青春ヒロイズム

碧月あめり

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8.過去のすれ違い

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「ナルは負けず嫌いで、常に人より優位に立ちたいタイプだから、私にテストで負けたことも、私と同じレベルの学校にしか受からなかったことも、許せなかったのかも……」

 小学生のときに起きたナルとのいざこざを思い出しながら苦く笑うと、私の話を黙って聞いていた星野くんが複雑そうに顔を歪めた。


「でもそれ、深谷のせいじゃないよな」

「そうだね、直接的には。でも、受験しない周りの子たちが自由に遊んでるなか、自分は塾と勉強漬けの毎日でストレスも溜まってたんだと思う。それに、ナルは成績がよかったから、親の過度な期待とか、プレッシャーとか、そういうので疲れてたのかも。私もそうだったし。だけど、そうだったとしても、星野くんにしたことは絶対よくない。ごめんなさい……」

「深谷が謝ることじゃないよ」

「でもナルが私にムカついて星野くんに嫌がらせしたのなら、間接的に私にも責任があるから」

「いや、ないだろ。全然」

 星野くんが強く否定してくれたことが、ちょっと嬉しかった。


「ありがとう」

 薄く微笑みかけると、星野くんが困ったように私から視線を逸らす。

 今日の星野くんは、なんだかいつもより特別に優しい。その横顔を見つめながら、やっぱり私は彼のことが好きだと思った。

 彼が私のことをどう思っているかは別として。

 切ない気持ちで星野くんの横顔を見つめていると、一台の車がコンビニの駐車場に入ってきた。照らしてくるライトの眩しさに目を細めながらよく見ると、それは私の家の車だった。


「お母さん、来てくれたみたい」

「ああ、うん」

 お母さんにあまり心配をかけたくないから、怪我した足首を庇うようにしながらゆっくりと腰を浮かす。そのまま立ち上がろうとしたとき、星野くんが引き止めるように私の手をつかんだ。

 ドキリとしながら動きを止めると、星野くんが私を見上げて戸惑うように瞳を揺らした。そのくせ、つかんだ手にギュッと力を込めるものだから、私の鼓動はただ速くなるばかりで、どうしていいのかわからない。

 星野くんに囚われたまま動けなくなっていると、彼がようやく何か決意したように私の目を真っ直ぐに見据えた。

 夜のライトの下で揺らめく星野くんの瞳の色に、胸が騒ぐ。  

 さっきまでとは明らかに違う雰囲気を纏う星野くんを緊張気味に見つめ返すと、彼が唐突に私に問いかけてきた。


「この前、俺、深谷のこといいやつだなって思ったって言ったじゃん?」

 中庭で聞かされた村田さんと私とのエピソードを思い出して小さく頷くと、星野くんが優しい目をして、少し切なげに笑った。

「だから俺、卒業式前日に机の中で深谷からの手紙を見つけたとき、実はちょっとだけ期待してた」

「え?」

「ちょっと期待してたから、深谷が俺のこと嵌めようとしたって今西に言われて、すげームカついたんだよ」

「う、ん……」

「でも、やっぱり深谷じゃなかったんだな。それがわかって、今、すごいすっきりしてる」

「星野くん……?」

 星野くんの言葉の意味が私の頭の中で充分に消化されないうちに、彼の手が私からそっと解けていく。

 時が止まったように動けなくなる私の前で、星野くんが先にゆっくりと立ち上がった。


「あれ、深谷のお母さん?」

 車の運転席から飛び出してくるお母さんを見遣りながら、星野くんがまるで何事もなかったみたいに自然に話しかけてくる。

 戸惑う私をよそに、星野くんはこっちへ向かって走ってくるお母さんに軽く会釈していた。


「友ちゃん、大丈夫なの?」

 星野くんに手を引っ張られて助け起こされる私を見て、お母さんが青褪める。

 汚れて着崩れてしまった私の浴衣に気が付いたお母さんは、星野くんに警戒するような視線を向けた。


「すみません。一緒にいたのに、怪我させてしまって」

 星野くんがそう言ってお母さんに頭を下げるから、私はひどく慌ててしまった。これでは、お母さんの目には星野くんが私に怪我させたように映ってしまう。


「違うよ、お母さん。私が勝手な行動をしたせいで土手から滑って怪我したの。星野くんは何も悪くない。何の関係もないのに、人混みから私を連れ出してくれて、今までずっとついててくれたんだよ」

 星野くんのことを誤解されたくなくて、お母さんの腕をつかんで必死に訴える。

 お母さんは、未だに頭を下げたままでいる星野くんと必死に腕に縋る私を交互に見てから、ふと表情を和らげた。


「そうなのね。ありがとう、星野くん。友がご迷惑をおかけしてごめんなさい」

「いえ。足、お大事にしてください」

「ありがとう」

 お母さんは顔を上げた星野くんに笑いかけると、私のことを車に乗せた。助手席の窓越しに、車を見送る星野くんの姿が見える。

 たくさん迷惑をかけて、何度も星野くんの前から逃げ出したくせに、いざ別れるとなると淋しさが込み上げてくる。

 指先を窓に這わして小さく手を振ると、星野くんがそれに気付いて顔の横まで軽く手を挙げた。

 小さく手を振り返してくれた星野くんが窓越しに優しく笑いかけてくれたような気がして、胸の奥が熱くて苦しかった。
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