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獣人の国
279:可愛らしい私のユウさま【マイクSIDE】
しおりを挟む賢者殿がディランと共に過ごすことを
宣言されて、私は少なからず落ち込んでいた。
賢者殿はユウさまの父君でもある。
その賢者殿が、この国が落ち着いたら
ユウさまを、愛する者に嫁がせたいと言ったのだ。
しかも、その相手を自ら選ぶと言われた。
その相手にまずはディランを指名したのだ。
これを落ち込まずにいられようか。
だが私はユウさまにそのような顔を
見せるわけにはいかない。
だから私はユウさまと共に
この国の王たちに賢者殿の案を説明した。
上手くいったとは思う。
そして最終目的でもある
『ユウさまの力は女神のものであり
ユウさまの意志では発動できない』と
示すこともできると思う。
賢者殿に言われるまで、
私にとって、いや、この世界にとっても
ユウさまは特別な方であり、
害する者がいるなど思いもよらなかったが、
私利私欲に走るものが今後出ないとは限らない。
さすがは賢者殿だと思う。
これでこの国が安定したら
女神様から勅命を受けたユウさまの
仕事は終わるのだろう。
だが、終わったらどうなるのだろうか。
私はユウさまのお傍にいたくて
この国まで付いてきた。
だが、私はこの国の住民ではないし、
獣人でもない。
ユウさまがしきりに呟く
「可愛い」と言う言葉を
私がいただくことは永遠にないのだ。
もし私が獣人であったら、
あの獣の耳や尻尾さえあれば、
ユウさまは何もせずとも
「可愛い」と呟き、私を撫でて下さるだろうに。
そうだ、私は嫉妬しているのだ。
全てにおいて私に劣っているディランが
ユウさまに愛でられることを。
愛玩動物だろうが何だろうが
あやつは、あの耳と尻尾がある限り
無条件でユウさまに求められるのだ。
そして耳も尻尾も無い私は、
この国が安定したら捨てられるかもしれない。
賢者殿も、婿にディランを選んだのだろう。
耳と尻尾があるのだから。
暗い気持ちを引きずってしまう。
笑顔でユウさまと接しなければならないのに、
うまくいかない。
それに、だ。
もしこの国を出たとしても、
ユウさまには、王弟の息子が率いる
金聖騎士団がある。
あの騎士団はユウさまの直轄で、
ユウさまの為だけの騎士団だ。
今は王の預かりになっているのだろうが。
騎士団の王弟の息子や第三王子、
宰相の息子もユウさまを愛し、
ご執心と聞く。
我が国にも、この獣人の国にも
ユウさまを求める者は多く、
その多くが地位、権力、財力、
そして実力を持つ者ばかりだ。
ユウさまを求め愛した者すべてが
ユウさまから愛を与えられている。
私はユウさまの中で
その者たちと同位かもしれないが、
優位になることはないだろう。
もしユウさまがすべての使命を終えた時、
ただ一人、愛する人を選び、
その者に愛されることを望んだ時。
私はいったいどうなるのか。
ユウさまが唯一の愛する者と共に
幸せになる姿を見守る自信など、ない。
ユウさまが女神の愛し子であり、
誰もものにもならないからこそ、
今の状況を受け入れているのだ。
誰のものにもならないからこそ、
私はユウさまのそばにいることが
赦されている。
愛することも、肌に触れることも。
ユウさまのそばにいると決めた時、
ユウさまと愛し愛される存在にはなれないと
理解はしていたし、それでもいいと思った。
ユウさまを抱くことができ、
それで満足だと思っていた。
なのに。
ユウさまが誰かを特別に
愛する日がくるかもしれないと思った途端、
私の胸は激しく乱れた。
そんな私の心情に気づいたのだろう。
平静を装っていたのに、
ユウさまが心配そうな顔で私を見た。
ユウさまに心配されていることに
少し嬉しくなってしまい、
私はつい、賢者殿のところに残った
ディランの話をしてしまった。
すると。
ユウさまから思いがけない言葉を頂いたのだ。
「マイク、あのね。
パパ先生がディランに泊まるように
言ったのは、私とマイクを
二人っきりにさせるためなの」
驚く言葉だった。
思わず動きが止まってしまう。
「そ、それは……
どういう意味でしょうか」
うわずった声が出てしまった。
期待してもいいだろうか。
ずっとユウさまと今後のことを
考えていたから、
もしかしてユウさまは
私を選んでくださるつもりなのかと
そんな希望を持ってしまった。
「意味? 意味……。
えっと、私がマイクと二人で
話をしたかった……から?」
その言葉に、私はユウさまの
座るソファーの前で跪いた。
愛を誓うように、
ユウさまを見上げる。
「それは……私を選んでくださったと
解釈をしても良いのでしょうか」
期待を込めて見つめたが、
ユウさまは、可愛らしく首を傾けた。
「……そうですか、ですよね」と
ユウさまに対して気安い言葉を出してしまったが、
あまりの落胆に、そこまで気が回らなかった。
「ではユウさまは私と
どのような話をされたかったのでしょう」
私は落胆を隠し、
ユウさまの手を取った。
それでもユウさまは、
私ひとりに、何かを話したいと
思ってくださったのだ。
相談相手に私を選んでくださった。
それだけでも僥倖なことだ。
私は真摯にユウさまとの
悩みと向き合おう。
戸惑うユウさまの手を
しっかり握ると、ユウさまはいきなり
私に頭を下げた。
そして、しっかり聞いていなければ
聞き逃してしまうほどの
早口で、その心打ちを吐き出していく。
そしてその言葉は私を喜びに導いた。
何故なら、どう解釈しても
ユウさまの御心が、私に向いていると
受け取ってしまいそうになるからだ。
「ユウさま……そのお言葉は、
なんというか……私の良いように
解釈してしまいそうです」
誤解だと笑われたら
それで終わりにするつもりだった。
けれど、ユウさまは
じっと私の瞳を見つめている。
「お慕いしております、ユウさま」
自然と、口から言葉があふれた。
ユウさまは私が離れて行くことを
不安に思っているようだが、
そんな日は未来永劫来ない。
「私はずっと、ユウさまが
許して下さる限り、お傍におります」
「マイクは……家族のところに
帰らなくていいの?」
そんな言葉、今更だ。
ユウさまのおそばにいるために
全てを捨てる覚悟で私は今、ここにいる。
私の家族も、私の覚悟を知り、
背中を押してくれたのだ。
私が異国の地で生き果てたとしても、
たとえ死に殻がもどらなくても、
私はユウさまのおそばで
幸せだったのだから
安心して欲しいと、そう告げて家を出た。
家族はそれでも、
いつでも帰ってきていいと、
そして金銭が必要ならば、
家の財を使っても良いと言われている。
家を捨てる私が、そのように
甘えることはできないとは思ったが、
ユウさまを守り、
お支えするためであれば
私のプライドなど必要ない。
私は頷き、家族の支援を受けて
旅に出たのだ。
今更。
今更、家族がいるからと
ユウさまから離れることなどありえない。
だから、宣言する。
「私をこの世界で縛ることができるのは
ユウさま、ただ一人なのです」
ユウさまは私を見つめ、
唇を震わせた。
「家族よりも、私が大事?」
「はい」
私は即答する。
「ずっとそばにいてくれる?」
「ユウさまが望む限り」
もちろんだと頷く。
「マイクがこの国を助けてくれるのは
私のせい?」
「いえ、私がユウさまのご負担を
減らしたいと思い、勝手にさせていただいているのです」
私が勝手にしていること。
ユウさまが気にされる必要はない。
そう告げたのだが、
ユウさまの憂いは晴れないようだ。
それならば、何度でも私は言う。
願う、ユウさまに。
どうかお傍に居させてほしいと。
「ユウさまが誰か一人のものになれないことは
理解しております。
ですので、ユウさまが誰も選ばないのであれば
どうぞ、私をずっとお傍に」
私の言葉に、ユウさまが目を細めた。
「もし、もし私が誰かを選んだら?」
私の気持ちを探るように視線を傾ける。
「……わかりません。
ユウさまのお傍にいることができないなど、
想像するだけで身を切られる思いです」
考えることさえできない。
その日が来るかと思うと胸が苦しくなる。
どうすればこの想いを理解してくださるのか。
もっと苦しい胸の内を吐き出せばいいのか。
それとも愛を乞えば良いのか。
苦しむ私の前で、急にユウさまの身体が
ぐらりと前のめりになった。
私は慌ててユウさまを正面から抱き留める。
ご気分でも悪くなったのだろうかと
不安になった私に。
ユウさまは、そっと口づけた。
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