【完結】アルファガールとオメガボーイ

天知 カナイ

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6 香り

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自分自身の相性フェロモンの匂いはわからない。家族からも指摘されたことはなかったのに、他人から指摘されたことで耿良あきらはかあっと顔が赤くなった。
(‥かわ‥)
かわいい、と一瞬思いかけた自分の心を、和煌あきらはぎゅっと引き締めた。やばい、本能が強すぎる。
「‥自衛のためにも、まずはネイプガードしてきてね」
「‥わかった」
「で、質問て何?」
耿良は顔を赤くしたまま、資料のプリントを突き出した。そしてわからなかったところを指さし、尋ねた。
「これ、読めないのと、俺は何すればいいのかって‥」
「ああ、協賛金。う~ん‥」
和煌はプリントの文字を目で追って思わず考え込んだ。
協賛金支援というのは、文化祭のパンフレットにのせる企業からの協賛金を募る仕事だ。これまでも協賛してくれた企業や、近くの店舗などに文化祭の支援金(協賛金)を願い出る仕事である。
以前の耿良のクラスの委員は人あたりもよく、自らこの役目に手を挙げてくれて皆ほっとしていたのだ。この役目はお金や企業、店舗経営の人などが絡むこともあり、人あたりのよい落ち着いた人物にやってもらうのが常だった。

しかし目の前のオメガ男子は、見た目はオメガっぽく優しげではあるが口は悪いし敬語も使えず日本の環境に慣れていない。だが、他の委員はもうそれぞれ自分の役割が決まっていてそれに向かって仕事をする気でいるだろうから、今から担当替えをすることも難しいだろう。
和煌はそこまで考えて、ふーっと長い息を吐いた。仕方がない。

「これは、文化祭のパンフレットに企業名や店舗名をのせてお金をいただく仕事。だから、君みたいに敬語がまずい人には向いてない。‥けど、もう他の人に頼める段階でもないから‥」
和煌はそこで言葉を切って、耿良を見た。
「何か所かは、私が同行するからそこで見て覚えて。その時までには絶対にネイプガードをすることと、緊急頓服の抑制剤を持参すること。日程はまた連絡するから。わかった?」
「わ、かった‥」
「連絡先、教えてくれる?携帯はもう持ってるの?」
「あ、うん」
耿良は鞄をごそごそ探り、スマートフォンを取り出した。いい加減二か月ほども使っているから問題なく使える。番号とSNSのIDを交換した。

「じゃ、日程はまた後で。多分、金曜の放課後か土日になると思う。部活は?」
「入ってない」
「ん、わかった。じゃあもう帰ろう。私鍵閉めて返却しなきゃだから、ここから早く出てくれる?」
和煌にそう促されて鞄を掴んで廊下に出た。そのまま鍵を閉める和煌をぼんやり眺めていると、和煌が耿良を見て少し怪訝な顔をした。
「まだなんかわかんない事ある?」
耿良は、自分がじっと和煌を見つめていたことに気づいてまた顔を赤くした。全く自分の視線に気づいていなかった。無意識に和煌の姿を追ってしまっていたのだ。
「いや、大丈夫、ごめん」
耿良はそう言い置いて、足早に立ち去った。
和煌は少し首をかしげながら、
(変な子だな)
と思った。そして、今度彼と一緒にやらなければならない仕事を思って少しげんなりした。
(せめてネイプガードはしてきてほしい‥あ~、あんまり抑制剤飲みたくないのにな‥)
指先で会議室の鍵をもてあそびながら、そう考えた。

彼からは、優しい薔薇のような香りが今日もしていた。



後日、これまでに協賛金を出してくれた企業や店舗をリストアップして、和煌は仕方なく耿良にメッセージを送った。まずは電話応対、それから大口の企業には直接会社に赴いてお願いの挨拶をしなければならない。平日の方がいい企業もあるので、まずは金曜に行くことにする。直近の金曜の予定を聞けば、
「大丈夫」
という短い返事が返ってきた。
(です、もつけられないのか‥)
何となく面倒なことになりそうだな、と思いながら、和煌はいくつかメールを打って訪れる企業へのアポイントを取りつけた。また、いくつかの企業や店舗には電話で連絡をしてお願いの旨を予め伝えておいた。


そして、金曜の放課後。
耿良は言われた通り、ネイプガードをつけてきていた。肌色に近い革のようなもので目立ちにくい。項横部分には金属の部品も見えたので、しっかり鍵もかかったものなのだろう。おそらく抑制剤も飲んでくれたようで、前に会った時よりもあの薔薇のような香りは薄く感じた。
耿良は耿良で、しっかり抑制剤を呑んできたにもかかわらず、和煌からはほのかに柑橘系の爽やかな香りが漂っていた。

「今日は大口の企業さんに二社行くから。少し遅くなるかもだけど、お家の方とかは大丈夫?」
「一応、言ってきたから‥」
そうもごもご言って耿良は俯いた。自分の教室を出る前にも抑制剤をのんだはずなのに、和煌から漂ってくる爽やかな柑橘系のフェロモンの匂いにくらくらしそうだ。
耿良はまだ、本格的な発情期を迎えていない。これだけ相性合致フェロモンを受け止めていれば、発情が促進される可能性もゼロではない。

だが、いまだに自分のオメガ性に対して忌避感のある耿良は、それを認めたくなかった。だから滞りなく和煌と同行できるよう、しっかりネイプガードも装着したし頓服の抑制剤ものんだ。それでもこんなに『運命』のフェロモンは香ってくるのかと、どこか他人事のように感心した。
一方、和煌は耿良のフェロモンの影響を受けているようには見えない。それがなぜか、耿良は悔しいと思った。自分のフェロモンに惑わされて、右往左往しているさまが見たかったのに。

だが、実は和煌も驚いていた。和煌自身も自分の教室で予め抑制剤を服用していた。しかも、保健相談室まで行って保健医に少し強めの抑制剤を出してもらったのだ。
それなのに、初対面の時よりも前回会った時よりも、耿良からは薔薇のような香りが強く香っていた。下半身に直撃するようなその香りに思わず和煌は拳を握った。
(‥なんか私、雄っぽいな。やだな‥)
だが目の前にいる男子オメガにそんなことを悟られたくはなかった。

「今日は私が挨拶をするから、横で見てて。言葉遣いとかちゃんと聞いててね。明日は君にも挨拶してもらうつもりだから」
和煌は歩きながら早口にそう言った。並んで歩けば、やはり耿良の方が背が低いことがよくわかる。全体として細身には見えるが、骨格はやはり男性だった。
(まあ、男子だもんね)
駅までの道を、二人は少し距離を取りながら歩いていった。


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