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新しい世界
121:女神の愛し子
しおりを挟むすまん、ユウ。
そんな女神ちゃんの声が聞こえた気がして
私は目を開けた。
私はベットの上だった。
あの後、気を失ってしまったのだろうか。
起き上がろうとしたけれど
体に力が入らなくて
私は仰向けに転がったまま
部屋の気配を探った。
誰も、いない。
今、何時だろう?
あれからどれぐらい経ち、
どうなったんだろう。
あれほど息苦しかった闇の気配は
もう感じられなかった。
魔素は、この世界の空気中に
たくさん漂っていて、
<闇>の魔素は、その中の1つだ。
今は私が関知できない程度の量の
<闇>の魔素が、この街に
漂っているのだろう。
それが普通なんだ。
怒りにまかせて
この街を浄化してしまったけれど、
大丈夫だろうか。
浄化しすぎた、なんてことは
無いと思うけれど。
私は<闇>の魔素が全くない
状態というのは、異常だと思う。
元の世界でも、
無菌に慣れ過ぎた子どもが成長し、
アレルギー反応を引き起こしやすかったり
するとか言われていた。
ばい菌とは適度に共存する環境が
人間には必要なのだ。
だって、悪いものが何一つない世界なんて
存在しないのだから。
<闇>の魔素は人間たちの
負の感情からも生まれる。
だからそれを拒絶などできない。
そして、そうか。と思った。
<闇>の魔素は人間の感情から生まれる。
だから、女神ちゃんにも操ることはできない。
だって、人間は女神ちゃんの人形ではないから。
つらつら考えていると
部屋の扉が開く音がした。
視線だけで探すと
「ユウ」と声を掛けられた。
「目が覚めたのか、良かった」
ディランだ。
ディランはベットの傍に来て
私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「うん。力が入らなくて起き上がれないけど」
って笑ったら、ディランは私を起こしてくれた。
体を支えて、ベットの上に座らせてくれる。
背中にたくさんクッションを挟んでくれたので
なんとか一人でも座ることができた。
「水、飲むか?」
それに頷くと、ディランは水差しから
コップに水を入れてくれた。
私はそれを受け取り、
ディランに手伝ってもらいながら
ゆっくりと飲む。
あー。
五臓六腑にしみわたるー。
「ねぇ、あれからどうなったの?」
そう聞くと、ディランは
私の手からコップを取り、
ベットサイドに置いた。
そしてベットの端に腰かけて
私の肩を抱き寄せる。
「心配した」
「うん、ありがとう」
「守るって決めてたのに」
「守ってくれたよ、嬉しかった」
「でも、俺の目の前で、倒れた」
「それは…ごめん」
倒れるかも、と思ったけど、
ディランやマイクがいたから
倒れても大丈夫だって思ったの。
そう言ったら、
ディランはバカヤロウ、と呟いた。
物凄く心配を掛けたことがわかって、
私はディランに身を預けた。
本当は抱きしめたかったけど
腕がだるくて無理そうだ。
そこへ、また扉が開く。
「ユウさま!」
マイクが走って来た。
そしてベットのそばまでくると
ディランを押しのけるようにして
私の手を取り跪く。
「お目覚めになられたのですね」
「うん。ありがとう、マイク。
心配かけてごめんね」
「いえ…いえ、私は
ユウさまのお声をもう一度
聞けただけで充分…で…」
と、マイクは言葉を詰まらせた。
「マイク?」
「も、申し訳ありません」
って、マイクは泣いてるし。
「えっと、マイク。ごめんね?
もう大丈夫だから。
顔を見せて?」
そう言うと、マイクは顔を上げた。
綺麗な顔が少しやつれている気がする。
「マイクもディランも。
あれからどうなったか教えて?」
そういうと、マイクは私の手を
握ったまま頷いた。
ディランは面白くなさそうに
私とマイクを少し後ろから見ている。
私は部屋を見回した。
大きなベットと、大きな窓。
……本当に大きな窓がベットのそばにある。
よく見ると、バルコニーのようなものがあり
そこへ出ることができるみたいだった。
白く長いレースのカーテンがかかっていて
外の景色は見えない。
部屋も広く、2人の身体で隠れているけれど
小さめのソファーやテーブルなども見えた。
「ここは、どこ?」
「あの教会だ」
ディランが応えてくれた。
「貴賓室がありましたので、
ユウさまを私がお連れしました」
マイクも情報を補足してくれる。
私の荷物も全部運んでくれているらしく
ディランは思い出したように
待ってろ、と言って
私のクマちゃんを荷物から出してきてくれた。
バーナードの愛する婚約者さんが
作ってくれたくまのぬいぐるみだ。
私の、宝物。
「ありがとう」
私は受け取り、クマちゃんを抱きしめる。
「おまえのこれ、あいつらの代わりか?」
クマちゃんのサッシュベルトの色に
気が付いたのだろう。
ディランがそんなことを言う。
「うん。金聖騎士団の皆の色が入ってるの。
バーナードの婚約者さんが
作ってくれたの」
「そう、か。
だから…大事にしてたのか」
「うん。金聖騎士団の皆は
私の大事な、大好きな人たちだから」
そう言うと、わかりやすく
ディランが拗ねた顔をした。
「俺よりもか?」
子どものような顔に、私は笑う。
「そんなの、比べられないよ」
その答えに、ディランは納得してなさそうだけど
私はそれ以上、この話題に触れないようにする。
「それより、あれから何時間経ったの?
グルマンは?」
それには、マイクが応えてくれた。
なんと、あれから3日経っていて、
今は4日目の早朝らしい。
グルマンは私が『力の手』で
ボコボコにしたせいか、
毒気が抜かれたように
大人しく拘束されたらしい。
王都に人員を派遣してもらうよう
要請をしてはいるが、
今は街の復興とグルマンの取り調べを
金聖騎士団が仕切っているらしい。
ま、王族が二人もいるんだから
それはそうなるよね。
『聖樹』が浄化されたことで
街の空気も随分と変わったらしく、
街には人々の声が聞こえるようになってきたとか。
街の人たちは<闇>の魔素を操っていた
グルマンの影響で個人の思考や意思が
かなり制限されていたらしいけど
ようやくそれが無くなって
本来の姿に戻ってきたのだと
マイクは言う。
「それに、ユウさま。
ユウさまは、この街を囲う壁や
あの砂を疎ましく思っていたのではないでしょうか」
「そう…だね、うん。
砂も城壁みたいなあれも嫌だった」
「やはり、そうでしたか」
「なに? なんかあったの?」
「何かあったって、ユウ。
外は凄いことになってんぞ」
ディランが会話に入って来た。
「街の外は緑に溢れてるし、
あの壁は…一瞬で無くなったぞ」
「一瞬で?」
意味が分からずに聞き返すと、
マイクが、それは…と説明してくれた。
街の人たちは正気に戻ったけれど、
それでも<闇>の魔素に支配されていた時の
記憶はある。
そこで街の人たちが教会に押しかけようとしたとき、
聖獣が…おそらくレオだろう。
大きく、嘶いたそうだ。
その声に街の人たちが動きを止た。
暴動を収めたレオが翼を大きく羽ばたかせた瞬間、
街を囲っていた壁が一気に崩れたんだそう。
『愛し子は、閉鎖的な空間を望まない。
砂も、好まない。
そして愛し子の眠りを妨げる者は排除する』
レオはそう言い飛び去ったそうだ。
壁が崩れた先には、緑が広がっていたらしい。
なにそれ、おとぎ話?
そこで街を代表して町長さんや
役場のえらいさんとかが代表で
教会にやってきて、グルマンや
私のことが伝えられたんだって。
街はもちろん、大騒ぎ。
でも王族がいる金聖騎士団が
それらを押さえて、皆を先導して
復興にあたっているらしい。
と言っても、街は別に
普通に機能しているので、
不安を感じる人たちは教会で
神官たちに話を聞いてもらったり、
商売をしている人や
他の街に家族がいる人たちは
他の街との連絡が途絶えてしまっていたので
そういった人たちは金聖騎士団の力を借りて
他の街に連絡を取ったりしているらしい。
そんなこんなで、
金聖騎士団の皆は忙しいし
マイクも神官なので忙しい。
そんな中、何にも縛られない
ディランだけは暇を持て余し、
私に付いてくれていたらしい。
と、そんな話をディランと
マイクがしてくれた。
マイクは「私もできる限りの時間、
ユウさまのお傍におりました!」と
物凄い勢いで言ってくれたけど。
良かった。
無事に終わったみたいだ。
カタンと音がして
窓の方を見ると、レオがバルコニーに
降り立つのが見えた。
マイクがカーテンを左右に引き、
窓を開けると、レオが入ってくる。
獅子のような…けれども大きな羽を持った
真っ白なレオは、大きくて、堂々としている。
……はずなのだが。
どこかうなだれて、しょんぼりしていた。
「レオ?」
声を掛けると、細いライオンのしっぽを
振りながら、レオは近づいて来る。
四つ足なので実感は湧かないけれど、
立ち上がったら、誰よりも…
金聖騎士団で一番背が高く、
体格の良いバーナードよりも
大きいと思う。
そんなレオが悲しそうにベットのそばにくると
私の腕に顔を撫でつけて来た。
甘えるネコのようだ。
「どうしたの?」
『女神に…叱られた』
「なんで? レオは頑張ったのに」
『ユウを怒らせた』
「怒ったのはレオにじゃなくて
女神ちゃんにだよ?」
そう言ってもレオは大きな体を
私にこすりつけてくる。
力加減はしてくれているらしく
苦しくはなかったけれど、
これは、よっぽど酷く言われたに違いない。
「マイク、もう『聖樹』は元通りなんだよね?」
「はい。実は生ってはおりませんが、
聖気を放ち、葉も茂っております」
「じゃあ、女神ちゃんと話せそうか」
私はうなだれるレオの鬣を
わしゃわしゃと撫でた。
「レオ、一緒に行こう。
私が女神ちゃんに文句を言ってあげる」
レオが顔を上げた。
期待に満ちた顔が、可愛い。
「でも体に力が入らなくて。
レオ、背中に乗せて?」
そういうと、レオはベットのそばに
乗っていいよ、と言わんばかりに
しゃがんだ。
「ユウさま!」
「おい、ユウ、俺が…」
「いいの、レオに乗りたいの」
私が言うと、ディランとマイクは
顔を見合わせた。
けれど、マイクは私を抱き上げて
レオの背に乗せてくれる。
あー、ふわふわで、いい気持ち。
すりすりして、レオが立ち上がると
私はその毛を両手で掴む。
「じゃあ、聖樹を見に行こう」
私の声にマイクとディランが頷いた。
仕方なく…だったかもしれないけれど
マイクは私たちを先導してくれた。
その姿はクマに乗った金太郎と同じだったと
後ほど我に返って、恥ずかしくてベットを
転げまわってしまったのだが。
この時は、レオに乗ることにも
なんの抵抗もなかった。
だって、すでに何度も乗ってるもんね。
そして聖獣に乗る私を
神官たちが恐れおののいて
見つめていることも、
この時の私はまったく気が付いてなかったのだ。
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