その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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『学校来んな、ブス。お前がやめろ』

 わたしは、届いたメッセージを冷めた目で数秒眺めてから削除した。

 SNSは知り合いにはバレないようなニックネームでやっているのに。それがわたしのものだという情報が、どこから漏れたのだろう。

 流出原因は不明だが、ここ数日、くだらない嫌がらせDMが増えている。

 送ってきているのは、おそらく同じ高校の生徒。わざわざ捨てアカを取ってまでこんな嫌がらせしてくるなんて、暇すぎる。

 嫌がらせのDMが送られてくるようにきっかけは、誰かがメッセージアプリで学校中に広めた一枚の写真だった。

 わたしが今日の放課後、生徒指導の三上先生に呼び止められて指導室に連行されそうになったのも、おせっかいな葛城先生に三十分以上も化学準備室でやんわりとしたお説教をされたのも、全てはその写真のせいだ。

 どこの誰の嫌がらせかはわからないが、昨年度までうちの高校で数学教師をしていた桜田さくらだ 健吾けんごと一緒に歩いていたところを隠し撮りされたのだ。その写真には、桜田先生に腕を絡めて満面の笑みを浮かべる制服姿のわたしがはっきりと写っていた。

 それだけならまだふざけていただけだと言い訳もできたのだが、撮影された時間帯は夜で、しかもいかがわしいホテルもあるような街中だったものだから、その写真とともに、わたしと桜田先生のウワサが、あることないこと広まってしまった。

 わたしが桜田先生にしつこく迫っている、とか。お金をもらって抱かれてる、とか。桜田先生がわたしに手を出したことがバレて、うちの学校を辞職させられた、とか。

 どれも、過大妄想が生み出したクソみたいな作り話ばかりだ。そんなクソみたいな噂を信じる生徒たちもバカだし、まともに取り合おうとする先生たちだってバカだと思う。

『消えろ、淫乱』

 さっきとは違う別のアカウントから、また嫌がらせのDMが送られてくる。

 淫乱どころか、わたし、まだそういう経験ないんだけど。苦笑いを浮かべながら、またメッセージを削除する。

 こういう嫌がらせが送られてくるのは、昨年度までわたしの通う高校で働いていた桜田先生がそれなりに人気教師だったからだ。

 30歳になったばかりの彼は、垂れ目で童顔で、笑うと可愛いし。教え方も上手いと生徒たちから評判がよかった。

 女子生徒たちの中には、本気で彼に憧れを抱いていた子もいたと思う。実際に、彼は女子生徒からラブレターをもらったり、告白を受けたこともあったみたいだし、毎年バレンタインデーには、カバンから溢れるほどのチョコを持ち帰っていた。

 だから、学校に広まった写真やウワサのせいで、桜田先生に憧れていた女子生徒からのやっかみを買ったとしてもムリはない。

 ため息を吐きながら、スマホをカバンに入れようとすると、またDMを受信した。どうせ嫌がらせだろうな。

『桜田先生が、お前なんか本気で相手にするわけない』

 DMを開くと同時に目に飛び込んできた文面を見つめて、唇を歪める。

 どんな悪口を言われたって構わないけれど、こういう指摘がいちばん胸に堪える。

「そんなこと、わたしが一番よくわかってるよ」

 一方的に責めてくる、顔の見えない相手に向かって言葉をぶつける。

 一緒にいるところを隠し撮りされた桜田先生は、もちろん恋人なんかじゃない。

 うちの高校の元数学教師だった彼は、わたしの母の再婚相手。わたしにとって、義理の父にあたる人だ。


 写真を撮られたとき、わたしは義父である彼と、レストランで食事をしてきた帰りだった。看護師をしている母が夜勤で家を空けるので、学校帰りに待ち合わせをして、ふたりで外食をしたのだ。

 彼とふたりで過ごす時間は、とても楽しかった。楽しくて浮かれすぎたわたしは、じゃれつくフリをして、彼に腕を絡めてくっついて歩いた。

 彼はそれを、義理の父親へのスキンシップだと純粋に捉えて疑ってもいなかっただろうけど、それは違う。

 わたしは、自分のことを少しでも女の子として意識してもらいたいという打算で、彼にくっついていた。

 彼はわたしのことを義理の娘としか思っていないだろうけど、わたしは彼を父親だと思ったことは一度もない。

 わたしは母が彼と再婚する前から、密かにずっと、桜田 健吾に恋焦がれている。
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