青春ヒロイズム

碧月あめり

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11.事実と事情

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 ◇◇◇

「ナルは全治三ヶ月の足の骨折で、病院に運ばれた日に緊急で手術も必要な大怪我だった。わざとじゃなかったの。でも、そんなのただの言い訳にしかならない。当然だけどナルのお母さんはものすごく怒ってしまって。学校や周りからの私に対する目も日に日に厳しくなっていって……」

 ナルを怪我させたことによって、森ちゃんに対する嫌がらせの主犯は本当は私だったんじゃないのかとか。私が普段からナルにも嫌がらせをしていたんじゃないか、とか。

 怒ったナルのお母さんの学校側への訴えで、いろいろな憶測がたてられて。事実は、ナルに有利なほうへとねじ曲げられてしまった。

 最終的に、ナルのお母さんが学校や私の親を訴えるとまで言い出して。私が引くしかなくなった。


「結局、私が学校を辞めることで、いろいろ落ち着いたの。そんな感じで、星野くんの聞きたかった話はおしまい」

 全て話し合えてから、ふふっと自嘲気味に笑うと、星野くんが険しい顔で私のことを見てきた。

 笑って誤魔化してみたものの、私の話を聞いた星野くんがどう思っているのか知るのは怖かった。

 感情的になってナルに大怪我をさせて、そのまま学校を辞めることになって。きっと、最低だって呆れてるだろう。


「怪我した今西には気の毒だけど、それ、本当に深谷が学校辞めなきゃいけないくらい、100%悪かったの?」

「え?」

 前の学校の先生や周りがそうだったように、てっきり星野くんにも非難されるものだと思っていたのに。彼がそうしなかったことに驚いた。


「元々、今西がその森ちゃん? って子に嫌がらせしてたから、深谷はそれを止めようとしたわけで。わざと突き落としたわけではないよな」


 私はナルのことを故意で突き落としたわけじゃない。

 そのことは、前の学校の理解ある先生数人と私のお母さんもわかってくれた。


「でも、わざとじゃなかったら何をしても許されるわけじゃないでしょ? 『私がナルのことを突き飛ばして、ナルが階段から落ちて怪我をした』その背景にどんな事情があったとしても、それが事実なんだよ。だから、ナルを怪我させた私が悪いことに変わりはない」

「その背景にある事情は、深谷のほうが正しかったとしても?」

 星野くんが悲しそうな目をしてそう問いかけてくる。正直、今はもう誰が正しかったのかなんてわからないけど。

 私の話を聞いた星野くんがそう感じてくれたのなら、それで充分。そう思って、静かに頷いた。

「私に見えてたことだけが全部正しかったかはわからないけど、星野くんがそう言ってくれるだけで嬉しいよ」

 口端をほんの少し引き上げて微笑むと、星野くんが戸惑うように瞳を揺らして私から視線を外す。


「星野くんはナル側の話も聞いただろうから、もっと責められるかもって思って怖かった」

 苦笑いしながらそう言うと、星野くんの視線がパッと私に戻ってきた。そのことにちょっと驚いていると、眉を寄せた星野くんが訝しげな顔をする。


「ナル側の話も聞いたってどういう意味?」

「どういう、って。花火大会の翌日に、ナルに会って私が今話したのと同じ話を聞いたんじゃないの?」

「いや、聞いてないけど……」

「え? でも、見て。私、ナルから星野くんの写真が送られてきたんだよ?」

「は? 何それ……」

 なんだか話が噛み合わない星野くんに、ナルから送られてきたラインの写真を見せる。

 駅前のバーガーショップの椅子に座ってスマホを弄っている星野くんを斜め後ろあたりから撮ったそれを見た瞬間、彼の顔色が変わった。

「今西、また勝手に人のこと……。この写真、うまいこと切り取られてるけど、反対のテーブルに憲と竜馬もいたよ」

 星野くんが私のスマホの写真を見つめながら、低い声でつぶやく。


「深谷が言うとおり、駅前で友達と遊びに来てた今西には会ったよ。急にあいつのほうから挨拶してきて、なんか変だなーとは思った」

「そうなの? 私はてっきり、星野くんがナルとふたりで会って、私たちのことをいろいろ聞いたんだと思ってて。だから、星野くんはそのことを私に確かめたいのかと……」

「あー、そっか」

 星野くんがため息混じりにつぶやく。


「なんか今、いろいろ繋がった。深谷はそのことで俺にいろいろ追及されると思って。だから全然ライン返してこなかったんだ?」

「え、だって。星野くんが私に話したかったのってそのことでしょ?」

「違うよ。その日、たしかに駅前で今西に会って声かけられたけど、今西が話しかけてくる意味もわかんなかったし。適当にあしらってたら、すぐに友達とどっか行ったよ。まさか、後ろから隠し撮りされてるとは思わなかったけど……」

「そ、そうなの?」

「ていうか。そのせいで俺は貴重な夏休みを無駄にしたんだと思うと、なんかすげームカつくわ」

「え?」

 首を傾げたら、星野くんが苛立ったようにクシャリと髪を掻いた。


「なぁ、深谷。今すぐ今西に電話して、文句言っていい?」

 私に向かってとんでもないことを訊いてくる星野くんの目が据わっている。

「え、だ、ダメだよ。そんなの。これは私とナルの問題だから」

「だよな。深谷の話聞いて、今は絶対そのタイミングじゃないし。一回仕切り直すわ」

 星野くんが苛立ちを抑えるように息を吐いて、それから何かを納得させるみたいに頷いた。

 星野くんの言葉に首を傾げたとき、ホームルームの終わりを知らせるベルが鳴る。


「あ、ごめん。結局、全部サボらせちゃった」

「いいよ。どうせ途中から行ったって、こっちが気になってただろうし」

 星野くんが独り言みたいにぼそりと零しながら、立ち上がった。


「腹減った。歩いて帰れそうだったら、なんか食いに行かない?」

 私を振り向いた星野くんが優しい顔で笑うから、ドキッとする。


「え、っと……、ふたりで?」

 突然の誘いに戸惑い気味に言葉を返すと、星野くんの笑顔が微妙な表情に変わった。

「もしふたりがビミョーだったら、智ちゃんたちにも声かけるよ」

 星野くんがスマホを出すのを見て、自分が深く考えずに口にしてしまった言葉を後悔した。

 あんな話をしたあとでも変わらない態度で接してくれる星野くんとふたりでいて、ビミョーだなんて思うわけない。

 むしろ、ふたりのほうが……。

 ベッドから身を乗り出した私は、衝動的にスマホを持つ星野くんの手をつかんでいた。


「ビミョーじゃないよ。星野くんとふたりで行くの」

 ちょうどラインを開こうとしていた星野くんが、顔を上げて目を瞠る。

 彼の瞳には、泣きそうなくらい必死な自分の姿が映っていて。それが、ひどく滑稽だった。


「星野くん。私、もうひとつだけ聞いてもらいたいことがあるんだけど、いい?」

 星野くんの瞳に映る自分を見つめながら、苦く笑う。

 彼からの返答はなかったけれど、それが肯定の意思表示だと都合のいい解釈をすることにして。私はもうひとつだけ、ずっと心にしまっていた昔話をすることにした。
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