京助さんと夏生

神谷レイン

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誕生日には花束を

前編

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今回は京助視点のお話です。
***********




 ―――――クリスマスと年越しを夏生と一緒に過ごし、もう二月になっていた。
 まだまだ外に出れば鼻先が冷える季節。そして翌月は俺の誕生日でもある。
 なので家に遊びに来た夏生を見ると、俺の誕生日をどうしようか? とソファに座って色々と考えているようだ。

 ……別に何も必要ないんだがな。夏生がいれば。

 俺は素直にそう思ってしまう。
 一度はあまりにも大切で手放した、なのに俺の元へと戻ってきてくれた幸運。これ以上、望むことがあるだろうか?
 けれど、恋人として夏生は祝いたいのだろう。俺だってその気持ちはわかる、けれど。

 ……嬉しい事には違いないが、あまり無理させるのもな。クリスマスの時もいくら使ったのか。夏生はまだ社会人になりたてだしな。

 夏生がしっかりしている事はわかっているが、年長者としてどうしてもそう考えてしまう。
 だが、そんな風に思っていると俺の誕生日も間近。
 名案を思い付かなかったのか、夏生は直球で俺に尋ねてきた。




 ◇◇




 ―――――梅が咲き始めた、二月の下旬。
 夏生はベッドで寝転がる俺の背中を両手でマッサージしながら尋ねた。

「ねえ、京助さん。誕生日、何かして欲しいことある? 欲しいモノとか」
「んー?」

 俺は凝っている背中をマッサージされて、いい気持ちになりながら返事をした。
 だが、俺の返事に不満を持ったのか夏生は少し怒った声で俺にもう一度尋ねた。

「京助さん、ちゃんと聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。俺にして欲しいことか欲しいものだろ? だが、何もないからなぁ」

 夏生に何かして欲しい事も欲しいものもない。側にいてくれるだけで十分だから。けれど、それでは不満だったようだ。

「折角の誕生日なんだから、お祝いさせてよ」

 夏生はそう言ったが、こちらはもう祝うほどの年でもないのだ。むしろ年は取りたくない。

「お祝い……ねぇ」

 何も思いつかず、俺は曖昧な返事しか言えない。

「京助さんがこう言った事、あんまり好きじゃないっていうのは知ってるけど、折角なんだから」

 夏生に言われて、俺はうつ伏せのまま振り返り夏生を見る。

 ……『じゃあ、家に引っ越してこないか?』

 そう心が呟くが、俺はすぐに掻き消した。

 ……いやいや、まだ付き合って半年を過ぎたばかりだろ。引っ越してこいなんて重過ぎだ。

 自分の重さに引いて俺は考え直し、また前を向く。でも心の声は正直で、それ以外の願いは呟かない。

「京助さん?」
「いや……なら、誕生日にはごちそうでも作ってくれないか?」
「ごちそう?」
「そうだな、この前作ってくれた豆乳鍋なんかがいいなぁ」
「それってごちそうになる?」
「俺が食べたいって言ってるんだから、それでいいんだよ」
「うーん。……じゃあ、わかった。あとケーキも買ってくるね」

 夏生は何とか納得してくれたようで、そう答えた。やれやれ、全く。

「ああ。それよりマッサージ、もういいぞ。ありがとう」

 俺がそう言えば夏生は「もういいの?」と言って俺の背中から退いた。なので俺は体を起こす。

「体、解れた?」
「ああ、背中が軽くなった。ありがとな、夏生」
「それなら良かった。また必要ならいつでも言ってね」

 夏生は屈託なく笑って言う。なのでそんな夏生に俺は意地悪心が沸いてしまう。

「ああ。……でも、夏生がしてくれた代わりに俺もマッサージをしよう」
「え、いいよ。俺、別に凝ってないし」
「まーまー、いいから」

 俺はそう言って可愛い恋人をベッドに押し倒した。夏生は「うわ!」と驚き、そしていつの間にか自分に覆いかぶさっている俺を見上げる。

「ちょ、京助さん?」
「どこからマッサージしようか。ここなんか凝ってるんじゃないか?」

 俺は夏生の胸を服の上から揉む。

「ちょっ、京助さんっ、くすぐったいよっ」
「本当にそれだけ?」

 分厚いパーカーの上から乳首辺りをぐりぐりと押せば、夏生の声は甘くなる。

「んっ、んんっ」

 その声を聞いて俺は手を離して、更に事を進めようとパーカーの下に手を入れようとした。だが、その手を夏生は握って止める。

「待って」

 不意に止められて、嫌だったか? と思えば、夏生を見れば少し照れた顔をしていた。

「京助さん……俺、マッサージより、キスがいぃ」

 声が段々尻窄みになっていくが、でも俺の耳にはハッキリと聞こえた。こんな可愛い願いを叶えない男がいるのだろうか?

「わかった」

 俺は答えるとすぐに身を屈め、夏生の唇にそっと口付ける。そして触れるだけのキスをして顔を離せば、夏生はまだまだ物足りなさそうな瞳でこちらを見た。
 なので、どうして欲しいのかわかっていながらも意地悪な俺は夏生からの言葉を待つ。そうすれば夏生はぽつりと呟いた。

「京助さん、もっと……」
「もっと、何?」

 聞けば夏生は俺の意地悪に気が付いたのかこちらをじっと見ると、俺の顔を両手で包むと頭を少し浮かしてちゅっと口づけた。
 そして顔を離すと少しむくれた顔で言う。

「わかってるでしょ」

 小さく口を尖らせる姿が愛らしくて俺はすぐに降参する。いや、最初から敵う訳がないのだ。

「ごめん。……お詫びにいっぱいするよ」

 俺がそう告げれば夏生ははにかんで「ん」と答えた。
 その姿を見ながら、俺は再びこの手の中にいる幸福に密かに打ち震える。

 ……本当、夏生は無自覚なんだろうな。俺をこんなに幸せな気持ちにしてくれてるって事に。

 でも今はその幸福を噛みしめながら、待っている夏生に俺は何度も何度も柔らかな口つげをしたのだった。





 ◇◇◇◇





 ――――それから俺の誕生日、当日。
 春も近いというのにまだ寒くて、風が冷たく吹く夕方。

 暖房が入っているにもかかわらず、冷えていく手を擦り合わせながらパソコンの前に座って執筆をしていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。どうやら仕事を終えた夏生が合鍵を使ってやってきたようだ。
 なので俺は席を立って夏生を出迎えに行く。
 部屋のドアを開けてリビングに出ればキッチンには夏生がいて、買い物袋が置かれていた。帰り際に鍋の具材を買ってきたのだろう。

「早かったな、夏生」

 俺が声をかければまだコート姿にマフラーをしていた夏生はそれらを脱ぎながら返事をした。近づけば、冬の香りがする。

「うん、ちょっと早足で来た」

 笑いながら言う夏生の鼻先は赤く、外の寒さを物語っていた。

 ……別に祝うのは明日でも良かったんだけどな。

 そう思いつつも数日前に『次の日は日曜だけど、誕生日に祝わないと!』と夏生に押し切られた事を頭の端に思い出す。

 ……だが、仕事終わりで疲れてるだろうに。

「何か手伝おうか?」

 俺が思わず脱いだコートやスーツの上着をテーブルの椅子の背に掛けている夏生に声をかけた。シャツにネクタイ、スラックスを着る社会人の夏生はもう何度も見ているが、まだ俺の脳は見慣れないのかなんだか不思議な気持ちになる。ついこの前まで高校生の制服を着ていたのに、と。
 けれど手慣れた手つきでネクタイを外し、シャツの裾を捲る少し大人びた横顔を見れば、社会人だと改めて認識する。

 ……自分は何も変わってないからか、変な気分だな。

 夏生を見ながら考え込むが、そんな俺に夏生は断った。

「大丈夫だよ。京助さんは待ってて」

 やる気の夏生を前に俺はそれ以上何も言えない。

「わかった。なら俺は風呂でも洗ってくるよ」

 ……やれやれ、この歳になってこんな風に誕生日を祝われることになるとはな。

 頭を掻きながら廊下を歩き、内心くすぐったい思いを抱えながら俺は風呂場へ向かった。



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