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8章《勇者と魔王》
14話
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翌日には海岸に新たなダンジョンが出来上がっていた。
森を越えるには、今でも大きく迂回するか転移でしか行けないようになっている。
よほど森の中を真っ直ぐ突っ切って、木々を切り倒しながら進まない限りは、らしいけれど。
「すっげーなぁ。
海なんて俺、生まれて初めて見たぜ」
眼前に広がる海を見て興奮するコルン。
テセスは意外にも落ち着いていたので、聖女時代にどこかで見たことがあるのかもしれない。
「あら、コルンは海が初めてなの?
だったら面白いことを教えてあげるわよ」
コピアの木を取り出したリリアは、すぐに合成スキルを使い『釣竿』というアイテムを作り出す。
世界樹辞典にも載っている『魚釣りができる』というアイテム。
魚というと、毒池に棲む毒魚か、ダンジョンに出てくる魚型の魔物くらいしか知らないのだが。
海にはもっと大きなものが棲んでいるからと、リリアはその釣竿に『高級なエサ』を取り付けてコルンに渡す。
別途、袋の中に予備で30個ほど渡すと、『ダンジョンの様子を見てくるから、しばらく遊んでて良いわよ』なんて言う。
まぁ、いつも次の階層に行く際は、魔物の情報を調べることを優先するので、いつもコルンは退屈そうにはしていたけれど。
「お、おぅ……じゃあ試しにその釣りってのをやってみるか……」
半ば強引に海の方へと向かわされるコルン。
ブランとミントは村の細かな依頼と修繕なんかを任せておいた。
大きな戦闘になることもないだろうし、様子を見て午後からはダンジョン攻略に参加してもらうつもりだ。
「じゃあ、どんな魔物がいるのか見てこよっか」
ダンジョンの入り口に立ったリリアが、中を指差して僕たちに笑顔で話しかける。
「うん、テセスもミアも準備できてる?」
テセスはいつも通りで、特に何かを持つわけでもなく僕の質問に『大丈夫だよ』と答える。
「コルン……それ、一人で大丈夫?」
一方のミアは、コルンの方を向いていた。
フードに隠れて表情は見えないが、心配でもしているのだろうか?
「任せとけよっ! 食える魚が釣れるんだろ?
戻ってきたらそれで昼食にしようぜ」
釣竿を頭上でしならせながら返事をするコルン。
餌はすでに付けていて、早速海に向かって投げ込んでいた。
「じゃあ行ってくるよ」
何かあったとしても、どのみち僕たちは入り口の近くで魔物の調査をしたいだけ。
ダンジョンに入って叫ぶだけで聞こえるくらいの場所にはいるはずだから問題はないだろう。
……なんて思いながら中に入ったからだろうか?
五分もしないうちにコルンが中に入ってきて、慌てた様子で僕たちを呼びにきたのだ。
「や、やや、ヤバいのを釣っちまった!」
左手には折れた釣竿を持ち、ダンジョンの出口を指差している。
「なーんだ、もう釣り上げちゃったんだ」
残念、といった感じで渋々出口へ向かうリリア。
ミアが急ぎ足でリリアの後に続き、なんのことかも分からずに僕とテセスは武器を片付ける。
外に出た僕たちを待ち受けていたのは、ドラゴンほどの大きさがある巨大な魚。
正確には魚ではないらしいのだが、そんなことはどうでもよかった。
『レヴィアタン:世界最大種のクジラの魔物、海を荒れ狂わせる力を持つ』
ダンジョンから出てくるなり、いくつもの水の刃が僕たちを襲う。
魔物は水面から丸い頭だけを出し、周囲には巨大な渦ができていた。
「高級な餌でも、釣れる確率は五十回に一回くらいなんだけどなぁ。
コルンって運が良いんだね。
あ、この場合は悪い方なのかな?」
リリアがクスクスと笑っている。
そのくらい余裕があるのなら、きっと倒し方とかも知っているのだろう。
しかし、武器やアイテムを取り出すでもなく、ただ立ち尽くしているミア。
「海では時々魔物も釣れちゃうって聞いたことがあるけど……こんな魔物、私知らない……」
どうやって攻撃していいのか悩んでしまっているようだ。
ミアが知らないなんて、よほど珍しい魔物なのだろう。
リリアはどこでこの魔物を知ったのか……
まぁそれは倒した後にでも教えてもらうことにしよう。
「アシッドペイン!」
リリアが魔法を使うと、巨大クジラを覆うように雨雲が発生し、雨粒が勢いよく降り注ぐ。
海の生物に水属性の魔法は効かないんじゃないか、なんて思ったのだけど、属性魔法じゃなくて状態異常魔法らしい。
周囲の環境を変えて、徐々に弱体化とダメージの蓄積効果があるのだと説明してくれるリリア。
「テセスはこのルースを使って、この辺りに防御結界を張ってくれるかしら?」
リリアが袋の中から一つの黒いルースを取り出すと、それをヒョイとテセスに投げ渡す。
「け、結界ってどんなのかしら?」
治癒魔法は得意だけど、それ以外はあまり使わないテセス。
僕だってリリアがどんなものを想像しているのかが分からない。
「えーっと、こう私たちの周りを丸ーい透明の壁が覆うような感じだよっ」
それを聞いてテセスは魔法を試してみる。
確かに目に見えない何かが僕たちを覆った気がするが、これで本当に魔物の攻撃が防げるというのだろうか?
『ぶおおぉぉぉ!!』
巨大な口を開け、再び水の刃が僕たちに襲いかかる。
「ちょ、ちょっと!
危ないよっリリア!」
無防備な状態で魔物の前に立っているリリア目掛けて、水刃がいくつも飛んでくる。
それを見てもリリアは杖を構えたまま微動たりともしないのだ。
バシュッ、パシッ、パシャ……
魔物の放った水刃は、リリアの眼前であっけなく消えてしまう。
「うん、さすがテセスだねっ。
悪いんだけど、そのまま三十分くらい続けてもらっていいかな?」
魔力が減ってきたら僕に渡せばいいなんてことを言って、リリアは再び魔法を魔物に使っていた。
「こういう体力ばっかり多い魔物は、まともに相手してたら疲れるだけなんだから。
……うん、もう少しで倒せるわ」
追い討ちと言わんばかりに、再度魔法を使うリリア。
時間はかかっていたが、テセスの張る結界は強力で、僕たちは全くダメージを受けていない。
しかも遠距離から安全に魔物を弱らせることができた。
「へぇー、戦い方も色々とあるんだね。
僕だったらあの剣で一気に倒しにかかっちゃうところだよ」
ドラゴンを倒した例の剣を取り出してみる。
「だってそれ、一振りで小金貨五十枚なんでしょ?
金がどのくらいの魔素に匹敵するかは知らないけれど、エネルギーの無駄遣いじゃないの」
理不尽に強いアイテムを使う場合、足りない力は周囲の魔素を奪ってしまうことがある。
それは武器だけでなく魔法もスキルもだ。
ユーグの想定外の力が発生すると、本人の魔力や体力、ユーグの力を貸し与えたところでエネルギーが足りないらしい。
僕の剣も、ここまで強化せずに適度にやめておけばよかったのだが……
ユーグが、金を出せばなんとかできると言ったものだから、つい限界まで強くしてしまった。
「まぁ、大金だから払いたくはないけど、死ぬよりはマシだしさぁ」
僕は過去の死にかけた戦いを思い出しながら言う。
「だから私が教えてあげるわよ。
レヴィアタン程度で苦戦してたら、ニーズヘッグを倒すなんて夢のまた夢よ?」
リリアはクスクスと笑いながら、倒した巨大クジラを海岸へと引き上げ、インベントリに収納する。
分解だか解体だかのスキルで、効率よく素材の回収を行なったのだろう。
『レベルは千を越えるはずですが……』
その後にユーグがポツリと呟いたこの一言は、その場にいた誰の耳にも届いてはいなかった。
僕たちは回収した素材から、食料や武器になる骨、ハイサモナーにしか使えないとかいう魔石の説明を興味深く聞いていたものだから。
「まだ魔力には余裕あるみたいだし、あと二、三匹倒しておく?
コルンならまたすぐに釣れちゃうんじゃないかな。
そうだっ、せっかくだし釣りスキルも取得しちゃえばいいじゃん、ねぇコルン」
レアな魔物が釣れやすくなるらしいのだが、そう言われたコルンの表情は引きつっていた。
僕としては『有りかな?』なんて思ってしまう。
そりゃあ倒した時に得られた経験値が、これまでとは比較にならないくらい多かったのだもの。
多分一つや二つではなくレベルが上がったんじゃないかと思う。
攻撃にも防御にも参加していなかった、というのにだ。
ま、それに関してはコルンが頑に拒否したものだから、今日はダンジョンの調査に切り替えたのだけど。
翌朝、僕が寝ているとリリアが部屋まで起こしに来ていた。
「まぁだ寝てるの?
もうみんな集まってるわよ、アイツも一緒にさ」
テセスだったら寝癖がなんだ、起きたら顔を洗わなきゃなんて細かいことを何度も言うのだけど、リリアはそうではなかった。
もちろん僕のボサボサの髪を見て、注意はするのだけど、なかなか起き上がろうとしない僕の顔に冷たい水魔法を一発。
「ぷあっ⁈」
服と布団まで濡れてしまい、暖かい季節だというのに風邪をひきそうなほど寒く感じられる。
仕舞には小さな氷の粒をたくさん生み出して、パラパラと降り落とすものだから冷たいの痛いのって……
「少しは目が覚めた?
ちゃんと起きるのなら温かいのをかけてあげてもいいんだけど?」
いやいや、暖かくても濡れるのは一緒じゃないか。
それでも冷たいのよりはマシなのだろうけれど……
「わ、わかったよ起きるから……」
僕が布団から出ると、再びリリアの水魔法が頭上から降ってくる。
また突然のことで驚くのだが、今度はさっき言っていた通りの温かい水だ。
全身びしょ濡れになったと思うと、続け様にリリアの魔法が僕を包み込む。
「どうっ?
ブランみたいに一瞬で部屋中を綺麗にはできないけど、魔法でもこれくらいはできるのよ」
振り向いてみれば、布団もすっかり乾いていて、僕の髪の毛も少しは落ち着いているようだ。
ありがたい話ではあるけれど、またあの冷たい水をかけられるのは勘弁してほしい。
リリアが起こしに来たときは、すぐに布団から出た方がよさそうだ。
といっても、おそらくテセスが起こしに来ることはもう無いのだろうな……
「あら……リリアちゃんが起こしに行ったら、センってば、すごく早く起きるのね。
私の時はいつまでも布団から出なかったくせにさ」
外に出るなりテセスから嫌味を言われてしまう。
まるで『私の今までの苦労は何だったのよ?』と言わんばかりに腕を組みほくそ笑みながら僕を睨むのだ。
「そ、そりゃあれだけ強烈な起こされ方をしたら誰だって!」
たじろいでしまう僕を見て、リリアは『もっと刺激的な起こし方でも良いのよ?』なんて唇に指を添えて可愛げに言う。
いつぞやのサンダーボルトか?
それとも爆弾ふぐでも召喚するのか……
恐怖に怯える僕とは対照的に、『羨ましい』だの『俺も起こしてもらいてぇ』だのと呑気にしているコルン。
絶対に何か勘違いしているようだったから、『明日は僕がリリアみたいに起こしてあげようか?』と聞いてみたら、怯えたコルンは走って逃げていってしまった。
まったく、一体なにを想像していたのだろうか……
森を越えるには、今でも大きく迂回するか転移でしか行けないようになっている。
よほど森の中を真っ直ぐ突っ切って、木々を切り倒しながら進まない限りは、らしいけれど。
「すっげーなぁ。
海なんて俺、生まれて初めて見たぜ」
眼前に広がる海を見て興奮するコルン。
テセスは意外にも落ち着いていたので、聖女時代にどこかで見たことがあるのかもしれない。
「あら、コルンは海が初めてなの?
だったら面白いことを教えてあげるわよ」
コピアの木を取り出したリリアは、すぐに合成スキルを使い『釣竿』というアイテムを作り出す。
世界樹辞典にも載っている『魚釣りができる』というアイテム。
魚というと、毒池に棲む毒魚か、ダンジョンに出てくる魚型の魔物くらいしか知らないのだが。
海にはもっと大きなものが棲んでいるからと、リリアはその釣竿に『高級なエサ』を取り付けてコルンに渡す。
別途、袋の中に予備で30個ほど渡すと、『ダンジョンの様子を見てくるから、しばらく遊んでて良いわよ』なんて言う。
まぁ、いつも次の階層に行く際は、魔物の情報を調べることを優先するので、いつもコルンは退屈そうにはしていたけれど。
「お、おぅ……じゃあ試しにその釣りってのをやってみるか……」
半ば強引に海の方へと向かわされるコルン。
ブランとミントは村の細かな依頼と修繕なんかを任せておいた。
大きな戦闘になることもないだろうし、様子を見て午後からはダンジョン攻略に参加してもらうつもりだ。
「じゃあ、どんな魔物がいるのか見てこよっか」
ダンジョンの入り口に立ったリリアが、中を指差して僕たちに笑顔で話しかける。
「うん、テセスもミアも準備できてる?」
テセスはいつも通りで、特に何かを持つわけでもなく僕の質問に『大丈夫だよ』と答える。
「コルン……それ、一人で大丈夫?」
一方のミアは、コルンの方を向いていた。
フードに隠れて表情は見えないが、心配でもしているのだろうか?
「任せとけよっ! 食える魚が釣れるんだろ?
戻ってきたらそれで昼食にしようぜ」
釣竿を頭上でしならせながら返事をするコルン。
餌はすでに付けていて、早速海に向かって投げ込んでいた。
「じゃあ行ってくるよ」
何かあったとしても、どのみち僕たちは入り口の近くで魔物の調査をしたいだけ。
ダンジョンに入って叫ぶだけで聞こえるくらいの場所にはいるはずだから問題はないだろう。
……なんて思いながら中に入ったからだろうか?
五分もしないうちにコルンが中に入ってきて、慌てた様子で僕たちを呼びにきたのだ。
「や、やや、ヤバいのを釣っちまった!」
左手には折れた釣竿を持ち、ダンジョンの出口を指差している。
「なーんだ、もう釣り上げちゃったんだ」
残念、といった感じで渋々出口へ向かうリリア。
ミアが急ぎ足でリリアの後に続き、なんのことかも分からずに僕とテセスは武器を片付ける。
外に出た僕たちを待ち受けていたのは、ドラゴンほどの大きさがある巨大な魚。
正確には魚ではないらしいのだが、そんなことはどうでもよかった。
『レヴィアタン:世界最大種のクジラの魔物、海を荒れ狂わせる力を持つ』
ダンジョンから出てくるなり、いくつもの水の刃が僕たちを襲う。
魔物は水面から丸い頭だけを出し、周囲には巨大な渦ができていた。
「高級な餌でも、釣れる確率は五十回に一回くらいなんだけどなぁ。
コルンって運が良いんだね。
あ、この場合は悪い方なのかな?」
リリアがクスクスと笑っている。
そのくらい余裕があるのなら、きっと倒し方とかも知っているのだろう。
しかし、武器やアイテムを取り出すでもなく、ただ立ち尽くしているミア。
「海では時々魔物も釣れちゃうって聞いたことがあるけど……こんな魔物、私知らない……」
どうやって攻撃していいのか悩んでしまっているようだ。
ミアが知らないなんて、よほど珍しい魔物なのだろう。
リリアはどこでこの魔物を知ったのか……
まぁそれは倒した後にでも教えてもらうことにしよう。
「アシッドペイン!」
リリアが魔法を使うと、巨大クジラを覆うように雨雲が発生し、雨粒が勢いよく降り注ぐ。
海の生物に水属性の魔法は効かないんじゃないか、なんて思ったのだけど、属性魔法じゃなくて状態異常魔法らしい。
周囲の環境を変えて、徐々に弱体化とダメージの蓄積効果があるのだと説明してくれるリリア。
「テセスはこのルースを使って、この辺りに防御結界を張ってくれるかしら?」
リリアが袋の中から一つの黒いルースを取り出すと、それをヒョイとテセスに投げ渡す。
「け、結界ってどんなのかしら?」
治癒魔法は得意だけど、それ以外はあまり使わないテセス。
僕だってリリアがどんなものを想像しているのかが分からない。
「えーっと、こう私たちの周りを丸ーい透明の壁が覆うような感じだよっ」
それを聞いてテセスは魔法を試してみる。
確かに目に見えない何かが僕たちを覆った気がするが、これで本当に魔物の攻撃が防げるというのだろうか?
『ぶおおぉぉぉ!!』
巨大な口を開け、再び水の刃が僕たちに襲いかかる。
「ちょ、ちょっと!
危ないよっリリア!」
無防備な状態で魔物の前に立っているリリア目掛けて、水刃がいくつも飛んでくる。
それを見てもリリアは杖を構えたまま微動たりともしないのだ。
バシュッ、パシッ、パシャ……
魔物の放った水刃は、リリアの眼前であっけなく消えてしまう。
「うん、さすがテセスだねっ。
悪いんだけど、そのまま三十分くらい続けてもらっていいかな?」
魔力が減ってきたら僕に渡せばいいなんてことを言って、リリアは再び魔法を魔物に使っていた。
「こういう体力ばっかり多い魔物は、まともに相手してたら疲れるだけなんだから。
……うん、もう少しで倒せるわ」
追い討ちと言わんばかりに、再度魔法を使うリリア。
時間はかかっていたが、テセスの張る結界は強力で、僕たちは全くダメージを受けていない。
しかも遠距離から安全に魔物を弱らせることができた。
「へぇー、戦い方も色々とあるんだね。
僕だったらあの剣で一気に倒しにかかっちゃうところだよ」
ドラゴンを倒した例の剣を取り出してみる。
「だってそれ、一振りで小金貨五十枚なんでしょ?
金がどのくらいの魔素に匹敵するかは知らないけれど、エネルギーの無駄遣いじゃないの」
理不尽に強いアイテムを使う場合、足りない力は周囲の魔素を奪ってしまうことがある。
それは武器だけでなく魔法もスキルもだ。
ユーグの想定外の力が発生すると、本人の魔力や体力、ユーグの力を貸し与えたところでエネルギーが足りないらしい。
僕の剣も、ここまで強化せずに適度にやめておけばよかったのだが……
ユーグが、金を出せばなんとかできると言ったものだから、つい限界まで強くしてしまった。
「まぁ、大金だから払いたくはないけど、死ぬよりはマシだしさぁ」
僕は過去の死にかけた戦いを思い出しながら言う。
「だから私が教えてあげるわよ。
レヴィアタン程度で苦戦してたら、ニーズヘッグを倒すなんて夢のまた夢よ?」
リリアはクスクスと笑いながら、倒した巨大クジラを海岸へと引き上げ、インベントリに収納する。
分解だか解体だかのスキルで、効率よく素材の回収を行なったのだろう。
『レベルは千を越えるはずですが……』
その後にユーグがポツリと呟いたこの一言は、その場にいた誰の耳にも届いてはいなかった。
僕たちは回収した素材から、食料や武器になる骨、ハイサモナーにしか使えないとかいう魔石の説明を興味深く聞いていたものだから。
「まだ魔力には余裕あるみたいだし、あと二、三匹倒しておく?
コルンならまたすぐに釣れちゃうんじゃないかな。
そうだっ、せっかくだし釣りスキルも取得しちゃえばいいじゃん、ねぇコルン」
レアな魔物が釣れやすくなるらしいのだが、そう言われたコルンの表情は引きつっていた。
僕としては『有りかな?』なんて思ってしまう。
そりゃあ倒した時に得られた経験値が、これまでとは比較にならないくらい多かったのだもの。
多分一つや二つではなくレベルが上がったんじゃないかと思う。
攻撃にも防御にも参加していなかった、というのにだ。
ま、それに関してはコルンが頑に拒否したものだから、今日はダンジョンの調査に切り替えたのだけど。
翌朝、僕が寝ているとリリアが部屋まで起こしに来ていた。
「まぁだ寝てるの?
もうみんな集まってるわよ、アイツも一緒にさ」
テセスだったら寝癖がなんだ、起きたら顔を洗わなきゃなんて細かいことを何度も言うのだけど、リリアはそうではなかった。
もちろん僕のボサボサの髪を見て、注意はするのだけど、なかなか起き上がろうとしない僕の顔に冷たい水魔法を一発。
「ぷあっ⁈」
服と布団まで濡れてしまい、暖かい季節だというのに風邪をひきそうなほど寒く感じられる。
仕舞には小さな氷の粒をたくさん生み出して、パラパラと降り落とすものだから冷たいの痛いのって……
「少しは目が覚めた?
ちゃんと起きるのなら温かいのをかけてあげてもいいんだけど?」
いやいや、暖かくても濡れるのは一緒じゃないか。
それでも冷たいのよりはマシなのだろうけれど……
「わ、わかったよ起きるから……」
僕が布団から出ると、再びリリアの水魔法が頭上から降ってくる。
また突然のことで驚くのだが、今度はさっき言っていた通りの温かい水だ。
全身びしょ濡れになったと思うと、続け様にリリアの魔法が僕を包み込む。
「どうっ?
ブランみたいに一瞬で部屋中を綺麗にはできないけど、魔法でもこれくらいはできるのよ」
振り向いてみれば、布団もすっかり乾いていて、僕の髪の毛も少しは落ち着いているようだ。
ありがたい話ではあるけれど、またあの冷たい水をかけられるのは勘弁してほしい。
リリアが起こしに来たときは、すぐに布団から出た方がよさそうだ。
といっても、おそらくテセスが起こしに来ることはもう無いのだろうな……
「あら……リリアちゃんが起こしに行ったら、センってば、すごく早く起きるのね。
私の時はいつまでも布団から出なかったくせにさ」
外に出るなりテセスから嫌味を言われてしまう。
まるで『私の今までの苦労は何だったのよ?』と言わんばかりに腕を組みほくそ笑みながら僕を睨むのだ。
「そ、そりゃあれだけ強烈な起こされ方をしたら誰だって!」
たじろいでしまう僕を見て、リリアは『もっと刺激的な起こし方でも良いのよ?』なんて唇に指を添えて可愛げに言う。
いつぞやのサンダーボルトか?
それとも爆弾ふぐでも召喚するのか……
恐怖に怯える僕とは対照的に、『羨ましい』だの『俺も起こしてもらいてぇ』だのと呑気にしているコルン。
絶対に何か勘違いしているようだったから、『明日は僕がリリアみたいに起こしてあげようか?』と聞いてみたら、怯えたコルンは走って逃げていってしまった。
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