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第1話
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そこに音は存在しなかった。風の音も鳥や獣の鳴き声もない静寂。俺は自分の心臓の鼓動だけに耳を澄ませる。
北アルプス、立山連山、雄山。標高3,003m。
遠くに霞むロマンティカル・ブルーの山々たち。
俺はこの場所が好きだった。
翔子と同棲を始めて3年になる。翔子は俺よりも15歳年上のバイト先のイタリアン・レストラン、『クッチーナ』のオーナーだった。
俺と翔子のことは公然の秘密だった。店のスタッフは俺達の関係を知っていた。
「晋也はイケメンだもんな?」
「でも殆ど親子だぜ?」
「愛に年齢なんか関係ないわよ」
そんな陰口もよく耳に入って来る。だが俺たちは気にしなかった。
いつもは昼の10時過ぎまで寝ていたが、今日は映画のオーディションだったので、俺は起きてシャツに袖を通しながら口を半開きにしてすっぴんで眠ている翔子を見ていた。
翔子はすっぴんでも三十代半ばにしか見えなかった。
「うーん、もう出かけるの?」
布団の中で背伸びをする翔子。
「ああ、行ってくるよ」
「オーディション、うまくいくといいね? ご飯は?」
「牛丼でも食べるから大丈夫だ」
「お金、あるの?」
「翔子からバイト代、貰ったばかりじゃないか。オーナー様」
「お見送りもしないでゴメンなさいね? いつものキスして。お目覚めのキス」
俺は翔子に軽くキスをした。
「それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。気をつけてね?」
翔子はベッドに寝たまま小さく手を振った。
会場にはオーディション参加者で溢れかえっており、椅子も少なくみんな立っていた。
「晋也、こっちこっち!」
同じ大部屋俳優の田村さんが俺を手招きしていた。田村さんは55歳、たまにちょい役で映画やドラマにも出ていた。
「流石に城山監督の作品は人気があるな? 今度は山岳映画らしいぞ。かなり現場は過酷だぜ」
「凄い倍率ですね?」
「数千倍っていったところかな?」
「あー、映画、出たいなあ」
「晋也もそろそろ出たいよな? 映画。
でもどうして映画に拘るんだ? 劇団員という手もあるじゃねえか?」
「俺、あのでっかいスクリーンにドカンと自分が映るのが夢なんですよ」
「気持ちいいもんなあ、映画は。俺も小さくクレジットが出るだけでも心が震えるもんなあ」
オーディションは10人ずつ行なわれた。
「右から三番目の君。「おい、待てよ」って言ってみて」
俺が指名された。俺は立ち上がって挨拶をしてセリフを言った。
「はいありがとう。みなさんご苦労様でした。次の組入れて」
指名されたのは俺だけで、後の参加者たちは何もさせてもらえず、そのまま会場から追い出された。
これだけの人数の中から役者を探すのだから無理もない。
俺は手応えもなく、また落ちたと思った。
北アルプス、立山連山、雄山。標高3,003m。
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俺と翔子のことは公然の秘密だった。店のスタッフは俺達の関係を知っていた。
「晋也はイケメンだもんな?」
「でも殆ど親子だぜ?」
「愛に年齢なんか関係ないわよ」
そんな陰口もよく耳に入って来る。だが俺たちは気にしなかった。
いつもは昼の10時過ぎまで寝ていたが、今日は映画のオーディションだったので、俺は起きてシャツに袖を通しながら口を半開きにしてすっぴんで眠ている翔子を見ていた。
翔子はすっぴんでも三十代半ばにしか見えなかった。
「うーん、もう出かけるの?」
布団の中で背伸びをする翔子。
「ああ、行ってくるよ」
「オーディション、うまくいくといいね? ご飯は?」
「牛丼でも食べるから大丈夫だ」
「お金、あるの?」
「翔子からバイト代、貰ったばかりじゃないか。オーナー様」
「お見送りもしないでゴメンなさいね? いつものキスして。お目覚めのキス」
俺は翔子に軽くキスをした。
「それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。気をつけてね?」
翔子はベッドに寝たまま小さく手を振った。
会場にはオーディション参加者で溢れかえっており、椅子も少なくみんな立っていた。
「晋也、こっちこっち!」
同じ大部屋俳優の田村さんが俺を手招きしていた。田村さんは55歳、たまにちょい役で映画やドラマにも出ていた。
「流石に城山監督の作品は人気があるな? 今度は山岳映画らしいぞ。かなり現場は過酷だぜ」
「凄い倍率ですね?」
「数千倍っていったところかな?」
「あー、映画、出たいなあ」
「晋也もそろそろ出たいよな? 映画。
でもどうして映画に拘るんだ? 劇団員という手もあるじゃねえか?」
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「気持ちいいもんなあ、映画は。俺も小さくクレジットが出るだけでも心が震えるもんなあ」
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俺が指名された。俺は立ち上がって挨拶をしてセリフを言った。
「はいありがとう。みなさんご苦労様でした。次の組入れて」
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これだけの人数の中から役者を探すのだから無理もない。
俺は手応えもなく、また落ちたと思った。
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