セクハラ疑惑で追放された俺と追放した勇者の両極端英雄録〜こっちは新しいギルドをつくるから、お前らは俺抜きで1から頑張りな〜

U輔

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第9話 マティーファと凋落の始まりと大規模討伐とフィギュアの話

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 》

 確かに、武具の発注はしていた。

 だがそれは、目的あってのことだ。わがギルド「暮れずの黄昏」が、さらなる高みへと駆け上がるための、その布石だ。

 一体、何がいけなかったのか。
 否、いけないことなどない。

 今私がいるのは、王都の北方だ。
 より正確には、はるか昔、聖魔戦争より前には「吸血伯爵」などと呼ばれる領主が悪政を敷き、その末に人間が立ち入ることのできない魔性の地と化したのだとされる、かの大湿原、「無言の底沼」。そこへと通じる、街道沿いの森の中だ。

 すでに魔獣の討伐が完了し、「照覧領域」となっていたはずのこの地。
 ここに、新たに「大魔獣」出現の兆候が検出されたというのだから、「黄昏」としては、これを新たな門出の出発点とすることに、なんの否やもない。

 ただし、これほどの大物を狩るための、その準備期間が、うちのギルドにはほとんど与えられなかったのは、完全に私の想定外だった。

「……まあ、余程のことがなければ、大丈夫だとは思うけれどぉ……?」

 この一連の流れの始まりは、果たしてどこだったのだろうかと。私は、つい一週間ほど前のことを思い出す。

 》

 私はそのとき、ドゥーンを追い出し、ギルドの立て直しを図り、しかしトワイライトがいつもどこかへと出掛けて行ってしまっていたため、各種引き継ぎと各直轄機関とのコネ作りに、忙殺されていた。

 そんなときだった。かねてより発注し、待ち侘びていた、「紅蓮の釜戸」製の各種武装、鉄鋼品類が、一気に納品されたのだ。

 色々と、忙しくはあった数週間ではあった。
 だが、かの「紅蓮の釜戸」が誇る熟練の職人たち、彼らがつくった、「開拓者」の戦闘力を一段も二段も引き上げるとされる、高品質な武具たちがようやっと届いたことで、私は安堵の息を漏らしていた。

 ……あとはトワイライトが戻ってくれば……!

 私が理想とする、新たな「暮れずの黄昏」の第一歩が、ようやっと踏み出せる。

 そう思っていた時だった。

『えー、あの、助力を願えませんか、ギブソンさん』

 それは、やたらとダサいメガネをかけた、長身の役人だった。

 その役人は、私が「紅蓮の釜戸」からの荷物を受け取り、その目録を確認しているとき、唐突にギルドへとやってきて、こう言ってきたのだ。

『えー、はい。近日、王都近郊にて、極秘の魔獣討伐案件が発生します。調査隊によると、その魔獣の存在が確認できたのはほんの数日前ですが、脅威度としてはすでに都市級を超えることが確実視されているそうで。王都はこれの討伐を、各前線都市の有力ギルドに依頼。わがブルーフレアからは、第七位の「ライジング・フューリー」が出ることになっていたのですが、はい』

 役人は、しかし、と続ける。

『これが突如として、えー、作戦への参加を辞退。その代替として、複数の関係者がですね、あなた方の「暮れずの黄昏」を推してきていると、そういう事態でして、はい』

 複数の関係者って誰だよ、と思ったが、私はその言葉をどうしかして飲み込んだ。

 何せこの男、最近統括局へと配属された、将来の幹部候補だ。

 四大「元」貴族にこそ連なる家柄ではないが、地方によっては同等以上の影響力を持ち、高官を多数輩出してきた、由緒ある家柄の次男坊だ。

『無論、私どもといたしましては、えー、そうですね、突然のことでもあるので、断られても仕方なし、と考えていたのですが。しかし……』

 そう言って男が視線を向けたのは、今しがたギルドに納品され、館前に積み上げられたばかりの、「紅蓮の釜戸」製高品質武具の数々、それらが収まった十数個もの木箱だった。

『……えー、はい。さすがですね、「天翼無双」とも呼ばれる、最前線の英雄は。もしかしてこの情報を、いち早くどこかから入手されていたので?』

 ……そんなわけないじゃなぁい。

 思ったが、しかし言えない。

 この男の存在は、私が忙殺されてまで欲しがっていた、統括局とのコネそのものなのだから。

『いえ、えー、はい。大丈夫です。「黄昏」ほどのギルドともなれば、公僕に言えない情報源のひとつやふたつ、あって然るべき。推薦者の中に、あのクソ兄妹の名前もあったので不安を感じていたのですが、どうやら杞憂だったようです』

 何か知らない間に話が盛られていくが、私はどうしたらいいのだろう。

『であれば、えー、一週間後。王都北方、かの「吸血伯爵」が治めたとされる大湿原、「無言の底沼」で、お待ちしております』

 》

 と、そのような流れがあり、ほとんど準備期間を設けられないまま、この湿原へとギルドを引き連れてやってくることになったのだ。

 無論、此度の作戦を説明した際、ギルドの古参メンバーには、少々怪訝な顔をされた。
 その上、ことここに至ってもまだ、トワイライトが消えたままである、というのも、作戦の不明瞭さに拍車をかける。

 だが、ドゥーンとトワイライトがいない状態で、ギルドの戦力をうまく回すことができたなら、この戦いが、新たな「暮れずの黄昏」の門出として、十分以上の皮切りとなることは、誰の目にも明白だ。

 第一、この戦いには、幾つもの有力ギルドが、合同作戦として参加することが事前に通達されている。万にひとつも、不安はないはずなのだ。

 序列第二位、「天球組合」。第八位、「ムトー連合」。
 二桁のギルドからも、「星海」や「第八ヴィシャス」、最近よく名前を聞く、「灰色の灯籠菴」なども、リストにその名前を連ねており、突発的に生じた「大魔獣」案件に、関係省庁がどれだけ力を入れて対応したのか、ということが、この過剰とも言える戦力の投入具合に、透けて見えてきていた。

 だが、気になることがひとつ。

 成功を約束されているとはいえ、失敗すれば王都をも侵しかねないこの大災害に、ランカーでもない無名ギルドが、ひとつ、名前を連ねていたのだ。

 事前通達にあったリストにおいて、異常とも言える存在感を放つ名前。

 我が「暮れずの黄昏」への挑戦状とも言っていい、不遜たる態度を隠そうともしない、その名前。

「よォ、元気か。あんま眠れてねェそうだが」

 そう言って、メンバーの配置状況を直接確認していた私に、声をかけてきたものがいた。

 ギルド、「明けずの暁」ギルドマスター、ドゥーン・ザッハークであった。

 》

 ドゥーンが顔を出した瞬間、私の眼前に、影が躍り出てきた。

 それは、私専属の情報収集員として活躍してくれている、身長約三十センチほどの妖精種の女の子だった。
 名前は「ウルティマ」。ギルドのメンバーとしては新参の方だが、私と同じく、ドゥーンには人一倍強い敵愾心を抱いている少女だ。

「ドゥ、ドゥーンさん! マティーファさんに、近づかないでくだ、さい……!」

 ウルティマはそう言って、普段は決して見せないような鋭い視線を、ドゥーンへと向ける。

「あァ?」

 対し、ドゥーンは怪訝な顔で、妖精種の小さな姿を見据える。
 そこにはさしたる感情の揺らぎはなく、ドゥーンにとってはただ単に、何か邪魔なものが視界を遮ったな、くらいの軽い反応だったのだろう。
 しかしウルティマは、ドゥーンの軽い言葉に一瞬で気圧され、首を巡らせて、こちらへと視線を向けてきた。

「ま、マティーファ、さぁん……!」

「……ほら、負けないでぇ。私を守ってくれるんじゃないのぉ?」

「そ、そうでし、た……!」

 普段であれば可愛い可愛いと愛でてやるところだが、今はドゥーンが目の前にいる。それはつまり油断をすれば下着を抜かれるということだ。目の前から視線を切ることは、即、死に直結する。

 ウルティマが言う。

「な、なんの用ですか、ドゥーン、さん……!」

「……あー、その、なンだ、フィギュア少女よ。俺はマティーファに話が……いや、実のところ話なんてねェンだが、まあ、テンションで話をしにきた。ちょっとどいててくれねェか」

「だ、誰がフィギュアです、か……!」

 ウルティマが懸命に反論をする。
 だがドゥーンは、

「そりゃあんたのことだろーがよ。よく売れてンぞ、寝てるあんたから型をとって量産した、一分の一スケールフィギュア、『マジモン』シリーズ。出来を見た歴戦の原型師が、尻から脚のラインを見て全員膝から崩れ落ちた。あれは圧巻だった……」

「ま、マティーファさん最悪ですよこの人ー!」

 珍しくハキハキと喋るウルティマが助けを求めてくるが、私としては目を逸らすしかない。なぜって一体持っている。

 ウルティマが、改めてドゥーンの方へ向き直り、叫んだ。

「せ、正当な権利を要求、します……! そのシリーズの販売を、即刻、ちゅ、中止してくだ、さい……! でなければ、その、ひ、ひどいことをしますよ、このマティーファさんが……!」

 おい、とツッコミそうになるが、まあ、「ギブソン派」の女性たちとは、ある意味そういう契約で繋がっているようなものなのかもしれない。
 ドゥーンの追放もその一環であることだし、ドゥーンへの各種復讐は、私にとって、そんな彼女たちに対する義理であり、義務だ。

 なぜか、古参メンバーや、ウルティマのようにドゥーンの奇行の被害を受けたものたちの一部は、ドゥーンの脱退を聞いたとき、「え、マジで追い出したの?」という反応をしていた。
 だが、それでも未だ多くのものたちは、受けた被害相応の、ドゥーンへの復讐を真にのぞみ、私へと期待を寄せてくれているのだ。

 このちょっと丸投げ気味な、ウルティマの視線もその一環。だったら私は、彼女の後ろ盾として、胸を張っているだけだ。

「ど、どうですか、怖くない、ですか……!? 怖いなら怖いと、言ってくだ、さい……! そうでなくちゃ私が怖いです、から……!」

「……あー、フィギュア少女。いや、ウルティマよ」

 ドゥーンが言う。

「正当な権利、って言うけどな。俺としては、あんたには最低限の義理は、果たしているつもりなンだけどな」

「な、何を勝手、な……! 自分のフィギュアがいつの間にか量産されて、シリーズの数が半年で三十を超えた妖精の気持ちが、あなたにわかります、か……!」

 それは確かにちょっと私にはわからないわぁ、と私は思う。

「いやでもな、ウルティマ。フィギュアの売上げ、その純利益の七割は、あんたの口座に振り込んでるぞ。それを差し置いて『正当な権利は受けてない』ってのは、ちょっと暴論じゃあねェのか」

「な……!」

 ウルティマが驚愕の声をあげる。そんなものが振り込まれてるなんて知らなかったのだろうか。

「あ、あのお金は、そういう……!」

 知ってたんかい。

 ドゥーンが言う。

「あんた最近、ブルーフレアの一等地に、一軒家を買ったそうじゃねェか。しかも妖精種用の狭小住宅じゃなく、普通の人間サイズのやつ」

「あ、あれはだって、妖精種用だと売値が極端に下がるん、ですよう……! 資産運用を考えたなら、人間用がベストなん、です……!」

「そうか。おいくら万した?」

「あ、いえ、その……! だって私、そんなお金だって知らなかった、から……!」

「他にもいくつか、不動産に手を出してンなァ、あんた」

「えー、その、なんです、そのー……マティーファさぁん!」

 こっちに振らないでちょうだぁい。
 しかし、ひとつ気になることがある。助け舟になるかはわからないが、つついてみようか。

「ちょっと、ドゥーン・ザッハーク」

「なんだよマティーファ・ギブソン」

 私は言う。

「今、ウルティマへの分け前、七割って言ったわよねぇ? それはちょっとさすがに、多すぎるんじゃないのぉ? 人件費や各種コストを差し引いたら、そうはならないはず。……何か、隠してることがあるんじゃなぁい?」

「何も。ただ、職人たちがこぞって『金はいらん……』と聖人顔で固辞してくるモンでな。それにこのヒットの最大の功労者は間違いなくウルティマだ。だからその分を還元してンだ」

 ぐうの音も出ないわぁ。

 ドゥーンが言う。

「だが、まあ……納得してくれねェなら仕方がねェな。あのフィギュアの販売は中止だ。必然、これまで定期的に振り込まれていた分け前も、今後は振り込まれなくなるワケだが」

「え」

 ウルティマが、これまで見たこともないような、最大の絶望顔を披露した。

「この戦いが終わったら責任者に連絡すっから、ちょっと待っててくれるか? ああでも、販路からの回収も始めなきゃなンねェな。だったら早い方がいいか……マティーファ、トーマスはいるか? 術式念話を頼みたいんだが」

「ああ、トーマスならあそこらへんに」

 そう言って私は、探し人が待機しているはずの地点へと、首を巡らせて目を向けた。

 そこには繭があった。

 否、繭ではない。地面から生えてきた植物の蔦が、無数に絡み合い、何か丸くて大きな球体を作り出しているのだ。

 トーマスを含む、支援系の術師たちが集まっていたその地点では、複数の人間が繭を取り囲み、口をあんぐりと開けていたり、顔を青くしたりしている。

 驚きに目を見開くメンバーの中に、トーマスの姿はなく、代わりに植物の繭が、何やら内側から叩かれでもするかのように、断続的に揺れていた。

 私が横を見ると、ウルティマが妖精の羽を広げたまま、掲げた左手のひらの先を、件の繭の方へと向けており、汗を滝のように流すその顔面には、激しい葛藤と苦悶の感情が、ありありと現れていた。

 ウルティマが言った。

「こ、今回は……! この一件……! 保留としまぁす!」

 保留、というあたりが、彼女に残された、最大最後の矜持なのかもしれなかった。

 》

 トーマスが救出され、ウルティマが去っていった後、私とドゥーンは、ふたりきりで向かいっていた。

 私は言う。

「まぁ、ウルティマを懐柔した手腕は、見事だったと言っておくわぁ」

「俺は何もしてねェんだが」

 マジでそうかもしれないのがアレなのだが、ここで黙ると言い負かされた空気が出るので、私は無理矢理に言葉を紡ぎ出す。

「でもね、それと『大魔獣』の討伐とは、話が別よぉ。あなた、新しくギルドをつくったんですってぇ?『明けずの暁』」

「あァ、そうだ。素敵な名前だろう?」

「ええ、とっても。でも、どういう了見かしらぁ? 他のギルドに入るならともかく、新たなにギルドを立ち上げるなんて。労力を考えれば、ちょっと割にあってないんじゃなぁい?」

「ああ、ちょっと、お前たちの『暮れずの黄昏』を、ぶっ潰してやろうかと思ってなァ。そのために一番手っ取り早ェと思ったンだよ」

「ふふ、冗談がキッツいわぁ」

 とは言うが、私にとってそのくらいは想定内だ。
 ドゥーンが新たなギルドをつくった以上、最低でも、その目的が私たちへの嫌がらせであることは、目に見えている。

「言ってろ」

 ドゥーンがそう言うなら、ちょっと言わせてもらおうか。

「ふふ、でも、結構苦労したんじゃなぁい? ギルドの結成審査、どんな汚い手を使ったのかは知らないけれど、それを乗り越えるのは、並大抵のことではなかったはず。いかにノエルが『黄昏』における元ナンバーフォーの実力者だからと言って、たったひとりじゃあ、できることには限界があるものねぇ?」

「いやまァ、ひとりっていうか、俺もいたからふたりだが」

 それを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。

「……なンだよ」

「ふ、くくっ……いえ、ごめんなさぁい。話の腰を折ったわねぇ」

 ノエルは屈指の実力者だが、そこにドゥーンが加わって、それで何が変わるというのか。
 おそらくは、相当金を積んだのだろう。
 あるいは、何か統括局を脅迫できるネタでも持っているのかもしれないが、実際に審査を受けたことを鑑みると、そういった脅しにも、限界があったということだ。

 どちらにせよ、ドゥーンの手元には、「暮れずの黄昏」の牙城を崩せるようなネタも、切り札も、握られてはいない。
 たとえこの先、新たな「明けずの暁」が、八面六臂の活躍を演じるのだとしても、それで我が「暮れずの黄昏」の評価が落ちるわけでは、決してないのだから。

 私は言う。

「この戦い、『無言の底沼』討伐戦。これだけのギルドが集まった以上、負けはないと私は思っているけれど、それでも何が起こるのかわからないのが、対魔獣戦闘、と言うものよねぇ?」

「あァー、そうだな。わかりきったことだが、なァ?」

「ただふたりの新ギルド。なんの実績も持たず、後ろ盾もなく、術師の支援も、呪言への対抗策も皆無。斥候としての経験は多少あっても、あなたを守る、闘気使いと武具闘術師による層の厚い壁も、もはやない。長期戦に備えた物資の補充も、たったふたりのギルドじゃあ、確保の段階から、ままならないわよねぇ?」

「……まァ、そうだな」

「だとすれば……あなたたちの役割って、一体、何?」

 ギルドとは集団だ。そして魔獣とは大規模な災害だ。

 無論、少人数で動き、多大な戦果をあげ、英雄に名を連ねるギルドというものも、あるにはある。
 だがしかしそれは、強固な後ろ盾と、信頼できる協力者の存在が不可欠である。

 たとえば、撤退時に協同を行ってくれる他ギルドとの連携契約。
 たとえば、必要な物資を運んでくれる輸送チームとの雇用契約。

 そのどちらも、「明けずの暁」にはない。
 少なくとも、私が調査した限りでは、他ギルドや輸送員との業務提携は、一切結んでいなかった。

 理由は簡単。それを行えば、ギルドへの貢献ポイントが、目減りするからだ。

 おそらくドゥーンは、本気で私たちを潰すつもりなのだろう。先の言葉は、心からの本心なのだろう。

 だからこそドゥーンは、ポイントにこだわった。戦闘への準備よりも、そこのところを優先した。

 愚の骨頂である。

「……俺たちの役割、か」

 しかし、そこまでの有利と不利を目の前にしておいて、ドゥーンからは特段、焦りや失意の感情を感じなかった。

 ただ自然体。こちらへと半目を向け、億劫そうに口を動かし、何かつまらない仕事をいやいやこなす丁稚のように、当たり前のように、ドゥーンはその言葉を放った。

「大魔獣は、俺たちの獲物だ」

 そうとだけ言って、ドゥーンは踵を返した。

 》

 ……戯言ねぇ。

 そもそも大魔獣とは、個人でどうにかするものではない。
 過去の歴史を振り返っても、都市級の大魔獣、というのは、獣王武装の使い手が複数集まって、以下数千もの戦士がさまざまな計略を動かし、一ヶ月以上をかけて削り殺す、というくらいが、普通なのだ。

 それを、たったひとつのギルドが。ましてや、ただふたりだけの、実質的な戦闘能力を持つもので言えばひとりしかいないような、形になっているかすら怪しいギルドが。
 単独で撃破する、なんて。
 ありえないことだ。

 もはやあの男は、現実が見えなくなってしまっているのではないか、と、そうとすら思えて、私は憐憫の視線を、その背中へと送った。

 いくつものギルドが集まる、湿原へと通じる街道沿いの森の中では、緊張を孕んだガヤガヤとした喧騒が、風となって駆け抜けるかのように、木々の葉を揺らしていた。

 そして、見えた。ドゥーンが、挨拶でもするかのように軽く片手を掲げ、戻っていった、その先だ。

 そこには当然のように、「明けずの暁」のメンバーにしてドゥーンの妹、ノエル・ザッハークが待機していた。

 だが、ドゥーンへと挨拶を返すのは、ノエルだけではなかったのだ

 スカイブルーの髪。同じ色の瞳。軍服じみた黒の膝丈ワンピースは、腰に刷いた細剣と、恐ろしいまでの親和性を醸し出している。

 そして極め付けは、その背に生えた──灰色の、一対の翼だった。

 覚えがある。確かその名は、

 ……レイ・ホープ?
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