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王子の葛藤 【1】
しおりを挟む「――シュギル様? このような場所で、いかがなさいました?」
「……ん……あぁ、ロキか」
間近でかけられた、聞き覚えのありすぎる声。様子を窺うような囁きが耳に届き、自分がしばし寝入ってしまっていたことを知った。こんな場所で――。
「いつから、庭におられたのです? もしや、ひと晩中では……」
「いや、心配は無用だ。散歩のついでに、ほんのひと時、寝入っていただけなのだから」
顔に当たる朝の陽光の眩しさに目を眇めつつも、すぐに覚醒した意識が、自分が今ここに居る理由を教えてくれる。
身体をもたれかけさせていたのは、王宮の一角。自分の宮に続く道脇の大木の根元だった。
あの時――――衝動のままに祭壇室を飛び出した自分だったが、下まで駆けおりた時には既に少女は神殿の奥深くにいざなわれており、間近でまみえることは叶わなかった。
ザライアの姿も消え、少女について何も尋ねることが出来ぬまま宮まで戻り、ここで夜明けの空に残る月を見上げているうちに、いつの間にか寝入っていたようだ。
寝所に戻る気にはなれなかった。
あの少女の全身を輝かせていた、月光の名残をここで眺めていたかったのだ。
神の贄となることが決まっている、あの『白の少女』の姿を脳裏に浮かべながら――。
「……なるほど。『散歩のついで』、でございますか。それで、ここで朝を迎えられていた、ということですね? 朝食のお時間ですのに、宮におられないからお探ししましたよ」
ひとつ、軽く息をついてから告げられた、ロキの言葉。その声の主が差し出す手を取り、黙って立ち上がった。
ここで寝ていた私の言い訳を繰り返しつつも、その言葉通りには受け取っていないのだとわかる言い方で、尚且つ『早く宮に戻って朝食を食べろ』と促されたからだ。
たぶん、今のやり取りで私が深夜に宮を抜け出したことにも気づいたのだろう。
理知的な光を宿す灰色の瞳には、あまりにも稚拙な誤魔化しようだったか。
全く、この乳兄弟には、適わない。
「――朝食を召し上がられましたら、すぐに軍の司令部に向かわれますか? 身支度の準備は、既に整ってございますが」
宮に向かいながら今日の確認を受け、少し考える。今朝は軍の凱旋式があるのだ。
「そうだな……いや、まずは王宮へ向かう。ブランダル将軍は父上のところに伺候し、報告をしているはずだろうから」
そうだ。ブランダル将軍にまず会わなくては。
会って話を聞こう。彼女のことを。
『白の少女』を捕虜として捕らえ、生贄に祭り上げた、その張本人に。
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