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隣国へ
169:愛し子の言い分
しおりを挟む私はざっくりだけど、
過去の話を村長さんにした。
女神ちゃんと話ができると言っても
信じて貰えないと思ったので、
女神の愛し子と呼ばれるようになった
この世界に来た時の話をしたのだ。
生まれてすぐに捨てられて施設で育ったこと。
親にも捨てられた「いらない子」だと
世の中を拗ねて育ったこと。
そんな中で大切なのは、
勇くんと、お金だったこと。
お金しか信じられなかった私は、
村長さんの村人たちと同じだったのかもしれない。
けれど、勇くんの自殺をきっかけに、
私はこの世界に来た。
多くの人に愛されるために。
「違う世界から……良く決意したな」
村長さんに言われ、
私は、そうだ、って思った。
この世界の人たちは誰も、
そんなことを言ってくれなかった。
この世界に私が来たのが当たり前だと
そんな振る舞いだった。
私はこの世界に心の底から
喜んできたわけではない。
なのに、皆は私が
この世界を救うことを
疑うことすらしなかった。
私がこの世界を救うと
最初から信じ切っていた。
女神が神託を下していたのだから
仕方が無いとはおもうけれど。
でも誰も、私が苦しい決断の末に
この世界に来たとは
思いもしなかったのだと思う。
金聖騎士団の皆には
なんとなく事情は話をしたけれど、
本当は辛かったとか、
世界を救うなど、私には荷が重いとか
そんなことは言えるはずもない。
だから、こうしてこの世界に来たことに
労いの言葉を言ってもらえて、
私は胸が熱くなる。
「ありがとう、
そう言ってもらえて、嬉しい」
私は村長さんの隣に座り直した。
膝を曲げて、三角座りをして、
村長さんとの距離を少しだけ縮める。
「私は元の世界のことを
この世界の人たちに話すことは
あまりないから」
「なぜだ?」
「だって、私はこの世界の救世主なんだよ?
そんな私が元の世界のことを
だらだらしゃべったら、嫌がられるんじゃない?」
「そんなものか?」
村長さんは首……はないけど、
首のようにやや細くなった部分を傾ける。
「だって、世界を救う前に
元の世界に戻りたがってるとか
思うかもしれないし。
そんなの不安にさせるだけでしょ?」
それに私も最初の頃は元の世界のことを
考えたりする余裕はなかったしね。
なにせこの世界に来たばかりの頃は、
言葉も通じなかったわけだし。
最初に出会った金聖騎士団の皆に
無し崩しに私は特別扱いをされ、
私はそれを受け入れてしまった。
だからこそ、私は『愛されて当然』なんて
痛い勘違いをしてしまったのだけれど。
でも、私は。
本当は……この世界に望んできたのではなかった。
そのことを、思い出した。
「最初はそりゃ、怖かったよ?
でも私がこの世界に来ないと、
勇くんの魂が輪廻転生の輪に入れないって
言われて……。
あ、輪廻転生って言うのは、
私の世界では死んだら神様の所に魂が戻って
また別の人間に生まれ変わる、ってことなんだけど。
勇くんは自殺をしてしまったから、
このままだと魂が消滅してしまうって言われたの。
だから勇くんの魂を救うには
私と勇くんの魂と体を交換して
私がこの世界に来るしかないって。
ただし、私がこの世界を救ったら
勇くんの魂を救ってくれるって
女神ちゃんは約束してくれた。
それでね、思ったんだ。
私はずっと勇くんを守ってきたから。
ここで勇くんを見捨てたら、
私の人生なんだったの、って。
勇くんは異世界に行っても、
このまま死んでしまっても、
もう私と二度と会えなくなる。
それならば、
私が勇くんを守ってあげようって思ったの。
この世界を救って、
私が元の世界に戻ったら
勇くんの魂はちゃんと転生させてくれるって
女神ちゃんはそう約束してくれたから」
でも、その約束はきっと果たされない。
私は元の世界には帰らないし、
勇くんは、私の体で幸せを見つけてしまったから。
「そうか、大変だったな」
と言われて、そうなの!と
声を荒げて訴えてしまう。
理解してくれる人に
話を聞いてもらえるのが、嬉しい。
「大変だったんだよ。
愛されたことなんか無いのに、
愛されることで世界を救え、なんて言われて。
でもね、私は<愛>ってよくわからなくて。
私と出会った人は
私を好きって言ってくれたけど、
抱きたいって、触れたいって言ってくれたけど。
それで満たされても、『力』を使うと
私はすぐに寂しくなった。
『器』に愛情が無いことが理解できるから、
そこを満たしたいって思ってしまう。
そしたら不安になって、誰かに愛されたくて。
でも、誰かに抱かれて愛されてるって
確認しても、満たされたら、
すぐにその『力』を使っちゃうの。
『力』は使ったら無くなるから、
そしてまた不安になって愛情を求めて、
私はまた誰かに抱かれるの。
それでね、思ったの。
これって、本当に<愛>なのかな、って」
村長さんは黙り込んでしまった。
違う、って言えないよね、たぶん。
だから私は話しを続ける。
「でもね、そんな私に勇気をくれた人がいるの。
愛する婚約者さんがいる人でね。
自分は婚約者を愛しているから、
私を抱きたいとは思わないけど、
大好きだし、兄弟みたいに思えるから
ちゃんと守るよ、って。
家族として愛してるよって、言ってくれたの。
それで私は<愛>って抱かれるだけじゃなくて
色んな形があるんだってわかったのよ」
村長さんをちらりと見たけれど、
顔が無いから何を思っているのかわからない。
呆れられてなければいいのだけれど。
そして私は『聖樹』を蘇らせたけれど、
まだ女神ちゃんに頼まれたことがあるから
旅をしているのだと村長さんに言う。
「あとね、わかったことがあるの。
<愛>はね、巡るんだって」
「巡る?」
「そう。私ね、愛されたくて愛されたくて。
愛してくれるのが嬉しくて。
もっと、って思ってた。
自分でも恐ろしくなるぐらい、
際限なく、愛して欲しいって思ってたの。
きっと20年ぐらい生きて来て
一度も愛されたことが無いから、
そんな状態なのかな、って思うんだけど。
一緒に旅をしている二人はね、
私のことを愛してくれるし、沢山抱きしめてくれるの。
抱っこして、甘えさせてくれる。
一緒にいたら嬉しいし、幸せな気分になる。
でもずっと私の心は愛されたいと思うばかりで
ちっとも満足しなかったの。
怖いでしょ?
だから私はずっと不安だった。
私はいつ、満足するんだろう、って。
どれだけ抱かれて、どれだけ愛を囁かれたら
私は満足できるんだろう、って。
それとも愛されることが『力』の発動条件だから
この世界が安定するまではずっと私は
誰かに抱かれ、愛を求め続けるしかないのかな、って」
抱かれても抱かれても愛に飢える自分は
恐怖しかない。
「でもね。
昨日、一緒にいる二人に沢山愛されて……
おなかいっぱいになるぐらい、
愛してくれてるって思えたらね。
私も愛したい、って思ったの。
私も愛したい、愛を返したいって。
凄いでしょ?
愛されたかったのに、愛したいって思ったの。
そう思ったら、急に『力』がね、
強くなったし、変化したのよ」
成長したの、と笑ったら、
村長さんも力が抜けたのか、
びよーんと伸びた体を元の丸い姿に戻した。
「えらいな、幼いのに苦労してるな」
「幼くないよ、見た目だけ」
そう言ったら、村長さんも今度は声を出して笑った。
「あぁ、久しぶりに笑った。
誰かとしゃべるのは、いいな」
「うん、いいよね。
聞いてくれてありがとう、村長さん」
「なに、こちらも話を聞いてくれて
随分とすっきりした。
ありがとう。
女神の泉の話だが、
きっと私の魂を消してくれれば
元に戻ると思う」
「え? 消す?」
「そうだ。私は女神の泉を穢すために
村人たちを呪った。
憎しみで心を満たし、
その力で闇の魔素を生みだした。
それが無くなれば、
きっと泉は元に戻るだろう」
「じゃあ、もう大丈夫なんじゃないかな」
だって村長さんの体からは
闇の魔素の気配は感じられない。
灰色の体も透明に近くなり、
淡く光出している。
「今の村長さんだったら、
ちゃんと女神ちゃんの所に還れるんじゃないかな。
魂の状態になったら、
またこの世界に生まれてこれるよ」
「また生まれる?」
「そう。
今度はまた別の人生になるし、
記憶も消えてるだろううけど。
でもね。やり直すの。
もう一度、今度はもっと幸せになるために」
「はは、いいな。そういうの。
やり直し……か。
やり直したいな。
私にもできるだろうか」
「大丈夫。
女神ちゃんは泉さえ元に戻れば
あとは私に任せるって言ってたもん」
「そうか。
随分と女神から信頼を得ているんだな」
「女神ちゃんは私がいないとダメダメだからね」
と言って、今のなし!って手を振る。
この世界の人に裏事情は言わない方がいいだろう。
「女神とは……随分と人間臭いんだな」
「そうかも。
女神が人間っぽいのか、
人間が女神っぽいのかはわからないけど」
「違いない」
村長さんはまた笑う。
「ああ、気分がいい。
きっと女神の元に還れるんだな、私は」
村長さんは、私に改めて感謝の言葉を告げてくれた。
「また会えるといいな。
いつまた生まれ変われるかはわからんが」
「そうですね。
でもきっと、すぐですよ」
気休めかもしれないけれど、
私はそう言った。
「嫌……じゃないのか?
愛されるのも、世界の運命を背負合わせるのも」
「いまさら、やめれませんし。
女神ちゃんはこの世界の創造主かもしれませんが、
私にとっては、できの悪い妹みたいなものですから」
ほっとけないんです、と言うと、
また村長さんは笑う。
「女神のことをそんな風に言う者がいるとは。
もっと早く出会いたかったな」
「私も、村長さんの姿が見たかったです」
丸いお餅じゃ、会話は成り立ってもちょっと寂しい。
「じゃあ次に出会えたら、声を掛けてくれ。
きっと男前なハズだ」
「はい、必ず」
そう言って私が笑うと、
村長さんの体は淡く光る。
そしてその光が徐々に薄くなり
最後は消えてしまった。
「……還ったのかな」
無理に浄化したりする必要が無くて
本当に良かった。
私は息を吐くと、
周囲を覆っていた光の帯を消滅させた。
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