子爵令嬢は高貴な大型犬に護られる

颯巳遊

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31.あっという間の婚約期間

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「うぐくぐ……っ」
私は今、殺されそうになっている。
飲み物どころか呼吸すらも通る場所がなくなるまで締め上げられる。
「も……む……り………」
「あと少しなので頑張って下さいっ!!」
脚で背中を押さえながら紐を引くアンルーシーを振り返る余裕もない。
「こんなものですね。ではこちらのドレスどうぞ」
鬼のように私を締め上げ終えてからにこやかに私を誘導する。
黄色いドレスはとてもキレイで、フリルで作られた薔薇の飾りがとても良く映えている。
コルセットで締め上げられた体に肌触りの良いドレスが着付けられ、落ち込んでいた気持ちが浮上した。
綺麗なものは強いのだ。
「こちらの宝石も凄いですね」
デコルテが開いているドレスには大きなネックレスが必需品。
ドレスと一緒に贈られてきた青い宝石のネックレスとイヤリング。
その宝石の大きさに一度返そうとしたが受け取ってもらえなかった。
「愛されてますね」
「どうしてそうなるのよ」
「え、気付いてないんですか?ドレスは殿下の髪でアクセサリーは瞳の色ですよ」
アンルーシーの言葉で気が付いた。
知らなかった。
「物凄い独占欲で、羨ましいくらいですよ」
「今日の戴冠式、アンルーシーも出ればいいのに。お兄様も出席するんだから二人で出ればいいのに…出ればいいのに」
「……私は…まだ婚約者ではないですから」
「まだね」
「私の事は良いのです!お嬢様を誰よりも綺麗にするのが今日の私の使命です!」
真っ赤な顔のアンルーシーは本当に可愛い。
早く本当の義姉にならないかな。
コンコンッ
部屋に響くノック音にアンルーシーが素早く扉を開ける。
ハニーブラウンのジャケットを着たカインが笑顔で入ってきた。
「約束の時間よりも早いわね」
「シルヴィア、今日は部屋に居ましょう?」
蕩けそうな笑顔で言われた言葉は理解が出来ない。
戴冠式に兄弟が出ないってそんな事ある?
しかも王太子が。
「こんな天使の様で、女神にも見えるシルヴィアを衆人の目に晒すなんて……勿体無いです」
近付いてきたカインは流れるように腰へ手を回し、引き寄せると髪を一房取って口付ける。
何か王子様が居る。
あ、本物の王子様なんだけど。
「そんな…大層な……ものでは…」
顔が熱くなって呼吸も上がってくる。
これはきっとコルセットのせいだ。
「見せたくはないですがシャイローが、陛下が呼んでいるので一緒に来てください」
溜息混じりで告げるカインは本当に嫌そうで私の額に頬を擦り付けてアンルーシーに化粧が落ちるとお小言をこぼされていた。
「あ、来るの遅いね~」
「呼ばれて直ぐに来たのですが」
陛下の部屋には顔パスで通される。
そんな警護体制で大丈夫なのだろうか。
「シルヴィア~綺麗だよ!」
「ありがとうございます」
「固くならないで。戴冠式の後には婚約式もやるから最後まで楽しまないと!主役が楽しまないと皆も楽しめないでしょう?」
えっと、今日は戴冠式だよね。
それは分かる。
その後に何があると言ったか。
「婚約式は一年後ですよね?」
「え?明日って話を一日早めたって事だけど、シルヴィアは話聞いてた?」
コテンと頭を傾げるシャイローのきょとんとした顔。
色々あり過ぎて情報の処理と記憶力が低下してたんだな。
「なぜ早まったのですか?」
一日でも早まるなら理由があるのだろう。
自分の失態を隠すように質問するとシャイローはカインをチラッと見て溜息を吐いた。
「ルーファスが謀反を起こして討伐されちゃって、母上がそれにショックを受けて倒れちゃった」
「え!?」
「王太子として教育をお願いします。私の次は兄上なのでって流刑地に親子で送ろうと思ったのにそれが出来なくなった。母上はもうルーファスに期待する事が出来なくなったから俺に縋るしかない。そこで今現在王太子として居るカインを疎ましく思う」
「カインを殺そうと?」
「秘密裏に動いてるみたいですね。一晩しか経ってないのに本当に行動が早い」
シャイローの説明に私が顔を青くして聞いていると、気にしていなそうなカインの声。
「だから戴冠式と一緒にシルヴィアとの婚約式をして少しだけでも行動に歯止めを効かせるつもり」
「歯止めになるかしら?」
「ならないですね」
「だったら勝手な行動しないでくれる?」
初めて聞く不機嫌なシャイローの声をカインは目を反らして聞かなかったフリ。
この兄弟には何かがあったのかも。
「それより婚約期間も縮めてしまいましょう。そうすれば貴方の母上もきっとお喜びになりますよ」
「……それが狙いだったのか…」
ギリギリ歯を鳴らしながら睨みつけるシャイローは軟派な感じがしなくて、今まで見た事がない一面だ。
「シルヴィア、結婚が早まるなら領地の下見にも行かなきゃいけませんね。それなら明日行きましょう!」
強行にも程がある!!
「婚約期間は三ヶ月に短縮。領地には来月下見に行って」
もう全てを諦めたようなシャイローが白い目でこちらを見る。
「戴冠式と一緒にリーディアとの結婚式もするから」
「なぜシャイローだけ婚約ではないのです?」
「何そのズルいみたいな顔。お前のせいで予定が狂って遡ってこの国にリーディアが来た時に婚約して今回の戴冠式に合わせて結婚式という計画が遂行された」
「世継ぎの問題ですね」
クスクス笑うカインと不機嫌が蓄積されていくシャイロー。
止めた方が良いのは分かるけど、口が挟めない。
「私達はゆっくり計画的に跡継ぎを作りましょう」
「シルヴィア独り占めとか子供くさ~い」
「跡継ぎが出来なくても頃合いを見て養子を取ってもいいですね」
「無視とか大人気無~い」
「二人で楽しく毎日を過ごせれば私は幸せなので」
シャイローを無視した上で私を抱き寄せてくるカインは子供っぽいのに色気が出ていて混乱する。
グイグイ迫ってくるのに困って助けを求めるようにシャイローを見ても目を反らされた。
溜息吐きながら。
そして何も口を挟めないまま、私とカインはあっという間に正式な婚約者となり、3ヶ月後に夫婦になった。
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