子爵令嬢は高貴な大型犬に護られる

颯巳遊

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8.ラムーダ商団長

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港から伸びる何本もの道のひとつ。
石畳で舗装されている道の先に赤レンガの大きな建物は鎮座していた。
建物も大きいが出入り口がお城のように大きい。
木と鉄で複雑に編み込んであるかのような大きな扉は荷物の搬出入の為に大きいのか、荷車毎入っていけそうだ。
「ここですね」
カインが建物を仰ぎ見ながら呟く。
「突然来て会ってもらえるのかしら?
「そこからですか…」
心底呆れたように溜め息を吐かれて私も少しムッとしながらカインを見やる。
私はラムーダ商団とは面識がない。
しかも今の私の格好はアンダーソン子爵の娘と思われないように変装している。
いつも編んでいる髪を後頭部で高く結い上げて前髪は少し巻きながら横に流す。
綺麗に厚化粧を施しているが、薄化粧に見えるような技術までアンルーシーに施された。
着ることの無かった体のラインが分かる真っ赤なドレスも胸を強調したデコルテの空いた欲情的なものを着ていた。
このドレスは一体どうやって手に入れたのか、アンルーシーが渋々出して来た辺り私用に作っていたドレスだったのかもしれない。
「ラムーダ商団の団長であるマティオンには話を通しておきました。彼はとても賢く聡明で義理堅い人物なので今回の事に協力をお願いしました」
「団長と知り合いだったのね」
「お使いで何度かここには来たことがあります。その時に良くしてもらって、何度かご飯をご馳走になりました」
カインの交遊関係は知る度に驚かされる。
いつも私と資料整理をしている割りには広すぎる。
「カインは何でそんなに交遊関係が広いの?いつも私と一緒なのに」
ここまで来ると疑問を飲み込むことが出来ない。
当たり前の疑問を投げ掛けるとカインは一瞬驚いたような顔をして不自然に顔を背けた。
「よう、誰かと思ったらカインじゃねえか」
追求をしようとカインに一歩近付いた時、建物の影からカインに負けない位の長身で整った顔立ちの男がふらりと現れた。
ニヤニヤして少し軽薄そうだけど少し鋭い目はモスグリーンで背中まである赤い長髪は緩く纏められて風に靡いている。
「あんた誰?」
「それはないだろカイン!」
「こんな軽薄そうな赤髪の男は知らない」
いつもの丁寧な感じのカインの姿はここには無かった。
気心の知れた間柄といった空気間に胸の辺りが少しざわざわした。
「これ凄いだろぉぉ!この間の取引で面白そうだったから買ってみたんだ。毛の色が変化するやつなんだけどカインもどう?お前は……青…いや、緑……んー、いっそ真っ黒とか格好いいかもな。威厳が出るかもしれないぞ」
長い自分の髪を触りながら歩み寄る男は近付いてみると結構がっしりとした体つきをしていた。
少し冷や汗が出てきた私の手に温かな感触を感じた。
「シルヴィア様、こいつはラムーダ商団、団長のマティオンです」
「ご紹介に預かりました。私が賢く聡明で義理堅いマティオンと言います」
にこやかに笑いながらカインに触れられていない方の手を取られて甲に顔を近付けられる。
唇が触れると思ったその瞬間、目を反らした私の耳にゴンッという鈍い音が入ってきた。
そして掴まれていた手が自由になる。
「うっっぅ…本気で殴っただろう!?」
「勝手なことをするからだろう」
「なんだよ、ちゃんとした礼儀だろ?自分が出来ないからって俺に八つ当たりすッグハッ!!」
いつも穏やかなカインが驚くほど冷めた目をしながら殴られたであろう頭を抱えたマティオンを蹴り押している。
それはもうグイグイと。
冷めた目をしているのに口元は微かに笑っていて、私は呆然とカインを見つめるしかなかった。
「カイン、もうその辺で…」
「あ、こいつは痛いことが好きなんです。これがこいつの喜びなんです」
「そんな訳あるかっ!」
いつもの微笑みを見せるカインとその後ろで蹴られた部分を払っているマティオンが私の入り込めないような絆が存在しているようで少し悲しかった。
「でもシルヴィア様はしてはいけません。こいつに何かされたら言ってください。私が後悔するくらいの報復をしてやりますから」
「怖い話やめて」
「さあ行きましょう」
「俺を無視するなよ!協力者だぞ!俺が居なきゃ商団に出入りすら出来ないんだぞ!」
整った顔が残念に見えてきた。
「どこから聞いてたのか知らないけどすぐに顔を出さなかったのも、私の言ったことを復唱したのも、シルヴィア様に気安く触れたのも、極刑に値する」
「おいおい、冗談きついぜ」
「冗談?冗談はお前の顔だけにしてくれ」
「カ、カイン!マティオン様に案内と協力をお願いしましょう?」
段々と悪くなる空気に耐えかねて声を出すと、笑顔を返された。
マティオンに向けるのが氷とするならば、この笑顔は春のそよ風。
ああ、カインの顔が私を詩人にさせてしまう。
「そうですね時間との勝負でした。マティオン、頼む」
「はいはい。んじゃこっちが入り口だ」
マティオンが出てきた建物の影の奥へと入って行く。
薄暗くはあるが、風通りも良くてジメジメとした陰湿な感じのしない脇道。
建物の側面に人が出入り出来る小さな扉が見えた。
小さいが表の大きな扉と同じように鉄と木が編み込まれていて、とても頑丈そうだ。
「ここからは名前を呼び合うのは避けた方が良い。ミュルヘは簡単な奴だがちょくちょく痛いところを突いてくる。気を付けろ」
「分かった」
「分かりました」
扉に鍵を何個か差して順番に回していくと扉がカチリカチリと小気味良い音を鳴らす。
最後の鍵を回して抜くと、頑丈そうな扉がギギギーと鈍い音を鳴らしながら開いた。
二人の後に続いて足を踏み入れると、ランプが灯る廊下が伸びて両脇の煉瓦の壁には所々木の扉が見えた。
「ミュルヘは奥の搬入部屋に居る。休みの日に来て自分の持ってきた品物を分けてる最中だと思うぞ」
「今日お休みだったのですね。そんな時に大丈夫ですか?」
「あいつには輸入品について知りたい奴が居るから話を聞いてやってほしいと言ってある。俺が居たら話が進まないから外に出ている。健闘を祈る」
マティオンは早口で言うと一つの扉を指差して来た道を戻っていく。
紹介すらされて居ないのに勝手に入って話をしても良いものかと疑問に思う。
「では行きましょうか、お嬢様」
ここに来る道中、大まかな設定は二人で話し合ってきた。
私は爵位のある令嬢。
我儘で傲慢で高いものや価値のあるもの大好き人間。
他人を人とも思わないような性格。
それが私に課せられた役柄。
カインは私の付き人で主に宝石や貴金属、お金に関する話をお嬢様に持ってくる人。
ミュルヘとの商談は全てカインを通すこと。
随分と簡単な役柄だなと、この時はそう考えていた。
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