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第4話
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夜、激しい吹雪になった。
テントは強風で吹き飛ばされるので俺達は雪洞を掘り、ビバークすることにした。
「おい主役、ヒマラヤってあるだろう? あれはサンスクリット語で「万年雪」を意味する言葉だって知っていたか?
正確にはヒマーラヤと発音するらしい」
「知りませんでした」
俺はみんなから名前ではなく「主役」と呼ばれていた。
それは俺が期待されていない証拠でもあった。
「お前、山には強いんだな?」
「山登りが好きなんです」
「ロッククライミングもやるのか?」
「いえ、ただハイキングに毛が生えたような登山だけです」
「監督のリアリティの追求にはいつも死と隣り合わせですよ。
今回もヘリとドローン、後はCGとAI合成すればそれでいいのに今どき山岳ロケなんて時代遅れですよ」
ベテラン・カメラマンの安西さんがボヤく。
「そんな映画は映画じゃねえ。ただの動画だ。
俺はカメラに映らねえ自然や人間の内面に拘りてえんだよ。俺は登山家でも冒険家でもねえ、ただの映画屋だ。
だからこそリアリティに拘りてえんだよ、だって自分で経験して初めて見えて来る物ってあるだろう?」
「でも任侠映画を撮るのにモノホンの組事務所に行くのはもうゴメンですよ」
城山監督は苦笑いをした。
「苦労した割りにあれはあまりヒットしなかったもんなあ。今度はチャイニーズ・マフィアをやりてえ。
こうして俗世間から離れて飲むホットウイスキーは格別だろう? 主役?」
「はい」
「お前は何で俳優になった?」
「キネマスクリーンに自分の顔をでっかく映したかったからです」
「俺はクレジットに「監督、 城山英治」とデーンとなるのが快感だ」
「監督はどうして僕を代役に選んでくれたのですか?」
「目だよ、欲望にギラつくその目がいいと思った。最近の役者には役者魂がねえ。キムタクなんか高倉健さんのモノマネだぜ? 全然人間の格が違うのによお。
顔がいいだけのジャニーズにはもう飽き飽きだぜ。
主役、役者はな? 背中で語れるかどうかだ。そんな役者になれよ、主役」
「背中で語れる役者ですか?」
「そうだ、黙っていてもセリフが聴こえてくるような役者になれ」
うれしかった。城山英治は実力ナンバーワンの監督で、撮る映画はカンヌにも出品され、それなりの評価はあった。
だが天才であるがゆえに映画会社や配給元とよく揉めるらしい。だから未だに制作費が抑えられているそうだ。
今回も本当は俺でなくても良かったはずだ。俺の強みはただ、ギャラが安かったからだろう。
翌朝には吹雪は収まり、山岳ガイドに従い、俺達は尾根ずたいに雪山を歩いた。新雪にカンジキを履いた足元が沈んで歩き難い。だがこれがなければ1ミリも進むことは出来ないだろう。
両手でストックを突きながら歩く俺を安西さんはカメラを回し続けていた。
「よし、そこでゆっくりと振り返れ」
俺は監督から言われた通りに振り返った。
「早い! もっとゆっくりだ!」
「はい」
するとまたダメ出しをくらった。
「ただ振り返るバカがいるか! お前役者だろう? 一度前を向いて空を仰ぐ、それから溜めてイチ、二イ、サンで雪が舞い落ちるようなスピードで振り返るんだ! もう一度!」
「今度しくじったらお前がこのカメラ担げよ主役!」
安西さんの檄が飛ぶ。
俺は剣岳の空を見た。すると自然と涙が溢れて嗚咽している自分がいた。
監督のストップがない、安西さんもカメラを回し続けていた。
「よしカット!」
監督はその場でビデオを確認すると、満足げに頷いた。
「やれば出来るじゃねえか、主役」
「すみません、あまりに美しい景色だったもので」
「それが観客の心に突き刺さるんだよ。よし、次、シーン48行くぞ!」
俺はしばし剣岳の魅力に立ち止まったままだった。
テントは強風で吹き飛ばされるので俺達は雪洞を掘り、ビバークすることにした。
「おい主役、ヒマラヤってあるだろう? あれはサンスクリット語で「万年雪」を意味する言葉だって知っていたか?
正確にはヒマーラヤと発音するらしい」
「知りませんでした」
俺はみんなから名前ではなく「主役」と呼ばれていた。
それは俺が期待されていない証拠でもあった。
「お前、山には強いんだな?」
「山登りが好きなんです」
「ロッククライミングもやるのか?」
「いえ、ただハイキングに毛が生えたような登山だけです」
「監督のリアリティの追求にはいつも死と隣り合わせですよ。
今回もヘリとドローン、後はCGとAI合成すればそれでいいのに今どき山岳ロケなんて時代遅れですよ」
ベテラン・カメラマンの安西さんがボヤく。
「そんな映画は映画じゃねえ。ただの動画だ。
俺はカメラに映らねえ自然や人間の内面に拘りてえんだよ。俺は登山家でも冒険家でもねえ、ただの映画屋だ。
だからこそリアリティに拘りてえんだよ、だって自分で経験して初めて見えて来る物ってあるだろう?」
「でも任侠映画を撮るのにモノホンの組事務所に行くのはもうゴメンですよ」
城山監督は苦笑いをした。
「苦労した割りにあれはあまりヒットしなかったもんなあ。今度はチャイニーズ・マフィアをやりてえ。
こうして俗世間から離れて飲むホットウイスキーは格別だろう? 主役?」
「はい」
「お前は何で俳優になった?」
「キネマスクリーンに自分の顔をでっかく映したかったからです」
「俺はクレジットに「監督、 城山英治」とデーンとなるのが快感だ」
「監督はどうして僕を代役に選んでくれたのですか?」
「目だよ、欲望にギラつくその目がいいと思った。最近の役者には役者魂がねえ。キムタクなんか高倉健さんのモノマネだぜ? 全然人間の格が違うのによお。
顔がいいだけのジャニーズにはもう飽き飽きだぜ。
主役、役者はな? 背中で語れるかどうかだ。そんな役者になれよ、主役」
「背中で語れる役者ですか?」
「そうだ、黙っていてもセリフが聴こえてくるような役者になれ」
うれしかった。城山英治は実力ナンバーワンの監督で、撮る映画はカンヌにも出品され、それなりの評価はあった。
だが天才であるがゆえに映画会社や配給元とよく揉めるらしい。だから未だに制作費が抑えられているそうだ。
今回も本当は俺でなくても良かったはずだ。俺の強みはただ、ギャラが安かったからだろう。
翌朝には吹雪は収まり、山岳ガイドに従い、俺達は尾根ずたいに雪山を歩いた。新雪にカンジキを履いた足元が沈んで歩き難い。だがこれがなければ1ミリも進むことは出来ないだろう。
両手でストックを突きながら歩く俺を安西さんはカメラを回し続けていた。
「よし、そこでゆっくりと振り返れ」
俺は監督から言われた通りに振り返った。
「早い! もっとゆっくりだ!」
「はい」
するとまたダメ出しをくらった。
「ただ振り返るバカがいるか! お前役者だろう? 一度前を向いて空を仰ぐ、それから溜めてイチ、二イ、サンで雪が舞い落ちるようなスピードで振り返るんだ! もう一度!」
「今度しくじったらお前がこのカメラ担げよ主役!」
安西さんの檄が飛ぶ。
俺は剣岳の空を見た。すると自然と涙が溢れて嗚咽している自分がいた。
監督のストップがない、安西さんもカメラを回し続けていた。
「よしカット!」
監督はその場でビデオを確認すると、満足げに頷いた。
「やれば出来るじゃねえか、主役」
「すみません、あまりに美しい景色だったもので」
「それが観客の心に突き刺さるんだよ。よし、次、シーン48行くぞ!」
俺はしばし剣岳の魅力に立ち止まったままだった。
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