悪役を幸せにしたいのになんか上手くいかないオタクのはなし

はかまる

文字の大きさ
1 / 1

悪役を幸せにしたいのになんか上手くいかないオタクのはなし

しおりを挟む
 オタクであることをまるでステータスかのように思っている人間を度々見かける。
 学校の校内放送でわざと際どい歌詞の内容のアニソンを流し、困惑する一般人のリアクションをチラチラと見てほくそ笑む行動力はあるが害である変質オタクや、流行であるという理由だけで原作の内容もろくすっぽ知らないくせに主題歌にあわせて教室で踊り出す自称オタク(笑)の存在を俺は認めない。

「――――」

 誰かと話す事もなく、小説投稿サイトにログインし休憩時間や昼休みと時間ができしだい新たな神作品を探す旅に出る。これがオタクのあり方というものではないだろうか。つまり、俺の事である。高校に入ってから3年間、俺はこのルーティンを忘れたことはない。
 別に、自分に友達が出来ないから、なんだかんだとアニメやゲームを共通言語としてそれぞれ友人らと楽しんでいる彼らを僻んだり羨んでいるわけではない。そうだ、誰の迷惑もかけていないのだから静かにTPOを弁えているのは俺の方だし褒められるべきは俺である。

 ――――――――
【書籍化のお知らせ】
この度『有名魔法学校に入学したら王子様に溺愛されちゃいました』がXX出版様より書籍化となりました。
これも普段から応援してくださる読者の皆様のおかげです。
それに伴い掲載中の作品は順次非公開となります。
発売日は~~~
 ――――――――

「~~~ッ!?」

 たとえ滅茶苦茶読んでいたWEB小説の書籍化のお知らせを見てどれだけ悲鳴をあげそうになっても、声をかみ殺し興奮で震え手で発売日をスケジュール帳に書き込む。これも真のオタクの勤めである。やった、嬉しい、まじか。いやーー、出版社分かってるわ。マジセンスある。この小説は紙に残してもっと多くの人間の目に触れるべきだし、後世に伝わるべき神作品だ。
 まぁ、WEBと書籍版だと構成や台詞の言い回しが変わってしまう事があるため、ファンとしては読み比べるために残して欲しいというのが想いとしてあるがそう我が儘はいってられない。家に帰ってまずやることは第1話から作品を改めて読み返す事だ。
 この作品何がいいってまず恋愛ファンタジー小説だが、ヒロインが貴族だけどおてんばな性格の為コメディ調で話し全体は進んでいき男の俺でも読みやすく、そんなヒロインを影ながら見守ってきていた第二王子がまた良い奴でそんな二人の恋愛模様がなんともで悪役となる男もまた色々共感が――……










「アーリア!なんで君が殿下と!」
「シルヴァくん……?」

 俺は今、目の前で大好きだったWEB小説のヒロインと王子、そして悪役の男が3名揃い組で学園の中庭にて言い争っている場面に出くわしている。

 これはなんらかの比喩でもなく、文字通り小説で読んでいた人物が目の前に居るのだ。
 場所はこの国の有名魔法学校であり、俺も彼らと同様の制服に身を包んでおりこの学校に通う生徒である。
 今の俺が生きるこの世界が、前世の俺が大好きだったWEB小説である事を思い出したのはつい先程の事である。そして前世の俺はルンルンで家に向かっていたところで、前日の雨で出来ていた水溜まりに足を滑らし後頭部を強く打ち付けた。そこまでは記憶しているから、どうやらそこで俺の人生は終わったようだ。しかし亡くなる直前に強く思い抱きすぎていた世界だったからなのか俺は『有名魔法学校に入学したら王子様に溺愛されちゃいました』のWEB恋愛小説に転生してしまったらしい。神様って本当にいるんだと、無神論者の俺であったがその場でそっと手を合わせた。

 この世界の俺の人生を改めて振り返ってみるが、特別何か優れているわけでもなく相も変わらず友達もいない小説ばかりを読んでいる平凡な生徒そのものだった。名前はアルス・チェルディ、こんな名前のキャラクター俺の好きな小説に存在しなかった。つまり、モブである。

 そんなモブ生徒の俺が今何に鉢合わせているかというと、物語の終盤も終盤でヒロインと王子が結ばれ暫くした頃に、闇よりも深い黒の髪をした常に俯いていて不気味な雰囲気を放ち常に学園内で孤独であった男、悪役シルヴァ・ヴェントスが現れる。
 シルヴァは成績は優秀であったが彼の性格は非常に暗く、常々重々しいオーラを放つ異様な生徒としてクラスの皆からは怯え避けられていた。だが只一人、ヒロインだけは彼に明るく声をかける等をして気にかけていたのだ。それがきっかけでシルヴァは彼女を執着するようになり、そして2人が結ばれた事を許せない認めないと発狂して自分のものにならないのならとヒロインの命を奪おうと攻撃魔法を打つ今まさに直前といったところである。
 小説では王子によって魔法は弾かれ攻撃は未遂となるが、このことをきっかけにシルヴァは学園を退学。自身の家ですら居場所は無く帰ることを許されなかった。その後の悪役の彼を知るものは誰も居ないという最期を迎えるのだ。
 俺がこのまま、校舎の影から見ているだけでも推しの王子とヒロインは助かる。物語も無事エンディングへ駆けていくことだろう。彼は、この物語の最後の盛り上がりのためのキャラクターだ。

「どうして、僕を、そんな目で見るんだ」

 だが、俺は知っているんだ。
 皆が楽しそうに過ごしている中でいる孤独のつらさを、人に話しかけるのにどれだけ勇気がいるかってことを。独りでもいいと強がってみたとしても、心臓のあたりはずっと苦しいのだ。
 そしてそんな時に人に明るく話しかけてもらう事がどれほど嬉しいことか。俺は知っている。

 シルヴァはきっと、最初はただ凄く嬉しかったんだと思う。
 天真爛漫な優しい彼女に、皆と同様に笑顔を向けられて、声をかけられて、それが嬉しかったんだ。
 そしていつしか彼女の事を無意識に目で追うようになって、その事に気づく。初めて芽生えた恋心に戸惑っている間に王子と彼女が結ばれた事を知ってしまった。彼女が遠くに行く気がして、焦ったんだと思う。どうしたらいいか分からないなりに、行動をしようとするが明るい彼女が自分に怯えた視線を向ける事でより訳が分からなくなってしまったんだろう。
 行動を擁護するつもりはないが、彼の気持ちは俺は分かってしまうのだ。――俺もきっと、前世で孤独に過ごしていた時誰かに声をかけて貰えていたら凄く嬉しかっただろうと思うから。

「そんな、君はいらない……僕が今この手で――」

 装備していた杖を取り出しその杖先を二人に向ける。今まさにヒロインに向けて魔法を放とうとするシルヴァ。彼があの杖を使って、彼女達を攻撃すればもう彼はこの学園に居る事はできない。物語は着々とエンディングへと走り出している。
 俺はそんな悪役の元へと全力で走り出した。

「シルヴァくん!!」

 ヒロインの悲痛な叫びに、そしてそんなヒロインの前に立ち攻撃に備え杖を取り出す険しい表情の王子様。もう間もなく、この物語はハッピーエンドを迎える。シルヴァ・ヴェントスを残して。
 折角、未練がましく祈ったせいで推しの物語転生出来たならその物語の住人達推し皆の幸せを願ってしまうのは読者として当然の欲ではないだろうか。悪役含め登場人物全員ハッピーエンドなんていう小説があれば、馬鹿げているし物語としても盛り上がりにかけて面白くないだろう。だが、今俺の前にあるのはただの現実である。

「シルヴァ・ヴェントスすぁーーあん!!俺はアンタのことすっごく大好きです――!!」
「!?」

 俺は己の推し感情を精一杯叫びながら、がら空きであるシルヴァの細腰に飛び込むように抱きついた。勢いを殺しきれず、シルヴァと俺は中庭の草原に転げるように倒れこみ、その衝撃でシルヴァの手からは魔法を放つ為の杖は完全に離れていた。

「なっ!?」
「へっ」

 イテテ……と顔をあげると、先程までの熱い展開はどこへやら。俺に押し倒されているシルヴァ含めた3人が三者三様で、俺に奇異の目を向けていた。
 よし、これで無事この空間で一番イカれている人物は俺になりかわった。先程までの重々しい空気は微塵も残らず消え失せていた。

「……っとずっと貴方のことを見てました大好きです!!」
「や、ちょ、君誰……というか離して……」
「ルベルト殿下とアーリア嬢こんにちは!シルヴァさんが誤解をさせてしまうことをしてごめんなさいシルヴァくんはアーリアさんともっと仲良くなりたかっただけなんだけど見ての通りコミュ障だからさ!!対話が下手くそすぎてやばいんだよね、でも根はいい人のはずなんだきっと多分必ず恐らく!人と話すのってやっぱ緊張しちゃうからさこのタイプって!ファンの俺が保証するから!」

 戸惑うシルヴァに話す隙を与えないまま、状況についてこられていない俺達を呆然と見つめている王子ルベルトとヒロインのアーリアに、今起きた事案は全て誤解である事とシルヴァのポジティブプロモーションを口からの出任せを一息でまくし立てた。生まれてはじめて、人に対してこんなに長い文章を話した気がする。
 突然現れた謎の生徒の存在に戸惑いながらも、うんうんと話しを聞き俺が喋り終えるとアーリアはまるで花が咲いたかのような明るい表情を見せた。

「えっ!!そうだったのシルヴァくん、嬉しい!!私もお友達にずっとなりたいと思っていたのよ」
「なんだ。私も誤解をしてしまった。すまないシルヴァ」
「いやそんな訳ないでしょ流石に頭花畑すぎ、」
「流石ありがとう殿下!アーリア嬢!!」

 余計な事を口にしようとするシルヴァの口を塞ぎその身体は羽交い締めにした。
 そんな俺達の様子も特に気にする様子はなく、「シルヴァに友人になりたいと思われていた」事に嬉しそうなアーリアとそんな愛らしい彼女の肩を抱き申し訳なさそうな視線を向けるルベルト。この2人小説でもマジで光属性すぎるなと思っていたが、実際にも良い奴過ぎる。というかチョロいまである。変な壺とか買わされてしまわないか心配だ。

「一体君、なんなの」

 目の前のヒロインヒーローと違って、ただ一人俺を怪しむ視線を向けるシルヴァ。
 この警戒心の強さこそシルヴァである。きっと、俺だって同じ立場だったら俺みたいなやつ怪しすぎるし「あ、そうなんだ!」とはならない。

「言ったでしょ。俺はアンタの事が好きなだけです」
「……」

 俺は原作小説が大好きだ。ヒロインが好きだ、王子も好きだ。そして悪役のシルヴァ・ヴェントスも好きなのだ。
 悪役は物語の悪役となるために生まれてくるのを理解しているけれど、あまりにも彼は小説を読んでいた頃の自分と環境が重なりすぎて他者への依存度が上がってしまう事にむしろ共感してしまったのだ。陰キャの気持ちは同レベルの陰キャであれば痛いほどよくわかるのだ。
 君のことを好きな人は居る、それだけをわかっていてくれたら嬉しいんだ。俺は君のファンで君の不幸は絶対に願わないということが少しでも伝われば良いな。誰かを傷つけることが、想いを伝える手段として浮かばなくなるくらいに。

「……わけわかんない」

 自分以上にヤバい奴が現れたおかげで、シルヴァは興奮した状態から今はすっかり落ち着いていた。ルベルトとアーリアが俺の言葉を真に受けている事についても彼は否定する事はなく、ただ気まずそうにするだけである。
 それに元々成績優秀という設定の彼だ、今ここでこの国の殿下相手に危害を加えようとしたという事となれば自分がどんな立場になるか簡単に想像出来るだろう。
 俺への疑いの目を向ける事はやめないが、俺の口から出任せを利用する事にしたようでそれ以上俺の発言を否定することはなかった。

「(大きい声、初めて出したなぁ)」

 シルヴァを追放させる訳にはいかないと必死だったため気づけてなかったのだが、俺は元々人見知りコミュ障を極めているオタクのはずである。こんなに話したこともない人とスムーズの会話をしたのは生まれて初めて……いや、前世込みだから生まれる前から初めて?なのだがその理由の一つとしては彼らは元々推しの世界観と推しキャラ達だ。
 人物像を知っているというステータスを得ている事で、対話に対し恐怖を感じることなく自然と話せている事にきがついた。ディズ○ーランドのミ○キーに話しかけるのに緊張しないのと一緒だろう。

「(よし、シルヴァに沢山話しかけるぞ……!!)」

 それから俺はシルヴァの傍に居ることにした。何かのきっかけでまた「やっぱりアーリア許せない」とムカムカムキ―モードにならないように、シルヴァを見守ることにしたのだ。
 ルベルトとアーリアは放っておいても勝手に幸せになるポテンシャルを持っている。だが、シルヴァは残念ながら違う。彼はとても危ういのだ。読者がしっかり見張ってせめて、無事この学園が卒業できるまで傍に居ることを決めたのだ。

 幸いにも俺とシルヴァは同学年で、クラスも隣であったことからシルヴァへつきまとうのはとても簡単であった。
 休み時間になれば毎回シルヴァの元へ行き、自己紹介からはじまり最近読んだ小説を面白かったと一方的に話したり、また逆にシルヴァが読んでいる本の内容を彼が応えるまで質問攻めにする等のトークデッキを組んで挑んでいた。
 最初の頃は「ずっと見てたって言われて知らない人に迫られるの不気味だから信用できない迷惑うざい五月蠅い」と、お前がそれを言うのかという拒絶のされかたをしていたが、最近は段々慣れてきたようで俺が「好きだぞ!!」と近づいても露骨に嫌悪感を示すことはなくなっていった。むしろ「また言ってるよ……」と諦めた様子である。おすすめの本を交換しあったり、たまに笑い合ったりだってするようになった。

「アルス」

 名前だって、呼んでくれるまでに俺達の中は発展した。

「なぁに?シルヴァ。あ、っていうかさ!今度のプロムの服決めた?ダンス誘う相手とかいるの?」

 俺達は学園卒業間近となっていた。
 卒業後は、それぞれの進路に進みシルヴァは魔法省へ就職する事になった。理由はある程度の成果物を出せば好き勝手に魔術の勉強や魔法薬を作り放題だからだと言っていた気がする。流石成績優秀男子である。
 俺はというと元々小説が好きなこともあって、趣味でこそこそと寮部屋で書いていた自作小説をシルヴァに公募に勝手に出さた事があった。自分の恥部を晒された気になってなんてことをしてくれたんだとシルヴァに思っていたが、その後運良く出版社の目にとまったようで返事が届き今は作家デビュー間近なところである。返事がきた時のシルヴァの「俺のおかげでよかったね?」とでも言いたげな顔といったらなかった。食堂のランチは奢らせて頂いた。

 すっかり親友と思えるくらい仲が良くなった俺達は、卒業後も定期的に会おうと約束をしている。シルヴァ側からは「魔法省で働いたら安定した賃金を貰うし、1人増えても変わらないから家を買って一緒に暮らすか」なんて提案もされた事があったが流石に友達に世話になるは気が引ける為断ったことがある。だけど、一緒に暮らしてもいいくらい気を許した存在だと言ってもらえた気がして嬉しかった。俺は元々友達がいなかったから、シルヴァが初めての友達で今こうなれた事がとても嬉しい。きっとシルヴァも同じ気持ちに違わない、と思う。
 そんな俺達が学生として最後に大騒ぎが出来るイベント、プロムがもう間近にへと迫っている。

「……アーリア嬢はもうやめときなよ?」

 俺は通い慣れたシルヴァの部屋にあるお気に入りのふかふかソファに腰掛け、真正面のベッドに座るシルヴァにしれっと彼女の名前を出すと、シルヴァは露骨にイヤそうな顔をした。

「……彼女に行くわけ無い。あんなに毎日殿下とイチャイチャしているの見せつけられてる上に最近はことあるごとに『シルヴァくん!!私たちお友達じゃない』って実技も毎回ペア組もうとしてくるしそのせいで周りも僕に馴れ馴れしくニコニコ話しかけてくるようになって……そのせいで毎日騒がしい。全部アルスのせいだ」
「いやなの?」

 シルヴァの言うとおり、彼の周りはあれから劇的に変わった。
 俺が毎日休み時間になればシルヴァのもとに通う為、俺とシルヴァがギャーギャーとじゃれ合っている所にシルヴァと同じクラスのアーリア嬢も加わり今までのシルヴァの陰鬱とした空気は無くなっていった。すると遠目から見ていた生徒が1人、また1人と彼に声をかける生徒が増えていったのだ。
 元々彼の顔は悪くなく、むしろ良い方で近寄りがたい雰囲気がなくなった今は数人の生徒に囲まれるようにもなった。そんな状況を恥ずかしそうにしている彼の姿は、男の俺から見ても非常に可愛い。卒業を前にした今のシルヴァは、少し前までの彼とは見違える程表情も明るいものになっていた。

「……イヤ、というか……まぁ、お前にあの時体当たりされなければ僕は学園退学、家も良くて破門ってとこだろしそれよりかはマシ、かな」
「よくわかってる」
「ん?」
「いやなにも!ふふ、よかったね」

 流石秀才、IFルートの自分の行く末を100%あてている。
 なんでこんなに賢い人間があんな馬鹿な事をしたのだろうと、シルヴァと接するようになって何度も思うが恋は盲目というやつだろう。

「ありがとう、アルス」
「シルヴァが!!人に感謝を伝えられる子になってる!!」
「うるさい!!……アルスは相手どうせいないでしょ。ぜんぜん?不本意ではあるけど、プロム一緒に行ってやっていいよ?」
「あはは、男同士寂しくみんながダンスしている間いっぱい飯食べちゃおっか」

 そう俺の巫山戯た誘いに、シルヴァは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
 シルヴァは良い奴だ。俺はシルヴァ推しのことがもっと大好きになっていた。




 ダンスに、誘われた。
 彼女は、シルヴァと同じクラスで何度か顔を合わせたことのある生徒だった。
 というか、彼女はシルヴァの取り巻きとなっていた1人だった。

「シルヴァくんにはその、マリアが誘う予定なの。私彼女応援したくて、だから私とアルスくんが当日は自然と彼女達から離れて――――」

 あーなるほど、と思った。ようするに彼女は友達のアシストがしたいのだ。
 女性からダンスを誘う事は殆ど無い。きっととてつもない勇気を持っての行動だろう。つまり、シルヴァをダンスに誘う予定の子はとんでもなくシルヴァのことが好きである。大好きなシルヴァ推しのモテチャンスに俺は全く気づいていなかった。これだから前世込み年齢=童貞は。きっとこれを知ったシルヴァは俺の事を指を差して馬鹿にするだろう。
 一度、大きく誤った彼も王子やヒロインと同様誰かに愛され学園を卒業できるのであればそれにこしたことはない。

 俺は差し出された彼女の手をとり、シルヴァに恋人が出来る作戦に喜んで協力することにした。
 ……シルヴァとプロム一緒に行けなくなった事と、俺達2人で過ごす夜の想い出がなくなったことはちょっぴり、ほんの少しだけ!!寂しいけれどしかたない。推し達のハッピーエンドが見られるなんてオタクにとって嬉しすぎて発狂案件である。当日は、俺1人ダンスフロアの隅っこで過ごす事にしよう。俺も、シルヴァに負けないくらい1人には慣れている。



「は?」

 シルヴァからの返答は短いものだった。
 シルヴァの部屋へいつものように向かい、定位置となりつつあるソファに腰掛け真正面のベッドに座るシルヴァに対し端的に「プロム一緒に行けなくなった」と伝えると、機嫌良く俺を部屋へ招き入れた人物とは思えない程シルヴァの機嫌は急転直下し、俺に対する返事も非常に短いものであった。
 約束を反故しようとする俺に対して苛立ちを隠さない態度のシルヴァに思わずお前をこれから誘おうとする恋する乙女がいるから、今回は引いてやるんだよと言ってしまいたくなる。

「なんで理由は」
「おっ……俺、ダンス誘わ、れて!!」

 普段より数段低い声のトーンでそう詰めてくるシルヴァに、怯えながらも言葉を紡いだ。これはシルヴァとプロムを行かない理由として本当のことではないが、誘われた事は事実なので嘘ではない。だが、なんとなく気が引けてシルヴァの目を見て話す事ができないでいると俺達の間には重々しい沈黙が静かに訪れていた。
 ますます気まずくなって、正面にあるはずのシルヴァの顔を盗み見ると彼は真っ直ぐ俺をただ見つめていた。そしてその長い睫毛の間から見える碧眼からはぽたぽたと涙が流れ出していたのだ。

「えっ!?」

 ギョッとして思わず声に出てしまい、それが見間違いでないことをシルヴァに近寄り彼の座るベッドに腰掛けて彼の涙を凝視した。まじだ、まじに泣いているよシルヴァ。

「アルスが好きなの僕でしょう」
「え、あ、いやそうだけどさ」

 どんだけ俺とプロム行く事を楽しみにしていたんだシルヴァ。
 普段ツンツンしているのに、俺とプロムに行けなくなっただけでボロボロと涙を流すなんてそこまでピュアだったとは。……いいや、純真だったのは知っていたはずだ。ピュアすぎてかつて彼は挨拶をしてくれていただけの女の子を好きになり、ピュアすぎて他の男と一緒になった途端殺そうとするような男である。

「アルスの好きが、そっちの好きじゃないのは知ってるけど弄ぶなんて酷い、だろ」

 ぺしょぺしょと涙の止まらないシルヴァの涙をハンカチで抑えてみるが、止まる様子はなくただ泣きながら俺を睨み付けるだけだ。

「人の事その気に散々させて、いざとなったら女なんかに……お前の事も殺したいと思えたらどれだけ、楽か」
「待って話し飛んで行き過ぎじゃない?」
「一番むかつくのは、そんなお前を殺したくないくらい入れ込んだ自分だ……殺せないくらいなら僕が死ぬお前が他の女と乳繰り合う姿見るくらいなら死ぬ……」
「待て待て待てごめんごめんごめんプロムやっぱ一緒に行こうなんかもうちょっとこれどうしよう」

 お前友達に向ける愛まで激重系男子だったのかよ。
 涙をボロボロ、口からは何かをボソボソと言いながら自分の顔に杖を向けて本当にかつてアーリア嬢に向けようとした攻撃魔法を放とうとするシルヴァの手を慌てて掴んだ。

「プロムだけじゃない、卒業しても仕事以外は僕とだけ一緒に過ごして」
「え仕事以外?う、うーん……」
「死ぬ」
「わかったわかったとりあえずすぐ杖を自分に向けるのやめなさい!!」

 なんだか色々プロムどころではなくなってしまった。
 こうなったらシルヴァの事を好きな女の子とその友達に申し訳ないと土下座をするしかない。仕方ないだろうその当人が俺とじゃないとイヤだというのだから。
 ……まぁ、シルヴァが俺のことを好いてくれているという事は正直嬉しい。俺を想って泣く姿も正直可愛いと想ってしまった。うん、なんだか胸がぽかぽかする。これが母性というやつなのだろうか。俺男なのに。

「墓まで一緒に居ると今ここで約束しろ僕以外の誰の元へも行かないと誓え」
「え、うん何だかよく分からんけどわかったわかった」

 勢いでとんでもない事を約束してしまった気がするが致し方ない。
 俺はシルヴァの見守り役だ。シルヴァの幸せになる事、シルヴァ推しの望む事は出来るだけ叶えてやりたいというのがオタク心というものである。

「誘ってきた女は、どこのだれなの」
「え、っとヴェルシール嬢だけど……」
「そう」

 ぺしょぺしょと泣き続けるシルヴァはまたそう短く返事をすると、俺にもたれてきた。泣き疲れてしまったのだろうか、俺はしょうが無いなと彼の背中をポンポンと叩いた。







 数日後、俺にダンスの誘いをしてきたヴェルシール嬢とシルヴァの事が好きだと聞いていたご令嬢が顔を青くさせてプロムについて謝罪をしにやってきた。余計な事を言った、全て忘れてほしいとだけ口早にいうと彼女達は俺と関わりたくも無い様子で早々に俺の元から去って行った。
 一体何が起こったのだろうか。役に立てなかった俺の方が謝罪すべきだと彼女達のあとを追おうとしたがすぐにシルヴァがやってきてその道は絶たれた。

「腕絡ませて歩かないでよシルヴァ、ちょっと歩きづらい」
「五月蠅い。お前は放っておくと変な虫がすぐ寄ってくる」

 俺自身、友達を作ると言うことに前世含めてなれていないのだが、シルヴァが以前よりも俺に身体を寄せて歩くようになった気がする。これって普通の友達の関係でいいのだろうか。

「……顔、近い」
「いいでしょ。僕の事アルスは好きなんだから」
「好きだけどさぁ」

 だってキスが出来てしまう距離にシルヴァの顔があることが最近多いのだ。いくら仲が良くても近すぎ、というか。
 近頃はシルヴァの周りによく集まっていた生徒達が俺達の……というか、俺に絡みつくシルヴァを見てどんどん離れていっている気がする。
 生徒離れについて指摘しても「どうでもいい」といって、俺から離れることをやめない。
 無事シルヴァをハッピーエンドに導けているのか不安が残るが、俺以外の友人がいなくなっていっても当の本人は今も嬉しそうに俺の隣を歩いているのでまぁ……よしとしよう。

ひとまず。とりあえず。



end
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

延春
2025.07.01 延春

ツンからの、涙ポタポタ、メンヘラ化にキュンとしてしまいました。素敵な作品をありがとうございます。

2025.07.02 はかまる

延春さん
ありがとうございます!
メンヘラ攻めを愛して下さりありがとうございます!わーうれしい;;
私の方こそご感想まで下さりありがとうございました…!

解除
ワン
2025.04.26 ワン

ぽたぽたと涙を流すシーンからの一連の流れが可愛くて、姿勢を正して読ませていただきました。彼らの今後はもちろんですが、話すようになってからの細かいお話が読める機会がありますととっても嬉しいです。

2025.04.27 はかまる

ワンさん
ご感想ありがとうございます!
姿勢を正して…!美しいお言葉ありがとうございます。元々続編を書かない前提の短編としてこちら書いたので色々端折って投稿したのですが、ご感想頂けてモチベもあがり中編くらいに書き直しても良いかもしれないと思っているのでまたご機会ございましたらよろしくお願いします。

解除
j
2025.04.17 j

すごく可愛い作品で大好きです❤️😍
ぜひ続編も書いて欲しいです😭😭

2025.04.17 はかまる

jさん
わー!話を褒めて下さりありがとうございます🙇‍♀️
とても嬉しいです!続き要検討していきますありがとうございます😊

解除

あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

αとβじゃ番えない

庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。 愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

俺に告白すると本命と結ばれる伝説がある。

はかまる
BL
恋愛成就率100%のプロの当て馬主人公が拗らせストーカーに好かれていたけど気づけない話

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。