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新しい世界
100:街のウワサ
しおりを挟む「おーっ」
私は馬車を下り、思わず声を挙げた。
物凄い大きな街だった。
ディランと別れてから
私とマイクはずっと馬車を乗り継いで
かなり遠くの街まで着た。
休憩もほぼ取らず、
辻馬車がなかなか来ないときは
偶然通った荷馬車に乗せて貰ったりしながら
私たちは道を進んだ。
焦る必要はなかったけれど
ディランを置いてきてしまったので
出来るだけ早く先に進みたかったのだ。
マイクは休憩を取るように言ってくれたけど、
移動中は休憩しているようなものだったし
ずっと座っていて足腰が痛いけど
我慢できないほどではない。
私は大きく手を上げて伸びをした。
もう、夜だ。
辻馬車を下りた目の前には
大きな通りと、沢山の店と、
行きかう大勢の人が見える。
「まずは宿を探しましょう」
「うん」
私は抱っこしようとするマイクの手を
避けて、歩く、と主張する。
「初めての街だし、歩いてみたい」
「そう…ですか。
かしこまりました」
不本意そうな顔をするマイクが、
ちょっとだけ嬉しい。
私を心配してくれている…
愛してくれている証拠だから。
だから私はマイクの手を握った。
「だから、迷子にならないように
手を繋いでいこう?」
「……はい!
もちろんです」
マイクは大きくうなずいて、
私の手をしっかりと掴む。
少し歩いただけで
宿はすぐに見つかった。
停留所の近くにあったのだ。
とても大きくて、立派な…
つまりは、宿泊費が高そうな
どうみてもお金持ちの旅行者が
利用しているとしか思えない宿が。
この世界では電気など無いのに
おそらく…魔力を溜めた高価な魔石を
大量に使っているのだろう。
宿の入り口は
明るく照らされている。
しかも、大きな扉の前には
警備みたいな制服を着た大きな人が
2人も立っていた。
腰には剣を付けているのが見えるし、
気後れしてしまう。
そんな私の手を引き、
マイクは宿に入ろうとするが、
案の定、警備の人たちが
私たちを止めた。
それはそうだろう。
だって、どう見ても私たちに恰好は
こんな高級な宿に泊まるような
服装ではない。
けれど、マイクは私を背中に隠し、
警備の人たちに何やら身分証明書?みたいな
もの見せた。
警備の人たちは、いきなり
直立して、大きなドアを両側から開けてくれる。
神官の証明書とか、そんなのだろうか。
恭しく頭を下げる警備の人に
私は頭を軽く下げて宿に入る。
元の世界では足を踏み入れたことがないけど
物凄い…高級ホテルを想像して、
私はマイクの手を引っ張った。
「マイク、ここの宿、
ものすごく高そうだよ、大丈夫?」
おもわず宿泊費は大丈夫かと
聞いてしまったが、マイクは笑顔で頷いた。
そしてすぐに宿のフロントと言えばいいのだろうか。
執事のような服を着ている人がいる
カウンターに向かう。
私はすぐそばのソファーに座らされ、
少しお待ちくださいね、と言われた。
私がマイクのカバンを持ち素直に座っていると
爽やか青年風の男性が、飲み物を持って来てくれた。
「ようこそお越しくださいました」
って、これ、元の世界で噂に聞いていた
ウエルカムドリンク!?
まさか飲んだらお金を取られたりしないよね?
ドキドキしながらお礼を言って
私はグラスを受け取った。
そっと飲むと、甘ずっぱいジュースだ。
透明な液体だったので、水かと思ったけど
とてもおいしい。
大切にちょっとづつ飲んでたら
マイクが手続きを終えて戻って来た。
マイクは私が飲み物を飲んでいることに気が付き、
美味しいですか?と聞いてくれる。
とっても!
と言うと、マイクはドリンクを
持って来た爽やか青年に
部屋に同じものを置いておくように頼んでくれた。
そしてマイクは私からグラスを取り上げ
青年に渡すと、代わりに私を抱っこする。
「さぁ、参りましょう」
私がいきなり抱っこされたので
青年はちょっと驚いたようだ。
そうだよね?
普通は驚くよね?
いつも抱っこされるので
あまり気にしなかったけど、
街を見ていても、
抱っこされて歩いている人なんていないもん。
だから私は大丈夫、って
マイクに下してもらった。
代わりに手を繋いで、
早く行こう、と手を引っ張る。
マイクがカバンを持ち、私と歩き出すのを見計らって
私はこんな高級な宿でなくても
良かったよ、と伝えた。
けれど、マイクからは
大きな街は治安が悪い場所もあるから
このように大きな通りに面している
高級な宿がセキュリティ的にも良いと
そんな話をさる。
確かにそうか。
元の世界では…少なくとも
日本では、知らない街で、
いきなり変な人に襲われるなんて不安は
無かったけれど、この世界では違う。
強盗に襲われて殺される可能性だってあるのだ。
私はいつも誰かに守ってもらっているから
そんな危険は考えたことが無かったけれど。
そう考えると
私は本当に幸運だと思う。
私が自分のことを「幸運だ」なんて
思う日が来るなんてビックリだ。
私は最近、外を歩くのに
フードをかぶっていない。
女神の愛し子のウワサが広がり、
あちこちで黒髪の人を見かけるからだ。
最近は自分の髪を黒く魔法で
染めるのが流行っているらしい。
と言っても、魔術師に頼んで
髪を染めるなんて、
お金持ちや貴族にしかできないぐらい
値段が高いものらしいので、
黒髪だと言うことは、目立たなくなったけど
お金持ちだって証拠にもなってしまう。
……だから、あの足を怪我していた男性は
私とマイクを主と従者だと思ったのか。
私がお金持ちの子どもだと思ったってことね。
ただ、どうしても魔法で髪を染めると
光の加減で元の地毛の色が
薄く見えてしまうらしい。
だから本当に真っ黒い髪を持っているのは
この世界では、私1人になる。
そのせいで、マイクには何度も
「明るい場所では必ずフードをかぶってください」
と懇願されていた。
私も面倒なことは勘弁したいので
大人しくマイクの言うことを聞いている。
私は綺麗に磨かれた床を通って
階段を上がった。
部屋は二階らしい。
階段を上がったところに
大きな花瓶に花が活けてあり、
なんだか良い匂いがした。
部屋は二階の一番奥の部屋で、
マイクが鍵を開けてくれる。
そこに入るなり…
私は、絶句した。
「申し訳ありません。
部屋がここしか空いていなくて…」
「えあ?う?……うん。
部屋なんて、ベットで寝れたらいいし、
ありがとう、マイク」
そう、宿なんて、寝れたらいいのだ。
野宿だって何度もしたし、
ベットがあるだけで充分だ。
……だけど。
なんだ、この部屋は!?
私は心の中で叫ぶ。
何故なら…ピンクの部屋だったからだ!
壁紙は薄いピンク。
大きな天蓋付きのベットも、薄いピンクのレースに
シーツは白だったが、枕は白にピンクの花が
描かれていた。
少女趣味…ゴスロリ?
あちこちに、ピンクとレースが溢れている。
なんて部屋だ!
私は可愛い物が大好きで
言ったことないけど、
ピンクもレースも大好きだ。
元の世界では、質素倹約がモットーで
お金以外は信じていなかったから
可愛い物は全くと言っていいほど、持っていなかった。
一度でいいから、
可愛い物であふれた部屋に住んでみたいと
思ったこともあるけれど、
もしかしたら、この部屋がその理想の部屋なのかもしれない。
部屋は広く、小さなソファーやテーブルだけでなく
デスクや給湯室っぽい場所もあった。
侍従が控えておくためのブースもあり、
おそらくは貴族用の部屋だとは思うけれど。
部屋の角には大きな花が活けてあり、
備え付けのクローゼットには
可愛らしい花が添えてある。
しかも、テーブルの上には
同じく小さな花と、支配人からの
メッセージだろう。
「おめでとうございます」の
メッセージカードが置いてあった。
もしかしてこの部屋…
新婚さん用?
「ユウさま。
お食事はいかがいたしましょう。
良ければ何か購入して参りますが」
マイクはこの部屋など
全く気にしていない様子で通常運転だ。
私はこの部屋を一人で堪能したい気になっていた。
たとえば…ピンクのベットにゴロゴロ転がるとか、
可愛いレースのカーテンに包ってみるとか。
でも、そんなのはできないよね?
私ももう大人だし。
「ううん、せっかくだから
街を見てみたい」
「では、出かけましょうか。
あまり遅くなってしまうと
酒を飲む店ばかりになるかもしれません」
確かに。
この世界って、夜になると
開いている飲食店は酒場ばかりになっちゃうんだよね。
私とマイクは荷物を置き、
そのまま街へと出た。
案の定、飲食店は酔っ払いが
いそうな場所ばかりだった。
その中でも比較的、上品そうな店を選び
マイクと中に入る。
店の一番隅っこで私とマイクは
食事を取ることにした。
ディランがいると、いつも肉料理に
なってしまうけれど、
マイクは私が魚が好きだと
言っていたからか、
魚の入ったグラタンっぽいものと
パンとスープ。
あとサラダを頼んでくれた。
魚は肉みたいに
固くて噛み切れない、ってことが無いから
安心して食べれるんだよね。
マイクは私のために水とお酒を頼んだ。
酒場で酒を頼まないわけにはいかないらしい。
食べた料理はお酒を飲む店らしく
少し味付けが濃かったけど、
久しぶりのあたたかい料理は、ほっとする。
ゆっくり食べていると、
近くのテーブル座っている
男性たちの会話が聞こえて来た。
「この街の近くで女神の愛し子が現れたってよ」
ぶーっと飲んでいた水を拭き出しそうになった。
「なんでも、魔獣にやられて
穢れで動かなくなった足を
あっという間に治したって言うぜ」
え?
それって、もしかして
馬車で一緒になった人のこと?
「しかも、愛し子だって名乗らずに、
治療したことすらも言わず、
そっと立ち去ったんだと」
「すげえ、さすが愛し子様だな」
いやいや、治療したことすら
知らなかったんです。
というか、あの人の足、治ってたの?
どうやって?
いつ?
ものすごくビックリなんですけど。
頭の中でツッコミながら
私は無言で食事を続けた。
ちらり、とマイクを見ると
マイクは、そうでしょう、そうでしょう、
とその人たちが「女神の愛し子」を
褒めるたびに頷いている。
「マイク、早く食べて出よう」
声を掛けると、マイクは笑顔で頷いた。
物凄く嬉しそうな、満足そうな顔だ。
しかし、治療しようとか
思ってないのに、なんであの人の
足が治ったんだろう。
私が大きな力を使う時は『器』に溜めた
<愛>を使う必要がある。
だから、治療なんて大きな力を使ったら
すぐにわかるはずなのに。
いや、ほんとに私が治したのかな?
偶然とか…そもそも、あの馬車で
一緒にいた人の話じゃないのかも。
今も聞こえてくるテーブルに人たちの
話を聞きながら、私は悶々と考えた。
なんだろう?
ここに来て、変なことになってないよね?
急に力が強くなったとか
無自覚に力が使えるようになったとか。
女神ちゃんがまた余計な設定を
勝手に作った、なんてことないよね?
なんかもう、不安しかない。
とにかく神殿に行って
女神ちゃんと話をしなければ!
私はそう決意して、
もぐもぐとひたすらご飯を食べ続けた。
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