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第32話 ドゥーンと今までとこれから
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「で、それからどうなったんだよう?」
そう言いながら鍛冶場で槌を振るうゴゾーラの仕事ぶりを、俺は頬杖をつきながら見守っていた。
あの「ディアンマ大森林」での一幕からは、すでに一ヶ月の時が経っている。
季節は春からだんだんと夏へと移り変わりつつあり、鍛冶場の大扉から外に見える木々の葉は、近づけば緑臭さを強く振り撒く色濃いものへと変遷を遂げていた。
当時のことを思い出しながら、俺は言う。
「どうもこうもねぇよ。トワイがいるんだ、前代未聞程度の魔獣なら敵じゃねェさ。ウスバを回収したあとにはもう魔獣は八分割されて倒れてて、そこから先はブルーフレアに戻ってくる道中の方が忙しかった」
「ウスバ?」
「あれの名前だよ。なんか自分でそう名乗ってた」
そう言って俺が振り返る先、広大な鍛冶場の中央通路では、走るノエルの肩上に乗った少女が、緑色の髪を盛大にたなびかせながら大爆笑していた。
「あは、あはははははははははははははははは!!! ノエル、はやい! たのしい!」
「そうか楽しいかー? ウスバちゃん楽しいかー? 周囲はむさ苦しい男の園だけどねー?」
「むさい? むさい……くさい?」
「ほぼ合ってる」
ノエルとウスバがそう言った瞬間、鍛冶場にこだまするありとあらゆる作業音が一瞬収まり、炉の炎が空気を吸う音だけが残った。
ゴゾーラが叫ぶ。
「おら! 手え止めるなってんだよう! 安心しろ! じきに慣れる!」
「親方ー! 俺そう言われて十年経つんですがいまだに慣れねえです!」
「あ!? そりゃおめえ……まあ……気にしない嫁さんもらえ」
「どうですかその辺! ノエルさん臭いの平気ですか!?」
「え? 何? ごめん聞いてなかった。臭いのは普通に嫌だけど」
オラァ! という叫びと同時に鍛冶場の各地で冷却用の水を頭からかぶる音が多数重なったが、あれ普通に風邪ひいて終わると思うんだがどうだろうか。
それを聞いたゴゾーラは、はあ、と諦めたようなため息をつき、作業に戻った。
「ま、あれで仕事は終わらすだろうから、文句はねえがよう。しっかし……大魔獣? やっぱトワイライトってのはすげえヤツだな。八分割って、何をどうしてそうなったんだよう?」
「うーん、本人は『前回と比べて一撃しか増やしてないんだ。どうやったと思う?』とか自慢げだったが」
「一本加える系のパズルかよう?」
実際それを聞いたギルドの連中が、地面に図を描きながら頭を悩ませ始めたので似たようなものだったのかも知れん。
「まあでも、よかったじゃねえかよう? おめえはきっちり仕事こなして、そのおかげで『スサノオ』を買い戻せる。終わりよければ、ってな」
「は。そもそもおめェが『スサノオ』返さねェなんてケチくさいこと言い出さなきゃ何も問題はなかったンだがなァ?」
「馬鹿言え。あれはウチが買ったんだよう。普通なら買い戻しもナシで店に一生飾っとくレベルだぞ」
「……やっぱてめェ、気付いてて俺からあの剣買ったな?」
「どうだったかよう?」
ゴゾーラはそうトボけて見せるが、真摯に槌を振り下ろし続けるその表情からは、それが本当なのか嘘なのかは、微妙に判断がつけられなかった。
俺は頬杖をつくことをやめ、椅子の上にあぐらをかいて天を仰ぐ。
「いや、でも実際、これで一安心だ。『スサノオ』買い戻して、武装として統括局に登録し、これで晴れて『明けずの暁』はランカーギルドの仲間入りだ。道のりは長そうだが、な」
「道のり、なあ」
そう言ってゴゾーラは、また槌を下ろす音を響かせる。
「そう言うけどよう。おめえ、実際何が目的でギルド立ち上げてんだよう。古巣への嫌がらせ、ってんなら、もう十分なんじゃねえかよう?」
「バカいえ。ランカー入りったって、最下位からスタートなんだぞ? 具体的に言うなら214位だ。第四位の『黄昏』に追いついて追い落として、それで初めて嫌がらせだ。まだそれこそスタートラインだよ、スタートライン」
「あん? おめえ、聞いてねえのかよう?」
「うん? 何が?」
俺の言葉を聞いたゴゾーラが、不思議そうな視線をこちらに向けてきて、俺は思わず呆けた顔で聞き返してしまった。
「『黄昏』は今、人員縮小と最前線からの後退に伴って、順位の再検討の真っ最中だってよう」
「……は?」
俺はそれを聞いて、またもや呆けたような声を出すことしかできなかった。
「縮小? 後退? いや……うん? だってあれだけの巨大ギルドが、そんないきなり……」
「いきなりじゃねえだろうがよう」
そう言ってゴゾーラは、槌を振り下ろす手を止め、指折り数え始める。
「多数のギルメン脱退と、今回の『ディアンマ大森林』への無謀な挑戦。それ以前にも幹部の軋轢とか噂にはなってたし、世間の評価は確かに高いままだがよう、内部的にはもはや納得の流れだろ、『後退』ってのは」
というかそもそも、とゴゾーラは言う。
「それらの流れのいっちゃん最初は、おめえだろうがよう。ドゥーン」
「それは………………まァ、そうか」
メンバーの脱退と無謀な挑戦。
それの原因が何かと言われればそれはマティーファの行動であるのだが、『そこ』に俺が関わっている、と言われればぐうの音も出ない。
だが、
「しかし……統括局がいきなりそンな、『第四位ギルド』の後退を許すか?」
「そこはまあ、ぶっちゃけ最初はいざこざがあったらしいんだがよう。『黄昏』が今回この街に戻ってきてから、ある『報告』を統括局に行ったんだ。それが決定打になって、統括局は『黄昏』の後退を認めちまったらしい」
「ある報告?」
「……おめえまさか、それも聞いてねえのかよう?」
と、その時だった。
鍛冶場にある大扉、その先に角だけ見えている「紅蓮の釜戸」の事務所から、ゴゾーラの奥さんが顔を出すのが俺の位置からでも確認できた。
ゴゾーラの奥さんはこちらを見るなり、軽い駆け足でこちらへと向かってくる。
その手には、ひと抱えほどのサイズをした、何か長物を入れているであろう包みが握られているのが見えた。
それを見たゴゾーラは、そちらから視線を逸らさないまま言った。
「あの包みの中身、お前の獣王武装『スサノオ』な。『黄昏』からおめえへの報酬として、あれを買い戻すことを頼んだんだろ? おめえはよう」
「あー。まァ、な。いや買い戻す、ってか、そのための金は請求したが……」
ブルーフレアへと戻ってきたあと、それを伝えるとトワイは「なるほど任せろ」とだけ言ってそれから音沙汰がなかった。
そうしてからしばらくが経ち、ゴゾーラから「明日来い」と連絡があったのは、つい昨日のことだ。
「んで、トワイライトはウチから『スサノオ』を買い戻すにあたって、ある発表をしたんだよう」
「……それは、何を」
そりゃおめえ、とゴゾーラは言って、
「『暮れずの黄昏』は、『紅蓮の釜戸』に対して借金がある。トワイライト・レイドならびに『暮れずの黄昏』は、その返済のため、獣王武装『ミカヅチ』を『紅蓮の釜戸』に譲り渡す、ってよう」
寝耳に水であった。
》
俺は、「スサノオ」を受け取ったあと、トワイがいる「暮れずの黄昏」の拠点へと足を運んでいた。
アポも何もなかったため、マティーファあたりに追い返されるのではないか、と危惧していたのだが、幸いなことにあの翼人は席を外していたようだった。
ノエルとウスバは近くにいるとうるさいため、館前で待機をさせている。
先ほど窓から外を覗いた限りでは、キャスリンなどの女性メンバーが嬉々としてウスバを撫でくりまわしていたので、まあしばらくは放っておいても大丈夫だろう。
そのような事情のため、今トワイの執務室にいるのは、俺とトワイのふたりだけだった。
俺は言う。
「わりィな、引越しの準備で忙しいのに」
「何、俺は座っているだけだからな。問題はない」
そう言ってトワイは、意味もなく座る椅子を回転させて遊び始めた。
俺は言う。
「……ちょっとは手伝ってやれよ?」
「ん? 手伝ってはいたぞ。少しものを壊してしまったところ、マティーファに教えられたんだ。『引越しの際ものを壊した人はひとつにつき一時間待機という法律があるんですの』と」
「……それでてめェはそこでどのくらい過ごしてンだ」
「かれこれ八時間だな。はっは、流石に尻が痛くなってきたが、まああと二十時間だ。頑張るとしよう」
このギルドにはもうアホしか残っていないのだろうか。
ここで俺は、気になっていたことをトワイに問うた。
「どうしてテメェ、『ミカヅチ』を売り払いなんかしたンだ?」
そう言って見下ろすトワイの顔はしかし、何のしがらみも杞憂も抱えていないような、お気楽そのもの、という表情だった。
トワイはそんな顔を崩さないまま、なんでもないことのように答える。
「それはもう、お前への報酬だ。言ったろう、金が必要だと」
「言った。言った、が……まさかそこまでするとは思わねェだろうが」
「こちらも金がなくてな。ディアンマへの準備や脱退者への補償やらで」
「だからって」
「言っただろう?『最悪俺が何とかする』と」
「そりゃァ……」
言った。間違いなく言った。
だが、己のギルドが「第四位」たりえてる、ある意味その保障となっている獣王武装を、売り払ったりするか? 普通。
俺がそう考えていると、トワイが言った。
「大体、だ。『黄昏』には金がない。だからちょっとお前への報酬は払えない。そう言ったらお前はどうしてた?」
「そりゃァ……」
うーん。
どうしてただろう。
「諦め、は……まァ、しねェけど」
「だろう? 俺にだって、『払わない』なんて選択肢はなかった。だって相手は、他ならぬ『お前』なんだから」
そう。
「俺とお前はもう、異なるギルドのギルドマスター。だから、報酬を払えない、なんてことはあっちゃいけない。そうだろう?」
そこまでを聞いて、俺はトワイの真意を完全に理解した。
「あァ……それで、借金なんて話まででっち上げて」
「そういう理由でもない限り、『ミカヅチ』を手放す事自体認められなさそうだったからな。統括局からも、呆れられながら『なら仕方ない』という反応を返された。……と、いうかだな。あながちでっち上げでもないんだぞ? 俺はお前に報酬を払う必要があって、それは『紅蓮の釜戸』への支払いに使われるもの。『黄昏』の『紅蓮』への借金、と言っても、それはある意味間違いではないだろう」
それに、とトワイは言った。
「それとは別にして、一度前線は離れようと思っていたからな。それを統括局に認めさせるためにも、これはいい機会だった。『ミカヅチ』を手放す、と言う選択はな」
「……それで? オメェはどこへ行く?」
そう俺が聞くと、トワイは窓の外を眺めながらこう答えた。
「ハイブローデス」
「……照覧領域の、ちょうど真ん中あたりの街か」
「そう。そこで俺たちは、一から再起を図る。色々と、まあ出直し、だな」
そう言ったトワイは、もう一度こちらを向いて、
「お前は確か、次は王都か」
「……なんで知ってンだおめェは」
「ノエルが言いふらしてる」
「あいつは……」
そう言って俺は頭を抱えるが、まァ隠してると言うわけでもない。
「今、大変らしいじゃないか。王都……いや、正確にはリーラ島か?」
「あァ。でもそっちは、まァ暇があったら顔突っ込んでみようか、って程度でな」
「ん? そうなのか。だったらどうしてわざわざ……」
「ちょっと、な。ウチのギルドに──記憶喪失のバカがひとりいてな」
「……ああ」
我がギルドには、あの時、大魔獣ダイダルダイロスによって「過去」を食われ、その記憶を失ってしまった翼人がいた。
レイチェル・スターオリオン。
その過去、そして天覧武装「アグニ」を「取り戻す」ため、俺たちは王都へと向かう必要があったのだ。
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