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第二章 深窓の君
67. 優しく、温かい
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ちゃぷん、と湯が音を立てる。
リノは静かに吐息を吐いて、僕にもたれ掛かった。僕はリノお腹の当たりに手を回して、彼の身体を少しだけ支える。
「痛む所はない?」
「ん……今の所は平気」
リノは少し顔を僕の方に向けて頷いた。僕は良かった、と言って彼の濡れた髪にキスを落とす。彼はくすぐったそうに笑って僕の手を握った。
僕たちは身体を重ねた後、一緒にお風呂に入っていた。リノは僕にもたれ掛かり、顔を覗く。
「ティトは大丈夫?」
「うん、すごく気持ちよかったよ」
「ふふ、僕も」
後ろから抱きしめると、彼は嬉しそうに笑って僕の手に指を絡ませた。
「この時間がずっと続けばいいのになぁ……」
彼はほぅと息を吐き、ぽつりと呟いた。
「そうだね、またこうやって一緒に過ごそう」
「……うん」
リノは小さく頷くと、優しく微笑む。
僕たちは身体を密着させると、そのままゆっくりと唇を合わせた。
翌朝、いつも通りの時刻に目を覚ました僕たちは、身支度をして、日課の礼拝に向かった。
起きた後、しばらく触れ合って過ごしたため、到着した時間はそこまで早い時間ではなかったが、礼拝堂にはレヴィルは来ていなかった。
最近の彼は調子が悪い事も多く、本当に無理のない時にだけに参加をしてもらうことになっている。今日もきっと大事をとっているのだろう。
いつも通り祈りを捧げ、礼拝堂を出てダイニングルームに向かう。すると道中で、少し焦った様子でレヴィルの従者が駆け寄ってきた。
「ティト様、リノ様、おはようございます」
「おはよう」
彼は深く頭を下げると、何と言い出そうか迷う様な表情をした。それで何となく何の目的で来たのかを察する。
「レヴィルの具合が良くないのかな」
「はい……本日はお加減が優れず……大変恐縮でございますが、よろしければ……朝食後でも構いませんのでレヴィル様の私室にお越しいただけないでしょうか」
彼は申し訳なさそうにそう言った。僕とリノが昨夜一緒に過ごしたことを知っているのだろう。
レヴィルの体調不良はお腹の子の為に魔力のほとんどを使っている事が原因だ。父親である僕が近くにいると魔力の波長が合い、比較的症状が軽減されるらしく、レヴィルの体調が著しく悪い時はこうして呼びにきてくれる事があった。
僕が口を開こうとすると、隣のリノがそっと腕に触れる。振り向くと、彼は淡く微笑んだ。
「朝食前にいってきてあげて」
「……いいの?」
「うん、きっとティトの顔を見たら安心すると思うから」
レヴィルの元へすぐに行ってあげたいと思う反面、先ほどのリノの呟きを思い出して躊躇いが生じる。するとリノがそれを察したのか優しく笑った。
「大丈夫だよ。先に朝食食べてるから、ゆっくり過ごしてあげて」
「うん……」
ごめん、と口に出そうになって思い止まる。ここで謝って僕が楽になってしまうのはきっと違うだろう。
「リノ」
「ん?」
僕はリノをそっと引き寄せ、彼の頬に手をやって彼の顔を見る。
「ありがとう」
「うん」
近くにいた従者がすっと気配を消し、一歩下がった。僕はそれを察し、リノをさらに引き寄せた。そして、そっと触れるだけの口付けを彼に落とす。
「いってくるね」
「うん、大丈夫、ゆっくりしてきて」
リノがこつんと額を合わせる。そのまま彼の手が僕の首に回り、僕たちはもう一度キスをした。
唇が離れるとリノは僕の頬を優しく撫でて笑った。
レヴィルの部屋を訪れると、彼はベッドで蹲る様に丸くなっていた。寝相が良い彼にしては珍しい。おそらくそれほど体調が悪いのだろう。呼吸が浅く、上掛けが小さく上下している。僕はそっとベッドサイドに腰をかけた。
「辛そうだね……」
「………………ティト……」
顔を上げた彼はいつにも増してぐったりとしていた。もしかすると一度戻してしまったのかもしれない。
僕は彼の額にそっと手を当てた。やはり少し微熱がある。
「水は飲めてる?」
レヴィルは僕の質問には答えなかった。みるみるうちに彼の瞳に水の膜が張られ、ゆらゆらと揺れる。
「……すまない……お前とリノの邪魔を、したいわけじゃないのに、こんな……っ」
彼は絞り出す様にそう言うと、はらりと涙を落とした。僕は慌てて彼の肩に触れる。
「レヴィル、大丈夫だよ、邪魔なんてしてないじゃないか」
彼は僕の言葉に緩く首を振ると、うわ言の様に謝り、嗚咽を漏らした。こんな様子の彼は初めてで、僕は何と声を掛けるべきなのか迷ってしまう。
「…………レヴィル、僕も横になっていいですか?少しハグをしましょう」
僕は彼の返事が来る前に革靴を脱ぎ、ベッドに足をあげる。そして、そのまま彼の隣に横になった。やはり彼の身体は熱っぽい。僕は少しでも彼が楽になって欲しい気持ちでそっと彼に触れた。
「大丈夫だよ、レヴィル、大丈夫」
まるで寝かしつける様にトン、と優しく彼の背を撫でる。それを繰り返すと、レヴィルは少しだけ息を吐いた。浅かった呼吸が落ち着き始める。
僕は彼が落ち着くまで彼の背を摩り続けた。
どれくらい経ったか、しばらくすると彼は少し身動ぎをして僕に身を寄せた。なんだかその仕草に酷く安心してしまう。
「……レヴィル、いつも頑張ってくれて本当にありがとうね」
僕がぽつり、とそう呟くと、ようやくレヴィルが僅かに顔を上げた。
「レヴィルは僕たちの子を育てるために魔力を使ってるんだ。それが原因で体調が悪いんだから、レヴィルが悪い事なんて全くないと僕は思うよ」
彼の頬を伝った涙の跡をそっと拭う。
「代わってあげられなくてごめんね」
「…………お前が……謝る事はないだろう、いつも側に居てくれるじゃないか」
「うん……ありがとう」
僕は彼の栗毛の髪をそっと撫で、その美しい髪にキスを落とす。すると彼が少し不安そうに僕を見た。
「……リノは……悲しんでなかったか?」
「リノが早く行ってあげてって言ってくれたんだよ」
僕がそう言うとレヴィルは少しだけ安心した様な顔をした。きっと一夜を過ごした僕とリノの時間を邪魔をしたくないと、何とか1人で耐えようとしていたのだろう。
僕は彼の背をもう一度撫で、覚悟を決めて口を開いた。
「……僕ね、レヴィルの事が大好きなんだ。……けれど、リノの事も大好きだし、大切だ。今まではその状態が苦しくて、ずっと逃げてばかりだった」
僕がぽつぽつと語り始めると、レヴィルは僕を静かに見上げた。
「……でも、ジーン様とユリウス様とお会いして……中途半端なままより、レヴィルとリノが幸せと思ってくれるくらい、精一杯2人を大切にした方がいいと思った。
―― ――だから……すごく勝手な話だけれど、僕がリノを愛する事を許して欲しい」
ダークブルーの瞳が僕を捉える。その瞳はもう涙に濡れてはいなかった。彼はゆっくりと2回瞬きをして、僕の頬にそっと手を伸ばす。
「ああ、それがいいな」
その声色は途方もなく優しくて、温かかった。
僕はそれ以上言葉が続けられなくて、レヴィルをさらに抱きしめる。彼は少しだけ笑って僕を受け入れた。
「眠るまで……こうしてくれ……」
「……分かった」
「愛してるよ、ティト」
「……ありがとう……僕も心から貴方を愛しています」
「うん……」
そう言うとレヴィルは僕の胸に顔を寄せた。
レヴィルが眠りにつくと、僕は一度食事を取る為に彼の部屋を出た。部屋を出る頃には彼の様子は落ち着いて、顔色も良くなっていたが、食事後は戻ってくる旨を従者に伝える。
ダイニングルームに向かうと、そこにはリノの姿はなかった。使用人に彼の行方を聞き、居間へ向かうと、彼は暖炉の前で静かに書類に目を通していた。
歩み寄ると彼は僕に気付き、心配そうに顔を上げる。
「レヴィルはどうでした?」
「うん、今日はかなり体調が悪そうだった。今は眠ったんだけれど、食事を摂ったら戻って今日は彼の部屋で仕事をするよ」
「そっか、それがいいね」
レヴィルは気を遣って体調が悪くても、僕を呼ばず頑張ってしまう所があるので、従者とも相談して今日は彼の書斎で仕事をする事にした。書斎と寝室は隣り合っているので、彼の休息をそこまで邪魔をせず様子を伺えるだろう。
リノは今日は僕が傍にいると聞いて少しだけ安心したようだった。
「リノは……朝食食べなかったの?」
「ん?……うん」
先ほど使用人にリノの所在を確認したところ彼は結局朝食を取らなかったと教えてもらった。僕がどうして?と聞くと彼はうーん、と言葉を濁す。
「……ティトと過ごした時間がすごく幸せだったから、1人で朝食を摂るとそれもセットで思い出に残りそうだな、と思って」
それなら食べなくてもいいかな、と思って抜いちゃった。と、彼は少し困った様に笑った。
昨夜の時間を大切に思ってくれているのだろう。なんだかそれが健気できゅう、と胸が締め付けられる様な気持ちになる。
「じゃあ……僕と一緒にブランチにしない?」
「……うん」
リノは少しだけ照れたような、嬉しそうな顔で笑った。
「リノの今日の予定は?」
「今日はお茶会に2件行く予定だよ」
「そっか、2件」
レヴィルが懐妊してからリノは忙しい日が多くなった。それはレヴィルの仕事を引き受けたからというよりは僕が原因だ。婚礼の前にレヴィルが妊娠した事で、僕のアデルとしての評価が上がり、貴族家からの誘いが絶えないらしい。リノはその処理のために忙しくしていることも多くなっていた。
「いつもありがとう。何か手伝える事があったら教えてほしい」
「ふふ、今のところは大丈夫だよ。でもありがとう」
リノはとん、と書類をまとめ始めた。
僕はリノが書類を片付けるのを見守っていたが、途中で先ほどレヴィルとした会話を思い出して口を開く。
「……さっき、レヴィルが寝付く前に、僕にしてほしい事がないか聞いてみたんだ」
「うん、なんだって?」
リノは柔らかく微笑み、顔を上げる。
「リノと僕の2人で旅行に行って欲しいって」
「え?」
リノはきょとんとした顔をした。僕は先ほどレヴィルが話してくれた内容を思い出す。
「湖水で僕と2人で過ごした時間がすごく楽しくて思い出になったから、リノにも同じ思いをさせてあげたいって、だから僕と2人で旅行に行って欲しいって言っていたよ」
レヴィルは何かして欲しい事はないかと聞くと、ほぼ即答でそう口にした。2人は元々親友同士でお互いが大切な存在だ。きっとリノが損な役回りばかり選ぶのをレヴィルはずっと気にしていたのだろう。
リノは書類の片付ける手を止めた。
「……自分の事を頼めば良いのに……っあの人は……」
彼は困った様に震えた声でそう言うと、顔を手で覆った。
しばらく押し黙った彼の指の隙間からは、ぽとり、と涙が零れ落ちていた。
リノは静かに吐息を吐いて、僕にもたれ掛かった。僕はリノお腹の当たりに手を回して、彼の身体を少しだけ支える。
「痛む所はない?」
「ん……今の所は平気」
リノは少し顔を僕の方に向けて頷いた。僕は良かった、と言って彼の濡れた髪にキスを落とす。彼はくすぐったそうに笑って僕の手を握った。
僕たちは身体を重ねた後、一緒にお風呂に入っていた。リノは僕にもたれ掛かり、顔を覗く。
「ティトは大丈夫?」
「うん、すごく気持ちよかったよ」
「ふふ、僕も」
後ろから抱きしめると、彼は嬉しそうに笑って僕の手に指を絡ませた。
「この時間がずっと続けばいいのになぁ……」
彼はほぅと息を吐き、ぽつりと呟いた。
「そうだね、またこうやって一緒に過ごそう」
「……うん」
リノは小さく頷くと、優しく微笑む。
僕たちは身体を密着させると、そのままゆっくりと唇を合わせた。
翌朝、いつも通りの時刻に目を覚ました僕たちは、身支度をして、日課の礼拝に向かった。
起きた後、しばらく触れ合って過ごしたため、到着した時間はそこまで早い時間ではなかったが、礼拝堂にはレヴィルは来ていなかった。
最近の彼は調子が悪い事も多く、本当に無理のない時にだけに参加をしてもらうことになっている。今日もきっと大事をとっているのだろう。
いつも通り祈りを捧げ、礼拝堂を出てダイニングルームに向かう。すると道中で、少し焦った様子でレヴィルの従者が駆け寄ってきた。
「ティト様、リノ様、おはようございます」
「おはよう」
彼は深く頭を下げると、何と言い出そうか迷う様な表情をした。それで何となく何の目的で来たのかを察する。
「レヴィルの具合が良くないのかな」
「はい……本日はお加減が優れず……大変恐縮でございますが、よろしければ……朝食後でも構いませんのでレヴィル様の私室にお越しいただけないでしょうか」
彼は申し訳なさそうにそう言った。僕とリノが昨夜一緒に過ごしたことを知っているのだろう。
レヴィルの体調不良はお腹の子の為に魔力のほとんどを使っている事が原因だ。父親である僕が近くにいると魔力の波長が合い、比較的症状が軽減されるらしく、レヴィルの体調が著しく悪い時はこうして呼びにきてくれる事があった。
僕が口を開こうとすると、隣のリノがそっと腕に触れる。振り向くと、彼は淡く微笑んだ。
「朝食前にいってきてあげて」
「……いいの?」
「うん、きっとティトの顔を見たら安心すると思うから」
レヴィルの元へすぐに行ってあげたいと思う反面、先ほどのリノの呟きを思い出して躊躇いが生じる。するとリノがそれを察したのか優しく笑った。
「大丈夫だよ。先に朝食食べてるから、ゆっくり過ごしてあげて」
「うん……」
ごめん、と口に出そうになって思い止まる。ここで謝って僕が楽になってしまうのはきっと違うだろう。
「リノ」
「ん?」
僕はリノをそっと引き寄せ、彼の頬に手をやって彼の顔を見る。
「ありがとう」
「うん」
近くにいた従者がすっと気配を消し、一歩下がった。僕はそれを察し、リノをさらに引き寄せた。そして、そっと触れるだけの口付けを彼に落とす。
「いってくるね」
「うん、大丈夫、ゆっくりしてきて」
リノがこつんと額を合わせる。そのまま彼の手が僕の首に回り、僕たちはもう一度キスをした。
唇が離れるとリノは僕の頬を優しく撫でて笑った。
レヴィルの部屋を訪れると、彼はベッドで蹲る様に丸くなっていた。寝相が良い彼にしては珍しい。おそらくそれほど体調が悪いのだろう。呼吸が浅く、上掛けが小さく上下している。僕はそっとベッドサイドに腰をかけた。
「辛そうだね……」
「………………ティト……」
顔を上げた彼はいつにも増してぐったりとしていた。もしかすると一度戻してしまったのかもしれない。
僕は彼の額にそっと手を当てた。やはり少し微熱がある。
「水は飲めてる?」
レヴィルは僕の質問には答えなかった。みるみるうちに彼の瞳に水の膜が張られ、ゆらゆらと揺れる。
「……すまない……お前とリノの邪魔を、したいわけじゃないのに、こんな……っ」
彼は絞り出す様にそう言うと、はらりと涙を落とした。僕は慌てて彼の肩に触れる。
「レヴィル、大丈夫だよ、邪魔なんてしてないじゃないか」
彼は僕の言葉に緩く首を振ると、うわ言の様に謝り、嗚咽を漏らした。こんな様子の彼は初めてで、僕は何と声を掛けるべきなのか迷ってしまう。
「…………レヴィル、僕も横になっていいですか?少しハグをしましょう」
僕は彼の返事が来る前に革靴を脱ぎ、ベッドに足をあげる。そして、そのまま彼の隣に横になった。やはり彼の身体は熱っぽい。僕は少しでも彼が楽になって欲しい気持ちでそっと彼に触れた。
「大丈夫だよ、レヴィル、大丈夫」
まるで寝かしつける様にトン、と優しく彼の背を撫でる。それを繰り返すと、レヴィルは少しだけ息を吐いた。浅かった呼吸が落ち着き始める。
僕は彼が落ち着くまで彼の背を摩り続けた。
どれくらい経ったか、しばらくすると彼は少し身動ぎをして僕に身を寄せた。なんだかその仕草に酷く安心してしまう。
「……レヴィル、いつも頑張ってくれて本当にありがとうね」
僕がぽつり、とそう呟くと、ようやくレヴィルが僅かに顔を上げた。
「レヴィルは僕たちの子を育てるために魔力を使ってるんだ。それが原因で体調が悪いんだから、レヴィルが悪い事なんて全くないと僕は思うよ」
彼の頬を伝った涙の跡をそっと拭う。
「代わってあげられなくてごめんね」
「…………お前が……謝る事はないだろう、いつも側に居てくれるじゃないか」
「うん……ありがとう」
僕は彼の栗毛の髪をそっと撫で、その美しい髪にキスを落とす。すると彼が少し不安そうに僕を見た。
「……リノは……悲しんでなかったか?」
「リノが早く行ってあげてって言ってくれたんだよ」
僕がそう言うとレヴィルは少しだけ安心した様な顔をした。きっと一夜を過ごした僕とリノの時間を邪魔をしたくないと、何とか1人で耐えようとしていたのだろう。
僕は彼の背をもう一度撫で、覚悟を決めて口を開いた。
「……僕ね、レヴィルの事が大好きなんだ。……けれど、リノの事も大好きだし、大切だ。今まではその状態が苦しくて、ずっと逃げてばかりだった」
僕がぽつぽつと語り始めると、レヴィルは僕を静かに見上げた。
「……でも、ジーン様とユリウス様とお会いして……中途半端なままより、レヴィルとリノが幸せと思ってくれるくらい、精一杯2人を大切にした方がいいと思った。
―― ――だから……すごく勝手な話だけれど、僕がリノを愛する事を許して欲しい」
ダークブルーの瞳が僕を捉える。その瞳はもう涙に濡れてはいなかった。彼はゆっくりと2回瞬きをして、僕の頬にそっと手を伸ばす。
「ああ、それがいいな」
その声色は途方もなく優しくて、温かかった。
僕はそれ以上言葉が続けられなくて、レヴィルをさらに抱きしめる。彼は少しだけ笑って僕を受け入れた。
「眠るまで……こうしてくれ……」
「……分かった」
「愛してるよ、ティト」
「……ありがとう……僕も心から貴方を愛しています」
「うん……」
そう言うとレヴィルは僕の胸に顔を寄せた。
レヴィルが眠りにつくと、僕は一度食事を取る為に彼の部屋を出た。部屋を出る頃には彼の様子は落ち着いて、顔色も良くなっていたが、食事後は戻ってくる旨を従者に伝える。
ダイニングルームに向かうと、そこにはリノの姿はなかった。使用人に彼の行方を聞き、居間へ向かうと、彼は暖炉の前で静かに書類に目を通していた。
歩み寄ると彼は僕に気付き、心配そうに顔を上げる。
「レヴィルはどうでした?」
「うん、今日はかなり体調が悪そうだった。今は眠ったんだけれど、食事を摂ったら戻って今日は彼の部屋で仕事をするよ」
「そっか、それがいいね」
レヴィルは気を遣って体調が悪くても、僕を呼ばず頑張ってしまう所があるので、従者とも相談して今日は彼の書斎で仕事をする事にした。書斎と寝室は隣り合っているので、彼の休息をそこまで邪魔をせず様子を伺えるだろう。
リノは今日は僕が傍にいると聞いて少しだけ安心したようだった。
「リノは……朝食食べなかったの?」
「ん?……うん」
先ほど使用人にリノの所在を確認したところ彼は結局朝食を取らなかったと教えてもらった。僕がどうして?と聞くと彼はうーん、と言葉を濁す。
「……ティトと過ごした時間がすごく幸せだったから、1人で朝食を摂るとそれもセットで思い出に残りそうだな、と思って」
それなら食べなくてもいいかな、と思って抜いちゃった。と、彼は少し困った様に笑った。
昨夜の時間を大切に思ってくれているのだろう。なんだかそれが健気できゅう、と胸が締め付けられる様な気持ちになる。
「じゃあ……僕と一緒にブランチにしない?」
「……うん」
リノは少しだけ照れたような、嬉しそうな顔で笑った。
「リノの今日の予定は?」
「今日はお茶会に2件行く予定だよ」
「そっか、2件」
レヴィルが懐妊してからリノは忙しい日が多くなった。それはレヴィルの仕事を引き受けたからというよりは僕が原因だ。婚礼の前にレヴィルが妊娠した事で、僕のアデルとしての評価が上がり、貴族家からの誘いが絶えないらしい。リノはその処理のために忙しくしていることも多くなっていた。
「いつもありがとう。何か手伝える事があったら教えてほしい」
「ふふ、今のところは大丈夫だよ。でもありがとう」
リノはとん、と書類をまとめ始めた。
僕はリノが書類を片付けるのを見守っていたが、途中で先ほどレヴィルとした会話を思い出して口を開く。
「……さっき、レヴィルが寝付く前に、僕にしてほしい事がないか聞いてみたんだ」
「うん、なんだって?」
リノは柔らかく微笑み、顔を上げる。
「リノと僕の2人で旅行に行って欲しいって」
「え?」
リノはきょとんとした顔をした。僕は先ほどレヴィルが話してくれた内容を思い出す。
「湖水で僕と2人で過ごした時間がすごく楽しくて思い出になったから、リノにも同じ思いをさせてあげたいって、だから僕と2人で旅行に行って欲しいって言っていたよ」
レヴィルは何かして欲しい事はないかと聞くと、ほぼ即答でそう口にした。2人は元々親友同士でお互いが大切な存在だ。きっとリノが損な役回りばかり選ぶのをレヴィルはずっと気にしていたのだろう。
リノは書類の片付ける手を止めた。
「……自分の事を頼めば良いのに……っあの人は……」
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