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契約  レクトル目線

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 カーディナル ブラウローズと言う人は物凄い力を持っている。

「少し、あと少しだけまけれない?」
「お嬢様、これが限界でございます」
「………う~ん。じゃあ、また今度にするわ」
「え?待って!まけます!まけますから!!」
「ありがとう」

 始めて彼女を見かけたのは彼女が12歳、俺が16歳の時。
 町の商店街で彼女が値切りをしているときだった。
 目利きの俺がそれは、安く買ったと太鼓判を押したくなるような値切り術だった。

「お嬢様、私の店にお越しくださいませんか?」

 人好きな顔で近寄れば、なびかない女は居ないと言われる俺をチラッと見ると興味が無さそうに視線をそらす彼女に何故か惹き付けられる気がした。

「私の名前はレクトルと言います」
「………リドライ家の次男?」
「………私をご存じで?」
「若い息子が諸国漫遊の旅に出て遊び暮らしているって」

ろくな噂ではないと解っていたが、そんなものだろう。

「商家の息子が諸国漫遊なら仕事に決まっているのに皆何を見ているのかって思っていたので覚えていただけですわ」

 値切りされた店のオヤジがガハハっと豪快に笑った。

「カーディナルお嬢様にかかればレクトルの坊主も形無しだな」
「カーディナル様って宰相様の娘の?」
「そのカーディナルお嬢様以外に誰が居るんだよ!はい。これで良いかいお嬢様」

 彼女は袋の中身を確認すると可愛くニコッと笑った。

「ありがとう。あ、これ前に手荒れでアカギレが痛いって言っていたでしょ?差し上げます」
「へ?」
「傷薬。この前欲しいって言ってたでしょ?」
「じゃあ、お代を」
「要らないわ。趣味で作っている物だから。じゃあ、ありがとう」

 彼女はバラの形をした小さな入れ物を置いて店を出ていった。

「この傷薬がどんなレア品よりも価値があるって解ってんのかなお嬢様は」

 彼女が置いて行った薬の蓋を開けるとほのかなバラの匂いが鼻をくすぐった。
 薬をただで渡すバカがこの世の中に存在するのか?

「オヤジ、それちょっとくれよ」
「嫌に決まってんだろ!お嬢様に頼みな!あの人ならただで分けてくれるさ」

 俺は彼女を追いかけた。

「カーディナルお嬢様!」
「止めて。貴方にお嬢様なんて呼ばれるほど仲良くなったつもりはないわ」
「じゃあ、カーディナル」

 彼女は怒ったように立ち止まると言った。

「何の用?」
「何でそんなに俺の事嫌うわけ?俺なんかした?」
「………別に、ただ、仲良くする必要がないだけです」

 何でそんなに嫌うんだ。

「俺と仲良くしておいた方が欲しいもの手に入りやすくなるよ?」
「傲慢」
「………俺はカーディナルと仲良くなりたいんだけど」
「………じゃあ、洞窟の中にしかはえないって言う偽星タケってキノコが欲しいって言ったら手に入る?」
「………何であんな不気味なのが欲しいの?………あるけどさ」

 彼女は俺の言葉に綺麗な深緑の瞳をキラキラさせて言った。

「おいくらかしら?」

 吸い込まれそうな綺麗な瞳だ。
 俺がボーッと彼女の瞳を見つめていると彼女がゆっくりと小さなポシェットの中に手を入れた。

「これを差し上げますからゆずってくださらない?」

 彼女の手の中には大きな宝石がゴロゴロとのっていた。

「なっ!」
「足りないならまだ家に沢山あるから家まで来てくださる?」
「何でこんなに………」
「魔法の力のある植物を上手く使うと魔石が出来るんです。これは失敗作なの。宝石としては価値があるはずだからどうぞ」
「………じゃあ、1つ」
「もっと良いわよ」

 彼女の瞳と似た色の宝石を1つ受け取ると彼女は不思議そうな顔をした。
 この人は物の価値が解っているのか?
 わけが解らん!

「キノコはいつ頃までに必要で?」
「出来るだけ早く、沢山欲しいわ」
「解りました。家までひとっ走りしてきます」
「じゃあ、家まで持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
「………堅苦しいしゃべり方は止めてレクトル」

 彼女は………何なんだろう。
 俺は名前を呼ばれただけなのにふわふわした気分になったんだ。





 彼女の家はでかい。
 嫌みなほどだ。

「お嬢様より話は聞いています。レクトル様ですね」
「は、はい」
「こちらへどうぞ」

 案内された部屋は応接室だろう。
 彼女は直ぐにその部屋に入ってきた。
 お茶とお菓子ののったワゴンをひいてきた姿は何だか、手慣れていると思わされた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
「堅苦しいしゃべり方!」
「………サンキュウ」

 彼女はニコッと笑った。
 可愛い。
 唐突に浮かんだ気持ちを誤魔化すために出されたマドレーヌを口に入れた。

「うま!」
「良かった。作った甲斐がありますわ」
「は?これ………作った?」
「はい!」
「店出そうぜ。俺、金出すからさ!」

 俺がモリモリお菓子を食べるのを見ながら彼女はお茶を淹れてくれた。
 お茶も何だか爽やかで旨い。

「私が没落したら、お店建ててくれる?」
「は?」
「………冗談ですわ」

 彼女は苦笑いを浮かべた。
 何だろか?
 彼女は何かを抱えている?
 守ってやりたい気持ちが浮かぶ。
 その時ドアを叩く音が響いた。

「姉様」
「どうしたのヤード?」
「お客様でしたか。ごめんなさい」
「大丈夫よ。入ってらっしゃい」

 彼女より小さな男の子がゆっくりと俺に頭を下げてから彼女に向かって言った。

「ココル姫が今度家に遊びに来たいと言っていたのですが………」
「王妃様に聞いてみるわね」
「はい!お願いします。ココル姫に僕が育てているカエルを見せてあげようと思って!」
「うん!止めようね。カエルは可愛いけど姫様に見せるのは止めよう」
「ダメでしょうか?」
「たぶん泣くと思う。止めよう」

シュンとする弟の頭を撫でながら彼女は言った。

「一緒にクッキーを焼きましょう!カエル型のクッキーはきっと可愛いわ!ね!そうしましょ!」
「は、はい!姉様!」

 仲の良い姉弟だ。

「ヤードの分もお茶を淹れましょうね。ちょっとカップを持ってくるわね」
「はい!姉様」

 彼女が居なくなると弟は俺を睨み付けた。

「お前、姉様が手にはいるなんて勘違いするなよ。殺すぞ」

 ………え?なにこいつ………

「たまに居るんだよ!姉様に声をかけられて勘違いするアホが」

 ふぅ~っと息を吐くコイツは、どうやら姉の前では猫をかぶりまくっているようだ。

「そんなんじゃお前の姉様は嫁に行けそうにねぇな」
「誰が嫁になんかにやるか」

 猫っかぶりの弟は不機嫌そうにそう言った。

「女は良い男の所に嫁に行くのが幸せだろ?」
「その辺のアホそうな女と姉様を一緒にすんな。姉様は嫁に行かなくても幸せだし。俺が幸せにするから良いんだ」
「頼もしい弟だな」

 弟は俺をじっと見つめてから言った。

「姉様を失望させたら殺すからな。覚えとけよ」
「シスコン」

 弟はニコッと笑顔を作ると言った。

「そうだよ」

 弟がそう言ったすぐ後にドアが開き、彼女が帰ってきた。

「楽しそうね」
「はい姉様!」
「レクトルは誰とでもすぐに仲良くなっちゃう人みたいね」

 弟は彼女が俺を呼び捨てにしたことを驚いた。

「カーディナルもだろ?」

 これ見よがしに俺も彼女を呼び捨てにしてみた。

「そうですわね。比較的すぐに仲良くなってしまいます」
「周りを見てれば解る。そんなことより、仕事の話をしようぜ」
「仕事?」
「俺はカーディナルの失敗作を気に入った。だから、売ってくれ」

 驚いた顔の彼女に笑顔を向けて俺は言った。

「さっき言ったとおり、条件が揃えば俺が店を建ててやる。俺と契約すると得だろ?」

 彼女はクスクスと笑って頷いた。
 彼女は本当に可愛い。
 俺はかなりキレた顔で俺を睨む弟をしり目にカップの紅茶を飲み干したのだった。
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