【完結】Romantical Blue（作品251016）

第７話

　山の空気は旨い。山に来るといつもそう感じる。山は神様のいらっしゃる場所だからかもしれない。
　人を拒み、愛し労り、悠然と聳える剣岳。
　翔子にもこの空気を味あわせてやりたい。今、彼女はどうしているのだろうか？


　翔子はいつも俺を信じて応援し、励ましてくれた。
　翔子だけが俺の良き理解者であり、姉のような存在であった。
　けっして押し付けがましいことや説教じみたことは言わない。

　学歴もカネもない俺だったが、どうしても役者になる夢だけは捨てることが出来なかった。
　そして今、俺は役者としての入口に立っている。


　「山で食うカップラーメンってどうしてこんなに美味いんだろうなあ？」

　音声の村井さんがラーメンを旨そうに啜りながらそう言った。

　「夏山だとおにぎりも美味いですよね？」
　「ああ、山で食うおにぎりは最高だ」
　「山は空気が美味いから何を食っても美味いもんなあ」
　「主役、お前彼女はおるんか？」
　「いちおう、います」
　「会いてえだろう？」
　「はい」
　「付き合ってどのくらいになるんだ？」
　「三年です」
　「売れても捨てるようなクズ役者にだけはなるなよ」
　「はい」
　「コイツなら大丈夫だ、バカだから」

　城山監督が笑ってそう言った。

　「そうですね？　コイツ、バカ真面目ですもんね？」
　「役者は真面目が一番だ」
　「役者じゃなくても人間は真面目が一番ですよ」
　「バツ２のお前が言うな」
　「俺はいいんですよ、そういうロクデナシですから」
　「いや、正直とも言うけどな？」
　「この、正直者！　あはははは」
　「あはははは」

　このスタッフのためにもいい演技がしたいと思った。
　紺碧の空を綿菓子のような白い雲が流れて行った。


　
　撮影３日目である。天候待ちも多く、撮影ははかどらなかった。

　「天候が回復したらラストを先に撮るからな」
　「了解です！」
　「こんな寒いロケ、早く終わらせましょうよ」
　「ああ、早く帰って母ちゃんとやりてえなあ」
　「あと少しの辛抱だ」
　「監督、そう言ってもう今日で３日ですよ」
　「まだ３日じゃねえか？　根性ねえなあ」
　「映画は根性で作るもんじゃないっすよ」
　「俺の映画は１に根性２に根性、３，４がなくて５に根性だ」
　「どうせなら今度は南の島かパリかロスにしましょうよ」
　「考えておくよ」
　「絶対ですよ」
　「多分、な？」
　「あはははは」
　「あはははは」


　そして30分後、突然吹雪が止み、すばらしい快晴となった。

　「よし、ドローンで空撮だ、すぐに準備しろ！」
　
　手際よくスタッフが段取りをつけた。

　「よし主役、あの尾根に向かって歩いて行け」
　「はい」
　「セリフはいいな？」
　「はい、大丈夫です」
　「よし、回せ」

　ドローンが空に舞い上がった。
　そして俺にどんどん近づいて来る。
　俺は山々を見渡し、最後のセリフを言った。

　「俺はこれからも生きて行くよ。この世界で！」

　そしてドローンは再び空へと上昇して行った。


　「ハイ、カット！　映像を確認する！」

　そしてOKが出た。
　俺はすべてを撮り終えたかのように安堵した。爽快な気分だった。
　この剣ロケで俺は変われた気がした。