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Three
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初めの約束どおり、那央くんは日付が変わる前に海を出て、わたしを家まで送ってくれた。
事前に連絡でも入れておいてくれたのか、那央くんの車がマンション下に停まるとすぐに、健吾くんがエントランスのドアから出てきた。
「ありがとう……」
お礼を言って助手席のドアに手をかけると、那央くんが「どーいたしまして」と笑う。
「桜田先輩は、岩瀬のこともちゃんと想ってると思うよ。岩瀬が本当に求めてるものとは少し違うのかもしれないけど」
車を降りる間際、那央くんがエントランスのドアの前に立った健吾くんをフォローするみたいに言ってくる。
那央くんはわたしの気持ちを理解してくれたけど、大人だし健吾くんの後輩でもあるから。ちゃんと健吾くん側の気持ちも代弁する。
「知ってるよ」
振り向いて頷くと那央くんが複雑そうに表情を歪め、それから、わたしを待っている健吾くんに会釈した。
「ありがとう、葛城」
「いえ。それじゃ、また」
那央くんの車が行ってしまうと、わたしと健吾くんの間に微妙な空気が流れ始める。
「靴擦れ、大丈夫?」
お互いに相手の出方を待っていると、健吾くんがわたしの足元を見ながら先にそう訊ねてきた。
そういえば、那央くんの彼女のサンダルを借りたままだ。元々履いていた靴も、那央くんの車の助手席の下に置き忘れてきてしまった。
「うん、もう平気」
「葛城が絆創膏とサンダル用意してくれたんだな。あとでまたお礼言っとかないと」
健吾くんが、つま先の広く空いたサンダルから少しだけ覗いている小指の絆創膏を見つめてつぶやく。
「ごめんなさい。絆創膏買いに行こうとしてくれたのに、黙っていなくなったりして。電話も、出なくて」
健吾くんから少し視線をそらしながら謝ると、彼が視界の端でゆるりと首を横に振った。
「いいよ。無事に戻ってくれたから。俺がついていておいて沙里に何かあったら、真由子さんに申し訳が立たない」
健吾くんの言葉を聞いて、ピクリと頬が引き攣った。
那央くんにフォローされなくても、健吾くんがわたしを心配してくれていることはちゃんとわかっている。
でも、あんなことがあったあとだから。純粋にわたしだけを心配してほしかった。わたしを心配する理由を、母のせいにしてほしくなかった。我儘だと頭ではわかっているのに、心がザラついて嫌な気持ちになる。
「健吾くんがわたしを心配してくれるのは、わたしが真由子さんの娘だからなんだよね。昔から優しくしてくれるのも全部、わたしがお母さんの娘だから」
「沙里が真由子さんの娘だからとか関係なく、ちゃんと沙里のことも大切に思ってるよ」
「だったら……!」
「ごめんね」
健吾くんが、哀しそうな目をして僅かに首を横に振る。その言葉と仕草で、わたしの気持ちはこの先何があっても絶対に受け止めてもらえないんだと悟った。
「ごめんね。沙里の気持ち、本当は前からなんとなく気付いていた。俺は沙里の父親と名乗るにしては若すぎるし、まだまだ頼りないだろうけど、それでも俺は沙里とは家族に――」
「わかってる」
健吾くんが辛そうな顔をして、一生懸命に何かを伝えようとしてくれていたけど、わざと話を遮った。
最後まで聞いていられなかった。充分にわかりすぎている事実を、健吾くんの口から告げられるのはキツい。胸が、苦しい。
それでも、苦しいのを我慢して笑顔を作った。そうしないと、健吾くんがもっと辛そうな顔をすると思ったから。
「わたしのほうこそ、変なこと言おうとしてごめん。ディナーに連れてってもらったレストランがオシャレ過ぎたから、オレンジジュースで酔っ払っちゃったのかも」
ハハッと明るい声で笑うわたしを、健吾くんが茫然と見つめる。
「ごめんね。ごはん食べたあとのことは、全部なし。わたしが言ったことも、したことも全部忘れて。なかったことにしてくれる? ただの、冗談だから」
「沙里……」
「もう家入ろう。明日も学校だし、健吾くんも仕事でしょ。お風呂入って、早く寝ないと」
何事もなかったみたいにそう言って、健吾くんの腕を引っ張る。
普段どおりに、普段どおりに。わざとらしくならないように。
頭の中で何度もそう言い聞かせても、声や手が少しだけ震える。それが、健吾くんに気付かれていなければいいと思った。
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