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第19話 マティーファとギルド分裂の危機/ドゥーンと難攻不落の都市伝説
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我が「暮れずの黄昏」は、今解散の危機に瀕していた。
無論、ギルドマスターであるトワイライトによって唐突に発表された、方針転換の余波である。
結成から先、他に類を見ない勢いで成長を重ね、記録上最速で前線都市の一等地に拠点を置くことを許されたのが、「暮れずの黄昏」というギルドだ。
そのメンバーの多くが、トワイライトという男の強さと才能に惹かれて集まった──のだと私は思っていたのだが、今ここにきて露見したのは、「そうではない」メンバーが意外に多かった、ということだった。
トワイライトが最近、ことあるごとにギルドを留守にしていたのは、成長著しい「ライジング・フューリー」に、拠点である館を譲るための手続きに奔走していたからだったらしい。
前線都市のトップギルドともなれば、許された利権・特権の種類は多岐にわたる。
それらに関する書類上の手続きの多さもまた、トワイライトがギルドを長く空けていた理由であったのだ。
トワイライトは言った。
「ふむ。マティーファ、あまり俺とこのギルドのことを過信しすぎるべきではない。『ドゥーンがいない暮れずの黄昏に、最前線で戦う地力はない』。それが俺の結論だ」
そしてトワイライトは、こうも言った。
「やり直そうと俺は思っている。具体的はローガスタ。ここと王都のちょうど中間にあるあの街なら、討伐案件には事欠かないし、本当に俺たちに『力』があるのなら、最前線からお呼びがかかることもあるだろうからな」
私は、いくつもの手続きとメンバーへの通達、その際に起こった諍いを諌めることに忙殺されながらも──その間当のギルドマスターはなぜか机に着いて処理済みの書類を眺めていた──、最前線を退くことだけは考え直してはくれないか、と幾度も幾度もトワイライトへと説得を試みた。
だが、トワイライトの決意は変わらず。
結果、ギルド内は「だったら辞めるよ派」と「それが妥当だろう派」、そして「なんとしても承伏しかねる派」に分かれ、終わりのない論争が巻き起こることとなったのである。
》
私は、どうしてこんなことに、と考える。
否、そんなことはわかっていた。
トワイライトがアホだからである。
断じて、「ドゥーンがいなくなったから」ではない。
そうであってはならないし、たとえこの先何があったとしても、私のこのスタンスは変わらない。
そこを違えば、ギルド内に多くいる私の味方さえも失ってしまうことになるからだ。
「承伏しかねるぜ、トワイライト」
そう言ってトワイのつく執務机を叩いたのは、焦茶色の髪を乱雑に撫で上げた、男性の開拓者だった。
ガトー・トールギス。
虚構領域の強大な魔獣を相手に、闘気も魔力も纏わない完全な「素手」を用いて戦う、ギルド内でも珍しい「無手空拳」の使い手だ。
裸の上半身にベルトを巻きつけたようなファッションセンスはどうかと思うが、その実力は折り紙付きである。
一対多の戦いこそを好むこの男は、かつては武闘家のみを集めたギルド「拳爛会」を率いていた。
しかし、「虚構領域」の戦いで深手を負ったガトーは、偶然近くで任務に臨んでいた「黄昏」の一番隊に助けられ、トワイライトの強さに惚れ込むこととなったのだ。
血の気の多かった「拳爛会」のメンバーとはいささかのトラブルがあったものの、結果としてガトーは古巣を離れて「黄昏」へと参加、今ではギルド内屈指の武闘派として名を馳せていた。
……ドゥーンと折り合いが悪いことに関しては、好感が持てるんだけどぉ。
そこはそれ。そもそもガトーは私とも折り合いが悪いし、というかぶっちゃけこの男は誰相手でも折り合いが悪い。
だが、そんな男が今、ギルド内の「撤退は許さん派」およそ三十人を率いて、こうして直談判に来ている、というのだから、人間関係とはわからないものである。
ガトー以下、その背後に控えるギルドメンバーたち三十人は、無論のこと部屋に入り切らず、半分ほどは扉の外に追いやられてまでトワイライトの言葉を待っていた。
対するトワイライトは、執務机についたままで何事かを考える。
私と幾人かの「ギブソン派」は、対峙する両者を見学でもするかのようにして、椅子に座って横からことの成り行きを見守っていた。
やがて、
「……しかねる、と言われてもな」
ガトーの言葉を受け、黙っていたトワイライトが、困惑したような顔で口を開いた。
「俺たちに最前線で戦う地力はない。ならば、内地へと引くしかない。俺の言うことは何か間違っているだろうか」
「間違っている間違ってない、じゃねえんだぜ? この問題は、アンタが果たすべき責任を果たせ、って話だ」
「……ふむ?」
そう言ったトワイライトが本気の疑問顔をこちらに向けてくるが、あまり巻き込まないでほしい。いや、そんなことはいまさらなのだが。
トワイライトが言う。
「よくわからないな。責任、と言うのであれば、こうして前線からの撤退を決断したのが俺の責任だ。これ以上どう責任のとりようがある」
「俺は、アンタに惚れたんだ」
そうガトーが言った瞬間、同席していたキャスリンが、頬をほのかに染めてガタ、と椅子を揺らした。どうしたのあなた。
ガトー派の幾人かが不思議そうな目をキャスリンへと向けるが、当のふたりが特に反応を示さなかったので、話は続行された。
「強さもそう。心構えもそう。だが何より、大陸を救おう、って馬鹿みてえな大言を、恥ずかしげもなく吐いちまえるその心意気を、俺は心から尊敬してたんだぜ」
「ふむ。少々過大評価だが、ありがとう、と言っておこうか」
「だからこそ俺はこのギルドに入った。昔馴染み連中を盛大にフリ散らかしてまで、な」
だがどうだ? と言って、ガトーは大袈裟に手を広げるジェスチャーで注目を集めた。
「たかだか木端開拓者のひとりがギルドを抜けたからって、それで前線を去る? は、やってられっか! そんなその場限りの感情論で振り回される、こっちの身にもなってくれってんだ!」
いいぞもっと言ってくれ、と私は思うが、しかしだからとて「簡単に」ガトーに賛同したりはしない。
ギルド「暮れずの黄昏」は、トワイライトあってこそのギルドだ。
そのトワイライトがこちらの説得に応じない以上、私の立場は、トワイライトに沿うものとすることに決めていた。
だが、それも場合による。
今ギルドを三分しているのは、要するに「辞める派」と「賛同派」と「反対派」の三派閥だ。
うち、戦力的な最大派閥は、「黄昏」が所有する「虹」武装が全て集まった「賛同派」であるが、そのバランスも、今後の展開次第ではどうなるかわからない。
その、どうなるかわからなくなる「今後の展開」を、このガトーと言う男は、果たしてトワイライトから引き出すことができるだろうか。
トワイライトの説得が叶わなかった以上、私は、私が思う以上に、この男へと期待を寄せているのかも知れなかった。
「……ふむ」
トワイライトが言う。
「別に、その場限りの感情論で言っているわけではないのだがな」
「バカかアンタ。ドゥーンなんてどうでもいい男がやめて、それで前線を退いて。これが感情論以外のナニモノだって言うんだぜ?」
「冷静な判断だと思うんだがな。実際俺は、ドゥーンがいないと何もできん」
「だったらなんでドゥーンを追い出した?」
「それはドゥーンがセクハラなどという犯罪行為を繰り返していたからだ。犯罪を捨て置くことはできん」
「それでギルドが衰退する、と思っていたのに、か」
「それでギルドが衰退するのは、仕方のないことだ」
幾度とないガトーの糾弾に、トワイライトは一切の躊躇も疑問もなく、応じ続けた。
「……はー。話になんねえな。……アンタはそうまで強いのに、どうしてそうあの男にこだわる? 俺も皆も、そこの女どもも、アンタがドゥーン抜きで戦えなくなる、なんて、微塵も考えてねえんだぜ?」
そう言ってガトーは、私たちを含めた周囲に集まったメンバーたちへと順に視線を送った。
トワイライトが、口を開く。
「俺も別に、それでいきなり戦えなくなるなんて思ってないさ」
「だったら」
「だが、勇者にはなれない」
トワイライトが言う。
「俺は、ドゥーンがいなくては勇者にはなれない。戦えはしても、大陸を救えはしても、勇者にはなれない。……わかるか?」
そう言われたガトー、そしてその背後の「反対派」のメンバーたちが、揃って首を傾げる。
やがてガトーがなぜか横のこちらを見たが、こっちに振られても知らないっての。
「わからんか。……難しいことだな」
そう言って、トワイライトは難しい顔で黙り込んでしまう。
少々の沈黙が流れ、しかし数秒もしないうちに、トワイライトが再び口を開いた。
「だが、まあ、理解した。君たちが俺を信じてくれていることと、これでは俺は責任を果たしたことにはならないのだと、そのことは、うん。……理解した」
そう言ってトワイライトは深く頷き、
「だったら、こうしようか」
トワイライトはそう言うと、机に手をつき、立ち上がり、上背でほぼ同等であるガトーに視線を合わせる。
その力ある視線を受け、ガトーは、本人が知ってのことかそれとも知らずでのことか、一歩あとずさった。
……ああ。
あれだ。あれこそが、私が、あるいはガトーが、あるいはその後ろの三十人が惚れ込み、「この男について行こう」と思わせた、その力の源だ。
トワイライトが言う。
「俺たちが、今の俺たちが、果たしてこの『ブルーフレア』で戦うに値する集団であるのか。そのことを図る試金石として、今こそ、頓挫していた計画に、再び挑戦の灯をともそう」
「……トワイライト、それは、まさか」
トワイライトの視線を一番近くで、かつ真っ直ぐに受けたガトーが、凄絶な笑みを浮かべるなり、ぶるり、と体を震わせ、自らの体を抱いた。
「……意外とフェミニンな仕草を……ならばやはり受け……」
キャスリンが何か言っているが、それはともかく、
「俺たち『暮れずの黄昏』は、『ブルーフレア』南東、難攻不落と言われた『鉄血山脈』の攻略を開始する」
まあ、
「色々言ったが。攻略自体は本気で挑むぞ。……死にたくないしな」
》
俺は、ブルーフレア統括局に用意された「明けずの暁」の部屋にて、ある資料に目を通していた。
「暇じゃのー……暇じゃのー……」
などと言いながら部屋内をふわふわ漂っているマジ王族にしてマジ貴族にしてマジ「天覧武装」もちの女がさっきから視界に入って邪魔だが、これはもはやこの部屋の日常風景である。気にしたら負けだ。
……ん、そうだな。
俺は言った。
「大陸最大の謎にして、数多の開拓者を返り討ちにしてきた難攻不落の都市伝説。魔獣を産み落とすとされる『帝雲』の攻略にでも挑むとすっかー」
「なんか軽くない?」
ノエルよ、それは何と比較して言っているんだ?
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