厄災の封印と、交わされた魂

新子珠子

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18. 告白と抱擁

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 その後、ユスティスにお願いして、アルドに少し話がしたいことと伝えてもらった。
 
 すると、次の役目を果たす日を待たず、アルドは思いのほか早く駆けつけてきてくれた。彼には王国騎士団の勤めがあるため、訪れてくれたのは夜だった。

 部屋に入ってくるなり、アルドは心配そうに眉を寄せてこちらを見た。

「……どうした? 何かあったか? 体に異変でも?」
「ううん、大丈夫。体も平気」

 俺はベッドの縁に座ったまま、アルドに穏やかな目を向けた。

「来てくれてありがとう」
「ああ……それはもちろん」

 アルドはそう答えたが、やはり心配そうな顔をしている。

「まだ確定した話じゃないんだ。でも……アルドにも、一緒に考えて欲しいから。今、話したいことがあって……聞いてくれる?」
「聞くよ」

 アルドは真剣な表情で頷く。
 俺はゆっくりとユスティスに話したことを、順を追って語り始めた。

 夢で何度も出会う“闇のセウタピア”
 彼が力を失ったせいで魔物が増えているらしいこと。
 彼が“厄災”だと言われてきた存在そのものであると言われたこと。

 話し終える頃には、アルドは何とも言えない固い表情をしていた。

「…………厄災が……神…………?」

 ぽつりと漏らす声には、迷いと戸惑いが滲んでいる。

「じゃあ……あいつらは…………」

 言葉が続かなくなったのか、アルドは黙り込んでしまった。きっと彼が思っているのは洞窟にいる友人たちだろう。

 俺も何も言えず、ただ静かに彼の横顔を見つめる。部屋の空気が、じわじわと重たくなる。
 窓の外からかすかに聞こえる風の音が、やけに耳に残るほど、室内は静まり返っていた。

 アルドは目を伏せたまま、拳をぎゅっと握っている。その指先は、感情を押し殺そうとするように震えていた。
 誰も言葉を発せず、ただ沈黙だけが流れていく。

 やがてユスティスが、気を利かせてそっと退室した。

 俺はそっと息を吸って、ベッドから立ち上がる。ゆっくりとアルドに近づいていく。

 彼はまだ黙ったまま立ち尽くしていた。
 その姿はどこか心細く見える。

 俺はためらいながらも手を伸ばし、そっと彼の肩に触れた。
 アルドがわずかに肩を震わせる。
 それでも逃げたりはせず、俺の手を受け入れてくれたのを感じて、そっと腕をまわす。

 そして、ゆっくりと彼の体を抱きしめた。
 温かさを伝えるように、優しく、静かに。

「ごめん……まだ確定してないのに、こんなこと言って……」
 
 すると、アルドは俺の背に腕を回して、静かに返してくれる。

「…………いや、言ってくれて、良かった」

 その声は掠れていたけれど、心からの言葉に聞こえる。

「……毎日、夢を見てるのか?」
「ううん。最近気づいたんだけど……多分、役目を果たした夜にだけ夢を見る。……神聖力を、受け取りに来てるみたいなんだ」

 俺がそう言うと、アルドは少し間を置いて、口を開いた。

「……身体は、何ともないのか?」
「うん、多分。特に異常はない」
「……そうか……」

 それきり、アルドは再び黙ってしまった。
 俺も何も言わず、そのまましばらく抱きしめたまま、温もりを分け合う。

 やがて、アルドがそっと口を開いた。

「なあ……何もしないから……今夜、一緒に寝てもいいか?」
「……うん、もちろん」

 俺が微笑むと、アルドもわずかに安心した顔で頷いた。
 



 

 翌朝――

 目を覚ましたアルドは、まだぼんやりとした目をして俺を見つめていた。その頭を優しく撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうにしている。

「眠れた?」
「……んー」

 そう言いながら、アルドが俺の首筋に唇を寄せてきた。
 そうやって彼のしたい様にさせていると、やがて彼は乳首を指でくにくにと愛撫し始める。

「……アルド……今はしないよー」
「んー……いいよ、別に」

 言いながら、さらに首筋にキスを続けつつ、手は胸元を愛撫し続けている。

「だめー……って言ってるでしょ、もー……」

 言葉では制しつつも、思わず笑ってしまう。
 彼にとって昨日の話はかなりショックだとは思うが、彼はその事について何も言わなかった。その意を汲んで俺もあえて昨日の話は持ち出さない。
 
 そんな風にいちゃいちゃしてると、ふいにドアがノックされ、まもなく開いた。

「おはようございます、リオール様」

 入ってきたユスティスが、いつも通りに挨拶してくる。

「おはよう、ユスティス」

 俺はちょっと気まずそうに笑いながら応じたが──

「邪魔すんなよ……」

 アルドは不満そうにそう呟いた。
 するとユスティスは、珍しく小さく笑って言う。

「このまま抜け駆けされても嫌なので」

 俺は思わず苦笑する。すると、ユスティスが一歩進んで言葉を続けた。

「アルド、今日はあなたお休みでしょう?」
「ん? ……ああ、そうだけど?」

 布団に片肘をついていたアルドが、少し訝しげに応じる。俺は思わず彼の方を振り返った。

「えっ、そうなの?」
「ん。昨日、隊長に言われてな」

 ユスティスが視線を向けて、少し表情を和らげた。

「考えなくてはならないことは多いですが……こういう機会も滅多にありません。ですから……今日は三人で出かけませんか?」
「えっ、出かける……?」

 思わず聞き返すと、ユスティスは優しく微笑む。

「3名の護衛をつければ、今日は特別に外出してよいと、ルイス様にお許しをいただきました」

 その言葉に、俺の顔がぱっと顔を上げる。

「……えっ、本当!?」
「ええ、正式な許可をいただいています。どこに行きたいですか?」
「えっ、えー!?」

 突然のことに戸惑いながらも、心の内は高鳴っていた。

(デートだ……! 初めてじゃない? 2人と一緒に出かけるなんて……)

 俺の気持ちはふわふわと浮上する。
 けれど、ふと思い至ってアルドを見た。

「……アルド」

 俺は声を落として、そっと問いかける。

「出かけても……平気?」

 俺の問いかけに、アルドは少し驚いたように瞬きをしてから、ふっと小さく息をつき、俺の頭を軽く撫でた。

「……驚いたし、混乱もしてる。けど、それとこれとは別だ」

 そう言ってアルドは優しく笑った。

「お前と過ごせる時間は大事にしたいよ」

 その言葉に、胸がきゅっとなる。
 優しい眼差しでそう言ってくれるアルドに、俺は自然と笑みを返していた。

「……うん、ありがとう」

 少し離れていたユスティスが微笑み、控えめに一歩近づいた。

「では準備をしましょうか」

 そうして、俺たちは外出の準備を始めた。
 



 

 王都に程近い小高い展望地には、夏の陽射しを浴びて草花が鮮やかに咲き誇り、足元では白い小花や薄紫の野草が、そよ風に揺れていた。遠くには陽にきらめく青い湖が、澄んだ空の色を映しながら静かに広がっている。

「……わあ、すごい……」

 思わず漏れた声に、どこかで応えるように、小鳥たちのさえずりが爽やかな風に運ばれてくる。やさしい音の重なりが、この場所の穏やかな夏の気配をそっと際立たせていた。
 
 アルドとユスティスも、それぞれに立ち止まり、周囲の景色を見渡している。

「いいところだね……」

 そう言いながら、俺は軽く伸びをした。日差しは優しく、空は澄み渡っている。空気もきれいで、胸の奥の重さが少し軽くなったような気がした。

「リオール、寝転んでみろよ」

 そう言ってアルドが、俺の手を引いた。導かれるまま、俺は草原の一角に腰を下ろし、そのまま仰向けに寝転ぶ。草の感触が背中に心地よく、頭上には青空が広がっている。

「……うわ……すごい……」

 横に並んで寝そべったアルドも、風に揺れる草の中から空を見上げ、微笑んだ。

 草丈はそこそこあり、こうして地面に寝転んでしまえば、周囲からは自然と姿が隠れる形になる。遠巻きに控えている護衛たちの姿も、今は草の向こうにぼんやりとしか見えない。

 そんな中、ふと、アルドが俺のほうへ身体を向けてきた。ごろん、と寝返りを打ち、俺の顔を覗き込む。

「……リオール」
「ん……?」

 目が合った瞬間、彼の手が頬に触れた。そして、ゆっくりと顔が近づいてくる。

「……ん……」

 草の陰、空の下でキスを交わす。アルドの唇は熱を帯びていて、俺の唇を味わうように動いた。

 最初はそっと触れるだけだった唇が、次第に深く、熱を含んでいく。アルドの指が俺の頬から髪へと滑り、優しく頭を支えながら、何度も唇を重ねてくる。

「……ん…………」

 アルドの舌が、そっと俺の唇の隙間に触れ、それを感じた瞬間、俺は微かに口を開いた。

 舌先が触れ合う。甘く、柔らかく、けれどどこか必死なほどに深く、アルドの舌が絡めとってくる。アルドの舌と触れ合うと同時に世界の音がすうっと遠のくようだった。

 心臓がどくどくと早鐘のように鳴る。鼓動が速くて、少し苦しい。でもそれさえも、心地よい。

「……リオール……」

 キスの合間に、アルドが熱を帯びた声で囁く。胸が締めつけられるように疼いて、思わずまた唇を求めてしまう。

「ん……アルド……」

 もうどちらから始めたのかも分からないほど、何度も、何度もキスを交わした。

 そんな甘い時間の中、不意にもうひとつの影が近づいてくる。

「……抜け駆けは、ダメですよ」

 すぐ隣から聞こえた、低く微笑を含んだ声。ユスティスだった。

 俺がはっと目を開けると、ユスティスは少しだけ身を乗り出して、俺の方を見下ろしていた。彼の指が、俺の唇に触れる。そこには、まだアルドとのキスの余熱が残っていた。

「私にも、ください」

 言うが早いか、ユスティスの唇が俺に重なる。

 最初はそっと触れるだけのキス。けれど、すぐにそれは深くなる。ユスティスのキスは、アルドのものとは違って、どこか繊細で優しい、けれどその奥には抑えきれない欲が潜んでいた。

「……ふ、ぁ……ユスティス……」

 唇を離したかと思えば、彼の舌が唇をなぞるように舐め、それから再び、強く唇を塞いでくる。舌が絡まり、ぬるりと濡れた音が耳に届く。

 指先が俺の顎に添えられ、逃がさないように角度を変えて、さらに深くキスが続く。
 ユスティスと深いキスを交わす中、アルドが俺の髪を優しく撫でた。
 草の香りと、風の音の中で、俺は2人の愛情に包まれる。

 やがて唇が離れ、俺はぼんやりとした目で2人を見る。アルドも、ユスティスも、俺を見つめたまま、微笑んでいた。

「……ふたりとも……やりすぎ……」

 そう言いつつも、自然と笑ってしまう。

 草の揺れる音と、笑い声と、やさしい口づけ。
 誰にも見られない、小さな、幸せな秘密だった。



 

 昼食の時間には、湖のほとりに建つ瀟洒なレストランへと足を運んだ。石造りの建物は小さなテラス席もあり、白いテーブルクロスが清潔感を醸し出している。木々の合間から光が差し込み、水面にきらきらと反射してとても美しい。

「……すごい、素敵な場所」

 案内されたテラス席に座りながら、俺は感嘆の声を漏らした。目の前には静かな湖が広がっていて、そこに浮かぶ水鳥たちが穏やかに羽を休めている。

「王都からすぐ行ける避暑地として人気なんですよ、食事も美味しいと評判らしいです」

 ユスティスが涼しげに言うと、アルドはへーと、湖に目を向けた。

 オーダーを終え、テーブルに料理が運ばれてくると、自然と会話も弾み始める。

「リオール、こういうの好きか?」
「うん、好き。こんなふうに、アルドやユスティスと一緒にゆっくり食事するのって……考えてみたら初めてだよね」

 俺の言葉に、2人が少し驚いた顔をする。そして、すぐにユスティスが頷いた。

「確かに……総本山に向かう時はそれどころじゃありませんでしたから、こうやってゆっくりと過ごすのは初めてですね」
「……そうかもな」

 総本山に向かう道中では何度も一緒に食事をする機会があったが、俺の体力がやばすぎて楽しく食事をする余裕なんてなかった。こうして楽しく会話をしながら食事ができるなんて嬉しい。

 食事は、香ばしく焼かれた魚のグリルに、地元の野菜を使ったサラダ、焼き立てのパンとスープ。それぞれが上品な味わいで、素材の良さを引き立てていた。

「……おいしい……」

 思わず呟くと、アルドが口元を綻ばせた。

「もっといっぱい食えよ。お前、ちょっと痩せたし」
「うん、ありがとう」

 俺が笑うと、今度はユスティスがそっとグラスを持ち上げて言った。

「リオール様、ご自分のペースで大丈夫ですよ。ゆっくりいただきましょう」
「うん」

 そんな会話を交わしながら、ランチは和やかに進んでいった。

 

 やがて、デザートの時間になると、白い陶器の器に盛られた小ぶりのベリータルトと、紅茶が運ばれてきた。ふわりと甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。

 俺がタルトに夢中になっていると、ユスティスはほんのわずかに目を細め、口を開いた。

「このレストラン、上階にいくつか宿泊用の部屋もあるんです。湖を見下ろせるバルコニー付きの部屋もあるらしいですよ」
「へー、そうなんだ、素敵だね」

 それはさぞかし素敵な部屋だろう。
 外泊が許されているわけではないので、他人事のように聞いていると、ユスティスはティースプーンを器に添えたまま、ゆったりとこちらを見た。彼は穏やかな笑みを崩さないが、どこか違和感がある。

(……ん?)

 何となく不思議に思いつつもアルドを見ると、彼も俺をじっと見ていた。その視線や言葉の意図に、何となく気づいてしまう。

 そんな空気の中で、ユスティスがそっと言った。

「昼間に休める部屋もあるみたいです。少し疲れましたし……休みませんか?」

 彼が熱っぽく俺を見る。
 休む……ね。

 アルドも、俺の方へ身を寄せ、少しだけ声を落として囁く。

「……行こう、リオール」

 甘く、静かな声が耳に触れる。


 俺はそっと目を伏せてから、ゆっくりと顔を上げ、2人に微笑んで見せた。

「……うん。行こっか。上の部屋……見てみたいな」


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