★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁

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第3話 帰って来た男

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 その昔、「東北のシカゴ」と恐れられた歓楽街に私は戻って来た。

 西日の強い会長室。
 逆光で井岡会長の表情を読み取ることは出来なかった。

 「会長、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
 「神崎、無断で休むなんておめえらしくもねえな?
 いったい何があった? 言ってみろ」
 「ちょっと体調を崩しまして・・・。すみませんでした」
 「体調を崩した? 竜聖会の若頭と命の遣り取りまでしたお前が体調が悪い?」

 井岡はタバコの煙をユックリと吐いた。

 「会長、ここを辞めさせて下さい」
 「何だ? いきなり藪から棒に。
 何があったのか、俺に正直に話してみろ。ラクになれ神崎」

 すると井岡は近くの冷蔵庫を開け、缶ビールを取出すとそれを私の前に置いた。

 「飲んで少し落ち着け。この一週間で何があった?」
 「いただきます」

 私は缶ビールを開け、ゴクリと一口だけビールを飲んだ。

 「先日、医者に行きました。心筋梗塞だと言われました。
 私の心臓は50%しか機能していないそうです。
 会長からお預かりしている大切な店に、迷惑を掛けるわけにはいきません。
 ですからお暇をいただきたいのです」

 すると井岡は椅子から立ち上がり、腕を抜き、和服の上をはだけて見せた。
 そこには数カ所の銃創や切り傷、刺し傷があり、腹には十文字の縫合跡もあった。

 「これがこの暗黒街で生きて来た証よ。
 俺もいつかは死ぬ、殺されるかもしれねえ。
 それは10年後かも知れねえし、この5分後かもしれねえ。
 それは誰にもわかりゃあしねえ。
 道を歩いていて交通事故で死んじまうかもしれねえんだ。
 神崎よ、一寸先は闇だ。わかるな?
 その命、俺に預けろ、悪いようにはしねえ。
 身体がキツイときは無理をするな、そのかわり連絡だけは入れろ、いいな?」

 私は会長から貰ったまだビールが残ったビール缶を持ち、立ち上がった。

 「これ、いただいていきます。喉が渇いているので」
 「神崎、辛れえのはおめえだけじゃねえ、みんな同じだ」

 私は井岡会長に頭を下げ、会長室を後にした。



 缶ビールを飲みながら店に向かって歩いていると、後ろからミュウに声を掛けられた。

 「おっはよ! 神崎部長。
 お久しぶりだね? どうしたの? 一週間もいなくなっちゃって。
 女と一緒だった? なんか瘠せたね? 大丈夫?」
 「心配かけたな?」
 「ううん、別にー。
 ただ寂しかっただけ」

 ミュウは店の稼ぎ頭で、気配りと洞察力のある女だった。

 「これから同伴なんだ。
 今日、お店が終わったらサブちゃんのお店で焼肉ごちそうしてよ、ミュウちゃんを心配させた罰だかんね?」
 「ああわかった、気を付けてな」
 「じゃあお店でね? バイチャ。うふふふふ」


 ミュウたちは初め、私を受け入れようとはしなかった。
 彼女たちは大人を信用してはいないのだ。
 子供の頃から虐待され、虐められて大人になった子が殆どだったからだ。
 彼女たちはいつも愛情に飢えていた。
 彼女たちが本当に欲しいのは金ではなく、愛情だったのだ。



 久しぶりに店に出ると、彼女たちは笑顔で私を迎えてくれた。

 「支配人、お帰りなさーい!
 どうしたの? 連絡もくれないでー」
 「すまなかった。俺の留守中、何かあったか?」
 「いつもとおんなじだよ、スケベ客のお相手してたよ、あはははは」
 「そうか? じゃあ朝礼を始めるぞ」
 「はーい!」

 クラブ『ジュリエット』の幕が開いた。
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