青春ヒロイズム

碧月あめり

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11.事実と事情

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「星野くんが卒業式前日のことを話してくれたときに、机の中に私からの手紙が入ってたって言ってたでしょ? あれね、机に入れたのはたぶん星野くんをハメようとしたナルの仕業だけど、手紙自体は私が書いたものだと思う」

 それを聞いた星野くんが、何か言いたげに眉を寄せて僅かに唇を震わせた。


 卒業式前日の一件には、結局私も絡んでいたのではないか。星野くんにそんなふうに疑われているような気がして、慌てて次の言葉を繋ぐ。


「その手紙ね、私が六年生のバレンタインデーに、当時好きだった人に渡そうと思って書いたやつなの」
「え?」

 思わず、といった感じで驚きの声を漏らした星野くんの顔が唖然となった。

 当時好きだった人。そう言ってしまった時点で、きっともう、星野くんには私の気持ちがバレている。

 当時の私は、桜色の便箋と封筒にとてもドキドキしながらその好きだった人の名前を書いたから。

 小学校最後のバレンタインデー。私は中学校が別々になってしまう好きな人に頑張って告白しようと思って、手紙とチョコを用意した。

 緊張するし恥ずかしいけど、あまり人の来ない体育館裏に来てもらって、ちゃんと自分の言葉で伝えてチョコを渡そうと思っていた。

 だけど。放課後、たしかにランドセルに入れたはずのチョコと手紙がなくなっていた。

「学校中探し回ったら、破られた包装紙と中身がぐちゃぐちゃになったチョコレートが教室からずっと遠いゴミ箱に捨てられてて。手紙は結局見つからなかったの」

 確証はないけど、星野くんから卒業式前日の話を聞かされたとき、ナルが手紙を持って行って隠していたのかもしれないと思った。

 バレンタインデーに告白を考えていることはナルとの共通の友達にも話していたから、そこから話が漏れたのかもしれない。

 唇を歪めて苦く笑うと、茫然としている星野くんをジッと見て浅く息を吸い込む。

 ドキドキと速くなる鼓動を抑えながら、私は吸い込んだ空気を一気に吐いた。


「だから、今度はちゃんと伝えさせてもらってもいいかな? 私、星野くんのことが――」
「それ、言うの遅すぎるだろ」

 勢いのままに吐き出そうと思った気持ちが、少し怒ったような星野くんの声に遮られる。

 そんなこと言われても迷惑だ、って。そういうことなのかな。

 切ない痛みが胸の奥から迫り上がってきて、泣きたい気持ちになる。


「ごめん、でも私やっぱりちゃんと……」

 それでもどうしても気持ちだけは伝えたくて口を開いたら、星野くんが私の手をつかんでストップをかけた。


「あのさー。先に、俺が夏休みに深谷に話したかったこと、伝えていい?」

 なぜか顔を赤くした星野くんが、ちょっと怒ってるみたいに表情を固くして私をジッと見てきた。


「俺、深谷のこと、好きだよ」

 聞こえてきたのは、想像もしていなかった言葉で。私の思考が一瞬止まる。


「ほんとうは、深谷の怪我が治ったら直接会って伝えようと思ってた」

 星野くんがさらにそんなふうに言葉を続けるから、思考回路が混乱して、なんだかよくわからなくなった。


「え? だって星野くんが話したかったのは、前の学校で起きたことだったんじゃ……」

「それは、今西からタイミングの悪いラインがきたから深谷が勝手にそう思い込んだんじゃん。俺は花火大会で別れたあとから、深谷のケガが治ったら告ろうって決めてたよ。なのに、送るライン全部既読スルーされて、すげー傷付いたんだけど」

 星野くんにの言葉に、混乱した思考回路が少しずつ整理されていく。


 そういえば、前の学校で起きたことを話し終えたあと、星野くんが「夏休みムダにした」とか「一回仕切り直し」とか言ってたけど。それはつまり、こういうことか。

 いつの頃からか、私に対する星野くんの態度が優しくなったような気はしてたけど。嫌われことはあっても、好かれることなんてないと思ってた。

 でも、私を好きって……。

「星野くん。それ、いつから? だって星野くんは私にいい印象持ってなかった、って……」

「だからって、嫌いとか言ったことないだろ」

「でも、好かれてると思われたこともないよ。だから、いつ私の印象が変わったのかなって……」

「知るか、そんなの。気付いたらだよ」

「気付いたら……?」

「卒業式前日の嫌がらせが深谷じゃなかった、ってわかって。昔と違っておとなしくなってる深谷のこと、なんかほっとけなくなった」

「え……?」

「なんで昔みたいな威勢がなくなったのか気になってたけど、今の話聞いて納得したかも」

「あ、うん。編入先では余計なことしないようにって気を付けてたから……」

「ただでさえおとなしくなってんのに、今西に会ったあとからなんかあからさまに落ち込んでたし。ケガのことも気になるし。どうやったら深谷が昔みたいに元気になるのかなって、夏休み中はそればっかり考えてたよ」

 星野くんが、照れ臭そうに顔をそらす。それからちらっと視線だけを私に向けると、少し不安げに訊ねてきた。


「それで、返事は?」

「返事?」

 きょとんとする私を見て、星野くんが困ったように眉を寄せる。


「俺と付き合ってくれる?」


 これは、現実なのかな。

 星野くんの言葉に、胸の奥がきゅーっとなる。私はなんだかふわふわとした気持ちで、夢見ごごちに頷いた。


「えっと、私でよかったら……」

 ドキドキしながらそう言った瞬間、星野くんが私の頭を撫でて、くしゃっと笑う。


「あー、やば。すげードキドキした」

 見上げればすぐそばにある星野くんの笑顔が、眩しくて愛おしい。


「星野くん、好き」

 思わずつぶやいたら、僅かに目を見開いた星野くんの笑顔が固まる。


「あ、えっと……」

 ついうっかり、零してしまった「好き」の言葉が恥ずかしい。


 慌てて口を押さえようとすると、ふわっと表情を和らげた星野くんが私の手をつかむ。そのまま引っ張られるように、私は彼の腕の中へと閉じ込められた。


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