【完結】初恋相手と祠の呪い

ずー子

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「あー…」
 声がかすれる。稲穂の揺れる通学路を歩きながら伊織は思った。
(まあアレだけ声出せばそうなるか…)
 昨日はなんとか家に帰ったけど、さすがに2日連続泊まるのは、いかに地主の広い家であっても、東京から来た伊織には馴染まない。どんなに家の人がいいと言ってもだ。田舎の人というのは、一度身内と認めたら、とことん世話を焼く。
「伊織、おはよう」
 後ろから声をかけられる。
「ああ、おはよう」
 クラスメイトの聡介だ。
「昨日はよく寝れた?」
「まあ……な」
 少し言葉を濁してしまう。
(昨日、シたのお前とじゃん…)
 さすがに2日連続は……と断ったのだが、『俺がしたいんだ』と言われて押しきられた形になる。そのまま泊まるように言われたのを振り切って帰ったが、目を閉じると思い出してドキドキして寝付けが悪かった。
(なんか最近、おかしいんだよな)
 今までこんなことなかった。男も女も関係なく、性欲なんかとは無縁で生きてきたのに。
(聡介が変な匂いさせてるからかな……)
 この男から妙にいい匂いがするせいだ。甘くて、でもくどくはない香水みたいな不思議な匂いだ。そんな考え事をしながら歩いていると、後ろからそっと腰に手を当てられる。
「!」
「腰、辛くないか?」
「……っ、だ、大丈夫だ!」
 耳元で囁かれる。ぞわりとする感覚に思わず飛び上がりそうになる。耳が熱い。
「え、えーっと……」
 聡介の顔が近い。腰に回された手が妙にいやらしく感じる。居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、つい立ち止まってしまう。
(な、なんだこれ……なんか変だ)
「どうかした?」
 聡介が不思議そうに聞いてくる。伊織は慌てて首を振ると、そのまま歩き出す。
「…なんでもない」
 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。心臓の音がうるさいくらい高鳴っていた。
***
 この田舎には子供の頃、夏休みの間だけだが毎年遊びに来ていた。今思えば両親も働いてて東京の家に残すより、こちらに行かせた方が楽だったんだろう。
「ねえ、君、名前なんていうの?」
「……え?俺?」
「うん」
「いおり」
「へぇ…かわいい名前。よろしくね」
 それから毎年夏休みにこの田舎に遊びに来るようになった。そして、ある時を堺に、来なくなった。その理由はなぜか靄がかかったようにうまくわからないでいる。
(あれ…なんで忘れてたんだろう)
 俺はぼんやりと考える。
「伊織、どうしたの?」
 聡介が不思議そうに聞いてきた。伊織はハッとして慌てて首を振る。
「いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ」
「そう、ならいいけど」
 聡介の口調は穏やかだが、どこか含みがあるような気がした。
「じゃあ、また帰りにね」
 学校に着くと聡介はそう言って自分の席へと向かっていった。人当たりの良く優等生の聡介は男女問わず慕われている。伊織はその後ろ姿を見送りながらため息をつく。
(あいつ……なんか変……)
 昨日もそうだが、やたらと距離が近い気がする。腰に手を回すのは当たり前、肩を抱くのは当たり前で、人がいないと分かれば隙あらばキスしようとしてきたり、抱き寄せてきたりする。まるで恋人同士のような振る舞いに戸惑うばかりだ。
(俺、男なのに……)
 それに、周りも何も指摘しない。まるで当たり前のような雰囲気で、誰も止めようとしない。何より、伊織自身も、落ち着かなさはあるが、拒絶する気持ちにはならないのが問題だった。
「……っ」
 思い出すだけで顔が熱くなるのがわかる。
(なんで、あんな事……)
 一昨日、聡介に抱かれたことを思い出す。優しく愛撫され、何度もイかされて、最後には意識を失うように寝てしまった。そのせいか朝起きると身体中が痛かったし、喉も少しかすれていた。多分、あれからずっとだ。だから昨日は頑として泊まらなかった。
「はぁ……」
 思わずため息が出る。
(あんなの毎日してたら…おかしくなる…)
 そう、あんなの毎日されたら身体が持たない。でも、聡介が求めてくるなら仕方ないとも思う自分がいた。
(俺、なんで受け入れてんだろ……)
 わからない。ただ、聡介に触れられるとドキドキしてしまうし、もっと触れて欲しいと思う自分がいた。
(あー!もう!どうすりゃいいんだ?)
 頭を抱えているとふいに誰かに肩を叩かれた。
「伊織くん、大丈夫?」
「え?……あ、ああ」
 振り向くとそこにはクラスメイトの女子が立っていた。彼女は心配そうに覗き込んでくる。
「なんか今日変じゃない?」
「別に……」
 伊織は誤魔化すように首を振る。だが次に言われた言葉に思わず声を荒げた。
「聡介呼ぶ?」
「はぁあ??」
「だって、なんか元気ないし」
 彼女はそう言うと聡介の方を見た。俺もつられてそちらを見るが、彼は相変わらず涼しい顔をしてクラスメイトと会話をしている。
「……呼ばなくていいから」
 伊織は小さく答えると、そのまま机に突っ伏した。
(なんで……)
 どうして自分がこんなに動揺しているのかわからなかった。ただのクラスメイトにしては近すぎる距離。慣れてはいけないと、頭のどこかでわかっていて、胸が苦しいような切なくて泣きたい気分になった。
***
「帰ろ?伊織」
 放課後になると、いつものように聡介が迎えに来た。クラスメイトの女子に声をかけられているのをやんわり相手していたところを見て、なんとなくモヤっとする。
「聡介くん、伊織くんのこと好きすぎじゃない?」
 直球な問いかけに、思わずビクッとする。
「うん」
 聡介はあっさりと肯定した。
『伊織は転入生だから、この辺りのことよく分からないだろう?俺が面倒見ないと』
 かつてそう言っていたはずなのに。直球すぎる答えに、またドキドキしてしまう。聡介は伊織の手を握ると歩き出す。クラスメイトの女子はその様子を呆然と見送るだけだった。
***
「なあ、お前……よくあんなこと人前で言えるよな……」
 帰りの道すがら伊織は気になっていたことを聞いた。すると聡介は少し不思議そうな顔をして聞き返してきた。
「あんなことって?」
「その、俺のこと好きすぎるとか……そういうこと」
 自分で言うのが恥ずかしくてつい口ごもってしまう。だが、聡介は気にすること無く続けた。
「だって本当のことだろ?」
「……っ」
(なんでこいつはこう……)
 思わず頭を抱えた。すると、聡介は伊織の顔を覗き込んできた。
「伊織は俺のこと嫌い?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ好き?」
「……っ」
 ストレートな質問に言葉が詰まる。顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろうと思う。そんな伊織を見て聡介は小さく笑った。そして耳元で囁くように言う。
「可愛い」
「!」
(またそういうこと言う)
 ますます恥ずかしくなる。そんな伊織をよそに聡介は続けた。
「ふふ、赤くなった。可愛い」
「う、うるさ、お前が、変なこと言うから……」
「変なこと?」
「す、好きだとか……そういうこと言うからだろ」
「伊織は、好きって言われるの嫌?俺は好きだよ。伊織のこと好き」
「……」
(こいつ……)
 恥ずかしげもなく言ってくる言葉に顔が熱くなる。
「ねえ、伊織は?」
「……っ」
 じっと見つめられて思わず目を逸らす。だが、聡介はそれを許さないと言うように顎を掴むと無理やり視線を合わせてきた。そしてそのまま顔を近づけてくる。唇が触れる直前で伊織は慌てて言った。
「…ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
「その……ここじゃ……」
「外じゃなければいいの?」
「……っ」
 伊織は顔を真っ赤にしたまま俯く。通学路でなんて、通る度に思い出しそうで怖くなった。その様子に聡介は目を細めると、そっと手を引く。
「どうせみんな見てないよ?」
 稲穂が続く道で、確かに人通りはほとんどない。だけど、伊織は流されるままの自分に抵抗したかった。そうでないと。
「伊織が嫌ならやめるけど…」
「……嫌じゃ……ないけど…」
 消え入りそうな声で答えると、聡介は嬉しそうに微笑んだ。そして、そのまま手を引いて歩き出す。繋がれた手から伝わる温もりに胸が高鳴った。
(なんで俺、こんなこと受け入れてるんだろ……)
***
 手を引かれるまま大人しくついていくと、連れてこられたのは神社だった。社務所の裏手側に回り込むと、聡介はゆっくりとこちらを振り向く。
「ここもウチの関係だから。安心して?誰も来ないよ?」
「……」
(そういう問題じゃないんだけど……)
 心の中でツッコミを入れるが、口に出す前に唇を塞がれた。
「んっ……」
 最初は触れるだけだったキスが徐々に深くなっていく。舌が絡み合い、唾液を交換するような激しい口付けに頭がボーっとしてくる。
「ふぁっ……んんっ」
 息苦しくなって思わず声を上げると、聡介はゆっくりと顔を離した。
「伊織可愛い。東京で、こういうことしなかったの?」
「……う、うるさい」
「ふふ、そっか。俺が初めてなんだね」
 聡介はそう言うと嬉しそうに笑った。そして、再び唇を重ねてくる。
「ん……んぅ……」
(やばい……これ……)
 頭がボーっとしてくる。気持ちいい。伊織は口を開いて聡介を迎え入れる。舌が絡み合い、腰を引き寄せられる。密着した身体の熱が気持ち良い。伊織はすがりつくように聡介の背に手を回してキスを受け入れていた。
「はぁ……ん……」
(やばい、これ、癖になりそう……)
 キスだけでこんなに気持ちいいなんて、聡介とするまで知らなかった。夢中になって聡介を求めると、聡介もまたそれに応えるように激しく舌を絡めてきた。歯列をなぞられ上顎を舐められると背筋がゾクゾクするような感覚に襲われる。
「んっ……ふぅっ」
 息継ぎの合間に甘い声が漏れる。頭がボーっとしてきた頃、ようやく解放された時にはすっかり蕩けた顔になっていた。
「可愛いよ、伊織」
「……うるさい…」
「ここでする?外でしたい?」
「馬鹿!帰る!」
 伊織は慌てて聡介から離れると、そのまま早足で歩き出す。顔が熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。心臓の音がうるさいくらいに鳴っていた。
(なんで……こんなになってんだ?俺)
 自分でもわからない感情に戸惑うばかりだ。
***
 伊織が去ったあと、聡介は社務所の裏手に立っていた。その視線の先には、伊織が去った方向がある。
「ふふ」
 聡介は小さく笑う。そして、そっと自分の唇に触れた。
「可愛い、伊織…」
 そう呟くと、目を社務所の奥へと向ける。夜には光も入らない、暗い闇の向こうには、関係者以外入ってはいけないときつく言われている場所がある。その奥に、かつて自分も足を運んだ祠があった。
『たすけて…!おんなのこが…!』
 都会から夏にだけ来る子だった。色白で黒目がちの目の、どこか謎めいた、きれいな子。聡介は未だにあの夏の夜のことをよく覚えている。
『まだいるの…たすけて!おねがい!』
 潤んだ目で訴えてくる子に、聡介は手を差し伸べた。
『まかせて』
 抱きつかれた瞬間、時間が止まった気がした。
それから何年経っただろうか。あんなに小さかった男の子が、夏しか会えなかった子が、今、自分のすぐ側にいる。
「これも、俺が、ちゃんと次期当主の『お務め』を果たしているお陰かな?」
 目を細め、聡介は笑った。
***
「はぁ……」
 伊織はため息をつくと、ベッドに倒れ込んだ。
(なんか……疲れたな)
 あの場所から戻ってからずっと調子が悪い気がする。身体がだるくて重い。風邪でもひいたんだろうか?
「あー……」
 頭がボーっとする。熱でもあるのかと思い額に手を当ててみるが特に熱くはない。ただ、なんだか妙に落ち着かないのだ。まるで何かを忘れているような、大事なことを忘れているような感覚だった。だがそれが何なのか思い出せない。
(なんだろう……この感じ…)
 伊織は身体を起こすと、部屋の中を見渡す。特に変わったところはない。
 だが、この違和感はなんだろう。
 何か、とても大事なことを忘れてる気がする。どうしても思い出せない。それが歯痒くてもどかしい。
「なんなんだよ……」
 思わず呟くが答えは返ってこない。伊織は再びベッドに横になると目を閉じた。熱を出す身体は、自分を取り巻く何かから抗うようにさえ思えた。
***
「まだ熱っぽいね」
 お見舞いに、と現れた聡介は苦笑いしながらそう言うと、そっと額に手を当てる。ひんやりとした手が気持ちいい。
「ん……」
(あれ?)
 俺はふと疑問に思う。
「お前……手、冷たくね?」
「そう?」
 聡介は首を傾げると自分の手を見つめる。その仕草はどこか子供っぽくて可愛らしい。だが、すぐにいつもの表情に戻ると、そのまま俺の頬を撫でてきた。その手がひんやりとしていて心地良い。思わず擦り寄ると、彼はクスッと笑った。
「猫みたいだね」
「うるせ……」 
 恥ずかしくなってそっぽを向くと、聡介が耳元で囁いてきた。
「可愛いよ、伊織」
「……っ」
 思わず顔が熱くなる。聡介はそんな伊織を見てまた笑った。甘い雰囲気に居た堪れなくなる。だが、脳裏に浮かんだ記憶の欠片のせいで、去り際の聡介に伊織はこんなことを口走った。
「なあ、聡介。俺とお前って、どこかで会ったこと、あるか?」
「……え?」
 問いかけに聡介の動きが止まる。その表情は真剣そのもので、いつもの余裕のある態度からは程遠かった。
「いや……なんかさ……」
 慌てて取り繕うとするが上手く言葉が出てこない。すると、聡介はゆっくりと顔を近づけてきた。そして、伊織の耳元で囁いた。
「伊織」
 その声色に背筋がゾクッとした。だが同時にどこか懐かしいような気持ちになったのも確かだった。
「毎日学校で会ってるだろ…?」
「っ!オイ!」
 意味深な言葉と共に耳に息を吹きかけられ、伊織は慌てて飛び退いた。だが聡介はそんな伊織の反応を楽しむかのようにクスクスと笑っている。
「ふふ、冗談だよ」
「……っ!」
(こいつ……)
 からかわれている。それがわかっていてもつい反応してしまう自分が情けないと思う。
「治ったら話してあげるよ?だから早く良くなって?」
 そうしないと俺も無理させられないしと今度は『そういう意味』を孕んだ視線で見つめてくる。
「な……!?ば、ばか!」
 思わず絶句する。そして、そのまま逃げるように部屋の扉を閉めた。
(あいつ……絶対わざとだ……!)
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