★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁

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第13話 神崎の秘密

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 「すみません、お花を下さい」
 「はい、贈り物ですか? それともお家に飾るお花でしょうか?」
 「贈り物です、神崎さんとあなたへの」
 「失礼ですけど主人とはどんな?」
 「愛人です」
 「えっ・・・」
 「嘘ですよ、神崎さんのキャバクラで働いているキャバ嬢です。
 いつも神崎さんには良くしていただいています。
 あなたが友理子さん?
 なんだか安心しました。美人でやさしそうで。
 私、ミュウっていいます。よろしくね?
 神崎さん、結婚したなんてひとことも言わないからびっくりしちゃいました。
 ずっと独身だと思っていたし、本人もそう言っていたんですよ、「俺は誰とも結婚はしない」って。
 会長から聞いたんです、友理子さんのこと」
 「そうでしたか? いつも主人がお世話になっています」
 「主人かあ? 私も言ってみたかったなあー、「ウチの主人」って神崎さんのことを。
 本当はね? 私も神崎さんに憧れていたんです。素敵な人ですよね? 神崎さんって。
 でもいつも自分のことは言わない。ただ黙って聞いてくれるだけ。
 不思議と神崎さんには何でも話しちゃうんですよね? 神崎さんにだけは。
 片想いで終わっちゃいましたけどね、私の恋は。
 でも友理子さんなら諦めます。
 今日、少しお時間ありますか?
 神崎さんのことでどうしても奥さんに伝えたいことがあるんです」
 「わかりました。では17時30分にアーケードにあるフルーツパーラーで」
 「じゃあ、お花はその時に持って来て下さい」

 ミュウはそう言って1万円を置いて店を出て行った。


 

 約束の17時30分を少し遅れて、友理子が大きな花束を抱えて店にやって来た。
 
 「いらっしゃいませ」
 「アイスティを下さい」
 「かしこまりました」

 走って来たらしく、友理子は息が上がっていた。

 「ごめんなさいね? 仕事が少し長引いてしまって。
 これ、お花とレシートです」
 「レシートはいりません」

 ミュウは友理子から花束を受け取ると、再びそれを友理子に渡した。

 「ご結婚、おめでとうございます」
 「ありがとうございます。何だか変ですね? 自分で作った花束を、自分が受け取るなんて。
 私、お花を貰ったのってミュウさんが初めてでした。凄くうれしいです」
 「女って、お花を貰うとうれしいですよね?」

 友理子は愛おしそうに、ミュウからプレゼントされた自分の作った花束を抱いた。

 「いい香り」
 「友理子さん、神崎さんをよろしくお願いします。
 私は本当の父を知らずに育ったので、神崎さんは私の父親のような人なんです。
 いつも他人のことばっかり気にして、自分の事はいつも後回し。
 そんな人ですよね? 神崎さんって?」
 「わかります。あの人といるとホッとしますよね? 癒されるというか、素直な自分でいられます」
 「神崎さんを甘えさせてあげて下さい。
 神崎さん、自殺しようとしたんです。半年前に」

 突然、友理子からさっきまでの笑顔が消えた。

 「その話って本当ですか?」
 「おそらくですけど、本当だと思います。
 私には分かるんです、なんとなくですけど。
 その時の神崎さん、無断でお店を1週間ほどお休みしたんです。
 そして戻って来た時、聞いたんです「どこに行っていたんですか?」って。
 そうしたら酷く寂しい顔をして、「富山に海を見に行ってた」って。
 だから友理子さん、神崎さんを守ってあげて下さい、神崎さんを死なせないで下さい。
 神崎さん、今、とってもしあわせそうなんで」

 友理子は運ばれて来たアイスティーにストローを刺し、飲んだ。
 ミュウの突然の告白に、喉の渇きが潤されてゆく。
 

 「そうでしたか・・・、あの人が自殺を・・・」

 友理子は深い闇の中に、ひとり取り残されたような気がした。





 家に帰ると楓が花束を見て驚いていた。

 「ママ、どうしたの? その綺麗なお花!」
 「パパの会社の人からいただいたのよ、作ったのはママだけどね?」
 「そうだったんだ。良かったね? ママ?」

 もちろん楓にはあの話は出来なかった。
 友理子はその花を花瓶に活けると、深いため息を吐いた。

 (きっとそれはミュウさんの思い違いよ)

 だが、友理子の気持ちは晴れなかった。

 一抹の不安を消すかのように、カサブランカの甘い香りが室内を包み込んでいた。
 
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