★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁

文字の大きさ
18 / 21

第18話 別れの酒

しおりを挟む
 退院して私は友理子と『カリブ』へやって来た。

 「いらっしゃいませ。
 神崎さん、お身体の方はもう大丈夫なのですか?」
 「おかげさまで昨日、退院しました。
 ただの過労です。
 キャプテンよりも若いのにお恥ずかしい限りです」
 「大事にして下さいね? 神崎さんは皆さんから頼りにされているんですから」
 「そうですよ、もっと自分を労わってもらわないと」
 「キャプテン、私はワイルドターキーをロックで、お前は何にするんだ?」
 「私はマルガリータを」
 「かしこまりました」

 キャプテンはまるで化学の実験でもするかのように酒瓶をカウンターに並べた。
 平たい銀の皿に塩を敷き、カクテルグラスのエッジにレモンを滑らせるとそれを逆さにしてそこに置き、スノースタイルを作った。
 シェイカーにテキーラ、コアントロー、そしてレモンを絞る。
 そこに氷を入れ、キャプテンがシェイクを始めた。
 心地良いシェイカーの響き。
 それをカクテルグラスに注ぎ、マルガリータは完成した。
 そして間髪を入れず、キャプテンはあっという間にキューブ氷をアイスピックだけを使ってアイスボールを作ると、それをロックグラスに入れた。
 カランという澄んだ音がバカラのグラスで鳴った。
 ターキーがそこに注がれてゆく。

 「お待たせしました」
 「いただきます。 あなた、退院おめでとう」
 「ありがとう、友理子、心配かけたな?」

 私たちはグラスを合わせた。

 「ああ、美味しいー。キャプテンのマルガリータは最高です」
 「ありがとうございます」
 
 バーボンの香りが鼻から抜けていった。

 「なあ友理子、俺も歳だし、いつどうなるかもわからん。
 おまえは俺が惚れるほどいい女だ、だから人生を無駄にするようなことはするな」
 「どうしたの? 明日にも死んじゃうような話なんかして?」
 「人の死は誰にでも平等に訪れるものだ。それが早いか遅いかの違いだけだ。
 俺が先か、お前が先かなんてわかりはしない。
 俺も友理子も確実に死ぬ。それが自然の摂理だからだ。
 だからお前は俺にその時が来ても、悲しむことはない。
 神様から与えられた命を全うするんだ。いいな?」

 友理子はマルガリータに口をつけた。

 「もしも私があなたよりも先に死んだら、再婚してもいいわよ」
 「もちろんそうさせてもらうよ。
 でも、もし俺が先になったらその時はお前も再婚しろ。俺は焼き餅は焼かない」
 「私は夫を見送ったわ。彼には悪いけど、看病が長かったせいか、ホッとしたのも事実だった。
 それだけ地獄のような毎日だったから。
 そしてやっとあなたとの幸福な生活が出来るようになった。
 結婚生活がこんなに素敵な物だとは思わなかった。
 もしもあなたを失うようなことがあれば、私は生きていく自信がない・・・」
 「どんな夫婦にも、いつかは死が二人を分かつ時が必ず来る。必ずだ。
 一緒に死んで同じ墓に入ることが幸福ではない。
 俺もお前もこの世に生まれた意味がある。
 人間はひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。
 人はどれだけ生きたかじゃない、いかに生きたかなんだ。
 人生は「ありがとう」をたくさん集めるゲームだ。
 だから万が一の時は俺の分まで「ありがとう」を集めて生きてくれ」
 「人生は「ありがとう」を集めるゲームかあ?」
 「そうだ、そして友理子、俺の願いはただひとつだ。
 また人間に生まれ変わることが出来たら、またお前と巡り会いたい。
 そしてまた、必ずお前を探してみせる」

 友理子は私に寄り添い私の手を握った。

 「私もあなたを探すわ、そして絶対にあなたを探し出してみせる。
 そして今よりもっとあなたを愛したい・・・」
 「キャプテン、同じものをお願いします」
 「かしこまりました」

 (キャプテン、今までお世話になりました)

 私は別れの酒を一気に飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

先生の秘密はワインレッド

伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。 教師と生徒のドラマチックラブストーリー。 執筆開始 2025/5/28 完結 2025/5/30

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...