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第24話 マティーファの困惑/「暮れずの黄昏」のナンバーツー
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俺はトワイに文句を言った。
「……オメェはどうしてそう普通なンだよ」
「……ふむ?」
それを聞いたトワイは、俺たち四人を囲むためジリジリと移動を始める四体の魔獣へと油断なく切っ先を向けながら、本気の疑問顔をつくった。
「普通、という言葉の基準がわからないが、『魔獣の闊歩する人類未到の森林内』で、旧知の人間に会ったんだ。挨拶をするのはそうおかしなことではあるまい」
「それが『魔獣の闊歩する人類未到の森林内』でなけりゃあおかしなこともねェンだがなァ」
しかし、と思うのは、
「ここ、『ディアンマ大森林』か? 言われてみりゃァそんな雰囲気が……」
するとトワイが嬉しそうに言った。
「おいおいドゥーン、お前そんなこともわからないのか? 俺はわかるぞ。ここは『ディアンマ大森林』で、俺たち『暮れずの黄昏』が攻略中のマジ危険地帯だ。ははは、俺にわかってお前にわからないことがあるなんてなぁ。なぁ? もう一度聞くか? ここは『ディアンマ大森林』。ここは『ディアンマ大森林』。おっと二回も言ってしまったなぜならこれはお前にはわからず俺にはわかる情報なので」
「落ち着けオメェは」
なぜか突然テンションを上げてしゃべり始めたトワイの口に、俺は保存食のジャーキーを一本突っ込んだ。
「……んぐ。あァ、お前特製のジャーキーか。材料は謎だがどうしてか力が出る。あまりにも力が出るのでマティーファあたりはメチャクチャ怪しんでいたものだが」
「は。──まァ怪しむのは間違いじゃねェ」
「実際何が材料なんだ」
「言わねェ。だってオメェマティーファに隠しておけねェだろう」
「訊かれたらな」
そう言い合っている間に、四体の人型魔獣が俺たち四人の周りを囲い、包囲を完成させた。
人というより猿に近いシルエットを持った魔獣の体高は、およそ四メートルほど。「脅威」と言うほどのサイズではないが、人型であっても魔獣が武器を持つのはとても珍しいことである。
その手に持った武器は、三メートルを悠に越すような巨大な棍棒だ。
見た限りでは持ち手以外は岩の塊のようにも見えるが、黒く、所々光を鋭く反射しているあたり、鉄鉱石か何かの塊だろうか。
「『ディアンマ大森林』における三種の最強種のひとつ、『ブラッドマンキータ』かァ。しかも四体、って……確認されてる個体全部ってことか?」
「おそらくはな。最初は一体だったんだが、戦いながら移動してさっきみたいにワープに巻き込まれて……というのを繰り返していたら、一体ずつ増えていってしまった」
「それトレインって言うんじゃねぇのか」
「最終的に俺が倒せばそうならない」
そう言ってトワイは、まるで今俺たちが陥っている窮地がなんでもないことであるかのように笑う。
「なぁドゥーン」
「なんだトワイ」
そしてトワイは言った。
「今この森で、『暮れずの黄昏』の主力が散り散りになっている。──任せてもいいだろうか」
》
俺は呆れながら言った。
「そんなことだろうたァ思ってたがなァ……マティーファの提案か?」
「いや。色々あったんだがまあ、最終的には俺の決断だ。皆は悪くない」
そのとき突然、魔獣の一体がこちらの実力を試すような気軽さで飛びかかってきた。
しかしトワイは、それを危なげのない動きで弾き返す。
また四体の包囲と俺たち四人の睨み合いが形作られ、トワイが説明を再開した。
「最初は順調だったんだ。皆で進めば大抵の魔獣は脅威ではないし、時間さえかければ踏破は可能であると」
「は。それで攻略できンなら苦労はねェわな。『グロックワーム』の大群にでもブチ当たったか」
「聞いて驚くなよ。……何もわからん。気づいたら皆バラバラだった。不思議だよな」
「不思議と言うならお前の普通さが一番の不思議だよ」
俺はまた呆れながら笑い、
「はァ。でもまァ、お前に頼まれちゃァどうしようもねェか。だったら一個代わりに頼まれてもらってもいいか?」
「なんだ?」
「金くれ」
俺たち「明けずの暁」がランカーとして認められるための「虹」武装、「スサノオ」。
一回は俺の手に渡ったその剣の所有権は現在、ゴゾーラの「買い戻したいなら金払え」という卑怯極まりない正論によって、「紅蓮の釜戸」にある。
そのために俺は「帝雲」という不可能任務への挑戦を画策したのだが、ここで「黄昏」から代金を引き出せるなら、願ったり叶ったりだ。
「ふむ、金か。困ってるのか」
「まァ、色々あってな」
「俺の一存で決められることでもないが……皆の命には替えられないな。もしもどうしようもならなければ、俺が個人的にどうにかしよう。だから」
「あァ、契約成立だな」
そう言って俺とトワイは、互いの拳を突き合わせた。
》
「だが先にこの包囲をどうにかしねェとなァ」
俺たちの周りを囲うのは、この森において特に強力とされる三種の魔獣、その一種だ。
ブラッドマンキータ。それぞれが手にした合計四本の棍棒が、ぬらりとした光を返し、俺たちを睨みつけている。
トワイが言った。
「時間さえあればどうとでもなるが」
「そう悠長にもしてらンねェだろう。──レイ!」
「ほいほーい」
そう言って俺の背後に回ったレイチェルが、こちらの脇の下を両の手で抱えた。
ふわり、と足元が浮いていくのを自覚したなり、
「言っておくがわらわの抱っこは高いぞ?」
「なンだ。金でも取ンのか」
「いや。テンション上がるとシチュエーション問わず『どこまでいけるかのう』と無闇に上昇してみたくなるがゆえに」
「物理的かよ。……今はやめとけよ? 聞いてたろ? 急いでンだかンな?」
「どうかのう」
そう言ったレイチェルが、溜めを作るようにして翼に空気を抱き込んだ。
一息ののち、それが大気の爆発をうみ、
「──」
俺とレイチェルの体が、百メートルに迫ろうかという枝葉の天井へと、高速で突っ込んでいった。
》
私、マティーファ・ギブソンは今、こちらの体と同じくらいの太さの木の陰に隠れ、息を潜めていた。
なぜなら、この木の向こう側には、恐ろしいほどゆっくりとした速度で右から左へと通り過ぎていく、「ある魔獣」がいたからである。
……「大森林」の最強種、その一種……!
ダイアーマーケロン。
全長百メートルはくだらない、それは個人が相手取るものとしてはほぼ限界値である体格を持つ巨獣だった。
動きこそ鈍重で積極的に人を襲ったりはしないが、巨体ゆえ、その身じろぎだけで「開拓者」の部隊が崩壊の憂き目にあったという記録もある。
さらに、記録上「これ」が有する特徴として最たるものが、単純明快、未だ「討伐手段が確立されていない」ということであった。
ありとあらゆる攻撃を、まるでどこ吹く風とスルーする。
物理的なものはもちろん、術式も呪言も「虹」武装による圧倒的な破壊力をもってしても、傷ひとつつけられないのである。
……当初は、「これ」に出会ったら無視して進軍する予定だったのにぃ……!
木々を潰し、地面を剥がし、ありとあらゆるものを巻き込みながら歩くダイアーマーケロンに実際出会ってみて、「これ」はディアンマ大森林における食物連鎖の頂点なのだと知った。
この巨体である。
もしも向こうがほんの少し「気まぐれ」を起こせば、単なる人であるこちらの体など、一息に押しつぶされてしまうだろう。
……ウルティマは!? キャスリンは無事なのぉ……!?
部隊が散り散りになった後も、ずっと私のそばにいてくれた二人とも、この巨獣から逃げ隠れる際にはぐれてしまった。
運が良ければ、私と同じようにどこかの木の陰に隠れているだろう。
もしかしたらキャスリンなどは、ダイアーマーケロンの目を掻い潜り、こちらを探すか、あるいは他の部隊との合流を目指しているかもしれない。
もしもキャスリンが、トワイライトをこちらへと連れてきてくれたら。
あるいは、なんとかなるだろうか。
……お願いよぉ……!
そう、信じてすらいない神へと祈りを捧げそうになった時だった。
「お、いたな」
目の前に、唐突に草と葉と枝の塊が現れた。
私は闘気を練った右拳の一撃をブチ込んだ。
》
マティーファの殺意溢れる一撃が、俺の顔面の右側を風を巻きながら通過した。
それを見て俺は、買ってきたスイカをノエルが地面に落としてしまったシーンを思い出した。
……地面に這いつくばってスイカを食べようとするノエルを止めるのには苦労したっけなァ……。
否。現実逃避はこれくらいにして、
「おいコラクソ女。何すンだせっかくきてやったっつうのに」
「え、は!? く、草の塊がしゃべったわぁ! 新手の魔獣……!」
そう言ってまたマティーファが闘気を練り始めたところで、俺は理解した。
「あァそうか……クッソ、レイが枝葉の間とか高速でギュンギュン飛び回っから……あー、口にもついてンな。ぺっぺ」
そう言って俺は、口端についた枝葉を指で弾きつつ、顔や肩のゴミや植物を取り払っていく。
俺を後ろから抱えていたはずのレイチェルはどうなっているだろうか、と振り返ってみると、特にどうともなっていなかった。綺麗なままだった。不公平だ。こっちは死にかけたというのに。パンチで。
俺を見たマティーファが言った。
「って、あ、は!? ドゥーン・ザッハーク!? どうしてアンタがここにいるのよぉ!?」
思った通り、マティーファは困惑しつつも、心底嫌そうな顔をこちらへと見せてくれた。
こっちだって好きでやってきてんじゃないんだから、ちょっとは感謝してもらいたいものだが。
「どうして、って言うなら説明すると長くなるンでな、割愛だ。それより、今の『黄昏』の状況は? どうなってる?」
「は!? いきなり来て何を……」
時間がないんじゃねえのか。
「もう一度言うぞ。どうなってンだ、今の状況は」
俺が有無を言わさぬ調子で問うと、どうやらマティーファも優先すべきことを察したようだ。
「……四つに分けて進軍していた部隊が、いつの間にか分断されていたわぁ」
「四つ? ウガルとチェキータたちはどうした?」
それは、「好きにやっていいぞ」という条件で「黄昏」へと引き入れた、もともとは臨時の助っ人のような形でさまざまなギルドに出入りしていた開拓者たちの名前だった。
武装や戦術に汎用性がなく、集団としては局地的な運用にしかならないものたちだったが、放っておけば適当に魔獣を狩ってくれるために指示を飛ばす側としては楽だった。
資材や物資を勝手に持っていって湯水のように使うのは、ちょっと、というかかなーり玉に瑕だったが。
「その……辞めた、わぁ」
俺は呆れながら言った。
「………………何を言った?」
「は? な、何も言ってないけどぉ? 何も言ってないのに勝手に辞めたのよぉ!」
「あーわかったわかった。それで、そのあとは?」
「そのあとは……わからない、わぁ。最初のうちは私も、トワイライトと一緒に行動できていたのだけれどぉ……」
俺はそこで全てを察した。
「一人で突っ走ってったか」
「あ、そ、そう! そうなのよぉ! なんなのあの人!? そりゃあ『ブラッドマンキータ』は第一に警戒すべきとして想定してた相手だけれどぉ、発見して即時『俺に任せろ』って言って走っていって! 何!? 頭おかしいのぉ!?」
「頭おかしいンだよあいつは」
それに気づいているかいないかで、「黄昏」メンバーのトワイへの評価は1200度くらい変わる。
すなわち、「あいつすげぇ!」か、「あいつすげぇな……」かのどちらかだ。
そのあたりの評価がいつ覆るか、覆っても「黄昏」に残り続けるか、と言うのは、このギルドで開拓者を続けていくための大事な試金石であったわけなのだが──どうやら、露見が最悪なタイミングになってしまったようだ。
……この辺りは俺のせいかなー……。
と、引き継ぎや注意喚起を十分に行わなかった責任を、感じないでもない。
だからせめて、この身はもう「黄昏」のメンバーではないが、今だけは全力をもってヤツらを手伝うことにしよう、と俺は決めた。
「これから、全メンバーに向けて念話術式を飛ばす。マーカーは皆に持たせてるよな?」
「そりゃあ持たせてるけれどぉ……トーマスともはぐれてしまって」
「それは大丈夫だ。途中で拾ってきた」
「ひっ」
俺がそう言って振り返ると、そこにいたレイチェルが、左手に持っていた何やら草と枝と葉っぱで出来た丸い塊を眼前に掲げた。
なぜか定期的に蠢いているその塊からは、「怖い、もう植物怖い……」とうわごとのような声が漏れ聞こえてくる。何か植物に関してトラウマでもあったのだろうか。
俺は言った。
「いいかマティーファ。マティーファ・ギブソン。よく聞け。目的は撤退。そのために部隊を合流することを目標にするが、場合によっちゃァ各個撤退に切り替える」
そう俺が言うが、しかしやはりマティーファは納得していないようだ。
「……どうしてアンタが指示するのよぉ。アンタはもう、『暮れずの黄昏』じゃあ」
……ああそうか。
ちょっと久しぶりだったからな。
大事なことを言い忘れていた。
》
私、マティーファ・ギブゾンは、それを聞いた。
幾度となく聞いた言葉。
幾度となく信じた言葉。
それを聞いて達せられなかった任務はなく。
それを聞いて倒せなかった魔獣もひとつとしてなし。
これを、この言葉を、この男が放ったからこそ。
その指示に徹し、皆が信じて動き、皆が力を尽くしたからこそ、私たちは。
私たち「暮れずの黄昏」は。
ここまで大きくなることが出来たのだ、と。
私、マティーファ・ギブソンは、それを聞いた。
「いいかマティーファ。マティーファ・ギブソン」
ドゥーンが言った。
「『トワイの指示だ』。目的は撤退。……成し遂げるぞ。証明するぞ。今日も俺たちは──最強のギルドであるのだと」
》
私、キャスリン・マカリスターは、それを聞いた。
『いいか皆。トワイの指示だ。今から各々の報告と情報を照らし合わせ、それぞれがいる場所と陥っている状況を整理する』
だから皆、
『できる限り正確な情報をこっちによこせ。これは──トワイの指示だ』
》
私、ウルティマ・オブリビオンは、それを聞いた。
『英雄。勇者。俺たちの最高のギルドマスター。すなわち、トワイライト・レイド。アイツの言う事を聞いてりゃァ、それだけで俺たちは最高のギルドでいられる。最強の開拓者集団でいられる。まァ、皆わかってることだとは思うンだが』
それは、
『その事実は、この窮地でも変わらない。この死地であっても、あの男について行けば、間違いはない』
だから皆、
『よく聞け。これはトワイの指示だ』
》
俺、ガトー・トールギスは、それを聞いた。
『これはトワイの指示だ』
よく聞け。
『目的は撤退。目標は全員生き残ること。撤退のための邪魔になるものは──あるいは、俺たちの前に横たわる障壁は。全て、トワイが打ち払ってくれる』
いいか?
『繰り返す。──これは、トワイの指示だ』
だから皆、
『気張って行こうぜ。これはトワイの指示なンだから、──間違いはねェはずさ』
》
私はそれを聞いた。
》
俺はそれを聞いた。
》
あたしはそれを聞いた。
》
僕はそれを聞いた。
》
それがしはそれを聞いた。
》
拙者はそれを聞いた。
》
meはそれを聞いた。
》
私、マティーファ・ギブソンは思い出す。
トワイライト・レイドという男は、確かに強く、人を惹きつけ、最高のギルドを率いるに相応しい男だが、
……大変だったわねぇ、この一月くらい……。
トワイライトがギルドに戻ってきて、私の仕事は減ると思っていた。
ドゥーンの後釜に据えたピースも回り始めて、ようやく覇道への第一歩を踏めたと思っていた。
違った。
トワイライトという男は、ギルドマスターとしての業務を一切行なってくれなかった。
予算案の編成、育成計画の提案、関係各局への提出書類の準備、今回の任務へと向けた各種手続き。
否、やろうとはしてくれる。やろうとはしてくれるのだが、
『マティーファ、これはどうすればいい』
『マティーファ、これ書けないんだが。何、インク? インク……インク?』
『マティーファ、これ書いてみたのだが書き損じが多くて真っ黒になってしまった。代わりを』
この男、戦いに関して以外は、まるで使えないポンコツであったのだ。
……いやね? ちょっとそんな予感はね? 感じていたけれどぉ。
しかしまさか、ギルドをあげての大部隊任務ですら、突如として本隊を置いて走り去ってしまうとは思ってなかった。
本人からすれば、「あとは任せた」で済んでいるのかも知れない。
本人からすれば、「魔獣さえ俺が倒せばどうにかなる」という思いなのかも知れない。
だが、ギルドとは人なのだ。物量があって、それをうまく運用できて、初めて「虚構領域の解放」という開拓事業は成し遂げられるのだ。
個人が突出し、魔獣を倒し。それでどうにかできるなら、「虹」等級の武装持ちが皆集まって魔獣を殲滅してしまえばそれで終わりだ。
魔獣は「そう」できないほどの数がいて、大陸に根付いてしまっているからこそ、「ギルド」という単位が活躍をする。
だから私は思う。
トワイライトが、あの男が。皆の情報を集め、整理し、状況を見定めて勝機を見出せ、などと、そのような指示を飛ばせるわけがないのだ。
だがドゥーンは言う。
「これはトワイの指示だ」
そう言って念話を飛ばすドゥーンの姿を見て、私は改めて思う。
トワイライト・レイド。
黄昏の勇者。
彼の、最前線を舞台にした華々しい活躍の全ては。
この男、ドゥーン・ザッハークという男の存在があって、初めて成立していたのだと。
俺はトワイに文句を言った。
「……オメェはどうしてそう普通なンだよ」
「……ふむ?」
それを聞いたトワイは、俺たち四人を囲むためジリジリと移動を始める四体の魔獣へと油断なく切っ先を向けながら、本気の疑問顔をつくった。
「普通、という言葉の基準がわからないが、『魔獣の闊歩する人類未到の森林内』で、旧知の人間に会ったんだ。挨拶をするのはそうおかしなことではあるまい」
「それが『魔獣の闊歩する人類未到の森林内』でなけりゃあおかしなこともねェンだがなァ」
しかし、と思うのは、
「ここ、『ディアンマ大森林』か? 言われてみりゃァそんな雰囲気が……」
するとトワイが嬉しそうに言った。
「おいおいドゥーン、お前そんなこともわからないのか? 俺はわかるぞ。ここは『ディアンマ大森林』で、俺たち『暮れずの黄昏』が攻略中のマジ危険地帯だ。ははは、俺にわかってお前にわからないことがあるなんてなぁ。なぁ? もう一度聞くか? ここは『ディアンマ大森林』。ここは『ディアンマ大森林』。おっと二回も言ってしまったなぜならこれはお前にはわからず俺にはわかる情報なので」
「落ち着けオメェは」
なぜか突然テンションを上げてしゃべり始めたトワイの口に、俺は保存食のジャーキーを一本突っ込んだ。
「……んぐ。あァ、お前特製のジャーキーか。材料は謎だがどうしてか力が出る。あまりにも力が出るのでマティーファあたりはメチャクチャ怪しんでいたものだが」
「は。──まァ怪しむのは間違いじゃねェ」
「実際何が材料なんだ」
「言わねェ。だってオメェマティーファに隠しておけねェだろう」
「訊かれたらな」
そう言い合っている間に、四体の人型魔獣が俺たち四人の周りを囲い、包囲を完成させた。
人というより猿に近いシルエットを持った魔獣の体高は、およそ四メートルほど。「脅威」と言うほどのサイズではないが、人型であっても魔獣が武器を持つのはとても珍しいことである。
その手に持った武器は、三メートルを悠に越すような巨大な棍棒だ。
見た限りでは持ち手以外は岩の塊のようにも見えるが、黒く、所々光を鋭く反射しているあたり、鉄鉱石か何かの塊だろうか。
「『ディアンマ大森林』における三種の最強種のひとつ、『ブラッドマンキータ』かァ。しかも四体、って……確認されてる個体全部ってことか?」
「おそらくはな。最初は一体だったんだが、戦いながら移動してさっきみたいにワープに巻き込まれて……というのを繰り返していたら、一体ずつ増えていってしまった」
「それトレインって言うんじゃねぇのか」
「最終的に俺が倒せばそうならない」
そう言ってトワイは、まるで今俺たちが陥っている窮地がなんでもないことであるかのように笑う。
「なぁドゥーン」
「なんだトワイ」
そしてトワイは言った。
「今この森で、『暮れずの黄昏』の主力が散り散りになっている。──任せてもいいだろうか」
》
俺は呆れながら言った。
「そんなことだろうたァ思ってたがなァ……マティーファの提案か?」
「いや。色々あったんだがまあ、最終的には俺の決断だ。皆は悪くない」
そのとき突然、魔獣の一体がこちらの実力を試すような気軽さで飛びかかってきた。
しかしトワイは、それを危なげのない動きで弾き返す。
また四体の包囲と俺たち四人の睨み合いが形作られ、トワイが説明を再開した。
「最初は順調だったんだ。皆で進めば大抵の魔獣は脅威ではないし、時間さえかければ踏破は可能であると」
「は。それで攻略できンなら苦労はねェわな。『グロックワーム』の大群にでもブチ当たったか」
「聞いて驚くなよ。……何もわからん。気づいたら皆バラバラだった。不思議だよな」
「不思議と言うならお前の普通さが一番の不思議だよ」
俺はまた呆れながら笑い、
「はァ。でもまァ、お前に頼まれちゃァどうしようもねェか。だったら一個代わりに頼まれてもらってもいいか?」
「なんだ?」
「金くれ」
俺たち「明けずの暁」がランカーとして認められるための「虹」武装、「スサノオ」。
一回は俺の手に渡ったその剣の所有権は現在、ゴゾーラの「買い戻したいなら金払え」という卑怯極まりない正論によって、「紅蓮の釜戸」にある。
そのために俺は「帝雲」という不可能任務への挑戦を画策したのだが、ここで「黄昏」から代金を引き出せるなら、願ったり叶ったりだ。
「ふむ、金か。困ってるのか」
「まァ、色々あってな」
「俺の一存で決められることでもないが……皆の命には替えられないな。もしもどうしようもならなければ、俺が個人的にどうにかしよう。だから」
「あァ、契約成立だな」
そう言って俺とトワイは、互いの拳を突き合わせた。
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「だが先にこの包囲をどうにかしねェとなァ」
俺たちの周りを囲うのは、この森において特に強力とされる三種の魔獣、その一種だ。
ブラッドマンキータ。それぞれが手にした合計四本の棍棒が、ぬらりとした光を返し、俺たちを睨みつけている。
トワイが言った。
「時間さえあればどうとでもなるが」
「そう悠長にもしてらンねェだろう。──レイ!」
「ほいほーい」
そう言って俺の背後に回ったレイチェルが、こちらの脇の下を両の手で抱えた。
ふわり、と足元が浮いていくのを自覚したなり、
「言っておくがわらわの抱っこは高いぞ?」
「なンだ。金でも取ンのか」
「いや。テンション上がるとシチュエーション問わず『どこまでいけるかのう』と無闇に上昇してみたくなるがゆえに」
「物理的かよ。……今はやめとけよ? 聞いてたろ? 急いでンだかンな?」
「どうかのう」
そう言ったレイチェルが、溜めを作るようにして翼に空気を抱き込んだ。
一息ののち、それが大気の爆発をうみ、
「──」
俺とレイチェルの体が、百メートルに迫ろうかという枝葉の天井へと、高速で突っ込んでいった。
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私、マティーファ・ギブソンは今、こちらの体と同じくらいの太さの木の陰に隠れ、息を潜めていた。
なぜなら、この木の向こう側には、恐ろしいほどゆっくりとした速度で右から左へと通り過ぎていく、「ある魔獣」がいたからである。
……「大森林」の最強種、その一種……!
ダイアーマーケロン。
全長百メートルはくだらない、それは個人が相手取るものとしてはほぼ限界値である体格を持つ巨獣だった。
動きこそ鈍重で積極的に人を襲ったりはしないが、巨体ゆえ、その身じろぎだけで「開拓者」の部隊が崩壊の憂き目にあったという記録もある。
さらに、記録上「これ」が有する特徴として最たるものが、単純明快、未だ「討伐手段が確立されていない」ということであった。
ありとあらゆる攻撃を、まるでどこ吹く風とスルーする。
物理的なものはもちろん、術式も呪言も「虹」武装による圧倒的な破壊力をもってしても、傷ひとつつけられないのである。
……当初は、「これ」に出会ったら無視して進軍する予定だったのにぃ……!
木々を潰し、地面を剥がし、ありとあらゆるものを巻き込みながら歩くダイアーマーケロンに実際出会ってみて、「これ」はディアンマ大森林における食物連鎖の頂点なのだと知った。
この巨体である。
もしも向こうがほんの少し「気まぐれ」を起こせば、単なる人であるこちらの体など、一息に押しつぶされてしまうだろう。
……ウルティマは!? キャスリンは無事なのぉ……!?
部隊が散り散りになった後も、ずっと私のそばにいてくれた二人とも、この巨獣から逃げ隠れる際にはぐれてしまった。
運が良ければ、私と同じようにどこかの木の陰に隠れているだろう。
もしかしたらキャスリンなどは、ダイアーマーケロンの目を掻い潜り、こちらを探すか、あるいは他の部隊との合流を目指しているかもしれない。
もしもキャスリンが、トワイライトをこちらへと連れてきてくれたら。
あるいは、なんとかなるだろうか。
……お願いよぉ……!
そう、信じてすらいない神へと祈りを捧げそうになった時だった。
「お、いたな」
目の前に、唐突に草と葉と枝の塊が現れた。
私は闘気を練った右拳の一撃をブチ込んだ。
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マティーファの殺意溢れる一撃が、俺の顔面の右側を風を巻きながら通過した。
それを見て俺は、買ってきたスイカをノエルが地面に落としてしまったシーンを思い出した。
……地面に這いつくばってスイカを食べようとするノエルを止めるのには苦労したっけなァ……。
否。現実逃避はこれくらいにして、
「おいコラクソ女。何すンだせっかくきてやったっつうのに」
「え、は!? く、草の塊がしゃべったわぁ! 新手の魔獣……!」
そう言ってまたマティーファが闘気を練り始めたところで、俺は理解した。
「あァそうか……クッソ、レイが枝葉の間とか高速でギュンギュン飛び回っから……あー、口にもついてンな。ぺっぺ」
そう言って俺は、口端についた枝葉を指で弾きつつ、顔や肩のゴミや植物を取り払っていく。
俺を後ろから抱えていたはずのレイチェルはどうなっているだろうか、と振り返ってみると、特にどうともなっていなかった。綺麗なままだった。不公平だ。こっちは死にかけたというのに。パンチで。
俺を見たマティーファが言った。
「って、あ、は!? ドゥーン・ザッハーク!? どうしてアンタがここにいるのよぉ!?」
思った通り、マティーファは困惑しつつも、心底嫌そうな顔をこちらへと見せてくれた。
こっちだって好きでやってきてんじゃないんだから、ちょっとは感謝してもらいたいものだが。
「どうして、って言うなら説明すると長くなるンでな、割愛だ。それより、今の『黄昏』の状況は? どうなってる?」
「は!? いきなり来て何を……」
時間がないんじゃねえのか。
「もう一度言うぞ。どうなってンだ、今の状況は」
俺が有無を言わさぬ調子で問うと、どうやらマティーファも優先すべきことを察したようだ。
「……四つに分けて進軍していた部隊が、いつの間にか分断されていたわぁ」
「四つ? ウガルとチェキータたちはどうした?」
それは、「好きにやっていいぞ」という条件で「黄昏」へと引き入れた、もともとは臨時の助っ人のような形でさまざまなギルドに出入りしていた開拓者たちの名前だった。
武装や戦術に汎用性がなく、集団としては局地的な運用にしかならないものたちだったが、放っておけば適当に魔獣を狩ってくれるために指示を飛ばす側としては楽だった。
資材や物資を勝手に持っていって湯水のように使うのは、ちょっと、というかかなーり玉に瑕だったが。
「その……辞めた、わぁ」
俺は呆れながら言った。
「………………何を言った?」
「は? な、何も言ってないけどぉ? 何も言ってないのに勝手に辞めたのよぉ!」
「あーわかったわかった。それで、そのあとは?」
「そのあとは……わからない、わぁ。最初のうちは私も、トワイライトと一緒に行動できていたのだけれどぉ……」
俺はそこで全てを察した。
「一人で突っ走ってったか」
「あ、そ、そう! そうなのよぉ! なんなのあの人!? そりゃあ『ブラッドマンキータ』は第一に警戒すべきとして想定してた相手だけれどぉ、発見して即時『俺に任せろ』って言って走っていって! 何!? 頭おかしいのぉ!?」
「頭おかしいンだよあいつは」
それに気づいているかいないかで、「黄昏」メンバーのトワイへの評価は1200度くらい変わる。
すなわち、「あいつすげぇ!」か、「あいつすげぇな……」かのどちらかだ。
そのあたりの評価がいつ覆るか、覆っても「黄昏」に残り続けるか、と言うのは、このギルドで開拓者を続けていくための大事な試金石であったわけなのだが──どうやら、露見が最悪なタイミングになってしまったようだ。
……この辺りは俺のせいかなー……。
と、引き継ぎや注意喚起を十分に行わなかった責任を、感じないでもない。
だからせめて、この身はもう「黄昏」のメンバーではないが、今だけは全力をもってヤツらを手伝うことにしよう、と俺は決めた。
「これから、全メンバーに向けて念話術式を飛ばす。マーカーは皆に持たせてるよな?」
「そりゃあ持たせてるけれどぉ……トーマスともはぐれてしまって」
「それは大丈夫だ。途中で拾ってきた」
「ひっ」
俺がそう言って振り返ると、そこにいたレイチェルが、左手に持っていた何やら草と枝と葉っぱで出来た丸い塊を眼前に掲げた。
なぜか定期的に蠢いているその塊からは、「怖い、もう植物怖い……」とうわごとのような声が漏れ聞こえてくる。何か植物に関してトラウマでもあったのだろうか。
俺は言った。
「いいかマティーファ。マティーファ・ギブソン。よく聞け。目的は撤退。そのために部隊を合流することを目標にするが、場合によっちゃァ各個撤退に切り替える」
そう俺が言うが、しかしやはりマティーファは納得していないようだ。
「……どうしてアンタが指示するのよぉ。アンタはもう、『暮れずの黄昏』じゃあ」
……ああそうか。
ちょっと久しぶりだったからな。
大事なことを言い忘れていた。
》
私、マティーファ・ギブゾンは、それを聞いた。
幾度となく聞いた言葉。
幾度となく信じた言葉。
それを聞いて達せられなかった任務はなく。
それを聞いて倒せなかった魔獣もひとつとしてなし。
これを、この言葉を、この男が放ったからこそ。
その指示に徹し、皆が信じて動き、皆が力を尽くしたからこそ、私たちは。
私たち「暮れずの黄昏」は。
ここまで大きくなることが出来たのだ、と。
私、マティーファ・ギブソンは、それを聞いた。
「いいかマティーファ。マティーファ・ギブソン」
ドゥーンが言った。
「『トワイの指示だ』。目的は撤退。……成し遂げるぞ。証明するぞ。今日も俺たちは──最強のギルドであるのだと」
》
私、キャスリン・マカリスターは、それを聞いた。
『いいか皆。トワイの指示だ。今から各々の報告と情報を照らし合わせ、それぞれがいる場所と陥っている状況を整理する』
だから皆、
『できる限り正確な情報をこっちによこせ。これは──トワイの指示だ』
》
私、ウルティマ・オブリビオンは、それを聞いた。
『英雄。勇者。俺たちの最高のギルドマスター。すなわち、トワイライト・レイド。アイツの言う事を聞いてりゃァ、それだけで俺たちは最高のギルドでいられる。最強の開拓者集団でいられる。まァ、皆わかってることだとは思うンだが』
それは、
『その事実は、この窮地でも変わらない。この死地であっても、あの男について行けば、間違いはない』
だから皆、
『よく聞け。これはトワイの指示だ』
》
俺、ガトー・トールギスは、それを聞いた。
『これはトワイの指示だ』
よく聞け。
『目的は撤退。目標は全員生き残ること。撤退のための邪魔になるものは──あるいは、俺たちの前に横たわる障壁は。全て、トワイが打ち払ってくれる』
いいか?
『繰り返す。──これは、トワイの指示だ』
だから皆、
『気張って行こうぜ。これはトワイの指示なンだから、──間違いはねェはずさ』
》
私はそれを聞いた。
》
俺はそれを聞いた。
》
あたしはそれを聞いた。
》
僕はそれを聞いた。
》
それがしはそれを聞いた。
》
拙者はそれを聞いた。
》
meはそれを聞いた。
》
私、マティーファ・ギブソンは思い出す。
トワイライト・レイドという男は、確かに強く、人を惹きつけ、最高のギルドを率いるに相応しい男だが、
……大変だったわねぇ、この一月くらい……。
トワイライトがギルドに戻ってきて、私の仕事は減ると思っていた。
ドゥーンの後釜に据えたピースも回り始めて、ようやく覇道への第一歩を踏めたと思っていた。
違った。
トワイライトという男は、ギルドマスターとしての業務を一切行なってくれなかった。
予算案の編成、育成計画の提案、関係各局への提出書類の準備、今回の任務へと向けた各種手続き。
否、やろうとはしてくれる。やろうとはしてくれるのだが、
『マティーファ、これはどうすればいい』
『マティーファ、これ書けないんだが。何、インク? インク……インク?』
『マティーファ、これ書いてみたのだが書き損じが多くて真っ黒になってしまった。代わりを』
この男、戦いに関して以外は、まるで使えないポンコツであったのだ。
……いやね? ちょっとそんな予感はね? 感じていたけれどぉ。
しかしまさか、ギルドをあげての大部隊任務ですら、突如として本隊を置いて走り去ってしまうとは思ってなかった。
本人からすれば、「あとは任せた」で済んでいるのかも知れない。
本人からすれば、「魔獣さえ俺が倒せばどうにかなる」という思いなのかも知れない。
だが、ギルドとは人なのだ。物量があって、それをうまく運用できて、初めて「虚構領域の解放」という開拓事業は成し遂げられるのだ。
個人が突出し、魔獣を倒し。それでどうにかできるなら、「虹」等級の武装持ちが皆集まって魔獣を殲滅してしまえばそれで終わりだ。
魔獣は「そう」できないほどの数がいて、大陸に根付いてしまっているからこそ、「ギルド」という単位が活躍をする。
だから私は思う。
トワイライトが、あの男が。皆の情報を集め、整理し、状況を見定めて勝機を見出せ、などと、そのような指示を飛ばせるわけがないのだ。
だがドゥーンは言う。
「これはトワイの指示だ」
そう言って念話を飛ばすドゥーンの姿を見て、私は改めて思う。
トワイライト・レイド。
黄昏の勇者。
彼の、最前線を舞台にした華々しい活躍の全ては。
この男、ドゥーン・ザッハークという男の存在があって、初めて成立していたのだと。
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