騎士団長に攻略されてしまった!

桜猫

文字の大きさ
2 / 23
1巻

1-1

しおりを挟む






   第一章 それはキスからはじまった


     1 不本意な結果


「はい、僕の勝ち。約束通りキスはいただきますね」

 目の前の眼鏡越しの青い目がふっと細くなり、シルフィーナは彼が微笑んだのだとわかる。それからやわらかな感触が彼女の唇をおおった。ふわり、と羽のように軽やかに触れるだけのキスだ。
 その温もりを感じたのは、ほんの一瞬だけ。すぐに彼は唇を離した。
 しかし、彼女は呆然ぼうぜんと立ち尽くし続ける。紫水晶アメジストのような目を見開いたまま、頭の高い位置でまとめた長い黒髪を春のそよ風にやさしくでられて揺らしながら。
 ここは、騎士団の屋外訓練場。シルフィーナは仲間の騎士たちが見守る中、団長と一戦交えたあとだった。
 シルフィーナは白の騎士服に身を包んだりんとした雰囲気の女騎士だ。今年入団二年目で、歳は十九になる。
 訓練で鍛えられた体は引き締まっており、健康美あふれる体つきだ。ウエストは締まっており、騎士服の上からはわかりにくいが、お尻はきゅっと上向きで弾力がある。
 そんな彼女の後方に、一振ひとふりの剣が物悲しく落ちていた。

「嘘だ……」
(こんなの信じられない。信じたくもない)

 シルフィーナは自分がこんな男に負けたなどと、どうしても認めたくなかった。
 目の前に立つ男はどうしたものかな、と困ったように笑みを浮かべている。それがシルフィーナをいらつかせた。

「あの~なんだか勝っちゃって申し訳ありません。ですが、君のキスがかかっているとあれば放っておくわけにもいかず」

 許してくださいね、と彼は微笑み、眼鏡をくい、と指で持ち上げる。

「嫌だ……」
「シルフィーナさん……」
「嫌だ、こんなのは認めないっ。もう一度、私と勝負しろ!」

 彼女は目の前の男にえた。すると彼はやれやれと溜息を吐く。

「……何度やっても結果は変わらないと思いますが、それでよろしければ――しかし僕も、ただでというわけにはいきませんねぇ。なにかメリットがなくては」
「そんなもの、あとで決めればいいだろう! この勝負、受けるのか受けないのかはっきりしていただきたい!」

 シルフィーナは噛み付かんばかりの勢いで相手に詰め寄る。

「ひえっ。おっかないですねえ」
(この程度でひるむとは情けない……こんなのが我が騎士団の団長だなんて信じたくない)

 シルフィーナは苛立いらだち舌打ちした。そう、今、年下の彼女に詰め寄られているのは聖ステラ騎士団の団長であるジェラールだ。
 聖ステラ騎士団はワイアール国にある騎士団の一つで、王都の教会と連携した騎士団である。国直属の白獅子しろじし騎士団が王都の中心部を、聖ステラ騎士団が王都のそれ以外を警備していた。
 聖ステラ騎士団の騎士服は白を基調にした制服で、丈夫な布地でできており、そでぐりに一本と、胴体部に縦に二本のロイヤルブルーのラインが入り、銀のボタンがついている。胸元のジャボは、青い宝石が埋め込まれたブローチで留めている者が多い。しかし、人によってリボンタイやネクタイとバリエーションがある。そして白のブーツ。シルフィーナとジェラールはロングブーツを好んで履いている。
 団長の制服はひと目でそれとわかるように、一般の騎士よりも上着の丈が長く、足首まである。騎士団長であるジェラールはすらりと長身で、その騎士服がよく似合っていた。目が隠れるほど長い前髪と、尻尾しっぽのようなうしろ髪が、彼のトレードマークだ。漆黒しっこくの髪と眼鏡が、理知的な雰囲気をかもし出している。
 しかし、それは彼が堂々と振る舞っていればの話だ。彼はどこか抜けていて、しょっちゅう頭をぶつけたり書類をぶちまけたりしている。勤続十年の騎士団長でありながら、部下のシルフィーナに詰め寄られている現状からして頼りない。二十七歳だと言われてもとても信じがたい。
 が、これはあくまで騎士団内での話。ひとたび外に出れば、彼は周囲に一目いちもく置かれている完璧な騎士なのだ。

「団長、とっとともう一度、勝負して負けてあげたらいいじゃないですか」

 その場に居合わせた他の騎士たちから同じような声が次々と上がる。若手騎士の彼らは、シルフィーナがジェラールと勝負する前に、彼女に挑み負けた者たちだった。

「君たち。失礼な言い方をしちゃいけません。騎士ならば手抜きされて勝っても嬉しくないでしょう」

 年長者らしく周りをたしなめるジェラール。


 どうしてこのようなことになったのか、事の発端ほったんはこうだ。
 王城の敷地内にある騎士団の訓練場で、シルフィーナはいつものように剣の稽古けいこに励んでいた。周りには、彼女と入団時期の近い男性騎士が数人。すると彼らが、とんでもないことを言い出したのだ。

「普通にやりあっててもつまらないな。なにかけをしないか?」
「あっ、なら、シルフィーナのキスをけて戦うってのはどうだ? 彼女と勝負して勝てばキスをする権利を得る」
「おお、それはいいな!」
「こら! お前たち、勝手に盛り上がるな。私は断じてキスなんかしないぞ」
(まったく、これだから男は……まあ私がこの騎士団で唯一の女だから、まとにされやすいのもわからなくはないが。私は、貴様らのなぐさみ者ではないぞ!)

 シルフィーナは剣をさやに収め、会話に加わった。少し汗ばんだ肌はほのかに上気している。その様子を見ていた他の騎士たちは、顔を赤くし、ごくりと生唾なまつばを呑み込んだ。

「ふーん。さてはシルフィーナ、俺に負けるのが怖いんだろ」
「そんなわかりやすい挑発に乗るか、馬鹿が」
「そんなつれないこと言いなさんな、ほっぺにちゅーでいいからさ」
「そんなもの、酒場の女にいくらでもしてもらえばいいだろう」
(根は悪くないが困った奴らだ。いくら女にえてるとはいえ、なぜ私なんだ。ドレスで着飾ったり、男受けのいい格好をしていたりするわけでもないのに)
「ほっぺにちゅーくらい、いいじゃないですかー、シルフィーナさーん」

 そう言うのは最年少のマーキスだ。まだ十七歳の彼は身長こそあれ体が細く、ひょろっとして見える。明るい茶色の髪にぱっちりとした青い瞳が印象的な、可愛い感じの少年だ。天使像のような巻き毛で、愛らしい顔をしている。もっとも数年後はどうなるかわからないが。

「お前な……彼女ができたんじゃなかったか?」
「速攻でふられちゃいましたよ、そんなの。なんか僕のほうが痩せてるのがダメって理由で」
「……それは、ご愁傷様しゅうしょうさま

 周りの騎士たちは声を上げて笑っている。

「だからぁ、傷心のかわいそうな僕に、ほっぺちゅー恵んでくださいっ」

 言いながらマーキスは、シルフィーナの手を両手で力強く握り締めた。

「私がそんなことをする人間に見えるのか?」
「見えません。だから勝負に勝ったらって条件をつけて譲歩じょうほしたんです。シルフィーナさんみたいな美人さんにちゅーしてもらったら、めっちゃ元気になるんで!」
「……軽い……お前のその軽さも、振られた一因じゃないのか?」

 思わず呟いてしまうシルフィーナ。

「あ、ひっどーい! 傷ついたー、めっちゃ傷ついたー!」

 わざとらしく大げさに傷ついたふうをよそおうマーキスである。しかし、実際は特に傷ついてはいないに違いない。

「おいおい、ひどいなシルフィーナ。後輩をいじめたらダメなんだぞ~」
「これは勝負を受けてやらないと、収まりがつかんぞ、シルフィーナ」
「うぐ……」

 他の騎士たちの悪ノリ兼つっこみに、シルフィーナは眉間にしわを寄せる。

(とんだ言いがかりだ。こんな馬鹿げた理由で、ほっぺちゅーとやらをしろと? この勝負を受ける義務はない)
「おい、手を放せ、マーキス」
(とっととここから離れよう。それがいい)
「じゃあ、勝負を受けてください。負けたらすっきりあきらめますから!」

 立ち去ろうとしたそのとき真っ直ぐに見つめられ、シルフィーナは不本意ながら頷く。

「う………………わ、わかった」

 彼女は少々押しに弱いのと、純粋な気持ちで言われると断ることができない性分しょうぶんだった。

「わーい、やったー!」

 両手を上げて喜ぶマーキスにやれやれと溜息を吐きながら、シルフィーナはさやから剣をふたたび抜く。
 すると、マーキスも素早く剣を抜き身構える。その瞳には楽しげな光が宿やどっている。

「手加減しませんよ、シルフィーナさんっ」
「ふん、望むところだ」

 互いの視線がかち合い、剣が一閃いっせんする。ひるむことなくふところに飛び込んだシルフィーナの動きに、マーキスは体勢を崩しよろめく。シルフィーナはそこを見逃みのがさず、彼の右足を払った。あっさりと仰向けに倒れた長身の彼の喉元に、すかさず切っ先を突きつける。

「あちゃー秒殺されちゃった。残念」
「私はほっとした。キスをしなくて済んだ」

 シルフィーナはくすりと笑い、倒れたマーキスを引っ張り起こしてやる。

「ちぇー、つまんなーい。さて、負けた僕はなにをしたらいいですか?」
「いや、別になにも……」
「えっ、欲がなさすぎですよ。僕にほっぺちゅーさせるとかでも全然……」

 そんなマーキスをシルフィーナは冷めた目で見つめる。

「やだなー、もう。冗談ですってば」

 いぶかしんでいると、マーキスが笑った。

「ほんと、なんというか、シルフィーナさんて自分の価値、わかってないですね?」

 シルフィーナはその辺の若い娘より断然美しく、剣の腕も確かだった。在籍二年目と若手騎士ではあるが、彼女の実力はこの聖ステラ騎士団の中でも五指ごしに入るものだ。
 騎士団の中にはそんな彼女にあこがれ、淡い恋心を持つ者も多い。しかし当の本人は色恋沙汰ざたうとく、浮いた噂の一つもない。まあ、平たく言うとやや鈍感なのだ。
 騎士としての凛々りりしい面もよいが、ドレスを着れば美しい淑女しゅくじょけるであろうことは誰の目にも明らかだ。

「なんのことを言っているんだ?」

 シルフィーナは訳がわからず問いかけるも、なぜか周囲からあわれみの視線を向けられる。しかし彼女が困った顔をすると、仲間たちの表情はやさしくほころんだ。

「いいえ、なんでもないでーす! シルフィーナさんは、ずっとそのままでいてくださいね。騎士になるために、それだけ脇目も振らず頑張ってきたってことです」

 確かに自分は、ある事件をきっかけに騎士になろうと決めた。それからは鍛錬たんれんに明け暮れる毎日を送ってきたのだ。しかし、それと今の話になんの関係があるのか。
 シルフィーナが首をひねっているうちに、別の仲間がしゃべりだす。この筋肉質な騎士の名は、ヨアヒムという。シルフィーナと同じ十九歳で、入団して二年目の同期でもある。

「よし! シルフィーナ、今度は俺が相手だ」
「お前が私に勝てると思うのか?」
「うわ、いきなり痛烈な一言を……本気でいくぜ!!」
「受けて立つ」

 シルフィーナは剣で斬りかかってくる彼を、さらりとかわす。それを想定していた様子のヨアヒムは大きく足をうしろに振り上げ、シルフィーナの不意をついて一撃入れた……はずだったのだが。

「ありゃ、手応てごたえなし?」
「どこを見ている」

 落ち着いた一言と共に、ヨアヒムの鳩尾みぞおちに彼女の繰り出した剣のつかがめり込む。のではなく、トンと軽く当たった。手加減してやったのである。

「あーっ! くやしーっ! 寸止めされたーっ! いっそのこと勢いよくやってほしかった……」

 彼は地に膝と両手のひらをつき、がくりと肩を落とした。
 こんな調子で、あっという間に五人が地にした。
 そこへ最後に名乗りを上げてきたのが、ちょうど訓練場の前を通りかかった騎士団長のジェラールだった。

「なにやら楽しそうじゃないですか。僕も交ぜてください」
「あ! 団長!」
「団長、かたきってくれ!」
「人を悪者みたいに言うな」
(こっちはやりたくもない、キスをけた勝負に付き合ってやったというのに)

 シルフィーナは今しがた負かした騎士たちを、じとっと見つめた。

「だってお前、まだ二年目の癖にやたら強いしよ……いくら剣士の親父さんに稽古けいこをつけてもらっていたからって、ずるい」

 するとマーキスも楽しそうに話す。

「あれですねぇ、シルフィーナさんは生まれつき剣の才能があったんですね。父親譲りの」
「確かに父に剣を教えてもらっていたが……昔のことだ」

 シルフィーナの父、テオドールは凄腕すごうでの剣士で、その剣の腕で家族を食べさせてきたほどだ。各地で剣の大会がもよおされると、そこが多少遠くても多額の賞金目当てにおもむいた。
 そういうわけで、シルフィーナは幼い頃から父が一週間、長いときはひと月ほど家を空けるという生活が当たり前となっていた。なぜ自分の住む屋敷には、よその家みたいに毎日父親がいないのだろうと寂しい幼少期を過ごしたものだ。かといって、まったく愛情を受けなかったわけではない。
 独身時代から剣の腕で食べてきた彼女の父は、大金持ちだ。あるときは弟子でしを取り、あるときは城の剣術指南として働いていた。そして、大金を稼いだ彼は早々に隠居し、城下町にきょを構えている。母は三年前、病気でこの世を去ったので、現在は一人暮らしだ。

「あの~、僕との勝負は……」

 そこへ会話の外で置いてきぼりにされていた団長のジェラールが、申し訳なさそうに口を挟んでくる。

「シルフィーナさん、僕とも手合わせをお願いしたいのですが」

 眼鏡を指でつい、と上げながらジェラールに問いかけられる。

「団長も私なんかのキスに興味があるんですか?」

 一応相手が団長なので、丁寧語で話す。

「いやぁ、あははははは。通りかかったら話が聞こえちゃいましてねぇ。ここは団長である僕が幕を引いてあげなくちゃって思いまして」
(そういえば私、団長が剣を手にしてるところ見たことないんだよな。私が知っている団長といえば、服のボタンを掛け間違えてたり、頭にかけた眼鏡に気づかなかったり、段差でつまずいてたり――――ろくなもんじゃない。いつも事務処理みたいなことばかりしてるし、この人、本当に剣を扱えるのか?)

 それでも団長と手合わせできるせっかくの機会だし、やるだけやっておくかと、シルフィーナは勝負を受けることにした。

「わかりました。ではさっそく始めましょう。剣をお持ちでないようなので、訓練用のでいいですか?」

 するとジェラールは微笑みながらこう言う。

「いえいえ、僕はこの木刀で十分ですよ」

 と、近くの壁に立てかけてあった木刀を手に取った。

「それは……私を馬鹿にしているのですか?」

 ほんの少しだけシルフィーナの目つきがけわしくなる。

(お遊びの勝負とはいえ、こっちは抜き身の剣で戦うんだぞ? 人を見くびるにも程がある)
「決してそのようなことは。でも、女性の体に傷をつけたくありませんので」

 シルフィーナに軽くにらまれるも、意にかいさず相変わらずのほほんとしているジェラールだ。彼は手にした木刀をすっと片手で構える。

「っ!?」

 そのとき一瞬にして彼を取り巻く空気が変わったのを感じ、シルフィーナは驚いて初動が遅れてしまった。気がつけば身を切るような鋭い一突きが右頬をかすめていった。

「な……っ」

 ただのお飾り団長だと思っていたのに、予想外のことに思わず驚きの声が漏れてしまう。

「えええーっ!?」
「嘘だろ……」
「団長って実は強かったんですか!?」
「……君たち、僕を一体なんだと思ってたんです? 実力のない者に団長が務まりますか。やだなぁ、もう」

 さっきの鋭い一撃が嘘だったのかと思うほどに、ふたたびのほほんと気の抜ける笑みを浮かべている。

「僕の一撃を見切ったのはさすがですね。シルフィーナさん。ですが……」

 ジェラールの青い瞳が、瞬時に捕食者のそれに変わる。さっきまでのほのぼの感が消えうせ、まるで別人だ。殺気に近いものを感じて、シルフィーナは一瞬身動きが取れなかった。
 そのわずかな隙にジェラールの木刀が目にも留まらぬ速さで繰り出される。後方でカランと乾いた音がしたことで、シルフィーナは手にしていた剣がはじき飛ばされたのだとわかった。

「僕の敵ではありません」
「……そんな……信じられない」

 シルフィーナは呆然ぼうぜんと目の前のジェラールを見つめる。思わず指が震えた。

「はい、僕の勝ち。約束通りキスはいただきますね」

 ――――こうしてシルフィーナはジェラールにキスされることとなったのだ。



     2 予想外のお願い


 どうしてこうなった。
 そう思わずにいられないシルフィーナである。

(こんな遊びの試合に負けた代償だいしょうとしてキスされることになるなんて。私のキスは、初めてのキスは……大好きな人とって思っていたのに!)

 そのとき彼女の脳裏に一人の少年の姿が浮かんだ。
 彼――シルフィーナの初恋の相手は、自分が騎士団を目指すきっかけとなった、ある事件にも関係している。
 今から十年前、彼女の住むやかたが何者かに襲われ火を放たれた。そのときの彼女はまだ剣を手にしたこともない、幼くか弱い九歳の少女だった。必死で家族を探し、燃えさかるやかたの中を逃げ回っていたとき。無情にも彼女の頭上の天井が崩れ落ち、その下敷きに――なったかに思われた。
 しかし彼女は助かった。一人の少年が降ってくる天井を剣で切り裂き、彼女を炎の海から助け出したのだ。
 顔も名前も知らない少年は、恐らく十代後半だったように思う。覚えているのはその背中と、卓越した剣捌けんさばきだけ。
 だが、この火事がまだ幼い少女だったシルフィーナの心に大きな傷をつけ、それは今なおトラウマとなっている。
 以来彼女は、燃え盛る炎を見ると体がすくんでしまうようになっていた。
 ――炎恐怖症である。
 この事件がきっかけで、彼女は顔も名も知らぬ少年にあこがれて騎士を目指し、剣士である父について学び騎士団へやってきたのだ。少年への想いは、あこがれというよりは初恋だ。
 城お抱え凄腕すごうで剣士であった彼女の父は、騎士たちに剣を教えるほどの実力者であった。剣を学ぶのに、これほどうってつけの師は他にいなかった。実際、彼女の父親はすぐれた剣の師でもあった。
 その父の血を引いているシルフィーナもぐんぐんと剣の腕を上げ、とうとう騎士団に入るまでになった。
 そしてシルフィーナは入団したその日、白獅子騎士団の団長であるオードリックと知り合い、騎士のかがみのような彼にかれた。城内にあるサフラという木が限りなく白に近い薄桃色の可憐かれんな花を咲かせ、その五枚からなる丸い花びらが雪のように舞う日だった。
 できれば彼と同じ騎士団に入りたかったのだが、白獅子騎士団は定員に達し新規入団を受け付けていなかった。よって、当時まだきのあった、この聖ステラ騎士団へ入団したのだ。

(本当はオードリック様とお近づきになりたいのに、ことあるごとにちょっかいを出してくるのはうちの団長だったりするわけで……。誰も頼んでないのに剣の指南とかしてくるし。そりゃあ団長だから部下の面倒を見るのは仕事のうちかもしれないけど。これがオードリック様だったらどんなによかったか!)

 そんな内情もあり彼女は怒っていた。触れただけとはいえキスされたことと、目の前の男に勝てなかった自分に。
 どうしても負けを認めたくなくて、抑えきれない怒りと共に再度勝負をしろと詰め寄ったというわけだ。

「団長、もう一度手合わせを」

 静かに剣を構えるシルフィーナは、怒りと悔しさでぎらぎらと燃えていた。
 だがジェラールが不快に思う様子は微塵みじんも感じられない。むしろ自分に真っ直ぐに向かってくる姿勢に感心しているようだ。

「わかりました。お相手しましょう。僕が勝ったら一つ言うことを聞くんですよ?」

 やわらかな笑みを浮かべ、ジェラールも木刀を再度構える。どこか大人を子供の遊びに付き合わせているような感覚を覚える。

「わかった」

 シルフィーナは深呼吸と共に肩の力を抜き、しっかりとジェラールを見据える。当のジェラールは相変わらずにこやかで緊張感の欠片かけらもない。

「ふっ」

 先に攻撃を仕掛けたのはシルフィーナだ。ジェラールに鋭い突きを連続して浴びせる。しかし彼はそれをいとも容易たやすく受け流していく。必死で打ち込むシルフィーナと違い、ほとんど力を入れていないように見える。
 シルフィーナと剣を交えながら、ジェラールはなぜかどこか懐かしそうな顔をしていた。遠い昔を思い出しているような表情で「よく似ている」と呟いた。今、彼は誰を思い出しているのだろう。それに、そんな遠い目をして思い出にひたるほど昔から彼を知っているわけでもない。第一、自分との勝負中に別のことを考える余裕を見せられた事実に腹が立つ。

「うわ、すっげえ攻防」

 興奮気味に叫ぶヨアヒムの声が耳に届く。

「シルフィーナさんも団長もすごいですね~! 僕じゃ、この速さはついていけないな」

 マーキスは目を皿のようにして二人の動きを凝視ぎょうしする。

「ふふ、遊んでいるね。ジェラールは」

 そこへ通りかかったオードリックがマーキスの隣にやってきた。目の前では変わらず激しい攻防が続いている。

「オードリック様!」

 若手騎士たちは慌てて場所を空けた。


しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。