転生・織田信忠(本能寺の変など御免被る)

克全

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第2章

第61話:有難迷惑

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1566年1月19日:近江安土城・織田信忠視点・10歳

「御上にも困ったものだ、どうするつもりだ?」

 信長が眉間にしわを寄せてつぶやく。
 尾張に戻る直前に少しだけ迷惑な話が舞い込んだ。

 事もあろうに、織田家との係わりを消して送り込んだくノ一が、御上の命で女孺にされてしまったのだ。
 良く働いたくノ一たちへの褒美なのだろうが、もう少し考えて欲しい。

 目々典侍が実家から連れて来た名もない下女としていたのに、台無しだ。
 それが、官位はないが、内裏の正式な下級女官となってしまった。
 織田が京を手に入れて直ぐの事だ、頭の回る奴なら繋がりを疑う。

「今からお断りしても手遅れです、ここは素直にお礼を言いましょう。
 いずれは後宮十二司を再建するのです。
 後々彼女たちを掌蔵や兵蔵、薬蔵といった蔵職に任じてもらいましょう」

「ふむ、よかろう、内裏の後宮十二司を再建支配できるなら、それはそれで良い。
 だが、それはそれとして、御上の守りはどうする?
 影の守りがいなくなると危険であろう?」

「織田家が京山城を押さえた事で、御上も内裏も安全になりました。
 京山城を囲む近江、若狭、丹波、摂津、大和もほぼ押さえました。
 もう陰の守りを置く必要はないと思いますが、念の為に数人送ります」

「うむ、それで好い、今度の影守りは御上に分からぬようにせよ」

「はい、そのようにいたします」

「残るは公家と地下家の子弟をどうするかだな?」

「読み書きを算術を覚えた者は、旗振り通信を中心に重要な役に付けています。
 ですが、全ての記録係にまでは十分な人数を送れていません。
 合戦を望む者に記録係をやらさねばいけない状況です。
 今育てている子供たちが読み書き算術を覚えれば不要になりますが、それにはまだ数年はかかると思われます。
 その間を、公家や地下家の子弟が人手不足をうめてくれれば助かります。
 今勝手向きや交易方で働いている合戦に出たい者たちを、織田海軍や足軽兵団に送る事ができます」

 書記や会計ができる者が圧倒的に足りていない。
 考えていた状況の最短に近い早さで日本統一ができている悪影響だ。

 日本を統一して海軍を世界中に派遣するようになれば、艦艇一隻ごとに書記や会計係が必要になる。

「そうだな、利用できる者は誰でも使うべきだな。
 だが、絶対に死なぬような場所は限られているのではないか?」

「最初は京に再建している紫野院十二司と武衛陣で働かせてみます。
 そこで使えると分かった者を、殿の安土城と私の勝幡城で働かせましょう。
 織田家直轄の城に行っても良いと言う者は、岐阜や那古野などに送りましょう。
 危険な場所でも好いと言う者を、船団や境目の城に送りましょう」

「うむ、それでよい、それならば今よりもずっと好くなるであろう」

 他にも各地から送られてきた案件を信長と相談して決めていった。
 同じ城にいた方が誤解なく政策を決められるが、本能寺の悪夢がある。

 先代の織田信秀も、自分と後継者が同時に殺されるのを恐れたのだろう。
 幼い信長を元服させて城を与えている。

 俺も幼いが、既に元服しているし、激しい初陣も終えている。
 旗振り通信などで誤解や不信不和が生じる危険をできるだけ減らしている。
 だから、急な案件の相談を終えて直ぐに尾張勝幡城に戻った。

1566年1月23日:尾張勝幡城・織田信忠視点・10歳

 公家や地下家の子弟を織田家の家臣にしても好いと御上が申された。
 困窮で生きるのも大変だった公家や地下家は喜んで家臣になると言って来た。
 どの家も、子弟が家職を継げるように、最低限必要な教育はしている。

 当主が若死にした時に家職が断絶しないように、紙を買えるような公家は日記に必要な事を記すのが習慣になっている。

 織田家が必要としている公家や地下家の子弟は、地方の大名家に下向して喜ばれるような家職でなくても好いのだ。
 
 美しい字さえ書ければ、織田家が莫大な利を得るとともに同じように増えている、記録書類や報告書を書き記す事ができる。

 今のようなギリギリ読める汚い文字の記録ではなく、誰でも読めるようなきれいな文字で記録して提出できる。

 今子供たちに教えている読み書き算術、それを途中で切り上げる事無く、複式簿記まで学ばせる事ができる。

 だから、公家や地下家の家格に関係なく、能力に応じて扶持を与える条件で、子弟を召し抱える事にした。

 俺がこの世界に来てから調べ集めた情報を総合すると、皇室に残された僅かな御領から得られる年間収入は、僅か七百五十貫文だった。
 織田家が支援するようになってからは違うが、それまでは極貧だった。

 七百五十貫文で妻妾や皇子皇女が暮らして行ければ好いのではない。
 朝廷の全儀式をたった七百五十貫で行わなければいけないのだ。

 領地を持たない地下家は、そこから与えられる儀式手当だけで生きているのだ。
 地下家がどれだけ極貧だったか分かるだろう。
 副業を持ち内職をしなければ、生きていけないのが当然の状況だった。

「若殿、どうなさるつもりですか?」

 本多正信が意地の悪い表情をしながら聞いてきた。
 ギリギリまで下げた、最低限の扶持で公家や地下家の子弟を雇えと言いたいのだ。
 公家や地下家と同じように極貧だった、松平家の家臣らしい考えだ。

 確かにそれも一つの方法だが、恨まれるのは避けたい。
 織田家が経済的に苦しいのなら安く使い倒すが、織田家はとても豊かなのだ。

 恩を感じさせるところまでは無理でも、利の為に味方するようにはしたい。
 噂を聞いた敵の領民や足軽が、今以上に集まって来る程度の扶持を与えたい。

 銭金を扱う役の者には、不正横領を行わないくらいの扶持を与えるべきだろう。
 最低でも足軽と同じ扶持を与え、衣食住を保証する。
 辞めさせられたくない、そう思うくらいの扶持は与えるべきだ。

 足軽の食事にかかる費用が年間一貫文、扶持が三貫文だ。
 それでも今の地下家が受けている手当てよりもはるかに多い。

 とはいえ、このような状況でも京に残っている地下家は忠誠心が厚い。
 並の足軽ではできない読み書き計算ができるのだ、少し色を付けよう。

「京を離れても好いという者は、とりあえず足軽格で召し抱える。
 能力があれば直ぐに伍長格として五貫文与える。
 信頼できる者なら、足軽大将格として城の勝手向きを任せようと思う」

「不正や横領を行った者はどうされますか?」

 竹中半兵衛が優しい笑みを浮かべながら厳しい問いかけをしてきた。

「他の家臣と変わらない、斬首に処す」

「安心いたしました」

 竹中半兵衛とあろう者が、俺を安く見積もってくれたものだ。
 俺が公家や地下家を特別扱いする訳がないだろう。

 いや、違うな、半兵衛流の遠回しな諫言なのだろう。
 大丈夫だ、俺はまだ驕り高ぶっていない、調子に乗っていない。
 公家との関係で後継者を決めた、三好の没落を忘れていない。

「それと、武衛陣と紫野院十二司で働いてもらう勝手方や交易方だが、京を離れたくない貧しい公家や地下家の当主や嫡男を使おうと思う」

「それでは毎日役目を果たせないのではありませんか?」

 本多正信は俺の考えを読もうとしているのだろう。
 何時もの皮肉な笑顔を引っ込めて真剣な表情でたずねて来た。
 
「いや、公家や地下家の当主でも毎日役目のある者は少ない。
 特に地下家は、儀式の時だけ内裏に参内する者が多い。
 そういう者は、儀式の時にだけ休みを与えればいい。
 内裏に参内する日が多い者は、やれる時にだけ織田家の役目を果たせばいい。
 織田家との繋がりがあれば、よき密偵になる」

「なるほど、そういう事ですか、分かりました。
 内裏の手当では暮らせない者たちを織田家に取り込み、密偵として使うのですね」

「それが目的ではないが、そういう使い方もできるという話だ。
 密偵として使えなくても、奉行や祐筆の役目を果たしてくれればいい」

「足軽と同じ扶持ならば安過ぎる事も高すぎる事も無いでしょう。
 若殿のお考え通りで良いのではありませんか?」

 竹中半兵衛が優しい微笑みを浮かべて言った。
 
「どうせなら、乗っ取れる家全部に、養子や正室を送り込まれませんか?」

 本多正信が邪悪な笑みを浮かべて言う。
 公家や地下家に片っ端から養子や嫁を送り込めと言っている。
 それも悪くはないが、逆に取り込まれる危険もある。

「そうだな、自然とそうなってくれれば良いな」

「若殿、船団が戻りました、鉄と鉛、米と奴隷を買って戻りました」

 交易方の奉行が報告にやってきた。
 この時代の製鉄はたたら製鉄で、鉄鉱山も開発されていない。
 鉄集めの主流は、川などで砂鉄を集めている状態だ。

 だが、それでも、前世では種子島の鉄砲伝来から戦国の終わりまでに、何と、五十万丁もの火縄銃が作られたと読んだ事があった。

 だが俺は、それをはるかに上回る鉄砲を造らせる予定だ。
 開発中の戦列艦や大型帆走フリゲートに搭載する前装式滑腔砲も量産する。
 そうなると大量の鉄や鉛、硝石が必要になる。

 日本全国から集めた、明国や欧州で高く売れる商品で、鉄と鉛、米と奴隷を買い集め、一日でも早く日本を統一したい、欧州に攻め込む策を前倒ししたいのだ。
 それでも足りなければ、真珠を大量販売すればいい。

「鉄の鉱山を開発する職人は見つかったのか?」
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