セクハラ疑惑で追放された俺と追放した勇者の両極端英雄録〜こっちは新しいギルドをつくるから、お前らは俺抜きで1から頑張りな〜

U輔

文字の大きさ
4 / 32

第4話 マティーファと「暮れずの黄昏」ギルドマスター・トワイライト

しおりを挟む
 》

 私はトワイライトの執務室に入り、扉を閉めたあと、手元を見ることすらせずに、備え付けの鍵を、後ろ手のままかけた。

 そんなことをしなくとも、もはやあの男──ドゥーン・ザッハークは、この部屋に入ってきたりはしないでだろうが、念のためだ。
 私は手探りで、二度三度と、執務室の扉がしっかりと施錠されていることを、入念に確認する。

 間違いなく、閉まっている。そして扉の向こうからは、まるで力を感じない足取りで、ドゥーンが館の出入り口方向へと、遠ざかって行く足音が聞こえた。

 ……勝ったわぁ……!

 勝った。間違いなく、勝った。

 苦節三年。私がナンバースリーに上り詰めてからなら、丸二年だ。
 実力も伴わず、ろくな戦果を上げず、トワイライトからの信頼だけを根拠にギルドの上に居座りつづけた男の牙城も、今日で終わった。

 セクハラの証言はともかく、確固たる証拠集めには苦労したが、それに見合うだけの成果であると言っていいだろう。
 何せあの男、あれで本当に隙がない。

 戦闘訓練ともなれば、注意力散漫でこちらの打撃を一方的に受けるような男の、どこにあれだけの警戒心が備わっていただろうかと、本当に疑問だ。
 保身のために、あれだけの隙のなさを発揮できるなら、なぜ普段の戦闘でそれを行えないのか。
 こうして考えてみると、本当に最低な人間だった。もう会うこともないだろうと思うと、心から歓喜が湧き上がってくる。

 ともあれ、これで「暮れずの黄昏」のナンバーツーは、この私だ。
 否。もとより実力も人気も、私がナンバーツーだった。その順序を狂わせていたのは、ひとえに、あのドゥーンという男が、トワイライトの幼馴染であり、親友であったという、その一点だけ。

 そのドゥーンが消えた今。
 今日より、トワイライトの隣に立ち、前線都市第四位ギルドを率いていくのは、この私、マティーファ・ギブソンだ。

 私は扉から手を離し、正面に顔を向け、そこにある執務机に着く金髪の美丈夫を見据え、言った。

「──トワイライト! おめでとうございます、ついに……ついにあの男を、ギルドから追い出しましたのねぇ!」

 》

 こちらの言葉にトワイライトは、特に感情のこもらない、淡々とした拍子で、ただ答えた。

「マティーファか」

 そう言って私へと顔を向けるトワイライトの顔には、やはり特段、浮き上がった感情はない。
 トワイライトは、普段よりあまり感情を表に出そうとしない。
 だからこれはこれで正常なのだが、心の内が読めない、というのは、どうにも座りの悪いものだ。

 そんなこちらの心情を知ってか知らずか、トワイライトが言う。

「別段、おめでたくはない。犯罪者に成り下がったとはいえ、生来の親友をひとり失ったのだからな。本当に、どうしてこうなってしまったのか。己の不甲斐なさで潰されそうだよ」

 そう言いながらトワイライトは、机上にある書類を適当につまみ、目をすがめながら、その内容に目を通す。

「気にすることはありませんわ。あの男、自らの行いを露見させんとする手際に関しては、本当に見事でしたもの。その相手が、ギルドの全権を担うトワイライトであるなら尚更。他の誰がマスターであったとしても、ヤツの行いを断罪することは難しかったでしょう」

「だが、君はやれた」

「しかしそれは、トワイライトの力ですわ。被害者の皆は、相手が最古参のドゥーンであったことで、口をつぐんでしまっていた様子でしたから。皆の話を親身になって聞くことのできた私が、皆の身の安全を保障してあげられる立場であったこと。それは、間違いなくあなたの慧眼あってのことですもの」

 実際は、私に心酔するメンバーを集めた、いわば「ギブソン派」とでも呼ぶべきものたちに、あることないこと含めた証言を提出するよう求めたのみなので、そう苦労することはなかった。

 本当は、私から見て明らかに「ドゥーンを快く思っていない」であろう古参メンバーたちにも、内密に声をかけていたのだが、どうしてかそちらは、証言の集まりが悪かったのだ。
 そちらが万事うまくいっていれば、嘆願書の数は今の三倍くらいにもなっていただろう。
 ギブソン派のみならず、古参メンバーの証言も加わるとなれば、ギルドからの追放と言わず、直接憲兵局を動かせたかも知れないのだが……まあ、そちらはドゥーンが、よほどうまくやっていた、ということだろうか。

 私の言葉に、トワイライトは何事かを考えていた様子だった。
 しかしやがて、

「君がそう言うのであれば……まあ、そうなのかな」

 そう言って、トワイライトは椅子の背もたれに体重を預け、天を仰いだ。

 ……万事好調……!

 かつてのドゥーンへのものほどではないにせよ、トワイライトは、私へと完全に信を置きつつある。

 序列第四位ギルド、「暮れずの黄昏」。
 他のランカーギルドに比べれば、新興のギルドであるにもかかわらず、圧倒的な任務成功率と、何よりマスターであるトワイライトの急成長により、ここまでのし上がってきた、今大陸で最も注目を集めているギルドだ。

 トワイライトの強さに惹かれたメンバーが集まっているため、種族的にも戦種的にも、層の厚さはかなりのものだ。
 ゆえに任務を選ぶことをせず、あらゆる地形・戦場・魔獣に対し、有利をとった戦いを繰り広げる。

 他のギルドに比べれば、「英雄級」とされる開拓者の数は少ないものの、幽鬼種のキャスリンを始めとして、エドガー、リーリア、シュラウドなど、個人個人を見てみれば、大手ギルドが手放しにうなりをあげる程度に、粒は揃っている。

 そんなギルドの中枢に、今日、私が組み込まれた。
 今まではトワイライトとドゥーンが、ギルドの実権をほぼ掌握していたが、これからは、トワイライトと私が、このギルドを回していくのだ。

 大陸で最も新しい英雄譚の、その中心に、今、私は立っている。

 ゾクリ、と。

 背の翼の表面が、泡立つような錯覚を覚え、私は身震いをした。

 私は、椅子に座って天を仰いだままのトワイライトを見て、言う。

「トワイライト、気落ちすることはありませんわ。ドゥーンがいなくなった今、このギルドの中枢はあなたと私。共に励み、大陸の平和を取り戻そうじゃありませんか」

 もしも人類100年の悲願である、全大陸の奪還が、今代の「暮れずの黄昏」によって、成し遂げられたとするならば。
 私たちの名は、永久に大陸史に語り継がれていくことになるだろう。

 今はまだ第四位だが。それほどまでに眩い輝きを放たんとする原石こそが、このトワイライト・レイドという男なのだ。

「そう……だな。ああ、その通りだ。俺たちは『虚構領域』の魔獣を討ち滅ぼし、大陸を人類の手に取り戻さなければならない……」

 そう言うと、トワイライトは、唐突に立ち上がった。

「あら、トワイライト、どちらへ?」

 かたわらにあった剣を手に取り、どこかへと出かけるそぶりを見せるトワイライト。
 私はすかさず、ラックにかけてあった黒の外套を手に取り、それをトワイライトへと差し出した。
 それは防寒のため、というよりも、仰々しい甲冑を隠すための、マントのようなものだった。

「何、必要なことをしに、な。多分今日は戻らない」

「私もご一緒しましょうか」

「いや、君はもう上がってくれ。色々なことは、明日から、だな」

 そう言ったトワイライトは、私から外套を受け取り、急ぐような足取りで、執務室を出ていってしまった。

「……明日から……」

 明日。
 それは、ドゥーンがいなくなり、自分がギルドのナンバーツーにのし上がり、これからの「黄昏」を率いていく、そのスタートとなる日だ。

 それを思うと、否応のない胸の高鳴りが、さらに早鐘を打つように、リズムを早めていく。

 と、

 ……あら?

 そこで私は、気がついた。

 トワイライトが出ていく際、腰に佩いていった剣。
 あれは確か、

「……ドゥーンが使っていたもの、だったわよねぇ……?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...