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第二章:忘れられない約束
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天保十二年の冬。
吉原の夜は、雪が舞い始めていた。
「流星太夫様、お客様がお待ちでございます」
禿のお菊が恭しく声をかけると、部屋の中央で身支度を整えていた女性が静かに立ち上がった。三十歳の誕生日を迎えたばかりの流星太夫は、吉原で最も高名な花魁として名を馳せていた。
真紅の打掛に金の刺繍が施された豪華な装いは、まさに「夜空の流星」の名にふさわしい輝きを放っていた。髪には幾つもの簪が飾られ、中でも星型の簪は彼女のトレードマークだった。
「宗馬様ですか?」
流星の口から漏れた問いに、お菊は小さく頷いた。
「はい。今宵も例のお部屋をご用意しております」
流星の表情が、ほんの一瞬柔らかくなる。それは他の客の前では決して見せない、彼女だけの素顔だった。
---
「お待たせいたしました、宗馬様」
障子の向こうから声がすると、長谷川宗馬は緊張した面持ちで正座した。三十三歳の彼は、旗本としてはまだ若く、しかし既に目付役として頭角を現していた。端正な顔立ちと鋭い眼光は、どこか冷たさを感じさせるが、流星の前ではいつも少年のように紅潮していた。
障子が開き、流星が姿を現す。宗馬は息を呑んだ。何度見ても、彼女の美しさには心を奪われる。それは単なる色香だけではなく、どこか深い知性と優しさを湛えた、魂の美しさだった。
「長らくお待たせいたしました」
流星は艶やかな声で挨拶すると、宗馬の前に優雅に座った。
「いや...待ってなどいない。ただ、君に会えると思うと、時間が遅く感じるだけだ」
宗馬の言葉に、流星は小さく微笑んだ。二人の間に、他の客と花魁の関係とは明らかに違う空気が流れる。既に三年の長きにわたり、宗馬は流星の「定」となっていた。それは単なる贔屓客という以上の、互いの心と心が通い合う関係だった。
「今日は早く来られた。公務はいかがでしたか?」
流星の問いに、宗馬は複雑な表情を浮かべた。
「実は...話がある」
その声の調子に、流星の心臓が早鐘を打った。いつか来るとわかっていた別れの時が、ついに訪れたのだろうか。
---
「遠国への赴任...ですか」
流星は静かに問いかけた。それは意外な知らせだった。彼女は宗馬が出世し、やがて政略結婚をすることになるだろうと覚悟していたが、遠国への赴任は予想外だった。
「ああ。老中・水野忠邦殿のご命令だ。北国の治安と密貿易の監視が任務となる」
宗馬の声には誇りと同時に、悔しさも混じっていた。
「いつ...」
「一月後には発たねばならない」
流星は長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がった。彼女は障子を開け、中庭に降り積もる雪を眺めた。白い雪と朱塗りの欄干のコントラストが、美しく切なかった。
「おめでとうございます。宗馬様のご出世は、私も心から嬉しく思います」
その言葉には嘘がなかった。しかし同時に、彼女の心は引き裂かれるようだった。
「れいこ...」
宗馬は彼女の本名を呼んだ。それは二人だけの秘密の合図だった。花魁としての名ではなく、一人の女性として彼女を見ているという印。
「私は君なしでは生きられない」
宗馬の言葉に、流星こと麗子は振り返った。彼女の目には涙が溢れていた。
「そんな...不可能なことを」
「聞いてくれ。私は必ず戻ってくる。そして君を正式に妻として迎えたい」
宗馬の眼差しは真剣そのものだった。麗子は驚きのあまり言葉を失った。
「それがどれほど難しいことか、わかっています。旗本の身分で花魁を妻に...周囲が許すはずがありません」
「だから時間がかかる。しかし私は必ず約束を果たす。ただ...」
宗馬は言いよどんだ。
「ただ、何でしょう?」
「その前に、一度は形式上の政略結婚をしなければならない可能性がある。家の存続のために...」
麗子の表情が曇った。しかし、それも予想していたことだった。
「わかっています。あなたにはあなたの世界があり、務めがある。私には私の世界がある」
麗子は再び雪を見つめた。
「でも約束してください。いつか、普通の夫婦として再会できる日が来ると」
宗馬は彼女の側に立ち、震える手を握った。
「約束する。どれほど時が経とうと、私の心は変わらない」
---
その夜、二人は今までにないほど激しく、そして優しく愛し合った。それが最後の夜になるかもしれないという思いが、二人をより一層強く結びつけた。
明け方近く、麗子は宗馬の寝息を聞きながら、そっと彼の懐に手を入れた。彼女はそこから小さな紙包みを取り出し、自分の帯の間に隠した。それは彼女の身の上に関わる重要な書類だった。花魁となる前の麗子の戸籍と、吉原を去るための身請け金の証文。宗馬が既に準備していたものだ。
「ごめんなさい...でも、もうすぐ必要になるの」
麗子は小さく呟いた。彼女は既に自分の体の変化に気づいていた。宗馬の子を身ごもったのだ。
---
「麗子殿、これを」
別れの朝、宗馬は短冊を一枚、麗子に手渡した。
「星の煌めきは永遠に」
流麗な筆致で書かれたその言葉に、麗子は静かに頷いた。
「いつか、この短冊を返しに参ります。その時は...」
麗子の言葉を遮るように、宗馬は彼女を抱きしめた。
「必ず迎えに来る。今は言葉よりも、この気持ちを覚えていてくれ」
それが二人の最後の言葉となった。その後、宗馬からの便りは一通も届かず、麗子は独りで彼の子を産み、育てることになる。
---
「あの頃に戻れるなら...」
弘化二年の春、星の湯の麗子は十二年前の記憶に浸りながら、娘の千星が寝息を立てるのを見守っていた。十二歳になった千星は、宗馬の面影を色濃く残していた。特に真っ直ぐなまなざしと、物事に動じない強さは父親譲りだった。
「麗子さん、お休みになったらどうです?」
お菊が心配そうに声をかけた。
「ええ、もうすぐよ」
麗子は娘の額に優しくキスをすると、自分の部屋へと向かった。そこでは簡素な暮らしの中にも、かつての花魁時代の名残が僅かに残されていた。箪笥の奥には星型の簪が一つ、そして宗馬からの短冊が大切に保管されていた。
彼女は窓から月を眺めた。吉原を出るとき、置屋の主人に全ての貯えを渡して自由を買った。残ったわずかな金で星の湯を開業し、女手一つで娘を育ててきた。苦労の連続だったが、後悔はなかった。
「宗馬様...」
麗子は月に向かって呟いた。「約束は守られませんでしたね」
彼女は十二年間、宗馬を恨んだことはなかった。ただ、諦めることを学んだのだ。
---
一方その頃、江戸城内の目付部屋では、一人の武士が書類に目を通していた。長谷川宗馬は四十五歳になり、目付の重職に就いていた。十二年の歳月は彼の顔に深い刻印を残し、かつての若々しさは影を潜めていた。
「長谷川殿、これが最近の吉原での不審な出来事の報告書でございます」
部下が恭しく差し出した書類を、宗馬は黙って受け取った。
「遊女の失踪が相次いでいるというのか...」
「はい。特に上級の遊女たちが、良縁と称して吉原を去った後、行方知れずになっているとのことです」
宗馬の目が鋭く光った。
「調査を進めよ。特に、『影の船』と呼ばれる密輸組織との関連を洗え」
「かしこまりました」
部下が下がった後、宗馬は窓の外を見つめた。月明かりが差し込み、彼の硬い表情を照らしている。
「流星...いや、麗子」
彼は十二年ぶりにその名を口にした。北国での赴任が終わり江戸に戻った時、彼女はもう吉原にはいなかった。必死で探したが、跡形もなく消えていた。
「今頃どうしているか...」
宗馬は机の引き出しからひとつの星型の簪を取り出した。麗子と同じ形の簪を、かつて彼は手に入れ、ずっと持ち続けていた。それが二人を繋ぐ絆の証だった。
「必ず見つけ出す...そして約束を果たす」
彼の瞳には、かつての若き日の情熱が戻っていた。運命は再び動き始めようとしていたのだ。
---
翌朝、星の湯では早くから客が押し寄せていた。
「女将さん、今日も美しいね」
常連の老人が冗談交じりに声をかける。麗子は慣れた様子で笑いながら湯を掻き回していた。
「まあ、冗談はおやめになって。それよりお孫さんの具合はいかがですか?」
麗子の問いに、老人は嬉しそうに話し始めた。彼女にとって、この銭湯は単なる生業ではなく、町の人々との絆を育む場所だった。
二階からは千星の琴の音が流れてくる。麗子は娘に様々な稽古事をさせていた。それは花魁時代に身につけた芸の数々だったが、千星にはただの習い事として教えていた。
「お母さん、今日の晩ご飯は何?」
練習を終えた千星が階段を降りてきた。
「今日はお豆腐を使った料理よ。それと、魚屋のおじさんが鯛を分けてくれたから、お吸い物にするわ」
「わあ、贅沢ね」
千星の目が輝いた。質素な暮らしの中で、魚の吸い物は特別なごちそうだった。
「ねえ、お母さん。今度の休みの日、一緒に浅草に行かない? 友達が、新しい見世物小屋が出来たって言ってたの」
その問いに、麗子はわずかに躊躇した。外出は常に危険を伴った。吉原時代の顔見知りに出会う可能性があったからだ。しかし、娘の期待に満ちた顔を見ると、断る勇気が出なかった。
「そうね...行きましょうか」
「やった!」
千星が飛び跳ねる姿を見て、麗子は微笑んだ。この平穏な日々がいつまでも続くことを、彼女は願わずにはいられなかった。しかし運命の歯車は、既に回り始めていたのだ。
吉原の夜は、雪が舞い始めていた。
「流星太夫様、お客様がお待ちでございます」
禿のお菊が恭しく声をかけると、部屋の中央で身支度を整えていた女性が静かに立ち上がった。三十歳の誕生日を迎えたばかりの流星太夫は、吉原で最も高名な花魁として名を馳せていた。
真紅の打掛に金の刺繍が施された豪華な装いは、まさに「夜空の流星」の名にふさわしい輝きを放っていた。髪には幾つもの簪が飾られ、中でも星型の簪は彼女のトレードマークだった。
「宗馬様ですか?」
流星の口から漏れた問いに、お菊は小さく頷いた。
「はい。今宵も例のお部屋をご用意しております」
流星の表情が、ほんの一瞬柔らかくなる。それは他の客の前では決して見せない、彼女だけの素顔だった。
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「お待たせいたしました、宗馬様」
障子の向こうから声がすると、長谷川宗馬は緊張した面持ちで正座した。三十三歳の彼は、旗本としてはまだ若く、しかし既に目付役として頭角を現していた。端正な顔立ちと鋭い眼光は、どこか冷たさを感じさせるが、流星の前ではいつも少年のように紅潮していた。
障子が開き、流星が姿を現す。宗馬は息を呑んだ。何度見ても、彼女の美しさには心を奪われる。それは単なる色香だけではなく、どこか深い知性と優しさを湛えた、魂の美しさだった。
「長らくお待たせいたしました」
流星は艶やかな声で挨拶すると、宗馬の前に優雅に座った。
「いや...待ってなどいない。ただ、君に会えると思うと、時間が遅く感じるだけだ」
宗馬の言葉に、流星は小さく微笑んだ。二人の間に、他の客と花魁の関係とは明らかに違う空気が流れる。既に三年の長きにわたり、宗馬は流星の「定」となっていた。それは単なる贔屓客という以上の、互いの心と心が通い合う関係だった。
「今日は早く来られた。公務はいかがでしたか?」
流星の問いに、宗馬は複雑な表情を浮かべた。
「実は...話がある」
その声の調子に、流星の心臓が早鐘を打った。いつか来るとわかっていた別れの時が、ついに訪れたのだろうか。
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「遠国への赴任...ですか」
流星は静かに問いかけた。それは意外な知らせだった。彼女は宗馬が出世し、やがて政略結婚をすることになるだろうと覚悟していたが、遠国への赴任は予想外だった。
「ああ。老中・水野忠邦殿のご命令だ。北国の治安と密貿易の監視が任務となる」
宗馬の声には誇りと同時に、悔しさも混じっていた。
「いつ...」
「一月後には発たねばならない」
流星は長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がった。彼女は障子を開け、中庭に降り積もる雪を眺めた。白い雪と朱塗りの欄干のコントラストが、美しく切なかった。
「おめでとうございます。宗馬様のご出世は、私も心から嬉しく思います」
その言葉には嘘がなかった。しかし同時に、彼女の心は引き裂かれるようだった。
「れいこ...」
宗馬は彼女の本名を呼んだ。それは二人だけの秘密の合図だった。花魁としての名ではなく、一人の女性として彼女を見ているという印。
「私は君なしでは生きられない」
宗馬の言葉に、流星こと麗子は振り返った。彼女の目には涙が溢れていた。
「そんな...不可能なことを」
「聞いてくれ。私は必ず戻ってくる。そして君を正式に妻として迎えたい」
宗馬の眼差しは真剣そのものだった。麗子は驚きのあまり言葉を失った。
「それがどれほど難しいことか、わかっています。旗本の身分で花魁を妻に...周囲が許すはずがありません」
「だから時間がかかる。しかし私は必ず約束を果たす。ただ...」
宗馬は言いよどんだ。
「ただ、何でしょう?」
「その前に、一度は形式上の政略結婚をしなければならない可能性がある。家の存続のために...」
麗子の表情が曇った。しかし、それも予想していたことだった。
「わかっています。あなたにはあなたの世界があり、務めがある。私には私の世界がある」
麗子は再び雪を見つめた。
「でも約束してください。いつか、普通の夫婦として再会できる日が来ると」
宗馬は彼女の側に立ち、震える手を握った。
「約束する。どれほど時が経とうと、私の心は変わらない」
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その夜、二人は今までにないほど激しく、そして優しく愛し合った。それが最後の夜になるかもしれないという思いが、二人をより一層強く結びつけた。
明け方近く、麗子は宗馬の寝息を聞きながら、そっと彼の懐に手を入れた。彼女はそこから小さな紙包みを取り出し、自分の帯の間に隠した。それは彼女の身の上に関わる重要な書類だった。花魁となる前の麗子の戸籍と、吉原を去るための身請け金の証文。宗馬が既に準備していたものだ。
「ごめんなさい...でも、もうすぐ必要になるの」
麗子は小さく呟いた。彼女は既に自分の体の変化に気づいていた。宗馬の子を身ごもったのだ。
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「麗子殿、これを」
別れの朝、宗馬は短冊を一枚、麗子に手渡した。
「星の煌めきは永遠に」
流麗な筆致で書かれたその言葉に、麗子は静かに頷いた。
「いつか、この短冊を返しに参ります。その時は...」
麗子の言葉を遮るように、宗馬は彼女を抱きしめた。
「必ず迎えに来る。今は言葉よりも、この気持ちを覚えていてくれ」
それが二人の最後の言葉となった。その後、宗馬からの便りは一通も届かず、麗子は独りで彼の子を産み、育てることになる。
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「あの頃に戻れるなら...」
弘化二年の春、星の湯の麗子は十二年前の記憶に浸りながら、娘の千星が寝息を立てるのを見守っていた。十二歳になった千星は、宗馬の面影を色濃く残していた。特に真っ直ぐなまなざしと、物事に動じない強さは父親譲りだった。
「麗子さん、お休みになったらどうです?」
お菊が心配そうに声をかけた。
「ええ、もうすぐよ」
麗子は娘の額に優しくキスをすると、自分の部屋へと向かった。そこでは簡素な暮らしの中にも、かつての花魁時代の名残が僅かに残されていた。箪笥の奥には星型の簪が一つ、そして宗馬からの短冊が大切に保管されていた。
彼女は窓から月を眺めた。吉原を出るとき、置屋の主人に全ての貯えを渡して自由を買った。残ったわずかな金で星の湯を開業し、女手一つで娘を育ててきた。苦労の連続だったが、後悔はなかった。
「宗馬様...」
麗子は月に向かって呟いた。「約束は守られませんでしたね」
彼女は十二年間、宗馬を恨んだことはなかった。ただ、諦めることを学んだのだ。
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一方その頃、江戸城内の目付部屋では、一人の武士が書類に目を通していた。長谷川宗馬は四十五歳になり、目付の重職に就いていた。十二年の歳月は彼の顔に深い刻印を残し、かつての若々しさは影を潜めていた。
「長谷川殿、これが最近の吉原での不審な出来事の報告書でございます」
部下が恭しく差し出した書類を、宗馬は黙って受け取った。
「遊女の失踪が相次いでいるというのか...」
「はい。特に上級の遊女たちが、良縁と称して吉原を去った後、行方知れずになっているとのことです」
宗馬の目が鋭く光った。
「調査を進めよ。特に、『影の船』と呼ばれる密輸組織との関連を洗え」
「かしこまりました」
部下が下がった後、宗馬は窓の外を見つめた。月明かりが差し込み、彼の硬い表情を照らしている。
「流星...いや、麗子」
彼は十二年ぶりにその名を口にした。北国での赴任が終わり江戸に戻った時、彼女はもう吉原にはいなかった。必死で探したが、跡形もなく消えていた。
「今頃どうしているか...」
宗馬は机の引き出しからひとつの星型の簪を取り出した。麗子と同じ形の簪を、かつて彼は手に入れ、ずっと持ち続けていた。それが二人を繋ぐ絆の証だった。
「必ず見つけ出す...そして約束を果たす」
彼の瞳には、かつての若き日の情熱が戻っていた。運命は再び動き始めようとしていたのだ。
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翌朝、星の湯では早くから客が押し寄せていた。
「女将さん、今日も美しいね」
常連の老人が冗談交じりに声をかける。麗子は慣れた様子で笑いながら湯を掻き回していた。
「まあ、冗談はおやめになって。それよりお孫さんの具合はいかがですか?」
麗子の問いに、老人は嬉しそうに話し始めた。彼女にとって、この銭湯は単なる生業ではなく、町の人々との絆を育む場所だった。
二階からは千星の琴の音が流れてくる。麗子は娘に様々な稽古事をさせていた。それは花魁時代に身につけた芸の数々だったが、千星にはただの習い事として教えていた。
「お母さん、今日の晩ご飯は何?」
練習を終えた千星が階段を降りてきた。
「今日はお豆腐を使った料理よ。それと、魚屋のおじさんが鯛を分けてくれたから、お吸い物にするわ」
「わあ、贅沢ね」
千星の目が輝いた。質素な暮らしの中で、魚の吸い物は特別なごちそうだった。
「ねえ、お母さん。今度の休みの日、一緒に浅草に行かない? 友達が、新しい見世物小屋が出来たって言ってたの」
その問いに、麗子はわずかに躊躇した。外出は常に危険を伴った。吉原時代の顔見知りに出会う可能性があったからだ。しかし、娘の期待に満ちた顔を見ると、断る勇気が出なかった。
「そうね...行きましょうか」
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