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1巻
1-3
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そして翌朝。
わずかなカーテンの隙間から差し込む光が眩しくて目覚めた。
ベッドに横たわったまま、うーんと体を伸ばす。それからゆっくり身を起こす。水瓶から水を洗面器へ注ぎ顔を洗う。
「ふう、さっぱりした」
シルフィーナはタオルで顔を拭きつつ、団長であるジェラールにどう対応するか考え始める。考えながらも手を騎士服に伸ばし、さっと着替える。次に長い髪を梳かしていく。
「団長と同じ黒髪、か……」
(このままずるずると流されるべきではない。なんとか今日のうちに、もう一度勝負を挑み、勝たなくては)
頭の上で髪をひとまとめにする。次は朝食だ。シルフィーナは部屋を出ると騎士団専用の食堂に足を運ぶ。
すでに十数人の騎士が朝食をとっていた。シルフィーナも他の騎士同様、列に並びメニューを選ぶ。木製のトレイに好きな品を取っていく方式だ。
今日はパンの気分なので、外はカリカリ中はふんわりとした丸パンとコーンスープ、野菜サラダ、ナッツの盛り合わせにした。トレイに載せた朝食を持って、適当な席に腰を下ろす。今日は特に知り合いを見かけなかったので、一人で食べることにした。
スープをひと口啜ったところで、声をかけられる。
「隣、よろしいですか?」
「ああ、どう、ぞ……」
言葉の歯切れが悪くなったのは、今一番会いたくて、でも会いたくない相手だったからだ。ジェラールである。
昨夜の厨房での出来事を思い出し、シルフィーナは警戒する。
「おはようございます~、いい天気ですねぇ」
相変わらず緊張感の欠片もない呑気ぶりだ。ジェラールはシルフィーナの隣に座ると、ずずーっとお茶を啜る。
「……」
(なにを話せばいいのかわからん。とっとと食べて皆のところへ行こう)
シルフィーナはどんどん食べ物を口に運び、咀嚼する。早くここから離れたくて必死に食べ進めているため、味わう余裕がない。まるで小動物が頬袋に食べ物を詰め込んでいるような状態だ。
「シルフィーナさん、昨日はあれからどうしたんです? よく眠れました?」
ずいっと顔を寄せ覗き込まれ、シルフィーナは食べ物を喉に詰まらせ咳込む。
「げほっ、ごほ……っ」
「おやおや、大丈夫ですか~。はい、これを飲んで」
横からすっとお茶が差し出される。シルフィーナは素直にそれを受け取り、お茶を飲んで食べ物を胃に流し込んだ。
「ふふ。間接キス、ですねぇ」
「なっ!?」
(し、しまった! 苦し紛れに飲んだのは団長のお茶だったのか! ていうか自分の飲みかけを私に差し出すなッ)
「そう警戒せずとも、取って食ったりしませんから」
ジェラールは頬杖をついてにこにことシルフィーナを見つめている。対する彼女は不安と緊張で少し蒼くなっている。
「あまり見ないでいただけますか」
「照れているんですか? 可愛いですねぇ」
ジェラールは手の甲でシルフィーナの頬をそっと撫で上げる。思わず、ビクリと体を震わせてしまった。
「わ、私に触るなっ!」
油断も隙もないこの男の前では、いくら警戒してもし足りないのだ。いつまたキスされるかと怖くなり、シルフィーナは席を立つ。少しでも早く、ここから離れるために。
「そう急がなくともいいじゃありませんか。就業までには、まだ時間がありますし」
「じ、時間のあるなしではありませんっ」
(団長の傍にいたら私の貞操が危ない! 一刻も早くこの場を離れて安全な場所へ避難しなくては)
「そんなに僕のことが怖いんですか? 心配せずともこんな大勢いる前で変な真似はしませんよ」
「……」
(信じても大丈夫だろうか?)
「せめてきちんと朝食を食べ終わってから行きなさい。その間は、なにもしないと誓いますから」
「……わかりました」
再度席につき、残りの朝食を口に運ぶ。
(うう、非常に食べづらい……。ったく、なんでそんなに嬉しそうな顔で私を見つめ続けているんだ、この団長は。理解不能だ)
「おはよう、シルフィーナ」
そこへオードリックが現れた。彼は朝食を載せたトレイをシルフィーナの正面の席に置いて座る。
「オードリック様、おはようございます」
第三者が現れたので、これで安心だとシルフィーナはほっとする。
(ああ、オードリック様はやっぱり素敵だ。キラキラ光る金の髪がとっても綺麗だし、同じ青い目でも団長より段違いの安心感がある)
「ジェラールと付き合うことになったんだって?」
「……は?」
思わず固まった。恐ろしいことを聞かされてしまったからだ。
(誰が、誰と付き合うだと?)
「ジェラールはいざというとき頼りになるから、安心して身を任せるといいよ」
そう言って、憧れの君はにっこり微笑んだ。
「違います! 私たちは付き合ってません! というか団長なんて死んでもごめんです!」
「……と言ってるけど、どうなんだい。ジェラール」
「ふふ、素直になるのが怖いだけですよ。本当に可愛いですねぇ、シルフィーナさんは」
(いや、待て! ちょっと待て! なにをどう解釈したらそういう結論に行き着くんだ!?)
シルフィーナはジェラールと付き合う気など微塵もない。ありえないことだ。
「……団長、頭沸いてんですか?」
(付き合うとか以前に私、団長のことなんて全然好きじゃありませんから!)
冷ややかな目で見つめても、当人はどこ吹く風だ。
「そんなことを言っていられるのも今のうちだけですよ。すぐに僕を好きになりますから」
シルフィーナの目に映るだけでも嬉しいといった様子で、ジェラールは終始にこにこしている。
(その揺るぎない自信はどこからくるんだ……確かに剣の腕は一流だけど、頭は残念な人なのか?)
そんなことを思いながら訝しんでいると――
「そんなに見つめられたら嬉しくなっちゃいますねぇ~」
「……」
呆れたシルフィーナは、もう返す言葉がなかった。なにを言っても、この団長を喜ばせるだけだ。
必要以上にジェラールと関わるのはよそう、そう思った。そこでシルフィーナは憧れのオードリックに話題を振ることにした。
「オードリック様はどうなのですか? すでに、お付き合いしている相手がいらっしゃるのでしょうか?」
「うん、そうだね。お付き合いしている女性はいるよ。今は婚約中でね」
はにかんで言うオードリックにキュンとときめくと同時に、頭から一気に冷水を浴びせられた気がした。苦し紛れに振った話題で、自分の失恋が決定してしまったからだ。
失恋と呼ぶほど大げさなものではないかもしれない。この気持ちは恋というより憧れに近い。
衝撃を受けたとはいえ、本気で好きになる前にこのことを知れてよかったとシルフィーナは思う。焦がれるほど好きになっていたら、今この場で泣いてしまったかもしれない。
「そうですか、きっと素敵な女性なんでしょうね」
微笑んで見せるものの、胸がちくりと痛みを訴えてくる。
(こんなのは気のせいだ。自分の想いには気づかなかったことにしておこう。私は全然平気だ。問題ない。その証拠に、ほら、普通に笑っていられる)
シルフィーナはその胸の痛みを強引に心の奥に追いやった。憧れのオードリックの前で、悲しい顔など見せたくない。
「ああ、私にとって最高の女性だよ」
オードリックはそれはもう幸せだと言わんばかりに微笑んだ。
そして彼の幸せそうな笑みに、シルフィーナの胸の奥がまた、つきん、と痛みを訴えた。
その様子をジェラールはじっと見守っていたが、ふと立ち上がる。
「さて、そろそろ行きましょうか、シルフィーナさん」
「え?」
「君に手伝ってほしいことがあるんです。では、オードリック、また次の機会に」
そう言うジェラールになかば強引に手を引かれ、シルフィーナは食堂をあとにした。
ジェラールに手を引かれるまま外に出て、彼女は敷地内にある薔薇園へ連れてこられた。彼は無言で、どんどん奥へ入っていく。この薔薇園は迷路のようになっていて、人目を避けるにはもってこいの場所だ。
「ここらへんでいいでしょうかね……」
ジェラールにそっと手を放された。
「あ、の……?」
(これは一体どういうことなのだろう?)
意味がわからないとジェラールを見ると、慈愛に満ちた、けれど少し寂しそうな視線を向けられる。
「いえ……あれ以上あそこにいる君を、見ていられないと思いまして」
その言葉の意味を理解し、シルフィーナは動揺する。
「君がオードリックに気があることは、わかっていましたから……」
――泣いてもいいんですよ。
言外にそう言っているのが伝わってきて、鼻の奥がつんとする。
「いえ……私は大丈夫で……」
気落ちした声で答えると、言い終わる前に頭を引き寄せられ、シルフィーナはジェラールの胸に抱かれる。
「よしよし」
穏やかな声に、頭をやさしく撫でる手、そして温かい胸。
こうもやさしくされると、もう限界だった。泣くつもりなど本当になかったというのに、シルフィーナの目からぽろりと涙が零れ落ちる。
「……っ」
彼女は、しばらく声を押し殺して涙した。
(不思議だ……油断も隙もなくて逃げたくて堪らなかったのに、今はこんなに安心できる)
「もう、平気です」
ハンカチで涙を拭ったシルフィーナは、顔を上げた。それから躊躇いつつもジェラールから離れた。
「もう少しここでゆっくりしていきましょうか。目がウサギさんです」
「はい……」
(私はこの人に恥ずかしいところばかり見られている。どうしたらいいのだろう。恥ずかしくて、いたたまれない)
ジェラールが手伝ってほしいことがあると言っていたことを、ふと思い出した。
「あの、私に手伝ってほしいことってなんでしょうか?」
無言でいるのは耐えがたく、とりあえずジェラールに問いかけてみる。
「ああ、あれはあの場を離れるための方便ですよ。深い意味はありません」
「そうですか」
(私のために嘘をついてくれたんだ……。もしかしたら、団長はいい人なのかもしれない)
「おや、頭と肩にイモムシが乗ってますよ」
「ひい! 早く取ってくださいっ!」
シルフィーナは毛虫や蛇などのうねうね動く生き物がとても苦手だ。あの動きが、気持ち悪くて仕方ないのだ。
「はい、じっとしててくださいねぇ~」
ジェラールはシルフィーナに近寄ると、そっと頭と肩に手を添える。そして包み込むように抱きしめる。
「……取れましたか?」
「んー、もうちょっとです、動いちゃいけません」
「は、はいっ」
(ああ、早く取れろ~! あの黄緑のふにゃっとしたイモムシがついていると思うと鳥肌が立つ)
ジェラールはシルフィーナの長く豊かな黒髪に指を滑らせた。それからぎゅっと抱き寄せ、一度大きく息を吸い込んだ。髪の香りを確かめられているようで、シルフィーナは気恥ずかしくなる。
彼はシルフィーナの肩に置いていた手を滑らせ、うなじを撫でた。そして彼女がぴくっと反応した途端、彼の口から色香を含んだ吐息が漏れる。
「とっ、取れましたか?」
「すいませんねぇ、うなじのところにも一匹いて、取っているところです」
密着している状態で耳元で喋られると、シルフィーナは腰がむずむずして身じろいだ。
「それにしても、見事な黒髪ですね。日の光を反射してキラキラしていますよ」
「あっ、あの……あまり耳元で喋らないでください……」
ジェラールの声と吐息が耳をくすぐり、そのたびに腰が疼いて落ち着かない。
「ふふ、気持ちよくなっちゃったんですか?」
笑い混じりの声で言われ、シルフィーナはぎょっとする。
「ち……違いますっ」
即座に否定したものの図星だった。
「ならちょっと試してみましょうか」
「え?」
耳朶に、なにかが触れる。それがジェラールの唇だとわかり、シルフィーナは羞恥に頬が熱くなった。はむはむとやさしく食まれているうちに、じんわりと気持ちよくなってくる。軽く歯を立ててひっぱられるとまた別の心地よさを感じ、どうしようもなく恥ずかしくなった。
しかしジェラールの行為は止まらない。続けてちゅっと音を立て耳朶を吸われたかと思えば、飴玉でも舐めるようにしゃぶられる。するとふたたび腰がうずうずとして、シルフィーナは瞳を潤ませた。
「……っん……くぅ……」
恥ずかしい声が漏れ、慌てて両手で口を塞ぐ。わざといやらしい音を立てているのだと気づき、泣きたくなる。
(早く、終わって……!)
ぎゅっと目を閉じ快感に耐えていると、生温かいものが耳の中に入ってくる。くちゅり、と卑猥な音を響かせながら、舌がゆっくりと這い回る。
「んんんっ……んっ、……ん」
必死でこらえているのに甘えているような声が漏れてきて、恥ずかしすぎて消えてしまいたいとシルフィーナは思う。時折かかるジェラールの熱い吐息と、舌での愛撫が堪らなく気持ちよくて、何度も背筋に快感が走る。そのたびに体が震え、へたり込みそうになった。
「ああ、本当に君はどうしてそんなに可愛いんでしょう」
ふう、と熱の篭った息を吐き出しながら、ジェラールはシルフィーナを強く抱きしめる。
「いやぁ、参りました。ちょっとしたイタズラのつもりだったんですがねぇ」
「っ!?」
どういうことだと顔を上げ、ジェラールを見つめるシルフィーナ。
「イモムシがいると言ったのは嘘です。あはははは」
悪びれた様子もなく呑気に笑う彼を見て、シルフィーナはわなわなと震える。どれだけ自分がイモムシに怯えていたのか、思い知らせてやりたいと思った。
「わ、笑いごとじゃありません! どんなに私がイモムシの恐怖に耐えていたか……!」
「気持ちよくしてあげたんだからいいじゃないですか。足りませんでしたか?」
「そういう問題じゃないっ」
必死に離れようともがくのに、ジェラールの腕はびくともしない。
「放せ! この馬鹿力っ!」
相手が上司だろうが関係ない。一刻も早く解放されたいシルフィーナは、なりふり構っていられない。
(少しでもいい人だと思い始めた私が馬鹿だった!)
「えー……そんなふうに言われると、ますます放したくなくなります。いっそのこと一日中こうしていましょう」
「嫌です! 放してください!」
これでもかとジェラールを睨みつける。
「……どうしても?」
「どうしても!!」
(誰か嘘だと言ってくれ、こんなのが団長だなんて、なにかが間違っている!)
「しょうがありませんねぇ……」
シルフィーナが声を荒らげて拒否すると、物凄く渋々とだが解放される。やっと自由になれたので、一歩彼から離れた。
「私が同意していない以上、団長のやったことは立派なセクハラですからね」
(よし! はっきり言ってやったぞ)
「いえいえ、そんなことはありません。これは勝負に勝って取りつけた約束であるキスの中に含まれますから。僕はただ耳にキスしただけですし」
いけしゃあしゃあと、ジェラールはそうのたまった。反省の色など微塵もない。
「ふ、ふざけるなっ。あんないやらしいことをしておいて……っ」
怒りのあまりシルフィーナの声が震える。
「心外だなあ。気持ちよさそうにしていたじゃありませんか」
なにが不満なんですか、とでも言いたげな顔だ。
「う、うるさいっ。アレは不可抗力だ! 誰だってあんなふうにされたら気持ちよくなるっ」
(く、くそぉ。どうしてコイツといると、いつもこうなるんだ。私は心底嫌がっているのに……!)
「ふふ、気持ちいいのならよかったです。口では嫌だと言いながら、体は僕を受け入れてくれてるんですねぇ。素直じゃない君も可愛いと思いますよ、はい」
うんうん、と一人納得するジェラール。
「違うから! それ団長の大いなる勘違いだから!」
ぴしゃりと言い放つ。
「水臭いですねぇ、そろそろ名前で呼んでくださいよ。ジェラールと」
「誰が呼ぶかっ」
(絶対絶対、私が団長を好きになることなんてありえない。可能性皆無だ。私はオードリック様のような騎士が好きなんだ。強くて、やさしくて、いつも私に元気をくれる。そして紳士な)
「さて、そろそろ行きましょうか。君も元気になったことですし」
すっと手を差し伸べられる。
(あ……そういえば、いつの間にか涙も乾いてるし、悲しかった気持ちがどこかにいってしまった。まさか今のは、私を元気づけるために? いや、まさか、な……)
「私は先に行くので、団長は少し遅れてきてください」
ジェラールの手を無視して、シルフィーナは薔薇園を抜けたのだった。
「つれないねぇ……」
楽しそうなジェラールの声を背中に投げかけられるも、シルフィーナは構わず歩き続けた。
2 襲われてしまった
無闇に勝負を挑んでも負けるのは目に見えている。かと言って、このままではずっと望まぬキスに応え続けなくてはならない。
なんとしてもそれは避けなければならない。
「オードリック様、うちの団長と闘うにあたり、なにかアドバイスをいただけないでしょうか」
シルフィーナはジェラールとの勝負で少しでも有利になるための情報を集めることにした。同じ団長であるオードリックはジェラールとも仲がいい分、なにか弱点を知っているのではないかと思ってのことだ。
昼一で彼が所属する白獅子騎士団の詰所に出向き、オードリックと二人、向き合って座り話し合うことになったわけだ。
失恋したての相手に相談するのもどうかと思ったが、ジェラールの前で泣いたせいかすっきりした。それで失恋の痛みはほぼ引きずっていないのだ。その点では少しだけジェラールに感謝したシルフィーナだった。
「そうだなあ、私も彼とは付き合いが長いのだけど、弱点らしい弱点がなくてね……本当に天才なんだよ。だから私も彼に勝てたためしがない」
「そう、ですか……オードリック様でも勝てないなら、もう他に勝てそうな人はいないですね……」
なにか弱点の一つでもわかればと思っていたのに、それすら出てこないとは、とシルフィーナは肩を落とす。
「なぜそこまでジェラールに勝とうとするのかな? 美青年だし、剣術は天才的だし、頭も切れる。相当な優良物件かと思うけどね」
「……だって、好きでもないのに賭け試合に乗り、キ、キスしてくるような人ですよ? そんな軽いノリでキスするものじゃないと思うんです」
「彼に軽んじられてる感じがするのが嫌だってことかな?」
「それもですけど……お互い好きじゃないですし」
「うーん、君のほうはそうかもしれないけど、ジェラールは君が思っているより君を大切にしていると感じるけどね」
「そうでしょうか。私には、ただのセクハラ団長にしか思えないのですが……」
「あはははっ」
シルフィーナの言葉を聞いたオードリックは笑い声を上げる。
「笑いごとじゃないですよ……なんか、隙あらばって感じで、その……してくるといいますか……」
ここまで話す必要はないだろうが、自然と口をついて出てしまい、シルフィーナは頬を熱くした。
「だけど君も満更ではないんじゃない?」
「いいえ、迷惑だと思ってます。なんかもう団長が視界に入るだけで、そわそわして落ち着かないです」
またなにかいやらしいことをされるのではと気が気じゃない。こんなざわついた気持ちでは訓練に勤しむことができない。
なんとか憂いの元を断ちたいと思うのは、シルフィーナの中でごく当然のことだ。
「落ち着かない、ねぇ。まあ、何度もキスされるのは、それだけ君が好かれているということじゃないのかな。なにか問題でも?」
「わ、私は好きではないので……困ると言いますか」
「長いものには巻かれろと言うし、いっそ巻かれてみたらどうかな?」
「じょっ、冗談じゃありません! 誰があんな……」
これまでの彼の所業を思い出し、恥ずかしさにいたたまれなくなる。
「私からすればお似合いの二人だと思うんだけどね」
「ちっとも嬉しくないです……」
勝負に勝つためのいい案をなにかもらえると思ったのに、オードリックは二人をすでにカップルとみなしているらしい。それがわかったシルフィーナは内心がっかりした。
わずかなカーテンの隙間から差し込む光が眩しくて目覚めた。
ベッドに横たわったまま、うーんと体を伸ばす。それからゆっくり身を起こす。水瓶から水を洗面器へ注ぎ顔を洗う。
「ふう、さっぱりした」
シルフィーナはタオルで顔を拭きつつ、団長であるジェラールにどう対応するか考え始める。考えながらも手を騎士服に伸ばし、さっと着替える。次に長い髪を梳かしていく。
「団長と同じ黒髪、か……」
(このままずるずると流されるべきではない。なんとか今日のうちに、もう一度勝負を挑み、勝たなくては)
頭の上で髪をひとまとめにする。次は朝食だ。シルフィーナは部屋を出ると騎士団専用の食堂に足を運ぶ。
すでに十数人の騎士が朝食をとっていた。シルフィーナも他の騎士同様、列に並びメニューを選ぶ。木製のトレイに好きな品を取っていく方式だ。
今日はパンの気分なので、外はカリカリ中はふんわりとした丸パンとコーンスープ、野菜サラダ、ナッツの盛り合わせにした。トレイに載せた朝食を持って、適当な席に腰を下ろす。今日は特に知り合いを見かけなかったので、一人で食べることにした。
スープをひと口啜ったところで、声をかけられる。
「隣、よろしいですか?」
「ああ、どう、ぞ……」
言葉の歯切れが悪くなったのは、今一番会いたくて、でも会いたくない相手だったからだ。ジェラールである。
昨夜の厨房での出来事を思い出し、シルフィーナは警戒する。
「おはようございます~、いい天気ですねぇ」
相変わらず緊張感の欠片もない呑気ぶりだ。ジェラールはシルフィーナの隣に座ると、ずずーっとお茶を啜る。
「……」
(なにを話せばいいのかわからん。とっとと食べて皆のところへ行こう)
シルフィーナはどんどん食べ物を口に運び、咀嚼する。早くここから離れたくて必死に食べ進めているため、味わう余裕がない。まるで小動物が頬袋に食べ物を詰め込んでいるような状態だ。
「シルフィーナさん、昨日はあれからどうしたんです? よく眠れました?」
ずいっと顔を寄せ覗き込まれ、シルフィーナは食べ物を喉に詰まらせ咳込む。
「げほっ、ごほ……っ」
「おやおや、大丈夫ですか~。はい、これを飲んで」
横からすっとお茶が差し出される。シルフィーナは素直にそれを受け取り、お茶を飲んで食べ物を胃に流し込んだ。
「ふふ。間接キス、ですねぇ」
「なっ!?」
(し、しまった! 苦し紛れに飲んだのは団長のお茶だったのか! ていうか自分の飲みかけを私に差し出すなッ)
「そう警戒せずとも、取って食ったりしませんから」
ジェラールは頬杖をついてにこにことシルフィーナを見つめている。対する彼女は不安と緊張で少し蒼くなっている。
「あまり見ないでいただけますか」
「照れているんですか? 可愛いですねぇ」
ジェラールは手の甲でシルフィーナの頬をそっと撫で上げる。思わず、ビクリと体を震わせてしまった。
「わ、私に触るなっ!」
油断も隙もないこの男の前では、いくら警戒してもし足りないのだ。いつまたキスされるかと怖くなり、シルフィーナは席を立つ。少しでも早く、ここから離れるために。
「そう急がなくともいいじゃありませんか。就業までには、まだ時間がありますし」
「じ、時間のあるなしではありませんっ」
(団長の傍にいたら私の貞操が危ない! 一刻も早くこの場を離れて安全な場所へ避難しなくては)
「そんなに僕のことが怖いんですか? 心配せずともこんな大勢いる前で変な真似はしませんよ」
「……」
(信じても大丈夫だろうか?)
「せめてきちんと朝食を食べ終わってから行きなさい。その間は、なにもしないと誓いますから」
「……わかりました」
再度席につき、残りの朝食を口に運ぶ。
(うう、非常に食べづらい……。ったく、なんでそんなに嬉しそうな顔で私を見つめ続けているんだ、この団長は。理解不能だ)
「おはよう、シルフィーナ」
そこへオードリックが現れた。彼は朝食を載せたトレイをシルフィーナの正面の席に置いて座る。
「オードリック様、おはようございます」
第三者が現れたので、これで安心だとシルフィーナはほっとする。
(ああ、オードリック様はやっぱり素敵だ。キラキラ光る金の髪がとっても綺麗だし、同じ青い目でも団長より段違いの安心感がある)
「ジェラールと付き合うことになったんだって?」
「……は?」
思わず固まった。恐ろしいことを聞かされてしまったからだ。
(誰が、誰と付き合うだと?)
「ジェラールはいざというとき頼りになるから、安心して身を任せるといいよ」
そう言って、憧れの君はにっこり微笑んだ。
「違います! 私たちは付き合ってません! というか団長なんて死んでもごめんです!」
「……と言ってるけど、どうなんだい。ジェラール」
「ふふ、素直になるのが怖いだけですよ。本当に可愛いですねぇ、シルフィーナさんは」
(いや、待て! ちょっと待て! なにをどう解釈したらそういう結論に行き着くんだ!?)
シルフィーナはジェラールと付き合う気など微塵もない。ありえないことだ。
「……団長、頭沸いてんですか?」
(付き合うとか以前に私、団長のことなんて全然好きじゃありませんから!)
冷ややかな目で見つめても、当人はどこ吹く風だ。
「そんなことを言っていられるのも今のうちだけですよ。すぐに僕を好きになりますから」
シルフィーナの目に映るだけでも嬉しいといった様子で、ジェラールは終始にこにこしている。
(その揺るぎない自信はどこからくるんだ……確かに剣の腕は一流だけど、頭は残念な人なのか?)
そんなことを思いながら訝しんでいると――
「そんなに見つめられたら嬉しくなっちゃいますねぇ~」
「……」
呆れたシルフィーナは、もう返す言葉がなかった。なにを言っても、この団長を喜ばせるだけだ。
必要以上にジェラールと関わるのはよそう、そう思った。そこでシルフィーナは憧れのオードリックに話題を振ることにした。
「オードリック様はどうなのですか? すでに、お付き合いしている相手がいらっしゃるのでしょうか?」
「うん、そうだね。お付き合いしている女性はいるよ。今は婚約中でね」
はにかんで言うオードリックにキュンとときめくと同時に、頭から一気に冷水を浴びせられた気がした。苦し紛れに振った話題で、自分の失恋が決定してしまったからだ。
失恋と呼ぶほど大げさなものではないかもしれない。この気持ちは恋というより憧れに近い。
衝撃を受けたとはいえ、本気で好きになる前にこのことを知れてよかったとシルフィーナは思う。焦がれるほど好きになっていたら、今この場で泣いてしまったかもしれない。
「そうですか、きっと素敵な女性なんでしょうね」
微笑んで見せるものの、胸がちくりと痛みを訴えてくる。
(こんなのは気のせいだ。自分の想いには気づかなかったことにしておこう。私は全然平気だ。問題ない。その証拠に、ほら、普通に笑っていられる)
シルフィーナはその胸の痛みを強引に心の奥に追いやった。憧れのオードリックの前で、悲しい顔など見せたくない。
「ああ、私にとって最高の女性だよ」
オードリックはそれはもう幸せだと言わんばかりに微笑んだ。
そして彼の幸せそうな笑みに、シルフィーナの胸の奥がまた、つきん、と痛みを訴えた。
その様子をジェラールはじっと見守っていたが、ふと立ち上がる。
「さて、そろそろ行きましょうか、シルフィーナさん」
「え?」
「君に手伝ってほしいことがあるんです。では、オードリック、また次の機会に」
そう言うジェラールになかば強引に手を引かれ、シルフィーナは食堂をあとにした。
ジェラールに手を引かれるまま外に出て、彼女は敷地内にある薔薇園へ連れてこられた。彼は無言で、どんどん奥へ入っていく。この薔薇園は迷路のようになっていて、人目を避けるにはもってこいの場所だ。
「ここらへんでいいでしょうかね……」
ジェラールにそっと手を放された。
「あ、の……?」
(これは一体どういうことなのだろう?)
意味がわからないとジェラールを見ると、慈愛に満ちた、けれど少し寂しそうな視線を向けられる。
「いえ……あれ以上あそこにいる君を、見ていられないと思いまして」
その言葉の意味を理解し、シルフィーナは動揺する。
「君がオードリックに気があることは、わかっていましたから……」
――泣いてもいいんですよ。
言外にそう言っているのが伝わってきて、鼻の奥がつんとする。
「いえ……私は大丈夫で……」
気落ちした声で答えると、言い終わる前に頭を引き寄せられ、シルフィーナはジェラールの胸に抱かれる。
「よしよし」
穏やかな声に、頭をやさしく撫でる手、そして温かい胸。
こうもやさしくされると、もう限界だった。泣くつもりなど本当になかったというのに、シルフィーナの目からぽろりと涙が零れ落ちる。
「……っ」
彼女は、しばらく声を押し殺して涙した。
(不思議だ……油断も隙もなくて逃げたくて堪らなかったのに、今はこんなに安心できる)
「もう、平気です」
ハンカチで涙を拭ったシルフィーナは、顔を上げた。それから躊躇いつつもジェラールから離れた。
「もう少しここでゆっくりしていきましょうか。目がウサギさんです」
「はい……」
(私はこの人に恥ずかしいところばかり見られている。どうしたらいいのだろう。恥ずかしくて、いたたまれない)
ジェラールが手伝ってほしいことがあると言っていたことを、ふと思い出した。
「あの、私に手伝ってほしいことってなんでしょうか?」
無言でいるのは耐えがたく、とりあえずジェラールに問いかけてみる。
「ああ、あれはあの場を離れるための方便ですよ。深い意味はありません」
「そうですか」
(私のために嘘をついてくれたんだ……。もしかしたら、団長はいい人なのかもしれない)
「おや、頭と肩にイモムシが乗ってますよ」
「ひい! 早く取ってくださいっ!」
シルフィーナは毛虫や蛇などのうねうね動く生き物がとても苦手だ。あの動きが、気持ち悪くて仕方ないのだ。
「はい、じっとしててくださいねぇ~」
ジェラールはシルフィーナに近寄ると、そっと頭と肩に手を添える。そして包み込むように抱きしめる。
「……取れましたか?」
「んー、もうちょっとです、動いちゃいけません」
「は、はいっ」
(ああ、早く取れろ~! あの黄緑のふにゃっとしたイモムシがついていると思うと鳥肌が立つ)
ジェラールはシルフィーナの長く豊かな黒髪に指を滑らせた。それからぎゅっと抱き寄せ、一度大きく息を吸い込んだ。髪の香りを確かめられているようで、シルフィーナは気恥ずかしくなる。
彼はシルフィーナの肩に置いていた手を滑らせ、うなじを撫でた。そして彼女がぴくっと反応した途端、彼の口から色香を含んだ吐息が漏れる。
「とっ、取れましたか?」
「すいませんねぇ、うなじのところにも一匹いて、取っているところです」
密着している状態で耳元で喋られると、シルフィーナは腰がむずむずして身じろいだ。
「それにしても、見事な黒髪ですね。日の光を反射してキラキラしていますよ」
「あっ、あの……あまり耳元で喋らないでください……」
ジェラールの声と吐息が耳をくすぐり、そのたびに腰が疼いて落ち着かない。
「ふふ、気持ちよくなっちゃったんですか?」
笑い混じりの声で言われ、シルフィーナはぎょっとする。
「ち……違いますっ」
即座に否定したものの図星だった。
「ならちょっと試してみましょうか」
「え?」
耳朶に、なにかが触れる。それがジェラールの唇だとわかり、シルフィーナは羞恥に頬が熱くなった。はむはむとやさしく食まれているうちに、じんわりと気持ちよくなってくる。軽く歯を立ててひっぱられるとまた別の心地よさを感じ、どうしようもなく恥ずかしくなった。
しかしジェラールの行為は止まらない。続けてちゅっと音を立て耳朶を吸われたかと思えば、飴玉でも舐めるようにしゃぶられる。するとふたたび腰がうずうずとして、シルフィーナは瞳を潤ませた。
「……っん……くぅ……」
恥ずかしい声が漏れ、慌てて両手で口を塞ぐ。わざといやらしい音を立てているのだと気づき、泣きたくなる。
(早く、終わって……!)
ぎゅっと目を閉じ快感に耐えていると、生温かいものが耳の中に入ってくる。くちゅり、と卑猥な音を響かせながら、舌がゆっくりと這い回る。
「んんんっ……んっ、……ん」
必死でこらえているのに甘えているような声が漏れてきて、恥ずかしすぎて消えてしまいたいとシルフィーナは思う。時折かかるジェラールの熱い吐息と、舌での愛撫が堪らなく気持ちよくて、何度も背筋に快感が走る。そのたびに体が震え、へたり込みそうになった。
「ああ、本当に君はどうしてそんなに可愛いんでしょう」
ふう、と熱の篭った息を吐き出しながら、ジェラールはシルフィーナを強く抱きしめる。
「いやぁ、参りました。ちょっとしたイタズラのつもりだったんですがねぇ」
「っ!?」
どういうことだと顔を上げ、ジェラールを見つめるシルフィーナ。
「イモムシがいると言ったのは嘘です。あはははは」
悪びれた様子もなく呑気に笑う彼を見て、シルフィーナはわなわなと震える。どれだけ自分がイモムシに怯えていたのか、思い知らせてやりたいと思った。
「わ、笑いごとじゃありません! どんなに私がイモムシの恐怖に耐えていたか……!」
「気持ちよくしてあげたんだからいいじゃないですか。足りませんでしたか?」
「そういう問題じゃないっ」
必死に離れようともがくのに、ジェラールの腕はびくともしない。
「放せ! この馬鹿力っ!」
相手が上司だろうが関係ない。一刻も早く解放されたいシルフィーナは、なりふり構っていられない。
(少しでもいい人だと思い始めた私が馬鹿だった!)
「えー……そんなふうに言われると、ますます放したくなくなります。いっそのこと一日中こうしていましょう」
「嫌です! 放してください!」
これでもかとジェラールを睨みつける。
「……どうしても?」
「どうしても!!」
(誰か嘘だと言ってくれ、こんなのが団長だなんて、なにかが間違っている!)
「しょうがありませんねぇ……」
シルフィーナが声を荒らげて拒否すると、物凄く渋々とだが解放される。やっと自由になれたので、一歩彼から離れた。
「私が同意していない以上、団長のやったことは立派なセクハラですからね」
(よし! はっきり言ってやったぞ)
「いえいえ、そんなことはありません。これは勝負に勝って取りつけた約束であるキスの中に含まれますから。僕はただ耳にキスしただけですし」
いけしゃあしゃあと、ジェラールはそうのたまった。反省の色など微塵もない。
「ふ、ふざけるなっ。あんないやらしいことをしておいて……っ」
怒りのあまりシルフィーナの声が震える。
「心外だなあ。気持ちよさそうにしていたじゃありませんか」
なにが不満なんですか、とでも言いたげな顔だ。
「う、うるさいっ。アレは不可抗力だ! 誰だってあんなふうにされたら気持ちよくなるっ」
(く、くそぉ。どうしてコイツといると、いつもこうなるんだ。私は心底嫌がっているのに……!)
「ふふ、気持ちいいのならよかったです。口では嫌だと言いながら、体は僕を受け入れてくれてるんですねぇ。素直じゃない君も可愛いと思いますよ、はい」
うんうん、と一人納得するジェラール。
「違うから! それ団長の大いなる勘違いだから!」
ぴしゃりと言い放つ。
「水臭いですねぇ、そろそろ名前で呼んでくださいよ。ジェラールと」
「誰が呼ぶかっ」
(絶対絶対、私が団長を好きになることなんてありえない。可能性皆無だ。私はオードリック様のような騎士が好きなんだ。強くて、やさしくて、いつも私に元気をくれる。そして紳士な)
「さて、そろそろ行きましょうか。君も元気になったことですし」
すっと手を差し伸べられる。
(あ……そういえば、いつの間にか涙も乾いてるし、悲しかった気持ちがどこかにいってしまった。まさか今のは、私を元気づけるために? いや、まさか、な……)
「私は先に行くので、団長は少し遅れてきてください」
ジェラールの手を無視して、シルフィーナは薔薇園を抜けたのだった。
「つれないねぇ……」
楽しそうなジェラールの声を背中に投げかけられるも、シルフィーナは構わず歩き続けた。
2 襲われてしまった
無闇に勝負を挑んでも負けるのは目に見えている。かと言って、このままではずっと望まぬキスに応え続けなくてはならない。
なんとしてもそれは避けなければならない。
「オードリック様、うちの団長と闘うにあたり、なにかアドバイスをいただけないでしょうか」
シルフィーナはジェラールとの勝負で少しでも有利になるための情報を集めることにした。同じ団長であるオードリックはジェラールとも仲がいい分、なにか弱点を知っているのではないかと思ってのことだ。
昼一で彼が所属する白獅子騎士団の詰所に出向き、オードリックと二人、向き合って座り話し合うことになったわけだ。
失恋したての相手に相談するのもどうかと思ったが、ジェラールの前で泣いたせいかすっきりした。それで失恋の痛みはほぼ引きずっていないのだ。その点では少しだけジェラールに感謝したシルフィーナだった。
「そうだなあ、私も彼とは付き合いが長いのだけど、弱点らしい弱点がなくてね……本当に天才なんだよ。だから私も彼に勝てたためしがない」
「そう、ですか……オードリック様でも勝てないなら、もう他に勝てそうな人はいないですね……」
なにか弱点の一つでもわかればと思っていたのに、それすら出てこないとは、とシルフィーナは肩を落とす。
「なぜそこまでジェラールに勝とうとするのかな? 美青年だし、剣術は天才的だし、頭も切れる。相当な優良物件かと思うけどね」
「……だって、好きでもないのに賭け試合に乗り、キ、キスしてくるような人ですよ? そんな軽いノリでキスするものじゃないと思うんです」
「彼に軽んじられてる感じがするのが嫌だってことかな?」
「それもですけど……お互い好きじゃないですし」
「うーん、君のほうはそうかもしれないけど、ジェラールは君が思っているより君を大切にしていると感じるけどね」
「そうでしょうか。私には、ただのセクハラ団長にしか思えないのですが……」
「あはははっ」
シルフィーナの言葉を聞いたオードリックは笑い声を上げる。
「笑いごとじゃないですよ……なんか、隙あらばって感じで、その……してくるといいますか……」
ここまで話す必要はないだろうが、自然と口をついて出てしまい、シルフィーナは頬を熱くした。
「だけど君も満更ではないんじゃない?」
「いいえ、迷惑だと思ってます。なんかもう団長が視界に入るだけで、そわそわして落ち着かないです」
またなにかいやらしいことをされるのではと気が気じゃない。こんなざわついた気持ちでは訓練に勤しむことができない。
なんとか憂いの元を断ちたいと思うのは、シルフィーナの中でごく当然のことだ。
「落ち着かない、ねぇ。まあ、何度もキスされるのは、それだけ君が好かれているということじゃないのかな。なにか問題でも?」
「わ、私は好きではないので……困ると言いますか」
「長いものには巻かれろと言うし、いっそ巻かれてみたらどうかな?」
「じょっ、冗談じゃありません! 誰があんな……」
これまでの彼の所業を思い出し、恥ずかしさにいたたまれなくなる。
「私からすればお似合いの二人だと思うんだけどね」
「ちっとも嬉しくないです……」
勝負に勝つためのいい案をなにかもらえると思ったのに、オードリックは二人をすでにカップルとみなしているらしい。それがわかったシルフィーナは内心がっかりした。
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