で眠っているよ」
 「病室は?」
 「ICUにいるから案内するよ」
 「ICU? そんなに悪いの?」
 「俺は専門外だから黒木先生から説明がある筈だ」
 「その先生って何科のお医者さんなの?」
 「専門は肝臓だ」
 「肝臓・・・」
 「その他にもあるようだ」
 「その他にも?」


 
 真里はベッドに横たわり、コードとビニールチューブに繋がれ、酸素マスクをしている清次郎を見て震えた。


 「少しいいですか?」

 真里はその黒木という医師と寺西に促され、カウンセリング室へと入った。



 「吐血をして意識が混濁していたようです。以前から兆候はありませんでしたか?」
 「気付きませんでした」
 「そうですか? 結論から申し上げると心筋梗塞、腎不全、そして肝臓に疾患が見られます。
 特に深刻なのが肝臓です」
 「手術になりますか?」
 「残念ながら手術は出来ません。ステージ4です」
 「すみませんがよく聞き取れませんでしたのでもう一度お願いします」
 「手遅れでした。持ってあと半年です」
 
 真里は意識を失いそうになり、寺西に抱き支えられた。


 「肝臓ガンでした」
 「どうして彼が・・・。肝臓移植はどうです? 私の肝臓を使って下さい」
 「日本での生体肝移植は六親等以内の血族、若しくは三親等以内姻族の方に限られています」
 「それなら結婚すればどうですか?」
 「検査してみないとわかりませんが可能ではあります」
 「そこまでして君はあの男を助けたいのか?」
 「当たり前よ。この命、上げてもいいわ」
 「バカなことを言うな! 人は皆いつかは死ぬんだよ五島! 彼だけじゃない、俺も君もいつかは死ぬんだ!
 それが早いか遅いかの違いだけなんだよ!」
 「彼には夢があるのよ、作家としての夢が!」
 「みんなそうだ! みんな夢と希望を持って生きている。死はそれを中断するんだ! 後悔のない人生など存在しないんだ!
 いいか五島! 人はどれだけ生きたかじゃない、いかに生きたかなんだよ!」
 「お説教なんか聴きたくない! 早く彼を元気にして頂戴!」

 カウンセリングルームの空気が一挙に暗く沈んだ。


 
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