愛とは記憶の鳥籠

きのと

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ep.18

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「あの、殿下、わたしの兄は、ライアス・マッコールはどうしたのでしょうか」

「彼も治癒士隠匿の罪で拘束されている」

 リリアーナは顔色を無くした。かつてプリヤールの街の広場で鞭打ちされている貴族の姿を思い出したからだ。

 そんな心の内を読んだのか、ディランは言葉を続けた。

「ライアス・マッコールはセドリックの従者だ。その母親であるノバ・マッコールも同様に、主人の命令で協力せざるを得なかったと判断されたなら罪も軽くなるだろう。もし、私が立太子され、王太子になれば、その権限においてマッコール親子に恩赦を与えることもできる」

「本当ですか⁉」

「約束しよう。そのためには貴女に裁判で証言してもらう必要があるが」

「はい。母と兄を助ける為なら何でもします」

「頼りにしている」

 ディランは満足げに口角を上げた。

 そして、駄目でもともととリリアーナは切り出した。

「ライアスに、兄に会えますか?」

「貴女が望むなら許可しよう」

「え! 会ってもいいのですか!!」

 ディランはクスリと笑みを零した。自分から言い出したくせに驚いたリリアーナが面白かったんだろう。

「こういっては何だが、貴女の協力を仰げるかは、彼の待遇次第だろうということは理解しているつもりだ。貴女が臍を曲げて証言しないと言われるのが私は一番困る。だから、出来る範囲でライアス・マッコールを優遇しよう」

 リリアーナの証言とライアスの待遇はバーターだということか。あまりに明け透けな物言いに戸惑ったが、駆け引きだというなら強気にいくべきだと判断し、その通りだとリリアーナはうなづいた。

「それでは取引成立だ。ライアス・マッコールは北の塔に監禁している。一日に二時間程度なら自由に会えるようにしよう。それでいいだろうか」

「はい。本当にありがとうございます」

 応接室を辞すると、レイエスに案内され、そのまままっすぐ北の塔へ向かった。

 最上階まで螺旋階段を昇ると、鉄格子のついた扉の向こうにライアスがいた。リリアーナに気付くと、くしゃりと顔を歪める。

「一階で待っております。夕刻の鐘がなりましたら必ず降りてきてください」

 そう言い残してレイエスは退出していった。ふたりきりになれるように気を利かせてくれたのだろうか。

「ラス、大丈夫?」

 立ちつくすライアスに近づいて顔を覗き込んだ。まだ傷はあるものの、顔面の腫れは引いている。腕には包帯が巻かれていて、薬品の匂いがした。きちんと手当をしてもらえたようだ。

「こんな怪我なんかどうでもいい。俺が守り切れなかったから、リリを……あんな目に合わせてしまった。すまない、なんて謝ったらいいか……」

「謝らないで。ラスは悪くない。それに、わたしは何ともないもの」

「……リリ」

「そりゃ、少しは怖かったわよ。でも、それだけ。もう気にしていないわ」

「ごめん、本当に……」

「もう、謝らないでって言っているのに。ラスったら、ちゃんと聞いてた?」

「……ああ、わかったよ」

 腰に手を当ててて口を尖らせるリリアーナに、ライアスはようやく微笑みを見せた。

「それより、ラスは不自由していない?」

「全然。思いのほか、快適だ」

 セドリックとトリスタン、フィリスは王城の地下牢に監禁されているらしい。そこと比べたらここは、大きな窓からは光が差し、気持ちのいい風も入ってくる。

 部屋は十分な広さがあった。木製の寝台、テーブルに椅子、チェストまで、基本的な家具は一通り揃っていた。暖を取るための小型の暖炉まで備え付けられている。

 床はきれいに磨かれているし、敷布や衣類は洗濯されて衛生的だ。作り付けの棚には、水差しとパンや果物などの食料が並べられており、痛み止めの薬や替えの包帯、そして本まであった。至れり尽くせりで、とても囚人の環境とは思えない。

 ディランの目的はただひとつ、セドリックの廃嫡だ。それが達成できるなら、一介の従者でしかないライアスの処分が重かろうが軽かろうがどうでもいいのかもしれない。

「わたしたちが暮らしていた家より広くて豪華なんじゃないかしら?」

「まったくだな」

 精一杯冗談めかしていうと、ライアスもクツクツと笑う。

 寝台に並んで腰かけた。ライアスに向けて手をかざし、祈りの言葉を唱えながら、ゆっくりと魔力を放出する。包帯を解くと、傷はすっかり治っていた。

「さすがは一流の治癒士だ」

「ねえ、ラス、教えてちょうだい。わたしが知らないところでいったい何が起こっていたの?」

 事実が何であれ、ライアスから直接聞きたかった。

「リリが十六になる少し前に、フィリス側妃がリリを殺そうとしているとトリスタンから知らされたんだ。だから、水晶宮から連れ出して、王都から離れた場所に匿う計画をふたりで考えた。イネス村を選んだのはトリスタンだよ。領主のクリントン侯爵は義父だから、監視するのに都合が良かったのだろう。母さんもそのときに仕事を辞めて故郷に帰った。リリの秘密を知っているのは母さんも同様だからね。万が一のことを考えた」

 フィリスにはもうひとつ、リリアーナを処分したい理由があった。それはセドリックがリリアーナに夢中なことだ。王太子になるためには、強い権力を持つ高位貴族の令嬢と婚約を結ばなければならないのに、リリアーナに執着して話が進まないのだ。

「セドがわたしを好きだったっていうの? 噓でしょう? ありえないわ」

「リリはまさか気付いてなかったのか?」

「だって、いつもリリアーナは愚図だ、馬鹿だって悪口ばかり言われたわ。お茶の時間にわたしを誘うのは、他の令嬢と違って頭を使わなくて済むからだって。それに自慢話ばかりで心底うんざりしていたのよ」

 ライアスは声を立てて笑う。

「セドもただの男なんだな。好きな女の子をいじめてしまう、好きな女の子の前は格好つけたい」

「わかりにくいわよ!」

「髪飾りをプレゼントされたことがあるだろう?」

「そうよ。その時だって『その地味で野暮ったい髪色も少しはマシになるだろう』って言ったんだから!」

 貰いっぱなしも嫌で、何か返そうと考えたが、一国の王子にふさわしい品などリリアーナの小遣いで買えるわけがない。そもそも街へ出ることを厳しく制限されているため、買い物自体が難しかった。

 結局、料理人のパーカーに教えてもらいながら頑張ってクッキーやマドレーヌを焼いた。それだって、甘さが足りないとか、形が崩れている、歯触りが悪いと文句ばかり言われた。

「でも、全部食べたんだんだよな」

「ええ。どうして知っているの?」

「セドが自慢げに話してきたからさ。リリアーナから手作りの菓子を貰ったって」

 リリアーナは頭を抱えたくなった。

 確かに孤児院でも少し年上の男子が女子を揶揄っているのを何度も見たことがある。髪を引っ張ったり、虫を肩に置いたり。嫌いな相手に嫌がらせをしているのだと思っていたが、実は好きだから関心を引きたくてやっているのだと、他の年長の女の子に教えてもらった。

 でも、まさか、帝王学を学ぶ王子が、そのへんの男の子と同じことをするなんて思わないじゃないか。

 それに、好きな女子に意地悪をしてしまうのが世の男子の常だとしても、あそこまで酷いことを言う必要があったのだろうか。もう少し普通に接してくれていたら、恋愛感情は抱かなくても、幼馴染の友人としては好きになっていたかもしれないのに。ほんのわずかな弱みすら見せられない王子という立場をリリアーナは気の毒に思った。


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