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Five
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「彼女が事故に遭ったのは、雨の降る夜だった」
淹れたココアを飲みながら、那央くんはわたしに昔の話をしてくれた。
那央くんの前の彼女は、夕夏さんと言って、高校時代の同級生だったらしい。
高校二年生の終わりから付き合っていた二人は、たまに小さなケンカをすることはあっても、大きなもめごともなく五年ほど付き合っていた。周囲の友達は二人がこのまま結婚するんだと思っていたし、那央くんも夕夏さん以外との将来を考えたこともなかったそうだ。
大学を卒業する年、那央くんと夕夏さんの進路は進学と就職で別れた。研究のために大学院に進学した那央くんよりも先に、夕夏さんが社会人になったのだ。
それをきっかけに、二人の生活が少しずつずれ始めてしまったらしい。
慣れない仕事で忙しい夕夏さん、大学院の研究で帰りが遅く、生活時間が不規則な那央くん。だんだんとお互いにゆっくりと会う時間が少なくなってきたことに気付いた那央くんは、ひさしぶりに夕夏さんの家に会いに行った夜に、「一緒に住もう」と提案をした。
どうせ、那央くんが大学院を卒業して落ち着けば結婚するんだし、一緒に住めば、わざわざ時間を作らなくてもいつでも会える。だけど、那央くんの提案した同棲の話を、夕夏さんは即答で断った。
『那央とたくさん一緒にいたいけど、まだまだ会社に慣れてなくて余裕がないし。今の私には、研究で忙しい那央のフォローをしてあげられる自信もない。一緒に住むのは、那央が大学院を出てからでもいいんじゃないかな』
「今考えるとすごい自惚れなんだけど、当時はまさか、断られるなんて思ってなくて。勝手にショックを受けて傷付いた。『社会人になって、他に好きなやつできたんだろ』とか、『そんなにおれと一緒にいるのが嫌なら、別れてもいいよ』とか、結構きつい言葉を浴びせて、彼女の家から飛び出したんだ。それから、何時間か経ったあとだよ。彼女が交通事故に遭ったって、携帯に連絡が入ったのは」
那央くんが家を飛び出して行ったあと、しばらくして雨が降ってきた。雷も鳴るほどの激しい雨て、心配した夕夏さんは那央くんのことを外に探しに行った。あまりの雨量に、道路の側溝からも水が溢れてくるほどで、足元も視界も悪かった。
夕夏さんが交差点で信号待ちをしているとき、スピードを出していた車がスリップして歩道に突っ込み、彼女を撥ねた。頭を強く打ち付けた夕夏さんは、そのことが原因で亡くなってしまったそうだ。
「ケンカして家を飛び出したおれは、彼女がおれを探し回っているときも、病院に運ばれてるときも、駅の近くのコーヒーショップで雨宿りしながら不貞腐れてた。椅子に引っ掛けてほったらかしていたカバンの中で、スマホに何度も彼女からの着信があったことにも気付かなかった。最後の留守電には、雨の音に混じって『一緒に住もうって言ってくれたこと、嬉しかったよ。もう一回、ちゃんと話そう』っていうメッセージが入ってて。彼女の気持ちも考えずにひどいこと言って、家を飛び出した自分を死ぬほど呪った。彼女は、おれと一緒に住みたくないから断ったんじゃなくて、もう少し仕事に慣れてから一緒に住みたいって思ってただけなのに」
那央くんの話を聞いて、親に黙って家を飛び出したわたしのことを何度も注意してきた理由がわかった。
『黙って飛び出して、あとで後悔しても取り返しがつかない』
いつか那央くんがわたしにそう言ったのは、亡くなった彼女のことがあったからだ――……。
泣きそうになってうつむくと、那央くんが、わたしの頭に手をのせた。
「しんみりさせて悪い」
眉を下げて無理やり笑おうとする那央くんの顔を見ると辛い。千切れそうに、心臓が痛い。
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