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23.ステラ・ファンネ
しおりを挟むその日は、朝からリンドン公爵家は慌ただしかった。
何故なら、ファンネの王族であるルーリクとステラが俺と会うために訪問する日だったからだ。
先触れ自体は数日前から来ていたし、俺と二人は再従兄弟で小さい頃から交流があるから、普段ならもっとフランクに済むんだけど、アーネストがいるからにはそういうわけにはいかない。
ルーリクとステラは、第三王妃リリア様が生んだ双子の兄妹で、第四王子と第五王女だ。彼らが生まれた頃には、上には正妃や第二王妃が生んだ子供が、王子は三人、王女は四人いて、年も結構離れている。
つまり、彼女たちはファンネ王族ではあるけれども、王位に絡む可能性は限りなく低い。その分のびのびと育てられた節があって、俺なんかにも気さくに接してくれた。
俺と二人は、どういうわけか雰囲気が良く似ている。幼い頃は3人一緒にいると兄弟みたいねとおばあさまが笑っていた。おばあさまの話では、何代か前の王妃様に良く似ているんだってさ。
まさか二人はアーネストと揉めたりしないよな……と、ちょっぴり不安な気持ちを抱きながら、俺は二人の訪問を待った。
11時を少し過ぎた頃、二人はやってきた。今日は公爵家で昼食を摂ることになっていたから、ちょうどいい時間だ。
俺とアーネストは興じていたチェスの手を止め、盤面をそのままに出迎えに向かった。
「アーネストは、二人と面識は?」
「ないなあ。俺が以前ファンネの王宮を訪問した時は、お二人は留学中だったから」
そういえば、二人は食糧自給率の向上と人脈作りのために、農業大国のアガルタの学校に通っていたんだっけ。話に聞いた時は、俺もそっちに行きたいなあって羨ましかったのを覚えてる。
「レニオール!!!!!」
俺が玄関フロアに顔を出すと、ステラが嬉しそうに駆け寄って飛びついて来た。おてんばなところは相変わらずだ。ほんの少しだけよろけた俺を、アーネストが支えてくれる。
「大丈夫?レニ」
「大丈夫。ありがとう」
素直に感謝すると、アーネストは優しく笑う。俺はなんとなくその顔を直視したくなくて、ステラの方を見た。
「相変わらずだね、ステラは。もう立派なレディの年頃なのに」
「あら、立派なレディじゃないとでも?アガルタの学園では理想の淑女って評判だったのよ」
「本当?でっかい猫かぶったね」
俺が笑うと、ステラは頬を膨らませた。ルーリクが俺達の遣り取りを見て、喉を鳴らして笑う。
「嘘を吐くなよ、ステラ。理想的な庶民派の姫だと言われていたぞ」
「庶民派の何がいけないのよ?どうせ私とルーリクには継承権なんて回ってこないんだし、王宮と庶民をうまく取り持つのが仕事みたいなものでしょ」
記憶の中では無邪気な少女だったステラが、意外にもきちんと自分の考えを持っていることに、俺は驚いた。さすが、きちんと目的を持って留学していただけはある。
「庶民派だろうが何だろうが、挨拶のひとつもまともにできないのはレディじゃないだろう」
ルーリクがアーネストの前に立ち、手を差し出す。
「はじめまして、アーネスト王太子。私はファンネ王国第四王子、ルーリクです」
「こちらこそはじめまして、ルーリク王子。お会いできて光栄です」
アーネストはにこやかに出された手を握り、握手する。よかった、険悪ではない。
二人を横目に見ながら、ステラはようやっと俺の腕から離れ、アーネストに向き直る。ドレスの裾を軽く持ち上げ、綺麗なカーテシーを披露した。
「ご挨拶が遅れ、失礼いたしました。私はファンネ王女ステラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。レニオールとは仲がいいんですね」
「あら、気になりますの?意外ですこと」
バチバチッ、と二人の間で火花が散った気がする。ひええ、ステラのやつ、これはやる気だぞ。
「レニは私の婚約者ですから、交友関係には関心がありますね」
「そうね、婚約者ですものね」
ステラはそれ以上は何も言わなかったが、含みを持たせた口調は、多くを語らずとも雄弁に意図を伝えていた。
こころなしか寒くなった空気に気付き、伯母上が手を叩いた。
「さあさ、いつまでもこんなところに皆様を立たせるなんて恐縮ですわ。昼食の用意が整っておりますから、参りましょう」
「そうですね、伯母上。さ、いこう」
伯母上が殊更に明るい声を出し、俺もすかさず援護した。人んちで王族同士が揉めるんじゃない!
「そうね、いきましょ、レニ。エスコートしてちょうだい」
ステラが俺の腕に抱きついて強請った。昔からよくあることだから、俺はハイハイと適当に返して言われるがままエスコートする。
「私達も行きましょう、アーネスト様」
「はい、ルーリク様」
俺はアーネストが怒り狂うんじゃないかとハラハラしたけど、振り返った先のアーネストはそんなことはなくて、ルーリクと談笑しながら俺達の後ろを歩いていた。
いつものアイツなら、レニたんに触るな!とか叫んで、腕にしがみついて来そうなのに。
(いやいやいや!そんなことされたら困るだろ!?ここはホッとするところだから!)
俺は昨日と同じように、胸のモヤモヤを無視するようにした。考えない、考えない。
昼食会はつつがなく進み、二人の留学中の話などで盛り上がった。
ルーリクはアーネストとも話が合うらしく、新しい農業技術や関税の話なんかをしている。二人の話は専門的で、俺はちょっと入れそうにない。
「見て、レニ。ルーリクとアーネスト様はすっかり仲良くなったみたいよ」
「うん、そうだね」
「何だかちょっとお似合いって感じよね」
二人は俺の目から見てもお似合いに見えた。ふっと、脳裏におばあさまの言葉がよぎる。
『レニのかわりに、わたくしの又甥でも又姪でも、あなたのお気に召す子と婚約すればいいわ』
それを聞いた時、俺は名案だと思った。アーネストにも会うだけでも会えと勧めすらした。アーネストは怒って、俺以外とは結婚なんてしないと言った。
でも、あれは正解だったんじゃないだろうか。アーネストはルーリクの方がいいとわかって、気が変わったんじゃないか?
だって、昔の俺には、アーネストはあんな風に笑ってくれなかった。
黙り込んでしまった俺に、ステラは気遣わしげな視線を向ける。そして、アーネストに厳しい眼差しを向けながら、ティーカップに口をつけた。
ティーカップをソーサーに戻し、ステラはアーネストへ呼びかけた。
「アーネスト様、少しよろしくて?」
「なんでしょう、ステラ様」
ステラはアーネストににっこりと笑い掛けると言った。
「私と婚約して下さいませ」
「は?」
「アーネスト・ハイランド王太子殿下、私はあなたに、婚約を申し込みますわ」
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