【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~

敷島 梓乃

文字の大きさ
13 / 30

13

しおりを挟む
 はあっ、はあっ、はあっ……。

 ――苦しいっ。

 闇雲に走り続けて完全に息が上がってしまった百合は山を下る坂道の途中で立ち止まり、大きく息を吸った。

 真っ暗な山道の途中で、耳に聞こえてくるのは草叢の虫たちのささやかな鳴き声とバクバクと音を立てる自分の心音だけだ。

 あの後、どうやって家を出たのか自分でもよく覚えていない。

 気が付いた時には、無我夢中で麓に向かう道路の脇をひたすら走り続けていた。

 夏の夜独特の湿気を含んだ重たい空気と草いきれのムンとした匂いが辺りに立ち込めている。

 田舎で育った百合にはどこか懐かしいその匂いに、幼い頃の思い出が突然、頭の中に蘇った。

 夏の夕暮れ、涼やかな虫の音。

 優しい祖母の昔語り――。

 祖母が繰り返し語ってくれた昔話の中に「鬼の嫁取」という物語があった。



 昔々……。

 時の都は京都、そしてここは都から遠く離れた国だった。

 草深いひなの地で人々は慎ましく田畑を守り命を繋いでいた。

 山々には人間とは異なる種族――あやかしたちが住んでいた。

 お互いの世界を無暗に侵さないための暗黙の了解のようなものがいくつもあって、それを守ることで二つの世界の間の『境界』が保たれていた。

 ある夏、この辺り一帯は一粒の雨にも恵まれなかった。

 田んぼが干上がり畑の作物がことごとく立ち枯れてゆくのを人々はただただ見守るしかなかった。

 このままでは秋に米を収穫できることなど出来そうもない。

 やがて厳しい冬と共に恐ろしい飢えが襲ってくることは間違いなかった。

 村人たちは戦慄し、少なくなった水田用の水の工面や食物の確保に奔走していた。

 そんな折、里の少女が僅かばかりの恵みを求めて山に分け入っては自生する山菜や木の実を探して歩いていた。

 山に入ると、必ず鳥や山鼠などの小さな動物が現れて少女を導くように先導した。

 小さな背中を追いかけるように山道を歩くと、決まってそこにはなにがしかの収穫……ヤマモモやフキなどの食べ物を見つけることができるのだった。

 ある日、山菜取りの合間に少女は山の中に小さな湧き水を見つけた。

 清らかな水が湧き出る水辺で一休みしながら、少女はぽつりとつぶやいた。

「ああ、水さえあれば……。田畑を潤す水さえあれば、みんなを飢えから救うことができるのに」

 尽きることなく湧き出る清水を見つめていると、ふと、小さな水たまりに大きな黒い影が差したことに気づいた。

 誰かいる……!?

「待て、そのままで聞け……」

 慌てて振り返ろうとした少女の動きを止めたのは、突然上から降ってきた深く艶のある男の声だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...