京助さんと夏生

神谷レイン

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誕生日には花束を

後編

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 ―――――それから三十分ぐらいしっかりと風呂場を掃除した後、リビングに戻ればいい香りが漂っていた。美味しそうな匂いに腹が唸る。

「いい匂いだな」
「もうちょっと煮たら、できるよ」

 夏生はテキパキと動いて使い終わったまな板や包丁を片付けている。子供の頃から家事を手伝っていたおかげか手際がいい。その手際の良さを見込んで夏生に家事手伝いのバイトを持ちかけたのだが、まさかこんな関係になるとは、と俺は夏生を見ながら思う。

「ん? どうかした?」
「いや、なんでもない。旨そうだなと思ってな」

 俺はぐつぐつっと煮立つ鍋に視線を向けて言えば、夏生は俺が言った通りの言葉を受け取った。

「寒い日は鍋だよね。まあ俺は切ってスープを入れただけだけど。本当にこれで良かったの?」

 夏生は不思議そうな顔をして俺に尋ねた。

「十分だよ」
「そう? あ、ケーキを買っても買ってきてるからね」

 笑って言う夏生に俺は「ありがとな」とお礼を告げた。
 その後、美味しくできた鍋を二人で囲って食べ、夏生か買ってきてくれたショートケーキも食べた後、夏生は椅子に寄りかかりふぅっと息を吐いた。

「はぁ、欲張って食べ過ぎたかも」
「はは、なら座ってゆっくりしておけ」

 俺は軽く笑って言い、先に席を立って使った食器を片付ける。すると夏生は止めようとした。

「あ、京助さん、片付けも俺がっ」
「いいよ、片づけは俺がするから」
「でも誕生日なのに」
「作ってくれて、ケーキも買ってきてくれて、もう十分だ。片付けは俺がする」

 強めに言えば、夏生は少し不服そうな顔をしたが反論はしなかった。

「わかった」

 その言葉を聞きながら俺は使った食器類を流し台に入れ、スポンジに洗剤をつけて泡立てテキパキと洗っていく。だが、そんな俺を夏生はカウンター越しにじっと見つめる。別に物珍しい事はしていないんだが。

「……顔に何かついてるか?」

 洗い物をしながら尋ねると夏生は笑って俺に告げた。

「ううん。京助さんってカッコいいなっと思って」

 夏生は屈託なく言った。そこに嘘はない。だからこそ余計にこちらが恥ずかしくなる。でも恋人から褒められて嬉しくないわけがない。
 俺は緩みそうになる顔を必死に引き締めて、まるで関心がないように返事をした。

「そらどうも」

 少しそっけない返事だったが、夏生はそれでも俺を見つめた。

 ……全く、気持ちを見透かされてるのはどっちなんだか。

 俺は照れくさい気持ちを隠しながら洗い物をさっさと片付けた。
 そしてテーブルの上も綺麗にすれば、もう時刻は八時過ぎ。

「夏生、風呂に入るか?」
「うん。……俺、ちょっとトイレに行ってくる」

 夏生は返事をしてトイレに向かった。
 その間に風呂の湯沸かしスイッチを押し、俺はリビングのソファに座る。
 だがソファに座ってすぐに夏生が戻ってきた。しかもその手には無地の紙袋を持っている。

 ……えらく早いと思ったら、まさか。

 そう思っている内に夏生は俺の隣に座った。

「夏生……その紙袋」
「その、京助さんはいらないって言ったけど、やっぱり何かプレゼント、したくて」

 夏生はおずおずといった表情でこちらを見る。

 ……一体何を買ったんだ? まさか高いものじゃないだろうな。

 俺が心配する中、夏生は紙袋からそのプレゼントを取り出した。

「喜んでもらえないかもしれないけど……これを京助さんに」

 夏生はそれを俺に差し出し、そのプレゼントに俺は驚いた。

「……これ」
「京助さん、誕生日おめでとう。この花、受け取ってくれる?」

 夏生は一輪の深紅の薔薇を俺に差し出して言った。
 まさか花を贈られるとは思わなかった俺は驚きながらも受け取る。

「京助さんにどうしても何か贈ってあげたくて。でも高いものは心配かけちゃうかなって、クリスマスの時も気にしてたみたいだし。けど花なら、これからの事も考えていいかなっと思って。……嫌だったかな?」
「そんなわけない、驚いただけだ。ありがとう、夏生……まさか花を贈られるとは思わなかったよ。けれど、これからの事って?」

 何となくその言葉の意味が気になって尋ねれば、夏生は思いがけない言葉まで俺に贈ってくれた。




「あのね、京助さん。……俺さ、これから毎年京助さんの誕生日には花を贈るよ。来年は二本、再来年は三本って、毎年一本ずつ増やして。だから俺が両手いっぱいの花束を贈れるように……一緒にいてね」




 夏生は微笑んで言い、俺はその告白に言葉を失くす。

 ……どうして夏生はこんなにも。

 それ以上は心の声にもならなかった。
 自分の事をこれだけ考えてくれて、その上、未来も共にと願って貰えた事。
 それがどれほど嬉しい事なのか。

 ……夏生にとってはただありのままの気持ちを俺に伝えただけなんだろうが、それがどれほど俺の胸に響いたかはわかっていないんだろうな。

 それを証明するように夏生は何も言わない俺を見て不思議そうな顔をした。

「京助さん?」
「いや……来年も楽しみにしてる。いらない、なんて言ったけど本当に嬉しいよ。ありがとう、夏生」

 俺が改めてお礼を言うと、夏生は嬉しそうにはにかんだ。喜んでもらって良かった、という顔で。
 でも俺にとっては、花そのものよりも、夏生の言葉、夏生の気持ちが何よりの贈り物だった。

 ……俺はきっとこれから、毎年の誕生日が楽しみになるだろうな。年を追うごとに増えていく花束を数えて。……夏生が両手にいっぱいの花束をかかえるほどの未来か。長生きしないといけないな。

 夏生との年齢差を考えて俺は一人、そんな事を思う。けれど、そんな俺に夏生は尋ねた。

「でも今日は本当にこれだけで良かった?」

 夏生は物足りなさそうな口ぶりで言い、俺はすぐに返事をする。

「十分だよ。言っただろ?」
「なら、いいけど」

 そう言いつつも夏生はまだ何かしたそうだ。だから汚い大人の俺は思いつく。
 都合よく夏生を愛せるこじつけを。

「……あー、でも夏生にお願いしたい事があるな」
「俺に? なに?」

 夏生が聞いてくるから俺はにこりと笑って耳元で囁いた。

「一緒に風呂に入って、じっくり夏生に奉仕したいな」
「えっ!?」
「今日は誕生日だから、お願い聞いてくれるよな?」

 俺は意地悪く笑顔で尋ねる。すると夏生は少し頬を赤らめて俺を見た。

「ほ、奉仕って……何するの?」
「いろいろ」

 俺がにっこり微笑んで答えれば夏生は考えを巡らせるように口を閉じる。一体、どんなことをされるのか考えているんだろう。それが顔に出て、可愛いらしい。

「で、してもいいか? ……夏生に触りたい」

 俺が尋ねれば夏生はじとっと俺を見る。

「……京助さんって時々すごくエロ親父みたい」
「最初からそうだって言ってるだろ? 隠していたのを暴いたのは夏生だ」

 俺が言えば、夏生は自覚があるのか返事をしなかった。そして、話している内にお風呂が沸いた事を知らせる音が響く。

「さて、ちょうど風呂も沸いたところだが……夏生、お願いを聞いてくれるか?」

 俺が再度強請れば夏生は小さな声で「……いいよ」と答えた。
 その答えを聞いて俺は自然と微笑む。

 ……案外、誕生日も悪くないかもな。

 そう現金に考えながら。
 そうして俺は夏生を連れて風呂場へと向かい、夏生がのぼせるまでじっくりゆっくりと一緒に入ったのだった―――――。





 ◇◇◇◇





 ――――翌朝。
 九時を過ぎた頃。
 ドアを開けると、さっきまで寝ていた夏生が目を覚ましていた。

「夏生、起きたのか。ちょうどよかった。そろそろ朝飯にしようかと思ってたところだ」
「……京助さん、おはよ」

 俺が声をかけると夏生はまだ眠気眼で返事をした。

「おはよう」
「んー」

 まだ眠いのか体を起こしはしているが、ぽやぽやしている。

 ……まあ仕方ないか。昨日は疲れてるのに、俺の誕生日を祝った後、風呂場で俺がやりすぎたからな。

 そう思いながらも夏生を見れば、ぴょんぴょんっと跳ねている髪が可愛い。
 俺は思わず身を屈めて、まだ寝ぼけている夏生の頬にちゅっとキスをした。
 そうすれば、夏生はぱちっと目を覚ます。

「目が覚めたか?」
「……さ、覚めましたっ」

 夏生は少し照れ臭そうに答えた。その反応に愛しさを感じながら俺はベッドの端に腰を下ろして尋ねた。

「夏生、朝飯は何が食べたい? なんでも作るぞ」
「朝ごはん……。目玉焼きとトーストが食べたい。あとウインナーも」
「わかった。他には?」
「……何か温かいスープも」
「インスタントでよければ確かミネストローネかコーンスープ、卵スープがあったはずだ。どれがいい?」
「んー……ミネストローネ?」
「ミネストローネな。それだけでいいか?」
「うん」
「じゃあ、俺は作ってくるから夏生は顔を洗っておいで」

 夏生はこくりと頷いた。それから俺は腰を上げて立ち上がろうとしたのだが、夏生は何気なくぽつりと呟いた。

「毎日、こうだったらいいのにな」

 本心から願っている声に俺は夏生に視線を向ける。そして俺の視線に気が付いた夏生はハッとした表情をした。

「あ、ごめん。つい甘えちゃって」
「なんで? もっと甘えてくれていいよ」

 俺はそう答えた後、俺は思い出した。夏生は肝心な我儘をあまり口にしない事を。特に迷惑をかけてしまうかもしれないと思っている事ほど隠すことも。

 ……夏生は再会してから今まで、一度も一緒に住みたいとは言ったことはなかった。だから俺は遠慮してたんだが……違うなら話は別だ。

 そう思い、俺の方から歩み寄ることにした。

「夏生」
「何?」
「もしよかったら、一緒に住まないか?」

 俺の突然の提案に夏生は「え」と目を開けて驚く。

「勿論、ここじゃなくてもいい。夏生の職場に近いところに引っ越しても」
「え、ま、待って、本気で!?」
「勿論だ。けど、夏生が今のままの方がいいならそれでも構わない。……ただ、一緒に住めばこうして夏生に色々としてやれることがあると思ってな」
「そんなっ、今だって色々して貰ってるよ。……でも」
「やっぱり今のままがいいか?」

 言い淀む夏生に尋ねれば、その首を横に振った。

「そうじゃなくて! 京助さんはいいの? 俺が一緒に住んでも」
「いいから言ってるんだろう? むしろ、いつ言い出そうかと考えてた」

 そう告げれば夏生は驚いた顔で俺を見つめる。

「本当に……?」
「本当だ。……でも、いきなり過ぎたな。とりあえず先に飯にしようか。この話はまた後で」

 俺はあまりに唐突過ぎたな、と一人反省し、話を切り上げようとした。だが、そんな俺の言葉を遮るように夏生は声を張って答えた。

「住む! 俺、京助さんと一緒に住みたい!!」
「……いいのか?」

 即答で答える夏生に今度は俺が困惑してしまう。

「うん。俺もずっと一緒に住めたらなって思ってたから。……でも、京助さんの迷惑になるかもって言い出せなくて。けど、京助さんがいいって言ってくれるなら俺も一緒に住みたい」

 夏生はハッキリと俺に告げ、出会った時もこんな風だったなと不意に思い返した。

 ……まるで夏生に『家にバイトにこないか?』と誘った時みたいだな。あの時も家の人に聞いてからって言ったのに、引き受けるとしか言わなくて。大人になったのに、こういう所は変わらないんだな。

 俺はそんな事を考えながらも夏生の手にそっと手を重ねた。

「わかった。じゃあ一緒に住もう……でも話は後にして先に飯にしよう」
「うん、わかった」

 その言葉を聞いて俺は手を離し、腰を上げる。

「じゃあ、朝飯作ってくる」

 俺はそう言って先に部屋を出る。だが夏生との生活を思い浮かべると浮かれて顔が勝手ににやけてしまう。

 ……夏生と一緒に住めるからって年甲斐もなく何を喜んでいるんだか。

 思ってはいても顔は緩んでしまうからしょうがない。口元に手を当てて、なんとか顔を正す。けれどそうしながら不意に心が呟く。

 ……これまで他人と住むなんて考えられなかったのになぁ。

 誰かと付き合う事はあったが、結局は一人がいる事が気楽で今までズルズルとそうして生きてきた。それで問題なかったからだ。でもこれからは違う。

 ……楽しみに思うなんて。こんな年になっても初めての感情っていうのはあるんだなぁ。

 俺はしみじみと思いながら、そしてそれを与えてくれた夏生との暮らしを想像して、また緩みそうになる顔を正したのだった。



 ――――それから二人で話し合って、夏生が俺の家に引っ越してくるのは、冬の寒さも終わった春の季節だった。



おわり



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感想 2

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みんなの感想(2件)

くん
2023.09.16 くん

修正前も後も大好きです!
前回の続編もまた読めると嬉しいです!
これからも応援しています😊

2023.09.17 神谷レイン

修正前も読んでいただき、その上感想まで!
ありがとうございます!!
続編は気長にお待ちください~。

楽しいお話を投稿していきますので、これからもよろしくお願いします\(^^)/

解除
けいしくん推し

ラブラブ最高でした^_^
やっと2人が結ばれて本当によかったです!!

2023.09.16 神谷レイン

感想ありがとうございます(^^)

解除

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