トラウマを抱えたDKがトイレに入れない話

第二章

3

　やばい。やばいやばいやばい。
スニーカーが地面を踏む音。明らかに誰かいた。そして、見られた。
　今、何でもないような顔をして授業を受けているけれど、頭の中はその事ばかり。
　早く誰があの姿を見たのか、探さなくては。噂というものは、目にもとまらぬ速さで広がっていく。女子の場合はそれが顕著に現れる。あんなところで小便してた、だなんて話のネタ、黙っている人間の方が少数だ。
（おわった…）
明日からの学校生活、どうしよう…

　だなんてのは結局杞憂で。驚くほどいつも通りの日常生活を、翌日も、翌々日も送ることが出来た。優しい人がいたものだ。でも、もうあそこで用を済ませるのは辞めよう。せっかくの場所だったんだけども、仕方ない。



　もじもじ、そわそわ…
　せわしなく膝を摺り合わせたり、太ももあたりのズボンをギュッと握りしめているのは、隣に座っている奴。かれこれ2時間前からその状態だ。
　あの日からおよそ1週間後、このように落ち着きのない彼を見ることが増えた。まあ、勘づくだろう時間にはもう下校時間であることが多いから、他に気にする奴はいなかったけど。
　でもそんな日が続くわけ無い。体調だって毎日変わる。およそ8時間も我慢し続けるのは至難の業だ。現に、今日は早くも2時間目でその兆候が現れてきている。やっぱり俺が見てしまったせいなのか…?あれからあの教室に行っているところを見ないし、水分をとっていないからか、顔色が悪い。
2時間目が終わった後。
「時田ー、小便いこーぜー」
「っ…俺はいーやー」
予想通り、断られてしまう。何でだよ、そう出かかった言葉をしまう。
（なんだよ、何で行かないんだよ…)
イライラする。もう知らねえ。教室で漏らすなり何なり勝手にしやがれ。

…と思ったけれど…
ギシ、ギシ…
だんだん曲がる背中。お腹を抱え込んだ左手で見えないけれど、右手はソコを握っているのだろう。顔色もいつぞやに見たように真っ青で、病人みたい。
「ぁ…」
　バチリと目線がかち合う。慌ててソコから手を離し、ペンを持つ。しかし1分も経たないうちにまた手が見えなくなる。
　確信した。最近見た不調はただ小便が漏れそうなだけってことを。
（知らねえからな…たまたま行かなかったお前が悪いんだろ…）
心ではそう思うのに、やはり親密度の高い友人。どうしても放っておけない。
（あ～も～…）
「おい、時田、小便だろ…さっさと行け。漏らすだろ」
小声でそういうとビクリと背中が跳ねる。ゆっくりとこちらを向く目は、どこか不安げで。泣きそうな目でふるふると拒絶の意を見せてくる。
「っ～…お前隣でモジモジされると気が散るんだよ…迷惑だってこと」
ああ、もうそんな顔するなよ。俺が悪いみたいじゃんか。涙をいっぱいに溜めて、子供みたいにソコを押さえて。
（…しょうがねえ…）
「せんせー、時田すっごい貧血ぽくてー、保健室連れてって良いですかー」