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2章 異世界からの迷い子
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スバルは長い戦いの果てに剣を振るい続けていた。
大いなる闘争において彼は、仲間を失い、幾度も血に塗れ、ついには魔王を討ち果たした。勝利の瞬間に訪れたのは歓喜ではなく、深い虚脱感だった。握っていた剣は手から滑り落ち、砕け散った甲冑の隙間からは血が滲み、肩で息をすることさえままならなかった。
全身を覆う甲冑は、すでに戦闘の痕跡で刻まれていた。元来は軽量で動きやすさを重視した造りであり、腰や胸を守る金属板は薄く、布や革で関節を覆うことで素早い動きを可能にしていた。しかし長き戦いの末にその装いは無残に裂け、膝の部分は布が千切れ、金具は黒く焦げ、肩当ては片方が失われている。勇者を象徴するはずの姿は、いまや疲弊しきった戦士そのものに過ぎなかった。
彼はその場に膝をついた。視界が暗転する。最後に見たのは、崩れ落ちる魔王の城と、遠くで泣き叫ぶ誰かの声だった。
――そして彼は目を覚ました。
硬い石畳を想像していたはずの背中に触れるのは、冷たく滑らかな素材。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。白い四角の光が均等に並び、まるで太陽でも月でもない奇妙な輝きを放っている。
スバルは思わず身を起こした。だが全身に重みがのしかかり、身体が自分のものではないような鈍さを覚える。甲冑が擦れる音がやけに響き、周囲の空気が異様に澄んでいるのを感じ取った。
立ち上がり、辺りを見回す。そこは広い空間で、見慣れぬ機械のようなものが列をなしている。金属とガラスが組み合わされた奇怪な構造物。遠くから人の声が聞こえた。
言葉は不思議と耳に届く。だが理解できない。音の連なりはまるで異国の呪文のようで、意味を結ばず頭上を通り過ぎていった。
不意に、ひとりの女性が目の前を通り過ぎた。
彼女はスバルを一瞥し、悲鳴を上げて後ずさりした。甲冑姿の少年が突如として現れたのだから当然だろう。スバルは咄嗟に両手を上げて敵意がないことを示すが、言葉が通じない。
「……っ!」
喉から声を絞り出しても、相手の目には恐怖しか映らない。女性は手に持った小さな四角い物体を操作し、遠くから甲高い音が鳴り響いた。まるで警鐘のようなその音に、スバルは反射的に逃げ出していた。
石畳ではない。地面は黒く滑らかな材質でできており、靴底が硬い音を鳴らした。見上げれば奇妙な塔が林立し、空は薄い灰色の膜に覆われているように見える。馬車も荷車もない。代わりに、鉄の獣のような箱が轟音を立てて道を走っていた。
「……ここは、どこだ」
言葉を放つが、返事はない。ただ人々が奇異な目を向けるばかりだ。子どもたちは彼を指差し、大人たちは怪訝そうに避けていく。
異世界の戦場で生き抜いてきたスバルにとって、敵意を持たれずとも孤独は鋭い刃となった。彼はただ立ち尽くし、見知らぬ世界の冷たさに呑み込まれていく。
やがて日が傾き、街の光が次々と灯っていった。太陽が沈んでもなお明るい街。魔術でも松明でもない、人工の光があたりを覆う。その眩しさに目を細めながら、スバルは路地裏に身を潜めた。
身体は疲れ切っている。甲冑は重く、破れた布地からは冷気が忍び込み、震えを止められなかった。異界の魔物よりも、この世界の無関心さのほうが彼を追い詰めていた。
「……仲間は、どこに……」
言葉を漏らした。だが返るのは沈黙だけだった。
異世界で勇者と呼ばれた少年は、いまやただの異邦人として、現代日本の片隅をさまよい始めていた。
大いなる闘争において彼は、仲間を失い、幾度も血に塗れ、ついには魔王を討ち果たした。勝利の瞬間に訪れたのは歓喜ではなく、深い虚脱感だった。握っていた剣は手から滑り落ち、砕け散った甲冑の隙間からは血が滲み、肩で息をすることさえままならなかった。
全身を覆う甲冑は、すでに戦闘の痕跡で刻まれていた。元来は軽量で動きやすさを重視した造りであり、腰や胸を守る金属板は薄く、布や革で関節を覆うことで素早い動きを可能にしていた。しかし長き戦いの末にその装いは無残に裂け、膝の部分は布が千切れ、金具は黒く焦げ、肩当ては片方が失われている。勇者を象徴するはずの姿は、いまや疲弊しきった戦士そのものに過ぎなかった。
彼はその場に膝をついた。視界が暗転する。最後に見たのは、崩れ落ちる魔王の城と、遠くで泣き叫ぶ誰かの声だった。
――そして彼は目を覚ました。
硬い石畳を想像していたはずの背中に触れるのは、冷たく滑らかな素材。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。白い四角の光が均等に並び、まるで太陽でも月でもない奇妙な輝きを放っている。
スバルは思わず身を起こした。だが全身に重みがのしかかり、身体が自分のものではないような鈍さを覚える。甲冑が擦れる音がやけに響き、周囲の空気が異様に澄んでいるのを感じ取った。
立ち上がり、辺りを見回す。そこは広い空間で、見慣れぬ機械のようなものが列をなしている。金属とガラスが組み合わされた奇怪な構造物。遠くから人の声が聞こえた。
言葉は不思議と耳に届く。だが理解できない。音の連なりはまるで異国の呪文のようで、意味を結ばず頭上を通り過ぎていった。
不意に、ひとりの女性が目の前を通り過ぎた。
彼女はスバルを一瞥し、悲鳴を上げて後ずさりした。甲冑姿の少年が突如として現れたのだから当然だろう。スバルは咄嗟に両手を上げて敵意がないことを示すが、言葉が通じない。
「……っ!」
喉から声を絞り出しても、相手の目には恐怖しか映らない。女性は手に持った小さな四角い物体を操作し、遠くから甲高い音が鳴り響いた。まるで警鐘のようなその音に、スバルは反射的に逃げ出していた。
石畳ではない。地面は黒く滑らかな材質でできており、靴底が硬い音を鳴らした。見上げれば奇妙な塔が林立し、空は薄い灰色の膜に覆われているように見える。馬車も荷車もない。代わりに、鉄の獣のような箱が轟音を立てて道を走っていた。
「……ここは、どこだ」
言葉を放つが、返事はない。ただ人々が奇異な目を向けるばかりだ。子どもたちは彼を指差し、大人たちは怪訝そうに避けていく。
異世界の戦場で生き抜いてきたスバルにとって、敵意を持たれずとも孤独は鋭い刃となった。彼はただ立ち尽くし、見知らぬ世界の冷たさに呑み込まれていく。
やがて日が傾き、街の光が次々と灯っていった。太陽が沈んでもなお明るい街。魔術でも松明でもない、人工の光があたりを覆う。その眩しさに目を細めながら、スバルは路地裏に身を潜めた。
身体は疲れ切っている。甲冑は重く、破れた布地からは冷気が忍び込み、震えを止められなかった。異界の魔物よりも、この世界の無関心さのほうが彼を追い詰めていた。
「……仲間は、どこに……」
言葉を漏らした。だが返るのは沈黙だけだった。
異世界で勇者と呼ばれた少年は、いまやただの異邦人として、現代日本の片隅をさまよい始めていた。
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