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獣人の国
294:それから
しおりを挟むパパ先生に母女神の話をしてから
さらに数週間が経った。
パパ先生は女神との交換日記を続けていて、
この国のために精力的に動いている。
パパ先生の賢者としての地位は確立されていて
女神の声を聞くことができる者という
認識もあり、住民たちの間でも
物凄い人気があるらしい。
らしいというのは、マイクが
そういう情報を教えてくれるからで
私自身は街に行くことも無いので
よくわからない。
マイクは『賢者の弟子』になり、
この国のために、というか、
この国と隣国、つまり、マイクの母国との
交流のためにできることを模索している。
マイクは知識も豊富だし、
学ぶとすぐにそれらを吸収するらしく、
パパ先生はマイクを物凄く褒めていた。
それに人当たりが良く、
コミュニケーション能力も高いので
打ち合わせや交渉などに物凄く向いているのだ。
この能力をパパ先生は物凄く頼りにしていて
王宮への打診や要求はすべてマイクに任せていた。
マイクは嫌な顔もせずに
「賢者殿の弟子など光栄すぎて
身につまされる思いですが、
賢者殿はユウさまのお父上。
私でできることなら、
何なりとお申し付けください」
と笑顔でパパ先生に言ってるから、
たぶん、大丈夫だと思う。
ディランは今まで気ままに生きて来たけど
ここに来て国が大きく変化したことにより
やるべきことが増えたらしい。
他の王子たちも自分の居住地を定め、
この国のために動き始めた。
私は何となく、もういいかな、と思った。
もうこの国で私ができることは無いのかもしれない。
私はいまだにパパ先生と宮殿を
適当に行き来して過ごしていたけれど、
皆の仕事ぶりを見たり、話を聞くぐらいで
私がしなければならないことは無かった。
もし、ひとりで隣国に戻るとするなら
今かもしれない。
本当はマイクも一緒に、と思ったけれど、
マイクは今、パパ先生に必要な存在だし、
自由に動けるのは私だけだ。
そして私は『力』を使えば
空間を繋げて、すぐにでも隣国に行ける。
勝手に逃げ出した国に戻るのは
勇気がいるけれど、
この国の状況が調ったら、
道を整備して、隣国とつなげなければならない。
世界地図だけは女神が創ってくれたので
どの道をどう行けばいいのかだけはわかる。
つまり、隣国側からと、獣人の国側から
同時に道を作っていけば、いずれは
そこが繋がるということもできるのだ。
この国はまだ、隣国との道を作るほど
余力は無いので放置しているが、
隣国と協議をして決めて行こうという
方針は出ている。
私の『力』を使えば
すぐにでも道を作ることは
できると思うのだけど、
この国の人たちは誰もそれを言わない。
きっと私に負担をかけてはいけないと
思ってくれているのだ。
そう言う心づかいも嬉しい。
何でも『力』を持つ私を頼ればいいと
そう思われるのも困るしね。
それに私は、金聖騎士団の皆に
ちゃんと話をしなければならないことも
理解していた。
うやむやに飛び出してしまったけれど、
私の今の状況を伝えたい。
もし、逃げ出した私を信用できないとか
嫌いになったとか言うのであれば
それも仕方がないと思う。
あの時の私は目の前のことで
頭がいっぱいになっていたから
何も考えずに行動してしまっていた。
だからきちんと謝って、
私がどうしたいのかを伝えて。
そして、皆がどう思うのかを知りたいと
思ったのだ。
心に余裕がでてきたのだと、思う。
常に愛されたいと思っていたあの頃では
手にすることが無かった、余裕だ。
パパ先生や、マイクやディラン。
この国の人たちに受け入れられ
愛されているという安心感があるからだろう。
たとえ隣国で生きることができなくても
私には居場所がある。
そう思えることは、
物凄く安心できるし、心強い。
よし、決めたらすぐに動く!
と思ったけれど、勝手に行ったらダメだよね。
心配してくれる人が私にはいるのだから。
「心配してくれる人がいる」
その事実が嬉しくて、
私はニヤニヤしてしまう。
ここはパパ先生の家のキッチンだった。
パパ先生はマイクと一緒に書斎で
何やら話し込んでいて、
私は邪魔してはいけないと思って
お茶を飲みにキッチンに来たのだ。
パパ先生たちにもお茶を淹れて
持って行こうかな。
そう思って、ふと、女神の世界で食べた
チョコレートケーキを思い出した。
美味しかったんだよね。
でも、半分も食べてなかったのに、
女神はそれを消して、別のお菓子を出したのだ。
あれ、食べたかったなー。
きっと私なら『力』を使えば生みだせる。
でも、それに慣れるのは良くないと
私自身は思っている。
私も、私の周囲の人たちにとっても。
『力』の操作や調整はずっと練習しているから
かなりできるようになった。
それに『力』が発動するまでの時間が
随分と減ったのだ。
少なくとも、チョコレートケーキを
生みだすのは、数秒でできるぐらいには。
やっちゃう?
一人で食べちゃう?
誰かのためにではなく、
自分一人のために、
チョコレートケーキを生みだして食べる。
誰かに分け与えるのではなく
内緒で、独り占めして食べるのだ。
今までだったら
絶対にそんなこと考えなかった。
物凄い背徳感が沸き起こり、
でもやってみたいという衝動が起こる。
だってもう、私は自由だ。
私は『何をしても愛されない子』では
ないのだから。
自分から、行動制限をする必要はない。
やりたいことを、やってもいいんだ。
そんな思いから、
私は『力』を発動すべく
指先をテーブルに向けた。
「悠子ちゃん」
「ひゃ!」
そこにパパ先生の声がかかり、
私は飛び上がった。
驚きすぎて、心臓がバクバクしている。
ついでに、驚きすぎて、
テーブルには大きなチョコレートの
ホールケーキが生まれていた。
「あぁ、お茶の準備をしてくれてたのか。
急に姿が見えなくなったから
どうしたのかと思ったんだ」
パパ先生は言いながら
私のそばに来る。
「大きなケーキだね。
マイク君に半分、渡せばよかったかな」
「マイクはいないんですか?」
「ちょっと急ぎで王宮に行ってもらったんだ。
彼が帰ってきてから食べることにするかい?」
私は考える。
マイクがいないのなら、
隣国へ行くのは今しかない気がする。
「あのね、パパ先生」
私はパパ先生の手を引っ張り、
椅子に座らせた。
「聞いて欲しいことがあるの」
パパ先生は素直に私に向き直ると、
いつもの優しい顔で私を見つめた。
「何でも聞くよ、僕の愛する娘。
可愛いお姫様」
おどけるように、
不器用なウインクをするパパ先生の声は
聞くだけで安心できる。
愛する娘、という言葉を聞くだけで
私は何だってできるような気がした。
そして私は告げる。
ーーー隣国に一人で帰る、と。
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