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第1章 ド底辺冒険者東雲・組昇級戦
第39話 大将:東雲真緒 その1
しおりを挟む〝ドォン!〟〝ドォン!〟〝ドォォン!〟
刻限だ。
あれほどうるさかった太鼓の音も、今の私の猛りを鎮めるには至らない。
陽はすでに西の空へ沈んでおり、かがり火がぼんやりとした光で控え所内を照らしていた。
「もう、行かなきゃ」
私が立ち上がると、つられて鰤里くんと上流さんも立ち上がる。
「ご武運を! ここで応援してるっすよ、姉御!」
「……うん」
拳を固く握り、激励してくれる鰤里。
どうやら彼はずっと愚堂に監禁されていたようだ。
目立った傷もないし、衰弱している様子もない。
愚堂の目的はただ鰤里を試合に出場させたくなかっただけ。
なので彼を傷つけるつもりはなかったのだとか。
ちなみにこのあたりの事情は須貝さんから聞いた。
紅月と裏で繋がっていたことも、すべて。
愚堂も最初は協力者の存在を明かさなかったらしいが、雨井の死を知ってから一変、すべて自白したようだ。
今も魂の抜けたような顔で、観衆に紛れて庭先を見つめているのだろう。
過程はどうあれ、愚堂は雨井を本当に兄弟分だと思っていたらしい。
私にはそんな哀れな愚堂を……ただ、ボコボコにすることしかできなかった。
手をあげるかどうか迷ったが、そりゃもうしっかりボコボコにした。
顔とかみぞおちとかを重点的に殴った。
むしゃくしゃしていたからだ。
たださすがに身体強化をしたり、愚堂の防御力を下げたりはしなかったが。
おかげで多少気は晴れたが、若干手が痛い。
慣れないことはするもんじゃないね。
彼の処遇については、須貝さんに任せておけば大丈夫だろう。
あと、姉御呼びに関しては、止めてくれるつもりがないのなら私はもう何も言わない。
ただただ鰤里のことが嫌いになった。
「気張ってけよ、姉御」
「おまえもか」
「え……」
なぜか困惑する上流。
困惑したいのは私のほうなのに。
「ああ、それとこれ……」
上流からなにやら、小瓶のようなものを渡される。
「これって……」
「頼まれていた魔剤……魔力増幅剤だ」
「これが……」
コルクのようなもので蓋をされた、くすんだ緑色の小瓶。
その中には透明な液体が入っている。
「俺はこれを使う暇もなく負けたが……正直、極力こういうのには頼らないほうがいい」
「……うん、ありがとう」
私はそれを受け取ると、袂の中にそれを入れた。
「……じゃあ、行ってきます」
私は改めて二人にそう言うと、陣幕をくぐり庭先へと出た。
昼間とは打って変わって、ひやりとする夜の空気が肌をなでる。
観衆は誰ひとりとして帰っていないはずなのに、庭先は静謐な雰囲気に包まれていた。
やがて向こうの陣幕から見慣れた赤い髪の女が出てきた。
紅月雷亜。
こうして顔を合わせるのは、あの図書館以来だろう。
まさかこうなるとは思わなかったが。
紅月は私と向かい合うと、覚悟を決めたように睨み返してきた。
庭先に点在するかがり火に照らされた彼女の顔は、いつぞやの余裕綽々な感じは消え失せていた。
「愚堂が全部話した」
余計な駆け引きなんてしない。
私は彼女の顔色を窺うように、単刀直入に言った。
しかし彼女は眉一つ動かさずに答える。
「……そう。それで?」
「あんたをボコボコにした後、謝ってもらう」
「誰に?」
「もちろん、須貝さんにだよ」
「ふぅん。貴女、すっかり飼いならされてるのね。お似合いよ」
「そんなんじゃない」
「そう? ずいぶん楽しそうにやってたじゃない、依頼」
「必死だっただけだよ」
そう言うと、紅月はまるで珍獣でも見るように、丸い目で私の顔を見てきた。
「……貴女、ずいぶんいい顔するようになったわね」
「は?」
「前はこんなに感情を表に出さなかったじゃない。唯一、ヤス村にいたときは例外だったけど」
やっぱりあのこと、覚えてたんだ。
ならもしかして紅月は――
「……あのとき、私があんたに掴みかかったから?」
「え?」
「私にこんなことしてくるのは、あのときの仕返しなの?」
私がそう尋ねると――
「……ぷ。あはははははははは……!」
これ以上ないくらい、紅月は楽しそうに笑った。
そこで初めて観衆からどよめきの声が上がる。
「あはははは……はぁ……はぁ……ふぅ……貴女、もしかしてずっとそんなこと気にしてたの?」
「ち、違うの?」
「そんなことで私が怒るわけないじゃない」
「じゃあなんで……」
「貴女が……勇者が嫌いだからよ」
「……は?」
「知ってる? この世界はね、遊びじゃないの。人は殺されたら死ぬし、その死んだ人たちにも大切な人や家族がいるの」
「……わかってるよ。すくなくとも今の私はね」
「わかってないわよ。勇者ってやつはどいつもこいつも……ここを〝ゲーム〟ってやつの延長戦だと思ってる」
「ゲームって……」
「牙神のやつから聞いたわ。貴女のその能力〝ステータスオープン〟だっけ? そっちの世界でどういったときに使うかとか、どういうふうに使われているかとか、全部聞いたわ。お笑い草よね。まるでその〝ゲーム〟ってやつみたいに、指先一つで敵の能力を上げたり下げたりするんでしょう? これのどこが遊びじゃないのよ」
「……たしかに、この能力がふざけているように見えるのはわかるよ。でも、私だって、好き好んでこの能力を望んだわけじゃない」
「それなら分相応の生き方ってのがあるでしょ? なんでまだ冒険者を辞めないで、ふざけた能力を振り回して遊んでいるのかしら?」
「それは……これ以外にやることがないからで――」
「やることが……ない……?」
その瞬間、紅月の声に明らかに怒気が込められたのがわかった。
「冒険者という職業はね、選ばれた者だけがなることを許された職業なの。その選ばれた者になるために、自分の人生をかけて、子どもの時から鍛錬に鍛錬を重ねた人だけがなれるの。それなのに勇者とかいうふざけた連中は、今まで剣も振ったことがない、魔法も唱えることも出来ない、敵と戦ったこともなければ、死ぬ覚悟もない。私たちが苦労して修めた剣技や魔術を〝能力〟というイカサマで軽々と飛び越え、美味しいところだけを持っていく」
明らかに敵意を孕んだ目と声。
あのとき――私が鉄級に任命させられた時と、まったく同じだ。
「……ねぇ真緒、貴女、壱路津さんって覚えてる?」
「覚えてるよ。もちろん」
「あの人、今、なんて言われてるか知ってる……?」
「いや――」
「〝勇者さまたちの為に死んだ英雄〟……だって。意味、わかる? あの人の死は勇者を覚醒させるために必要な死だったって言われてるの。……ふざけんじゃないわよ。あの人は勇者共のために、今まで生きてきたわけじゃない。冒険者として、たくさんのモノ残してくれた。人の役に立つために生きてきたんだ。だから――」
「だから、私を……勇者の価値を最低まで落として、世間の目を覚まさせる?」
「そうよ。……けど、なにも変わらなかった。私がいくら手を尽くしても、貴女はなんてことない顔で依頼をこなしていく。まるで遊んでいるみたいにね」
「……それで、雨井を殺したんだ?」
「違うわ。私が本当に殺したかったのは貴女よ、東雲真緒。最底辺で、鉄級で、旧ギルドの人間なんて心底どうでもいいの」
「ど……っ!?」
どうでもいい?
どうでもいいのに殺したのか?
同じ冒険者でも鉄級はまるで必要ないモノみたいに、ごみのように切り捨てるのか。
私の目頭に急に熱がこもる。
「じゃあ、なんで直接言いに来ないんだよ……! 残響種の時だってそうだ。気に入らないなら私に直接言いに来ればいい! 裏から手を回してわざわざ鉄級に落として、冒険者を辞めさせるように仕向けて、愚堂と手を組んで危険な依頼で死ぬように画策して、挙句の果てに暗殺者みたいなので私の命を獲りに来る。……あんたはなにかやる時、裏から手を回さないとダメなの? 相手に気づかれないように、こそこそやらないと気が済まないの?」
「……ちょっと待って。くらくらしてきた」
「はあ!?」
「普通に考えて、表立って勇者と敵対できるわけないじゃない」
「じゃあ敵対なんかせずに、協力すればよかったんじゃないの!? 本当に人々のためを思ってるんだったらさ! 勝手に召喚して、勝手に逆恨みして、ばっっっかじゃないの!? こっちの迷惑も考えろっての! そんなんで自分が正しいみたいに言ってんじゃねえ!」
「自分の立場を理解してんなら、黙って消えなさいよ! よその世界にちょっかいかけて、なんの苦労もしないで得た能力振りかざして、頑張ってる人たち見下してんじゃないわよ! 結局、貴女が選択を間違えまくったから、雨井とかいうやつが死んだんでしょうが!」
その一言で、私の中の決定的な何かが切れた気がした。
そして次の瞬間にはもう――
「紅月ィ……!」
「東雲ェ……!」
気が付くと私も紅月も拳を振り上げていた。
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