16 / 87
4
罪と咎と、償いと 【4】
しおりを挟む「――シュギル様!」
ロキの声が追いかけてくる。
「シュギル様! お待ちください!」
だが、悪いが待たぬ。待てぬのだ。
ロキが私の意を受けた使者を、既に王都へと遣わせたことは知っている。が、その返答を待つよりも自身で神殿へと赴いたほうが早い。どうせ王都には今日戻るつもりだったのだから。
私の馬は、戦闘馬車を引かせるために特に鍛えた脚を持つ。こいつの脚なら、数刻もかけることなく王都に到達できるだろう。
「――ザライア! ザライアは居るかっ!」
神殿の手前で馬を乗り捨て、その足で入口まで駆け出してザライアの姿を探し求めた。
聖なる場だとは承知しているが、澄ましかえった態度など今は無理だ。それほどに、気が急いていた。
「これは、シュギル様。あなた様がこのように騒がしい登場をされるなど、初めてのことでございますね」
「ザライア、話がある」
「奇遇ですね。私もです。――では、こちらへどうぞ」
幾ばくもせぬうちに顔を見せた神殿長に早速に詰め寄れば。騒ぐ私の周囲を取り囲んでいた神官たちがザライアの目配せでさっと離れ、その一団とともに黒衣の老人の後ろに続くこととなった。
ザライアのこの対応。まるで、私がここを訪れることがわかっていたかのような態度が気になる。が、黙して歩む。
神殿の奥。神官以外は、王族ですら立ち入ることを許されていない、聖なる区域へと――。
――空気が、変わった。
分厚い扉を抜け、薄暗い通路に入った途端。肌に触れる空気が、それまでとは一変した。
今まで見知っていた王族用の祭壇室とは、纏う空気が全然違う。
そこに在って、ただ呼吸しているだけで、ちりちりと肌が粟立つような。戦場とはまた違った、神経が研ぎ澄まされるような感覚を覚える。
ここは、『こういう場所』だったのだと、自身の存在とその感覚で実感した。
神に近い場所とは、こういうことなのだ、と。
「シュギル様、こちらへ」
ひたすらに長い通路を抜けた先にある、もうひとつの分厚い扉を傍づきの神官に開けさせたザライアが、その内へと私だけを誘った。
「これは……!」
言葉を失った。
誘われた室内の窓から見えた光景に。
「驚かれましたか? 神殿の奥にこのようなものがあることに」
ザライアが私の反応を目線で確認して尋ねてきた言葉に、素直に頷く。
「あぁ、驚いた。まさかここで農作業が行われているとは、思ってもみなかったからな」
森林で囲われた神殿の奥に、まさかこのように広大な農地が広がっているとは。
「このことは、歴代の王のみが知る秘密でございます。神官と、捕虜から選ばれた者たちが作った食料で自給自足し、尚且つ国家に事ある時のための備蓄を続けております」
「なるほど。そういうことか」
天災による飢饉を見越しての対策が、王でも手が出せないというこの不可侵の領域で実は行われていたということか。
「左様でございます。そして、シュギル様に御覧になっていただきたいものは、もうひとつ――――あちらです。見えますか?」
「……っ!」
見えるか、と尋ねられる前に、既に視界に入れていた。
ザライアが私を促しながら指し示した手の先。そこに――。
「ルリーシェ」
陽射しの中。輝く白銀の髪を揺らし、農地の中を行く少女の姿を。
5
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】シロツメ草の花冠
彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。
彼女の身に何があったのか・・・。
*ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。
後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。
孤独な公女~私は死んだことにしてください
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】
メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。
冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。
相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。
それでも彼に恋をした。
侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。
婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。
自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。
だから彼女は、消えることを選んだ。
偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。
そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける――
※他サイトでも投稿中
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!
鈴宮(すずみや)
恋愛
ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。
「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」
とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?
これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる