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過去話・後日談・番外編など
運命じゃなくても 7
しおりを挟む──運命の番から逃げるとかあるんだ……
雅臣の口からくすりと笑いがこぼれた。
「なに笑ってんだよ」
「いや……運命の番から逃げるとか、お前のおじいさんすごいな」
「そうか? 運命とかよくわかんねぇ言葉で繋がれた相手より、自分が惚れた相手の方が大事なのは当然だろ」
「……うん、そうだな」
確かに総真の言う通りだ。
雅臣だって、たとえ運命の番と出会ったとしても、総真以外の相手と結ばれたいとは思わない。
むしろ、そうなってしまうのが怖い。
……といっても、番を得たオメガのフェロモンは番のアルファにしかわからなくなるため、総真と番っている雅臣には関係のない話だが。
雅臣がそんなことを考えながらパンケーキをもぐもぐと食べていると、三枚あったはずのパンケーキは気付けばあと一切れになっていた。
「あ……」
「おかわりいるか?」
「いいの?」
「ああ。ベーコンと卵もあるから、甘くないのも出来るけど」
「それがいい!」
即座に食いついた雅臣を見て、総真はくつくつと笑った。
細められた瞳が場違いなほど優しく雅臣を見つめていて、雅臣はなんとも面映ゆい気持ちになる。
「じゃ、作ってくるからちょっと待っとけよ」
「──総真」
「ん?」
「……ありがとう」
雅臣ははにかみながらそう告げた。
総真は大きな目をパチリと瞬かせたあと、口角を上げてニッと笑う。
「おう。美味いの作ってくるからな」
そっちに対しての『ありがとう』じゃないんだけどな……と雅臣は苦笑しつつ、部屋から出ていく総真を見送った。
すると、総真が部屋から出ていくのと入れ替わりに、ドアの隙間からするりと猫のにぼしが姿を現す。
雅臣はぴょんとベッドに飛び乗ってきたにぼしを抱き上げ、その滑らかな毛並みに顔を埋めた。
「おはよ、にぼし……お前にも心配かけたよな。ごめん」
「ニャー!」
そうだぞ! とでも言うように元気に鳴いたにぼしがおかしくて、雅臣はくすくすと笑ってしまう。
雅臣の中の不安の種は、昨日と変わらず胸の奥に巣食ったまま。
けれど、もう昨日ほどの恐怖はなかった。
また不安になる日が来るのかもしれない。落ち込む日が来るのかもしれない。
それでも大丈夫だと思えるのは、いつだって総真が飄々と雅臣の傍にいて、ありのままの雅臣を平然と受けとめてくれるからだろうか。
──俺ってほんと幸せ者だよな。
雅臣はそう思いながら、こちらを見上げるにぼしの小さな額にキスをする。
ドアの隙間からベーコンの焼けるいい匂いがして、総真が戻ってくるのが今か今かと待ち遠しかった。
◇◆◇◆◇
「真尋はパパにそっくりだねぇ」
心底幸せそうな声色で、雅臣がそう呟いた。
リビングに置かれたベビーマットの上には、総真と雅臣の愛娘である真尋が仰向けに寝かされている。お腹いっぱいになって眠いのか、少しうとうととした様子がまた愛らしい。
一方雅臣は、そのすぐ傍で添い寝するように横たわりながら、真尋に柔らかな表情を向けていた。その顔はもうすっかりお母さんの顔というやつだ。
にぼしはそんなふたりにするりと近付き、雅臣と同じようにそっと真尋を見つめた。
まだ生後数ヶ月の妹分、真尋はすごく小さくて、すごくかわいい。幼いながらに整った顔立ちは総真そっくりで、でも笑ったときの柔らかな表情は雅臣に似ていた。
総真も雅臣も、もちろんにぼしも、真尋のことを溺愛している。
真尋はにぼしにとって初めての妹であり、総真と雅臣にとっては念願の子どもだ。
真尋が生まれるよりもずっと前、雅臣の様子がおかしい時期が何度かあった。
にぼしが総真と雅臣の会話にこっそり聞き耳を立てて仕入れた情報によると、どうやら当時の雅臣は『子どもができなかったらどうしよう』と酷く悩んでいたらしい。
そのときはにぼしも、なにかと涙を流す雅臣を心配していた。
にぼしにとって雅臣は大切な飼い主のひとりであり、家族だ。雅臣がつらそうだと、当然にぼしも悲しい。
なんとか慰めようと猫なりに奮闘したもののさほど効果はなく、雅臣の不調は二、三ヶ月ほど続いた。このままずっと雅臣が泣いていたらどうしよう……と、その時期のにぼしは頻繁にハラハラしていた。
──けれども、その後すぐに雅臣の妊娠が発覚。さらに十月十日後にはこのかわいらしい女の子、真尋が産まれた。
つまるところ、雅臣の悩みは時間であっさりと解消されたのだ。
総真曰く、子どもに関する雅臣の悩みはいわゆる『ただの取り越し苦労』というやつだったらしい。
その話を総真としているとき、雅臣は決まり悪そうに顔を赤くして俯いていた。
なにはともあれ、雅臣は元気になったし、真尋はすごくかわいい。
にぼしがすぐ傍にいても真尋は怯えることなく、いつもにこにこと笑っている。眠そうにしている今もそうだ。
にぼしは横たわる雅臣と真尋の間に体を捩じ込み、ごろんとその場に寝転んだ。
真尋のかわいらしい笑顔と、赤子特有の高い体温が心地よくて愛おしい。
「……幸せだなぁ」
「ニャア」
しみじみと呟いた雅臣の声に、にぼしは高らかな鳴き声で同意した。
小鳥に拾われて、総真に引き取られて、雅臣がやってきて、真尋が生まれて──にぼしの猫生はもうずっと幸せだ。おかげでご飯とおやつが毎日美味しい。
にぼしは、くわっと大きなあくびをした。
気付けば時刻は午後二時。いつものお昼寝の時間だ。
にぼしは真尋からするミルクの匂いを胸いっぱいに吸い込んで、うっとりと真尋に頬擦りをする。
そうして、自分の毛並みに真尋の小さくて温かな手が触れるのを感じながら、にぼしは満足げに瞼を閉じた。
(終)
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感想ありがとうございます!
総真の愛がとてつもなく重い分、このふたりはすごく安定感がありますね。
雅臣がどんだけ落ち込んでも総真がぐいぐい引っ張ってくれるので、作者としても書いてて楽しいです!
続きものんびり更新していきますので、楽しんでいただけたら幸いです(*˙˘˙*)ஐ
感想ありがとうございます!
ふたりのやりとり、楽しんでいただけてとてもうれしいです( ੭ ・ᴗ・ )੭♥︎︎∗︎*゚
はじめまして!
感想ありがとうございます!
ずっと楽しく読んでいただけたようで、とてもうれしいです( ˊᵕˋ* )♩
ふたりが結ばれてから初めてと言ってもいい不穏な展開がやってきました……!
昔みたいにメソメソしてる雅臣と、そんな雅臣のことも大好きな総真……
この不穏な展開をふたりがどうやって乗り越えて?いくのか、続きも楽しみにしていただけたら幸いです。