十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

もう一方のメリーミー 6

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 誠はおそるおそる顔をあげ、ゆっくりと隣を見た。
 信じられないことに、そこには海外に行ったはずの夜彦がいた。誠の隣の座席に腰掛け、笑顔で誠の髪を撫で回している。
 大きく目を見開いて固まった誠を見て、夜彦は心底楽しそうにケラケラと笑った。

「ひとがプレゼントしてやった腕時計売って逃亡資金にするとか、ほんとひでぇよなぁ。あんなに俺のこと好きって言ってたのに、やっぱり嘘じゃん。誠の嘘つき」

 どこからわかっていたのだろう。最初からだろうか。この二週間、誠はずっとこの男の手のひらの上で踊っていただけだったのだろうか。
 誠が呆然としていると、夜彦は「これからどうする?」と無邪気に問いかけてくる。

「このままふたりで旅行でも行く? それとも、もう家に帰る? 俺はどっちでもいいけど」
「……怒ってないのか?」
「怒るわけないじゃん。お前がクズだって知ってるし、俺はお前と違ってお前のこと愛してるもん。で、どうするの? 帰る? 帰らない? どっち?」

 気付けば、先ほどまでの息苦しさがなくなっていた。石のように重かった体も楽に動く。
 誠は一度大きく深呼吸をして、夜彦から顔を背けた。
 けれども、答えなんて最初から決まっていたのだ。

「……帰る」

 誠は消え入りそうな声で答えた。
 すると、夜彦は満足気に「いい子だな」と言い、誠の手を取って席を立った。
 夜彦と手を繋いだまま新幹線を降りて、そのまま駅のホームを歩いた。誠が素直について行っているからか、夜彦はご機嫌な様子だ。

 そこで、誠は再び先ほどの男女ふたり組に出くわす。ホームにいた彼らはこちらを見て、こそこそとなにかを囁き合っていた。
 また誠の心臓がどくどくと嫌な音を立てはじめる。体が強張り、夜彦の手を掴む手にも勝手に力が入った。
 そうして、そのふたり組の近くを通り過ぎる直前──夜彦の視線が静かにそのふたり組へと向けられた。

「じろじろ見てんじゃねぇよ」

 誠からは夜彦の表情は見えなかったが、吐き捨てた夜彦の言葉は冷ややかだった。
 恋人同士と思わしきふたり組はサッと顔を青ざめ、そそくさと誠たちの進行方向とは逆側へと早足で歩いていく。

「男同士で手繋いでるからって、あんなじろじろ見なくてもいいのになぁ?」

 誠を振り返った夜彦の顔には、いつもと同じあの美しくも気味の悪い笑みが浮かんでいた。

 夜彦は、彼らが誠の素性を知っていたことに気付いてはいないようだった。誠もわざわざそれを伝える気はない。なにも言わず、夜彦に手を引かれるまま歩く。

「やっぱ、ホテル寄って帰ろっか。今家に帰ったら百合子さんもいるだろうし」

 誠の返事など最初から求めてはいないのだろう。駅前に出た夜彦はタクシー乗り場に停まっていた一台のタクシーに乗り込み、誠も大人しくそのあとに続いた。

「適当に近くのホテルまで連れてって。できれば綺麗なとこがいいわ」
「はい」

 壮年のタクシー運転手がミラー越しにちらりと誠と夜彦を見た。
 手を繋いだままだったことに気付いたが、それを振り払う気力も誠には残っていなかった。なにより、男ふたりでホテルに向かうのだから誤魔化そうとしたところで今更だろう。

「お兄さんたち、付き合ってるの?」
「そう。来年の春結婚するんだよね」
「そりゃあ、おめでたいですね」
「ありがとー」

 夜彦と運転手が和気藹々と言葉を交わす。
 そんな和やかな空気の中、誠は唇を引き結んで黙っていた。

 夜彦と結婚なんてしたくない。
 その気持ちに変わりはなかった。
 けれど……

 ──……俺、なんでホッとしてんだよ……。

 あれほどこの男から逃げたかったはずなのに、今はこの男が隣にいることに心底安堵している自分がいた。
 そんな自分が理解できなくて、けれどもうあの新幹線の中に戻りたいとは思えない。あの男女の視線と言葉を思い出すだけで、またうまく呼吸ができなくなる気がした。

 夜彦の手を握っていた誠の手に、自然と力が入る。いや、ただ強張っただけだろうか。
 運転手と談笑していた夜彦が、静かに誠の方を振り向いた。その整った顔にいつもの美しくも気味の悪い笑みを浮かべ、夜彦の手が優しく誠の髪を撫でる。

「ずっと一緒にいような、誠」


 (終)


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