その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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Five

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「沙里、どこ行くの?」

 四限目が終わってすぐに、カバンを持って教室を出て行こうとすると、唯葉に呼び止められた。

「購買だったら一緒に行こうよ。私も今日はお弁当持ってきてないんだ」

 財布を持った唯葉が、にこりと笑いかけてくる。その無邪気な笑顔を見つめながら、わたしは唯葉に本当のことを言うべきかどうか迷った。

 唯葉はわたしの母がうちの高校の元教師だった健吾くんと再婚したことを知っているし、以前、健吾くんが一緒に写っている写真が学校内の生徒たちにSNSで拡散されてしまったときも、相談にのってくれたし味方でいてくれた。

 でも、一番の友達である唯葉にも、わたしが健吾くんを好きだったことまでは話せていない。

 義理の父親になる人が好きで、実の母親に嫉妬めいた感情を抱いているなんて言えば、さすがの唯葉だってわたしから離れていくかもしれない。ここ数日間で起こった家族のもめごとや、そこに那央くんを巻き込んでしまったことも、唯葉には話せそうになかった。

「ごめん、唯葉。わたし、ちょっと職員室に呼ばれてるんだ。だから、先にお昼食べといて」
「何かあったの? ついていこうか?」
「大丈夫。たいしたことじゃないよ。この前提出した英語の課題のことで呼ばれただけだから」
「そっか。じゃぁ、用事が終わったら連絡して」
「今日はわたしのことは気にせず、先輩と食べてきてくれてもいいよ」

 さりげなくそう促したら、唯葉が少し顔を赤くしてうつむいた。

「じゃぁ、先輩誘ってみようかな」
「うん、うん。そうしなよ」

 今日に限っては、唯葉に待っていてもらうよりも、彼氏とか他の誰かと一緒に昼休みを過ごしてもらうほうが都合がいい。

 わたしは唯葉が同じ学校に通う一つ上の彼氏に連絡を取るのをしっかりと見届けてから、化学準備室に向かった。途中で思い立って、自動販売機で無糖の缶コーヒーを買う。昨夜、那央くんに迷惑をかけた分のお詫びだ。

 化学準備室のドアをノックして横に引くと、今日はすんなりとドアが開く。すぐ正面のデスクで、おにぎりを齧りながらパソコンに向かっている那央くんは、わたしが来たことに気付かない。

「失礼しまーす」

 ドアの外から声をかけると、那央くんがおにぎりを手に振り向いた。


「あぁ、岩瀬か。どうした?」
「靴を返してもらいに来ました。言ったでしょ、今日の昼休みに取りに来るって」
「あぁ、そうだったな」
「もしかして、忘れてた?」
「いや、ちゃんと持ってきてるよ」

 デスクの下に手を伸ばした那央くんが、紙袋を取って差し出してくる。

「はい、これ。荷物になって、悪いけど」
「大丈夫です。あと、これどうぞ」

 那央くんのそばまで近づくと、靴の入った紙袋を受け取って、代わりに缶コーヒーを差し出す。

「これは?」
「昨日のお詫び」
「気にしなくてもいいのに」
「でも雨降ってたし、彼女も来てたのに、いろいろと迷惑かけたから」
「別に、彼女には迷惑かかってないよ」
「とりあえず、もらってよ。わたし、砂糖の入ってないコーヒーは飲めない」
「まだまだガキだな」

 顔をしかめながら缶コーヒーを前にぐっと突き出すと、那央くんがハハッと片眉を下げて笑った。

「じゃぁ、ありがたく受け取っとく」

 那央くんはわたしから受け取ったコーヒーをデスクにのせると、パソコンのほうを向いて仕事の続きを始めた。その横顔をしばらくジッと見ていると、那央くんが不審気に振り向く。

「どうした? 教室戻んないの?」

 那央くんとわたしは、非常勤の先生と生徒。用事が済めば、会話は終わる。それで普通だ。だけど……、わたしはもう少しだけ那央くんと話がしたかった。

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